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【022】ルーク王子の受けた屈辱

ルトニア王都での戦いは長期化することなく、わずか一日で終わった。


周到な準備を整えて侵攻したサイサリス公国と、慢心から備えを怠ったルトニア王国。

その違いが、戦いの結果を決めたのであった。


ルーク王子は、ルトニア王宮が落ちるまで抵抗を続け、王国の矜持を示した。

だが、戦局を覆すまでには至らなかった。


ファルジュ王はすでに亡く、ルトニア王宮は新たな主を迎えていた。


玉座の間では、サイサリス公国のオリバー大公が、かつての王の席に深々と腰を下ろし、その座り心地を確かめていた。


「ふむ。これが、この大陸を統一したアルバート大王が腰をかけていた玉座か」


周囲に控えていたサイサリス公国の武将たちは、思わず頬を緩め、喜色を浮かべた。

オリバー大公は気難しいことで知られ、機嫌を損ねれば場所を問わず怒声を上げる人物だった。

だが同時に戦には滅法強く、その武勇と胆力によってサイサリス公国を築き上げた。

まさしく一代の英傑と呼ぶにふさわしい男だった。


年齢は六十一歳に達していたが、その体には衰えを感じさせなかった。

身長は百八十センチを優に超え、体重も百キロを軽く超えていた。


彼が熊に喩えられるのは、その巨体だけが理由ではなかった。

顔は濃い顎髭に覆われ、分厚い胸にも毛が生い茂っていた。

さらに、胴が異様に長い体つきをしていた。


当人は自らの容姿や体格を一切気にかけていなかった。

この乱世を生き抜くうえで必要なのは、外見ではなく力だと考えていたからだ。


一方、王宮の正門前には、ファルジュ王とオーウェン丞相の首が晒されていた。


二人の首の前には大勢の民衆が集まっていたが、誰ひとり涙を流す者はいなかった。

いや、正確に言えば、その場で泣くことを許されていなかった。


晒された首の傍らには、立て札が掲げられていた。


「この者らの顔を見て涙を流す者あらば、

サイサリス公国に謀反を企てる者と見なす」


傍らでは、数十名のサイサリス兵が民衆を監視していた。


サイサリス公国は、王と丞相の首を晒すことで、ルトニア王国が滅び、自分たちが新たな支配者となったことを示していた。

民衆もまた、その光景を前に、自分たちの国が滅びたことを認めざるを得なかった。


それでも、人々の関心はルーク王子の行方だけに向けられていた。

王宮で暮らしていた他の王族は、戦いの中で命を落とすか、捕らえられて処刑されたと噂されていた。

民衆が希望を託せる王族は、もはやルークしか残されていなかった。


聡明な王子と噂されていた彼なら、すでに王都を脱出し、再起を図っているのではないか。

ルークさえ生きていれば、ルトニア王国はいつか再び立ち上がれる。

人々は祈るような思いで、そう信じていた。


だが、ルークは王都を脱出していなかった。


傷を負い、腕と足に包帯を巻かれた姿で、王宮の玉座の間に立たされていた。

目の前の玉座にはオリバー大公が座り、その傍らには、ルトニア王国東部を治めていたコンラッド侯が控えていた。

周囲には、サイサリス公国の武将たちが居並んでいた。


オリバー大公はルークを見下ろし、低く重々しい声で告げた。


「お前が生きていると知れば、民衆はきっと喜ぶであろう。

だがな、腕も足も包帯だらけで、わしの前に立つその姿を見て、果たして民は何を思うのか。

興味は尽きんよ。


さて、なぜお前を生かしているか、分かるか?


それはな、ルトニアの民衆が私に逆らったとき、お前を処分できるからだ。

分かりやすく言えば、私はお前を人質として利用する。

ルトニアを円滑に支配するためにな。

どうだ、我ながら良い考えだろう?」


そう言って、オリバー大公は凄惨な笑みを浮かべた。

初めからルークの返答など期待していなかった。

自らの知恵を誇示するために、問いかける形を取ったにすぎない。


一方のルークは、目を逸らすことも頭を下げることもなく、黙って大公を見上げていた。

その表情には、怯えも、怒りも、嘆きも見えなかった。

許しを請うでも、涙を流すでも、罵声を浴びせるでもない。

まるで、自らの内にこもった何かを、ただじっと燃やしているかのようだった。


沈黙を貫くルーク王子の姿を見て、オリバー大公はやや拍子抜けした。

もう少し、反応があっても良さそうなものだ、と不満げに眉を動かした。


「どうだ、コンラッド侯爵。

目の前の男に何か言ってやることはあるか?」


そう呼ばれた男は四十六歳で、中肉中背のこれといって人目を引くところのない男だった。

ただ、短髪で整った顔立ちには、侯爵らしい品位が感じられた。


コンラッド侯は、西のリアム侯、南のベネット侯に次ぐ、序列三位の諸侯だった。

ルトニア王国東部を預かる領主でありながら、サイサリス公国軍の侵攻を手引きし、王国を滅亡へ導いた男である。


コンラッド侯は、侮蔑の目をルークに向けた。


「彼もまた王族。

我ら地方領主を顧みず、搾取することしか能のない男です。

世間の評判がどうであれ、私は彼を認めることはできません」


かつての味方の口から放たれた言葉に、ルークは怒りで身を震わせた。


「コンラッド侯爵。

この三百年、ルトニア王国に守られ、その地位を築いてきた者が何を言う。

その地位も、名誉も、土地も、軍勢も、すべてルトニア王国のものではないか」


「一部の王族のために、南部のベネット侯爵の領地を召し上げようとし、離宮を造るために過度の税を徴収するのがルトニア王国です。

我々こそがルトニア王国を保護してきたのであって、あなた方が統治してきたわけではない。

その驕り高ぶった結果が、今のあなたの姿なのです」


オリバー大公は笑みを浮かべ、ゆったりと告げた。


「このコンラッド侯爵は、我々の進軍を助けた今回の戦の最大の功労者だ。

お主もよく知る人物だろう。私は彼の功績に十分報いるつもりだ。

私のために離宮を造ることもなければ、領地を奪うこともない。

ルトニア王国の滅亡によって、今後サイサリス公国は大きく羽ばたくだろう。

その一翼として、彼には大いに期待している」


ルークは強く睨み返し、声を荒げた。


「言うな、オリバー。

我が国は滅びてなどいない。南部にはベネット侯爵が、西部にはリアム侯爵がいる。

お前が手に入れたのは、ルトニア王国の一部、東部と王都周辺に過ぎぬ。

王族は私だけではない。

探せば幾らでもいる。

お前とサイサリス公国が滅びるまで、我が国は戦い続けるだろう」


その瞳には、強い意志が宿っていた。

しかし、その言葉を吐き出すと、ルークはゆっくりと視線を落とし、深く息をついた。

そう言ったきり、二度と口を開こうとはしなかった。

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