王国事情
昼餉が終わり、ラグヴィルたちと会合の時間。
レストとビーテル早めに席に着いて、客人を待ち構えていた。
客人……ラグヴィルとエリメンは揃ってやってきた。
「お待たせしましたか」
「いや、よく参られた」
「村長も呼びたかったのだが、忙しいようで。我々のみで申し訳ない」
ビーテルが円滑に進めてくれるようだ。それににこりと笑うエリメン。
「いえ、突然のことでしたでしょう。私も命令を受けたのが出立の3日前で」
ラグヴィルはあまりしゃべらない人間だと思っていたが、エリメンは話上手のようだ。
茶を並べ、人払いして、応接室にはレストとビーテル、ラグヴィルとエリメンだけになった。
「……二、三お聞きしたい」
レストの言葉に、エリメンが笑顔で促す。
「一体どの程度、王太子殿下は計画しておられるのか」
「……まだ法の準備が、国王たちは終えていないと聞いた」
ラグヴィルが抑えた声で話す。
「殿下の予想ではその法を話し合う議会とやらが、2ヶ月後に開かれるそうだ。それまでに殿下は味方の貴族たちとできる限り反対の意見を集めると」
「それが、正攻法ですな」
ビーテルの確認に、ラグヴィルは頷く。
「うまくいけば、議会はさらに一ヶ月延びて3か月後かもしれないということだ。だが、どうせ国王は強引にでも可決させるだろう」
「では、どのようにそれを防ぐのですか」
「防ぐんじゃない」
「と、いいますと」
「それを準備期間として、別の行動を起こす。まだ、王太子殿下もこれと決めたものはないようだ。状況によっては行動が変わることもあるとか」
「流動的ということですな」
「ならば……武力を扱うことは、想定されているか」
レストの言葉に、ラグヴィルのカップを持った手が止まった。
「……場合によっては、だそうだ」
「それは、防衛戦ってことか」
エリメンも聞いていなかったらしく、彼は驚いた表情でラグヴィルを見る。
「現時点では分からん」
「防衛戦……というのは、この村を守って戦う……ということですか」
やや焦ったビーテルに、ラグヴィルは表情も変えず頷いた。
「そうなる。ただし、まともに国王の勢力とやり合って勝てる見込みはほとんどない。だから王太子は策を立てるようだ」
「策とは?」
「……まだ俺はそこまでは聞いていない。これも状況によるんだろう」
ビーテルの顔がこわばる。
レストも、正直、喉が痛いほどに不安が押し寄せてきていた。
「だが、王太子殿下の側近とやらは頭が切れるんだろう?」
ひょうひょうと言ったのはエリメンだった。
「殿下もやみくもに戦うー!とかいう方じゃねえし」
「ああ。王太子のそばにいる侯爵家の令息とやらがかなり遣り手だ。負ける戦いなどしないだろう」
「……今は、戦うとかあんまり考えないほうがいいっすよ」
エリメンがわざとだろう、朗らかに言った。
「まだ分からねえし、不安がってても疲れるだけで。あくまで可能性ってことだろ、ラグヴィル」
「ああ」
「これは明日の会合で皆に伝えましょうか?マイナイ様」
「伝えよう。まだ余裕はある、落ち着くよう説得しながら」
隠していると、おそらくまた責任だのと蒸し返される。今村のなかで諍いになるようなことは避けたかった。
喉の渇きがひどい。咳払いしないように抑えて、レストは一度息をつく。
「……この件で、神殿は何か動きがあったか」
「今のところない、と、聞いている」
ラグヴィルはそう返して、カップをソーサーに置いた。
「神殿については奇妙なほど動きがないとか。考えられるのは、例の大神官とは全く関係がないということ」
白いティーカップをラグヴィルは眺めている。
「逆に、完全に国王と連携して何か企んでいるのを隠しているか。もしくはまだ様子見であるか。というのが、王太子の話だった」
ラグヴィルは一度言葉を切り、
「……俺は一度総本山に行こうと思っている」
「探りに、か?」
「ああ。今ならまだ神殿が何を考えてても警戒はしていないだろう」
「ならば、村の周知衆に頼めばと……マイナイ様」
ビーテルが振り返るので、頷いた。
「ああ。そちらのほうがいいだろう」
「周知衆?」
「エメテーク様を信仰するものは村の外にもいるのですが、彼らの手助けをするために、定期的に連絡をする神官のような存在ですな。この国を中心に、旅をする者たちです。神殿にも時折行くのですよ」
「神殿には詳しいってことですかい」
「はい、ある程度は。出入りしても怪しまれないかと」
ラグヴィルは少し考えてから、
「……では、そっちで頼む」
「分かり申した」
「では……殿下は最終的な目標は、どう考えていらっしゃる」
「目標……ですか?」
きょとんとしたエリメンではなく、ラグヴィルを真っ直ぐに見る。
「村を村として存続させる。それは王国の不利益を回避するため。それだけだとしたら、あまりにも我らに都合が良すぎる」
昨日から違和感はあった。今ラグヴィルたちと話していると、頭の中が整理されたのか具体的におかしいと思うようになった。
ラグヴィルはレストの視線を受け止めた。
彼の瞳は吸い込まれそうなほど青い。
「……このことは、絶対に他に言うな」
「無論」
「——王太子は、国王を牽制しようとしている」
「お、おい」
エリメンがぎょっと肩を揺らす。レストとビーテルは息を呑んだ。
「不仲でいらっしゃるので?」
ビーテルのかすれた声にラグヴィルはああ、と簡単に返す。
「正しくは、例の大神官に操られているような国王をこのままにはできないというようなことだ。いくら仲が悪くても、国王がまともなら、手を出す必要もなかった」
「あー数年前まではたしかに、変な命令とかはなかったが、最近はな」
「2年前、馬車が急に大きさを決められたと思ったが、それのことであるか」
「そうっすね」
エリメンがうんざりしたように首を振った。
「大きい馬車は所有と走るときとに金を国に払えっていう命令だ。だから馬車は数は少なくなったし、小さくなった。おかげで傭兵や冒険者が護衛の依頼に人を取られて回らなくなってな」
「……こちらは巡礼者の長期滞在が多くなりましたな」
馬車と護衛の都合がつかなくなって、来るのも帰るのも時間がかかり、その分連泊が多くなったのだ。
「他にもいろいろ、特に税金と土地のことについてあれやこれや国がうるさい。これが大神官……っていうか、国王の仕業なら……王太子は責任もあらぁな」
「王太子殿下は、どのような方で」
聞いていると、国のことを思うまさに王族のような人だが。
「……真面目だな」
ラグヴィルが、少し目を細めた。笑みにも見えて……レストは少し、胸のうちがざわめく。
(……?)
まあ、そんなことより、
「ならば、急に約束を反故にしたりなどはしないでしょうな」
ビーテルは半分冗談だろう。それにエリメンがおかしそうに笑った。
「あーたぶん?」
「ないだろうな」
ラグヴィルは素っ気ない。
「そういうことだ。このままでは、国がだめになる。特に今回のテルウェシの件は、おそらく思った以上に国が混乱するという予想があって、さらに神殿のこともある。面倒が起こる前に、ここで国王を『失敗』させたいということらしい」
「……では、思惑はあれど、村を守ることは王太子殿下の望みでもあると考えてよろしいか」
「そういうことだろう」
「了承した」
むしろ分かりやすくて助かった。
これは村が国王からも王太子からも干渉されている、非常に厄介な状況だった。王太子側が村を重要視していて、なおかつ明確に利益を提示されたから、信用はできそうだ。
「ならば、見返りについては」
「見返り?」
ラグヴィルがレストを訝しげに見た。
「村を守ったら、何かしら王太子殿下へ謝礼は必要になるはずだが」
「……それは聞いていなかった。聞いておこう」
何か条件をつけられるかもしれないとは思っている。無理難題は、今聞いた王太子の人格ならなさそうだが、場合によっては交渉、そして協力の度合いが違ってくる。
全面的に王太子、ひいてはこの傭兵たちを信用するしかないのだが……
「……王太子殿下へ、使者を送る」
「ああ。……使者で思い出しました、我々は村に残って助けになるようにと申し付けられています」
「ほう。……では、このまま館に滞在されるといい」
「うれしいです。宿を探すのがおっくうだったんで」
にこにことエリメンは快諾し、ラグヴィルもかすかに首を上下させている。
「そちらはこれで話は大丈夫ですか?」
「ああ」
「では、こちらからも聞きたいことが。……昨日の何やらマイナイ様にご意見があった人。ああいう人は他にいるんですかい」
「……」
ビーテルと顔を見合わせる。彼の表情は落ち着いていた。
「ああ、いると、言っておこう。この時間では、説明しきれないが……まずは、現在、私に異を唱える者はいるということだけはお答えしよう」
「多いんですかい」
「多いといえば多い。だが、どこまでマイナイである私を否定したいのか、人数も含めて把握していない。今まで表立っては事を構えたことはない。せいぜいがたまに村にかかわる話し合いなどで意見を述べる程度であった」
「そういうのは、誰がリーダーとかって……」
「あの世話役……村の運営の中心の顔役だ。あとは花事にもふたり。中心になっているのはその3人だということは分かっている」
「……あの様子じゃ、この件で何かリアクションがあるんじゃ」
エリメンの独り言のようなその言葉を、否定できない。
「……そのうち、村の事情については話そう。おそらく必要であろう」
「ああ、後ろから刺される可能性があっては困るんでな」
「……そうか、後ろから刺される、か」
粗野な言い回しだろうけれど、意味はわかるし、冗談にもならないが、面白いと思った。
ビーテルが珍しく人前で咎めるような目をした。
「マイナイ様」
「ごほん、では、まずはここまでだろうか。私は通常のお勤め……礼拝などで時間を取れない。ビーテル、忙しいだろうが頼む」
「分かりました」
「ああ、お願いします」
エリメンが軽く頭を下げる。
「……まだ、すべては信用できない。それは了承していただきたい」
「それはそうでしょう」
「だが、できる限り、貴殿らのことは尊重したい。それと同時に、外にはないしきたりなどがあるのも、理解していただきたい」
「こっちは信じるものもない傭兵です、言われりゃ邪魔しません」
「よろしく頼む」
ラグヴィルもエリメンも、別に主神へ信仰が篤いというわけでもないらしい。
それでなくても話しやすく、つい気が緩みそうになった。
(危ないな)
気をつけないといけない。
マイナイは、神の伴侶だ。神と民以外に、いい顔をしてはいけない。
「……1週間後に、大祭という大きな神事がある」
「ああ、聞いている」
ラグヴィルはどこからか情報を得ていたらしい。
実のところ、彼はよく村を出入りする傭兵として世話役のあいだで噂になっていた。
「その準備としきたりで、明日の会合後から、私は人前に出ない。その間、村長が対応してくれるだろう」
「分かりました。こちらは王太子殿下へ連絡があったりして、出入りがあるかと思いますが」
「そちらも村長へ」
「一昨日の会合であの村を守ると言った者です。少し、気難しいところもあるのですが、村を愛する者でもあります」
「ああ、わかりました」
傭兵たちは、言いたいことをわかってくれたらしい。
何か失礼なことを言わなければいいが、と村長のいつもの不機嫌そうな顔を思い浮かべながら、不安は胸にしまう。
自分はこれから、大祭の準備に取り掛からなければならない。
いったん、世俗のことは忘れよう。




