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【101】ラルフ伯爵とシモーネの対話

「ラルフ伯爵、あなたは恐ろしい方です」


シモーネの言葉に、ラルフ伯はいかにも心外だと言いたげな表情を見せた。


「もし私の言葉や態度で、不愉快な思いをされたのであれば謝罪させてほしい。

私は、あなたとこうして話ができることを楽しく思っているのです。


あなたのような商都ハンザの人間は、我々とは違う角度から物事を捉えることができる。

人は、気付かぬうちに、自分が絶対であり、他人の考え方が間違っていると思い込みがちです。


しかし、こうして立場の異なる人間の話を聞くことで刺激を受けるのです。

バーンズという共通の友人を介して、あなたと知り合えたことを嬉しく思います」


「今のお言葉、確かに承りました。

今後とも良き友人としてお付き合いできればと思います。

ひとつお伺いしますが、ラルフ伯爵はビアトリクス公女をどのようにお考えですか」


ラルフ伯は、その問いかけにシモーネの頭の冴えを感じた。

ルトニア王国ではなく、あくまで自分個人の考えを尋ねているからだ。


「私は、アンドラ公国からビアトリクス公女の身柄を引き渡すと言われたくはありません。

今のルトニア王国にとって、ビアトリクス公女ほど不要な存在はないと思っています」


「ルトニア王国を滅ぼしたサイサリス公国の公女という立場が、不要だとお考えなのですか」


「その通りです。

ルトニア王国がビアトリクス公女の身柄を引き受けた場合の扱いは、おおよそ想像できるでしょう。

しかし私は、大陸で最も長い歴史を持つルトニア王国が、一人の少女を殺す姿を想像したくはありません。


処刑によって留飲を下げる者は、確かにいるでしょう。

ですが、それによって得られる利益はほとんどないのです。


まったく無意味とは言いません。

ビアトリクス公女を処刑することで、ルトニア王国再興の象徴とすることはできるでしょう」


シモーネは、先日目にしたビアトリクスの姿を思い出した。

そして、その少女が処刑される姿を想像し、わずかに表情を曇らせた。


しかし、ラルフ伯の言葉に矛盾を感じた。


「そのようにお考えなのですね。

ですが、ルトニア王国の使節団には女性も含まれています。

それでもビアトリクス公女との接点を持たなくても良いとお考えですか。

それから、先ほどビアトリクス公女についても話を聞きたいと仰っていました。

それは、どういう意味なのでしょうか」


「シモーネ殿は情報が早いですね。

確かに今回の使節団には女性も含まれています。

ですが、彼女はビアトリクス公女のためだけに選ばれたわけではありません。

優秀だからこそ、使節団の一員として選ばれたのです。


それと、もう一つの質問への答えがまだでしたね。

私はビアトリクス公女との接点を持たなくても良いとは思っていません。

あらゆる可能性を考えれば、彼女と接点を持っておくことは悪いことではないと考えています」


シモーネは、ラルフ伯の言った「あらゆる可能性」という言葉が引っかかった。

その意味を問いただすこともできたが、返ってくるのは「あらゆる可能性」という答えだけだろうと分かっていた。


「ラルフ伯爵は、ビアトリクス公女に悪い印象をお持ちではないのですね」


「彼女自身について、私が思うところは何一つありません。

今回のルトニア王国攻略において、彼女は意思決定をする立場ではなかった。

それに、結果的には責任を取る立場ですらなくなっています」


「同情されるべき立場であるとお考えなのですか」


「同情というのは違います。

物語に出てくる悲劇の主人公といったところでしょうか。

あくまで他人事として見ることができます。


それに、聞くところによれば、ビアトリクス公女は滅ぼした国の人間から同情されて喜ぶような方ではないでしょう」


「ラルフ伯爵のお話を聞く限り、ビアトリクス公女に興味をお持ちとは感じません。

では、なぜ私に彼女の話を聞きたいと思われたのですか」


「シモーネ殿、私はあなたがどう感じたのかを知りたいのです。

私はルーク王を補佐し、ルトニア王国の運営に携わる立場にあります。

主観的な感想ではなく、客観的な事実に基づく報告をルーク王に届けたい。


あらゆる情報を集め、できるだけ客観的な視点で報告する。

これこそが、ルトニア王国の健全な発展につながると信じています。


ビアトリクス公女のことも、その一つでしかありません」


「なるほど、ラルフ伯爵の考えが理解できました。

つまり、あらゆる情報を集めておきたいということですね。

しかし、お一人で集められる情報には限界があると思います。

その点はどのようにお考えなのですか」


シモーネは、個人対個人としてのやり取りにしては際どい質問だと感じていた。

そのため、ラルフ伯に答えられないと言われても、それ以上問いただすつもりはなかった。

しかし、ラルフ伯はあっさりと答えた。


「それは当然です。私一人でその責任をすべて果たせるとは思っていません。

そのために今回の使節団にも、優秀な人材を連れてきています。


そして、バーンズという共通の友人を持ち、幅広い知識を持つシモーネ殿とは、こうして直接お話ししたいと考えたのです。


今回のアンドラ公国との交渉は長期戦を覚悟しています。

情勢は日々変化するでしょうから、その変化を見逃さぬよう、細心の注意を払うつもりです」


シモーネは、自分が余計な質問をしたと感じた。

ラルフ伯の答えは至極当然のものであり、考えてみれば聞かずとも理解できる内容だった。


「大変失礼な質問をいたしましたことをお許しください」


ラルフ伯は、その謝罪の意味を理解し、気にすることはないと身振りで示した。


「ビアトリクス公女とお会いになって、いかがでしたか」


「アンドラ公国に捕らえられてから、一か月半ほどでしたので、心を痛めておられるご様子でした。

あまり立ち入ったことは聞けませんでしたが、私が見た限りでは、世評どおりの方だと思いました」


「傷心ですか。

確かに戦場から戻ると、サイサリス公国が滅亡していた。

正確にはアンドラ公国に併合されていたというのは、受け入れがたい事実かもしれませんね。


ですが、シモーネ殿の印象がそうであれば、我々は彼女の実力を必要以上に大きく見積もっているのかもしれません。

ヴィクセル川の戦いでまんまと逃げられたことが、少なからず影響しているのでしょう。


色々とありがとうございます。

私がビアトリクス公女と会うことはないかもしれませんが、もし機会があれば参考にさせていただきます」


ラルフ伯は、シモーネの言葉を額面どおりに受け取ってよいものか考えていた。


彼自身は、ビアトリクス公女が人の上に立つ者として優れた資質を持っていると評価していた。

特に将兵を率いる能力は傑出しており、彼女自身の実績がそれを裏付けていた。


シモーネから聞いた今の姿は、自分が抱いていた印象とはかけ離れていた。

しかし、まだ十八歳という年齢を思えば、置かれた状況を受け入れるには時間がかかるのだろうと結論づけた。


その後もシモーネとラルフ伯は、あくまで個人としてという前提ではあったが、夜半まで情報を交換し続けた。


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