大祭と再会(1)
明日は、4年に一度の大祭だった。
この村の祭神エメテークは、ほそぼそとだが信仰を集めている。年に何度かこういった重要な儀式を行う日があるが、信者は参列するためにやってくる。それ以外にも、儀式やにぎやかしの出し物などを見るために観光客も多い。
(あいつも忙しくしてんのかな)
5年前に会ったきりの、今は立派な青年になっているだろう彼のことをひさびさに思い出す。
村の中を探し回っても、レストという名前であの年頃の者は、見つけられなかった。
名前自体は村では珍しいものではなく、2人の同名がいたが、別人だった。
村人に聞いても、ろくな返事がこない。いるともいないとも言わず、言葉を濁す。
隠されている、と思った。
ふと思ったのは、神事に関わる人間だったのだろうかということだ。出会ったのが禁足地であるということを、もうちょっと深く考えるべきだった。
村ぐるみで来訪する巡礼者などに対応しているが、子どもや老人などはあまり表に出てこない。治安という意味でもそれは賢明だと思える。ほかにも重要な人物などは隠れていてもおかしくない、完全裏方というやつだろう。レストはそれに該当するのでは。
一度は再会をあきらめた。
けれど、村には通うのだから、そのうちということもあるかもしれないとほんの少しの希望を持ち直した。
ラグヴィルが村に通う理由は、マイナイだった。
どうにもあの最高司祭という男が気になった。
何故気になっているのか、自分でも見当がつかない。
そうやって村に通うこと、5年。
ずいぶんと村人には顔を知られるようになってしまった。
神殿総本山への荷運びや専任として護衛をする冒険者たちもいて、村では知られるようになるのはしかたがない、面倒なのでそのままにしている。
本当の理由は、話すと警戒されそうだと、遺憾ながら自分でも思っている。自分でも明確には説明できないのだから。
ただ、なんとなく引っかかっていることはあった。
数年前、顔見知りになった武衛衆の男と飲む機会があった。村の酒場で、それとなくグラスを重ねながら、いろいろなことを聞いた。
「実のところ、どうやってマイナイ様が選ばれるのかは知らねえ。本当に上の、祝事役や花事……ああ、儀式とか準備する外でいう神官だよ……まあ、そういう偉い人らしか知らねえんだ。だが、今のマイナイ様はもう10年以上前にマイナイ様になられた。当時はまだ10歳にもなっていない子どもだったよ」
「子どもが最高司祭?」
信じられない。
いくら儀式だけとはいえ、幼いトップに責任を負わせることができるのか。
それ以前に、守るべき子どもを村ぐるみで担ぎ上げるとは。
——いや。
赤の他人のことだ、どうでもいい、はずだ。
ましてや、こんなおかしな村の、顔も見たことがない男のことで。
いろんなことが一瞬で頭を駆け巡って思わずラグヴィルが呻くと、男は苦笑した。
「だが、あの方は最初からご立派だった。まあ、先代が……ああいや、ともかく、これは決まりごとだ。俺たち下っ端がおいそれと口出しできねえことだ」
「だが……」
「それ以上は外の人間は口出しできねえよ」
ふと陽気だった男の顔から表情が消える。
「ここがエメテーク様の村である以上、それに異を唱える者は容赦しない。俺はそういう役に就いている」
「……」
言っていることはわかる。けれど納得はできない。
黙ったラグヴィルに、酒を注いでくれる男。
「……いろいろ重なったんだ、ご年齢については予定外ではあったんだろう。だが、マイナイさまはさすが神に選ばれた伴侶だ、よくお役目をされている」
——その時教えてもらったのが、4年に一度の大祭。
今回のこれだ。
前回の大祭は、その存在と開催の日を知らず、依頼が重なって村に寄りつけなかった。
特別な儀式をするという以外によく知らないが、マイナイが表舞台に出てくるならいいタイミングと言える。
まあ、どうしてこうまでしてマイナイが気になるのか、結局自分でも分からないのだが。
そもそも自分は人嫌いだ。
「おーい、起きてるか」
ノックの音と声と、ガチャリと部屋の戸が開く音は同時だった。
「……ノックの意味は」
「お前だし」
「用事がないなら出てけ」
「あるって。前夜祭とかあるって聞いたよ。なんか露店で飲み食いできるんだろ、行こうぜ」
「……お前と?」
「心底嫌そうな顔すんなよ。だってお前の想い人は——わかったって、覇気はやめろや」
何を勘違いしているのか、エリメンはラグヴィルはマイナイを好いているとことあるごとに言う。
ただ気になるだけだ。
「……はあ」
実のところ、各所に連絡待ちで何もすることがない。
祭りには行く予定だった、決してエリメンに誘われたからではない。
財布と剣を確かめてから、ニヤニヤしているエリメンのむこうずねを蹴ってやった。
大祭当日は、丸一日マイナイが表に出ていた。
村をぐるりと回る、マイナイの行列。
先頭に、最高司祭。白と金の、重厚なローブを羽織り、ロッドを携え、一歩、一歩とゆっくりと歩く。
周囲の花事はベルと杖、それと香炉と花籠を持つ。
不思議な音程の声に合わせて、低い音と高い音が入り混じるベルがリーンゴーンと鳴り響く。
花籠から一歩踏み出すたびに花を撒き、ひらひらと色とりどりが道に振り注いだ。
空へとたなびくのは、甘い香りのする煙。
彼らを見て、道に立つ村人や巡礼者は祈りを捧げていた。
マイナイは朝から村の各所に安置された聖像に祈祷をして回り、その後は特別に公開される礼拝殿での一風変わった儀式と、最後の大礼拝だ。
一風変わった儀式とは——奉納舞というものらしい。
剣舞である。
この国では見せるための剣術は流行らない。剣を握るのはすべて敵と戦うためだ。少し南に下った国で、武闘派の民族が伝統的に行っている、剣を持って踊るという一種の訓練が名物となっているが、それと同じものなのか。
夕暮れの時間。
村が赤い夕陽に染まり、礼拝殿の大きく開け放たれた中の舞台だけが白い光でぼんやり光っている。
特殊な光る石で、割れば一定時間だけ光を放つという。それを専用のランタンに入れれば、光が何倍も大きくなる。
舞台といっても、薄いタイルが敷き詰められ、小さな祭壇があるだけだ。祭り用の旗がいくつも天井から下がっていて、華美ではないがそれらしい。
ラグヴィルと連れのエリメンは早めに礼拝殿の前に陣取っていたため、その舞台のほとんどを見渡せた。人の多さにげんなりするが、今は我慢だ。
やがて、どこからかマイナイが舞台に上がってきた。
何か仕掛けでもあるのだろう、突然舞台の上に姿を現したように見えたため、ラグヴィルやほかの観客も驚いてざわめき、それからしんと静かになった。
マイナイは仮面をつけているが、いつものものではなく模様が若干違い、金の文様と飾り房が耳のところについていた。服装も、いつものローブではなく、袖も裾も長い、白い薄布を何枚も重ねて、さらに上から金と赤、青の織布を肩からかけて腰のあたりで飾り紐で留めている。頭からすっぽりと赤い布をかぶり、足元まで垂れている。
彼の他に白い装束の3人の花事が、やはりいつの間にか舞台の端に控えていて、そのうちのひとりが、剣を捧げ持ってそろりと中央のマイナイに近づいた。傅き、両手で抜き身の剣を水平に掲げて頭を下げると、マイナイがその凝った装飾の柄を握る。
花事が端に下がり——マイナイは、騎士のそれのように剣を掲げ。
誰もが息を呑んで見守る中、タタン、と固い音がリズミカルに聞こえた。
マイナイの足踏みだった。
彼の腕が振り上げられ、剣が白く光を弾く。
彼が足を動かし舞台を踏む度に音が鳴る。靴底に何か加工してあるらしく、木槌を鳴らすような音でよく響く。それが一定のリズムを奏でていて、乱れがない。
(すげえな)
リズムを崩さない足運び。
細身の片手剣を素早く振り、ピタリと宙で切っ先を止まる。かと思えば流れるように水平にぐるんっと回転する。
シャラン、と音が鳴る。
服のどこかに鳴り物が仕込んであるのだろう。
ふわりと裾と袖が円を描く様にたなびく、それすら計算された動きだ。
たしかに戦う動きではないが、この優美に見える舞踏は、相当な修練が必要だろう。どこか甘ければ袖はあれほど翻らないし、足踏みの拍子が乱れる。剣の弾く光と軌跡の鋭さは一介の騎士の動きと勝るとも劣らない。
美しかった。
そして——時折放たれる、覇気。
近くにいた冒険者らしい観客も、分かって息を呑んでいる。一般の巡礼者などもマイナイが舞いながら放つ独特の気を感じ取れるものは多く、祈るように手を組み合わせていた。
一体どのくらい時間が経っただろうか。今まで微動だにしていなかった花事たちが手を動かしはじめた。
マイナイの奏でる音に合わせて硬く澄んだ音が重なる。楽器だろうか。
徐々にマイナイの動きが速くなる。
タタン、タタン、と何度も飛ぶように足を踏み鳴らし、腕をしならせ剣を複雑な動きで手繰る。
ダンッ——
大きな足音とともに、マイナイが跳ぶ。
ふおん、と剣が唸る。素早すぎて光の残像になった。
マイナイの体の周囲を、光る切っ先が大きく輪のように旋回して。
マイナイが床に降り、剣を掲げて膝をつく。幾重にも重なった白い薄布が、宙を泳ぐように広がってから床へと落ちる。
歓声がなかったのは、半分以上が信者だったからだろう。彼らは全員手を組み、一心不乱に祈っている。観客が集まった後ろでは拍手が上がっている。
マイナイがおもむろに立ち上がり、剣を何度か軽く振り、水平に掲げて祭壇に向かって一礼をする。
花事たちが立ち上がり、来たときと同じように彼らはどこかへと姿を消した。
空っぽの舞台を眺めながら、じん、と痺れたように身体が動かない。
剣のきらめきが、翻る袖が目に焼きついている。
感動というものだろう、あまりラグヴィルが今まで感じたことがなかった感情。
そして——胸の奥で強く圧迫する、惜しいという思い。
マイナイは、うまく鍛錬すれば騎士すら超える剣士になるだろう。披露した所作は完璧で、舞踏のために小手先で翻す剣の動きを矯正すれば、すぐにでも実戦で活躍できるはずだ。
おそらくマイナイは細身だが、体力もないわけではなさそうだ。激しい動きをあれだけの時間こなしながら、最後の一礼の時に肩を揺らすような乱れた呼吸をしていなかった。
(こんな小さな村に、いていいやつじゃない)
高揚した気分のまま、ラグヴィルはそんなことを思う。
いつの間にか、ぐっと拳を握りしめていた。
——マイナイは、村の外には出られない。
こんな山のなかの小さな村に、一生閉じ込められたまま。
子どもの頃から決められているなんて、理不尽ではないか。
「……ありゃあ、うまくすれば傭兵で食ってけるだろ。コネがありゃ騎士だって」
呆れたようにエリメンは呟いた。
全面的に同意したいが……なんだか口に出すのは悔しくて、背を翻した。




