表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/27

【022】ルーク王子の受けた屈辱

ルトニア王都での戦いは、あまりにもあっけなく幕を閉じた。

戦いは長期化することなく、一日で終えた。

徹底した準備を整えていたサイサリス公国と、慢心に浸りきっていたルトニア王国との差が、そのまま結果を決めたのである。


ルーク王子は最後まで王国の意地を示した。

だが、それはあくまで矜持を示すにとどまり、戦局を覆す力にはならなかった。


前の主であったファルジュ王はすでに亡く、新たに玉座へ迎え入れられたのはサイサリス公国のオリバー大公である。


ルトニア王都を占領した翌日。


今まさに彼は、元ルトニア王国の王宮、その玉座の間に深々と腰を下ろし、座り心地を確かめていた。


「ふむ。これが、この大陸を統一したアルバート大王が腰をかけていた玉座か」


周囲に控えていたサイサリス公国の武将たちは、思わず頬を緩め、安堵の色を浮かべた。

オリバー大公は気難しいことで知られ、機嫌を損ねれば場所を問わず怒声を上げる人物である。

だが同時に戦には滅法強く、その武勇と胆力によってサイサリス公国を築き上げた。

まさしく一代の英傑と呼ぶにふさわしい男であった。


年齢は六十一歳に達していたが、その姿はまるで熊のようであった。

身長は百八十センチを優に超え、体重も百キロを軽く超えている。


熊に喩えられるのは、その巨体だけが理由ではない。

濃い顎髭に覆われた顔、分厚い胸に生い茂る胸毛で地肌はほとんど見えていなかった。

さらに胴が異様に長い体つきをしていた。


当人は自らの容姿や体格を気にかけることは一切なかった。

無理もない。この乱世を生き抜くうえで必要なのは外見ではなく、生き残るための力だからだ。


前日、サイサリス公国軍がルトニア王国を急襲し、王宮を占拠した。

すでに王都で抵抗する者は、一人として残っていない。


それも当然である。

侵攻の日、ファルジュ王とオーウェン丞相が討たれ、その首は王宮の前に晒されていたのだから。


晒された首の前には大勢の民衆が集まっていたが、誰ひとり涙を流す者はいなかった。

いや、正確に言えば、その場で泣くことなど、許されていなかった。


二人の首の前には立て札が掲げられていた。


「この者らの顔を見て涙を流す者あらば、

サイサリス公国に謀反を企てる者と見なす」


傍らでは、サイサリス兵が数十名、冷然と監視していた。


ルトニア国民は、王と丞相の首が晒されたことで、

自らの国がサイサリス公国によって滅ぼされたことを、まざまざと理解した。


だが、それでも人々の関心はただ一つ。ルーク王子の行方であった。


事情を知らぬ者たちは、こう考えていた。


「ルーク王子さえ生きていれば、ルトニア王国はいつか再び立ち上がれる」と。


彼は、聡明な王子と噂され、民の間でも密かに希望の象徴となっていた。

そのため、再起を期してすでに王都を脱出しているのではないかと、誰もが信じたかった。


ファルジュ王も、オーウェン丞相もすでにこの世にいない。

民衆の心の支えは、もはやルーク王子しか残されていなかったのだ。


王宮内に暮らしていた他の王族たちは、戦いの混乱の中で命を落とすか、あるいは捕らえられ処刑されたと噂されている。


それでも、人々は祈るような思いで願い続けていた。


「ルーク王子さえご無事であれば」


しかし、その願いが届くことはなかった。


ルーク王子は、傷を負い、腕と足に包帯を巻いた無惨な姿のまま、オリバー大公たちの前に立たされていた。


場所は、かつてルトニア王国の威光を象徴した王宮の玉座の間。

今、その玉座に深く腰を掛けているのは、征服者サイサリス公国の主、オリバー大公である。

その傍らには、ルトニア王国の東部を所有するコンラッド侯爵の姿もあった。


大公はルークを見下ろしながら、低く、重々しい声を発した。

その声音は玉座の間に居並ぶ武将たちにもはっきりと届くよう、あえて響かせたものだった。


「お前が生きていると知れば、民衆はきっと喜ぶであろう。

だがな、今こうして、腕も足も包帯だらけで、わしの前に跪くその姿を見て、

果たして民は何を思うのか。興味は尽きんよ。さて、なぜお前を生かしているか、わかるか?」


大公は、答える気などないことを最初から分かっていた。

それでも、自らの知恵を誇示するように問いを投げかけたのだ。


当然、ルークは沈黙を守った。

目線を逸らすことも、頭を下げることもなく、ただ無言で、大公を見上げていた。


「それはな、ルトニアの民衆が、私に逆らったとき、お前を処分できるからだ。

わかりやすく言えば、私はお前を人質として利用する。

ルトニアを円滑に支配するためにな。どうだ、我ながら良い考えだろう?」


そう言って、オリバー大公は凄惨な笑みを浮かべた。


しかし、問われたルーク王子は一言も発さず、わずかに眉一つ動かすこともなく、

黙ってその場に跪き続けた。


その表情には、怯えも、怒りも、嘆きも見えなかった。

許しを請うでもなく、涙を流すでもなく、罵声を浴びせるでもない。

まるで、自らの内にこもった何かを、ただじっと燃やしているかのようだった。


沈黙を貫くルーク王子の姿を見て、オリバー大公はやや拍子抜けした。

もう少し、反応があっても良さそうなものだ、と不満げに眉を動かす。


「どうだ、コンラッド侯爵。目の前の男に何か言ってやる事はあるか?」


コンラッドと呼ばれた男は、四十六歳であった。


中肉中背で、これといった特徴はない。

しかし、短髪で整った顔立ちは、侯爵と呼ばれれば納得できるほどの端正さを備えていた。

西のリアム侯爵、南のベネット侯爵について、序列三位であった。

彼はルトニア王国の東部を預かる領主であり、今回のサイサリス公国軍侵攻を手引きした張本人。

ルトニア王国滅亡の要因となった男である。


その男が、明らかな侮蔑の目を向けてルークを見た。


「彼もまた王族。我ら地方領主を顧みず、搾取することしか能のない男です。

世間の評判がどうであれ、私は彼を認めることはできません」


かつての味方の口から放たれた言葉に、ルークは怒りで身を震わせる。


「コンラッド。この三百年、ルトニア王国に守られ、保護を受け、その身を築いてきた男が何を言う。

その地位も、名誉も、土地も、軍勢も、すべてルトニア王国の物ではないか」


ルークの様子を、まるで愉しむかのように見つめるオリバー大公であった。


コンラッドは冷ややかな声で言い放つ。


「一部の王族のために、南部のベネット侯爵の領地を召し上げようとし、離宮を造るために過度の税を徴収するのがルトニア王国です。

我々こそがルトニア王国を保護してきたのであって、あなた方が統治してきたわけではない。

その驕り高ぶった結果が、今のあなたの姿なのです」


オリバー大公は笑みを浮かべ、ゆったりと告げた。


「このコンラッド侯爵は、我々の進軍を助けた。今回の戦の最大の功労者だ。

お主もよく知る人物だろう。私は彼の功績に十分報いるつもりだ。

私のために離宮を造ることもなければ、領地を奪うこともない。

ルトニア王国の滅亡によって、今後サイサリス公国は大きく羽ばたく。

その一翼として、彼には大いに期待している」


ルークは強く睨み返し、声を荒げた。


「言うな、オリバー。

我が国は滅びてなどいない。南部にはベネット侯爵が、西部にはリアム侯爵がいる。

お前が手に入れたのは、ルトニア王国の一部、東部と王都に過ぎぬ。

王族は私だけではない、探せば幾らでもいる。

お前とサイサリス公国が滅びるまで、我が国は戦い続けるだろう」


その瞳には、強い意志が宿っていた。

しかし、その言葉を吐き出すと、ルークはゆっくりと視線を落とし、深く息をついた。

そう言ったきり、二度と口を開こうとはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ