ガッコウ ショニチ 2
その時、4階に続く階段に通じる屋上の扉のノブがガチャガチャと回された。
安全柵の向こう側に着地した悟は驚いて大輔の方を見る。
静かに。
大輔はそう言わんばかりに悟に向かって口に人差し指を押し付けて合図を送った。
屋上のドアには外からは回すだけで鍵をかけられる。
しかし、逆に中からは鍵がないと入れなかった。
担任の若手教師柏崎からこっそりと鍵を貸してもらっている大輔たちは、屋上に出ていることがバレると柏崎にも迷惑がかかるため、屋上に来たら必ず外から鍵をかけるという習慣があった。
故に、大輔が屋上の鍵を握っている今は、屋上には入れる者は合い鍵を持っている教師に限られた。
こんな授業中に屋上に来ようとする人物などは早々いない。
やはりとんでもないことが中で起きているに違いないね。
大輔はそう思いながらも、安全策の小さな扉を潜り抜けて、扉を注意深く静かに眺める幼馴染の隣に立った。
今もドンドンと扉が叩かれて、ノブがガチャガチャと回される。
何かを中で言っているようだが、二人にはよく聞き取れなかった。
「なあ、大輔。どうする?」
「とりあえず、この時間帯にここに必死になって来るってことがまず変だよ。何か言っているみたいだし、人がいることを悟られないようにゆっくり近づこう」
悟は大輔の小声に同調して軽く頷くと、ゆっくりと扉に近づいていった。
扉の横に奧から感づかれないように二人はゆっくりと近づいた。
すると、奥から女性の声が聞き取れた。
「――るんでしょー?はやくあけ―――――」
「奈々か!」
「ちょっ!悟!」
その声を聴くや否や、悟は大輔の制止もかまわずに扉の鍵を開けて思い切り扉を開いた。
扉を開けると、そこには二人の人影があった。
その人影を見ると、悟が軽率に動いたことに動揺していた大輔も、ホッと心を撫でおろした。
「ちょっと~!早く開けてよね!」
扉が開くや否や、ズカズカと一人の女子生徒が屋上に乗り込んだ。
茶髪にショートカットでいかにも運動をしていそうななりをしている。
彼女は緑川奈々。
大輔と悟の幼馴染だ。
「スマンスマン、大輔がさ」
「ダイちゃんひど~い!」
「全部僕のせいにする気かよ……まあいいや、それで、なんでここに来たの?授業中でしょ?それに、ネクラミーまで」
少女に追随するかのように、扉の奥からゆっくりと男子生徒が進み出て、扉を閉めて丁寧に鍵をかけた。
小柄でやせ形の彼は箱根蔵見。
二年生にしてパソコン部の部長を務める重度のパソコンオタクだ。
クラスメイトからは、苗字と名前の間を取って、ネクラとよく呼ばれている。
奈々にネクラミー。
異色の組み合わせだな。
ホントに何が起きたんだ?
大輔は素直に疑問に思った。
「風間大輔に矢島悟よ、久しいな」
「いや、今日も朝教室で会っただろ。お前、同じクラスじゃんかよ」
「ふっ、我の言葉が理解できないようだな、矢島悟。我が言ったのは、会話したのは、という意味においてだ」
蔵見がどや顔で言い放った。
おそらくうちの高校で唯一の一人称常時「我」の生徒だろうなぁ……
彼は重度の厨二病感染者でもあった。
「まあいいや、それで、授業中なのになんで屋上に奈々とネクラミーが一緒に?珍しい組み合わせじゃん。まさか、付き合ってんの?」
大輔は冗談交じりに奈々と蔵見に言った。
奈々と悟は付き合っているからだ。
もう付き合い始めてからかれこれ6年ほどは経つだろう。
「おい、殺すぞ」
悟は大輔の言葉に蔵見を鋭く睨みつけた。
「な、なんで我!?」
「それがさ~学校が大変なことになってるの!うちのクラスは何ともないけど、他のクラスでは目がうつろになって、ぶつぶつ何かうわごとを言いながらうわーってなる生徒がたくさん出てるらしいよ~さっきも誰かが外に落っことされたみたいだし。今先生たちが総動員で対処に当たってるらしいけど、どうなるかはわからないって~」
完全にとばっちりを受けてうろたえる蔵見を無視して、奈々が説明し始めた。
大輔は、うちのクラスは無事という奈々の言葉に安堵をもたらされた。
生徒がたくさん錯乱しているってこと?
たくさんということは、精神的な病気に侵されている可能性は低い。
ということは、脳になんらかの影響を与える麻薬のような物質を生徒が取り込んだってことかな?
無差別だとしたら、今は昼前。
毒物の混入経路は自販機か、学校前のコンビニかな。
でも、他のクラスではたくさん出ているのに、うちのクラスだけは無事というのも偶然なのかな?
なんらかの伝染病、という可能性も捨てがたいね。
大輔は、これから詳しく話を聞けば真相にたどり着くかもしれないと分かっていても、今ある推理材料だけで自然と一瞬で考えを巡らせた。
「そこで、うちのクラスは部屋の鍵を閉めて待機って先生が言ってたんだけど、悟たちがここにいるってわかってたから、トイレって嘘ついて抜け出して今の状況を伝えにきたの!そしたらクラミーも一緒になぜか付いて来たの~」
「ふっ、おおむねは緑川奈々の言葉に偽りはない。しかし、我がここにわざわざ来た訳は緑川奈々とは違う。それは風間大輔、お前との契約を果たすために他ならない」
彼はビシっと決め顔で大輔を指さした。
「契約?」
そんな厨二ちっくなものを交わした覚えはないんだけど……
「忘れたとは言わせんぞ、風間大輔。体育祭の時に我と交わした契約のことだ」
「ああ、あの学校休んで遊びに行こうって奴?それなら丁重にお断りさせていただいたじゃないか」
「違う!違う!そんなんじゃない!我への依頼に対する対価を少なくする代わりに我は風間大輔に一つ借りを作ったではないか、まさか忘れたとは言わせんぞ」
「ああ……なんかそんなこと言ってたっけな……それで?僕は具体的には何をすればいいの?」
大輔は不思議に思った。
確かに蔵見と大輔は、体育祭の時、協力を仰ぐ代わりに一つ借りを作った。
しかし、大輔はその借りを返すことが一生無いと思っていた。
なぜなら、自分が彼のために出来ることなど、限られていると大輔は考えていたからだ。
「我を無事に一カ月間生存させろ」
「は?いや、まさか……ネクラミー、なんか殺されるようなことしたの?凶悪犯罪組織の内部情報をハックして盗んだとか?危ない橋は渡らない、がネクラミーの座右の銘じゃなかった?」
蔵見の突然の申し出に大輔はすっかり驚いた。
俺にボディガードをやれと?
そんな無茶苦茶な。
「ふっ、何も知らないというのは滑稽なものだ。いいだろう、特別に我が本来ならば有料な情報を無料で開示してやろう」
そう言うと、蔵見はポケットから小さな携帯型タブレットを取り出した。
「おい、クラミ、それ、無断で持ち込んだ電子機器が見つかったらうちの高校は最低でも停学だぞ?」
蔵見は悟の忠告を聞いて軽く笑い出した。
「ふっ、停学などとは、愚かだ。本当に何も知らないようだな。教えてやろう」
そう言うと、蔵見はいじっていたタブレットを画面を前にして大輔たちに見えるように突き出した。
「んと、これはニュース記事だね~?なになに~?……ん?地球規模のバイオテロ……? WHOは感染拡大防止のために渡航制限勧告を発令……日本政府はバイオテロの可能性を示唆して、原因解明のための特別チームを設立、政府は国民に、マスクを着用して家から不用意に出ないように注意を呼び掛けています……なに……これ……?」
「ウソだろ……」
そのネット記事には、地球規模でバイオテロが行われているというものが大々的に取り上げられていた。
「ネクラミー、これは事実?」
「いかにも。密かに言論統制が行われているようで、色々と完全に削除されてしまっている情報も多いが、どうやら、死人が少し経つと、動き出すらしい。どうやら世界の歯車は逆向きに動き出してしまったようだ……」
「死人が……?そんなバカな……?」
「そ、そうだよ、映画じゃないんだしさ~」
大輔は蔵見をじっと観察していた。
とても、嘘を言っているようには思えない。
それにこの騒動。
想像もつかないようなことが起きてるに違いない。
「悟、奈々、信じよう。ネクラミーは冗談言う様な性格はしてないし、偽情報を掴まされるほど腕がなまっている訳がないよ」
「ふっ、眉1つ動かさないとは。流石、我が見込んだ男だけはある。そこで、風間大輔よ、貴様は我との契約を今すぐ履行し、我を一か月間生存させろ」




