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【102】ラルフ伯爵の情報戦とアンドラ公国の混乱

「伯爵、少しよろしいでしょうか」


アンドラ公国に入ってから一か月余り。

二度目の会談を二日後に控えたラルフ伯のもとを、ハンナが訪れた。


「何か動きがあったのか?」


「はい。

昨日、レギレウス将軍は西のルグルスの大森林方面へ、ザルファ第二公子は南の旧サイサリス公国領方面へ、それぞれ少数の兵を率いて公都を出発しました」


「二人とも自ら公都を離れたのか」


「間違いありません」


ラルフ伯は椅子の背にもたれ、考えを巡らせた。


「初回の会談には、シュール大公、レギレウス将軍、ザルファ第二公子の三人が出席した。

だが、そろって我々の話を聞くだけで、まともな返答は何一つなかった。

その後は、ほかの貴族たちから何度か会食に招かれた。

皆、酒と料理でもてなしてはくれたが、肝心の交渉について語る者はいなかった」


「一か月以上も滞在させておきながら、公式の会談は一度だけです。

軽んじられているとしか思えません」


「会食も無駄ではなかった。

金は使ったが、貴族たちとのつながりもでき、情報も集められた。

それでも、バーンズ殿やシモーネ殿に並ぶほどの人物には、ひとりも会えなかったがな。


なぜ、この国がサイサリス公国を併呑できたのか、いまだに不思議でならん」


ラルフ伯はそこで言葉を切り、ハンナへ目を戻した。


「初回の会談で、レギレウス将軍は二度目の会談にも出席すると明言していた。

その将軍が、会談の二日前に公都を離れた。

ビアトリクス公女が絡んでいるのか?」


「おそらく」


「根拠は?」


「私たちが調べたところ、この一か月ほど、ビアトリクス公女は体調の優れない状態が続いていました。

その間、シュール大公の訪問もありませんでした。

捕らわれて以来、日参していた大公の訪問が途絶えたことを考えれば、かなり体調を崩していたのでしょう。


さらに、ここ二日間で屋敷への出入りが急増しています。

ビアトリクス公女の身に、何事かあったと考えています」


「公女が病で亡くなった可能性は?」


「否定はできません。

ですが、それだけでレギレウス将軍とザルファ第二公子が別々の方角へ向かうとは考えにくいと思います」


「そうだな。

公女が自ら脱出したか、何者かに救い出されたと見るべきだろう。

西と南へ分かれたのは、逃走先を絞り切れていないからだ」


「ハンナ、今から商都ハンザのシモーネ殿を訪ねてほしい。

今回の件について、何か知っていることがないか確かめてもらいたい。

ただし、質問も回答もすべて口頭で交わし、書面には残さないようにしてくれ」


「伯爵ご自身がお会いにならなくてもよろしいのですか?」


「私は二十名の使節団を率いる立場にある。

事態が見えぬうちから、軽々しく動くわけにはいかん。


シモーネ殿はハンナのことを知っている。

私の名を出せば、意向も伝わるだろう」


「承りました。

シモーネ殿には、何をお尋ねすればよろしいでしょうか?」


「多くの質問を用意する必要はない。

アンドラ公国に動きがあった。

シモーネ殿個人として、何か知っていることはないか。

そう尋ねるだけでよい。


聡明な彼女なら、こちらが何を知りたがっているか察するはずだ」


「承知しました」


ハンナを送り出すと、ラルフ伯は使節団の者たちを呼び集めた。


「先に言っておく。

この国で情報を得るには金が要る。

すでに、それぞれ話を聞ける相手を見つけているだろう。

金はいくら使っても構わん。

必要な情報を集めてほしい。


ただし、私が欲しいのは噂ではなく事実だ。

誰がビアトリクス公女の屋敷に出入りしていたのか。

その者は何者で、いつ、誰と会ったのか。

一つずつ確かめ、確認できた事実だけを報告してほしい。


これは剣を使わぬ戦いだ。

だが、我々が得た情報によって、国の行く末が変わる。

ここにいる者は、その戦いを任せられる者として選ばれた。


それぞれ、確かな情報を持ち帰ってくれ」


使節団の者たちは力強くうなずき、それぞれ部屋をあとにした。


夜になると、ラルフ伯は使節団を再び集め、持ち帰った情報を報告させた。

最初に、ハンナが口を開いた。


「シモーネ殿は、今回の件についてお伝えできることはないとおっしゃいました」


「何も知らないのではなく、知っていても伝えられないということか?」


「はい。そのように受け取りました」


シモーネが情報を持っていないとは考えにくい。

ラルフ伯は、彼女が話せない事情を抱えているのだと判断した。


続いて、別の使節が報告した。


「サイラス商会が、ビアトリクス公女との連絡役を任されているとのことです。

商会はアンドラ公国の貴族たちへ広く金を配り、そのつながりを利用して商売をしています。

また、この一か月ほどで、見慣れない者たちが商会へ出入りするようになったことも確認しました」


ラルフ伯はうなずき、次の者に報告を促した。


「我々が賄賂を渡した貴族からの情報です。

ビアトリクス公女は盗賊団に誘拐され、身代金を要求されているとのことです」


盗賊団による誘拐が事実なら、レギレウス将軍が西へ向かった理由も説明できる。

盗賊たちがルグルスの大森林へ逃げ込むと考えたのだろう。


一方、ザルファ第二公子が南へ向かったのは、旧サイサリス公国の者による救出も疑っているからか。


アンドラ公国側も、公女がどちらへ向かったのか把握できていないらしい。


「サイラス商会への監視を増やしてほしい。

出入りする者だけでなく、付き合いのある貴族も徹底的に調べてくれ。


誘拐の情報をもたらした貴族には、十分な報酬を与えるように。

新たな情報が入れば、すぐに知らせるよう伝えてほしい。


それから、二度目の会談でレギレウス将軍に代わって誰が出席するのかも調べてくれ。

出席者の中に、金で動く者がいるかも確認しておいてほしい」


誘拐か救出かは、まだ分からない。

だが、ビアトリクス公女がアンドラ公国の手を離れ、二度目の会談にレギレウス将軍が出席できないことは確かだった。


一か月以上も交渉を引き延ばした末、今度は自国内の混乱によって、出席を約束したレギレウス将軍まで欠く。

ラルフ伯はアンドラ公国の対応に憤りを覚えたが、感情のまま責めるつもりはなかった。


この失態を、二日後の会談でどう利用するか。

そのために必要な材料は、すでに集まりつつあった。

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