忍び寄る危機
(なんだって?)
レストは傭兵の言葉にひやりと背筋を冷たくする。
それは村の者も一緒で、驚きのあまりささやきが消えてしんとする。
エリメンという浅黒い肌の傭兵は、この自分たちの反応は予想通りだったのか、一呼吸おいてから続けた。
「信じられないでしょうが、まずは聞いてください。……」
話し役はエリメンらしい。ラグヴィルの様子をうかがうと、表情は落ち着いたまま——こちらを見ていた。
仮面の下で、目が合った。
実のところ、5年前に会い、その後たびたび村にやってきているらしいこの黒髪の傭兵のことは覚えている。
素顔の時に偶然出会ってしまった正体が、バレないか、とそれだけが懸案だったはずだが、マイナイとして会っても不思議と不安はなかった。
けれど、今しがた目が合って焦ってしまったレストだった。
だがすぐに彼の青い透き通るような目は逸らされた。
「この法は国王陛下が発案ということです。ですが……」
神殿を唯一の国教として、他の神を排除する法ができる——だが、実のところ、その案を出したのは国王の相談役として城にいる神殿の大神官である。
その大神官は、元は王都の大神殿の司教だった。
いつ頃からか王族へ取り入り、特に国王の信頼は厚く、政治面でもその意思を発揮している。
こういった国王の相談役を、信用ある神官が務めることは王国史でも少なくない。国教なのは昔からで、王族は特別神殿にかかわる存在だ、神官が城を出入りすることは多い。
その相談役の大神官が、国王への発言力をここ数年強めていた。
何を吹き込まれているのか、大神官の意見に基づき、いくつも法の制定や改定が相次いでいた。その内容は、あまり国のためになっていると思えないものばかりだ。
「今回、その大神官の意見と思われる、主神以外を崇めることを禁止した法が……貴族の話し合いにかけられそうだという話を、王太子殿下が調べられたのです」
その話は極秘だった。
だが、耳ざとい王太子が聞いたときに思ったのは、これは——国境の山間にあり、他の神を祀り、巡礼地として賑わうテルウェシへの狙い撃ちだと。
他に主だった神は王国にない。民間に祈る神もいるのだが、それらは特に聖地などはない。これらも禁止になるだろうが——
「禁止された信仰のすべてを、王国が管理するということです。つまり……この栄えた村を、国王が欲しがっているのだと、王太子殿下はお考えになりました」
「何をそんな、ばかげたことを!」
村長のラアイが激昂した。
無理もないな、とレストも思いながら、考えを巡らせる。
(一体なぜ?本当に国王がこの村を欲しがっていると?)
村の首長として、いろいろと見聞きはしているが、いかんせん外のことには疎い。
(言葉の意味そのままなら、この村が栄えているから利益を目的に自分のものにしてしまおうということか)
だが、総本山の目と鼻の先だ。神殿がどう出るか、分からない。
(……神官が発案なら、神殿も何かしら協力でもしているのか?)
主神に連なるエメテーク神の聖地としての立場で、王国の国境を守るような立地であったテルウェシが緩衝地帯でもあったのだ。
今のところ王国と神殿とは関係が良好だが、総本山がある隣国は、王国とはつかず離れずの関係だった。
(国王がこの村を手に入れれば、距離的に一気に近づくことになるけど)
分からない。
目的も曖昧だが、ともかく——たしかに、村の危機的状況だ。
「王国に我々の意見は届くことはないだろうな」
「テルウェシ村は、あまり王都とは関係がないと聞いています」
エリメンがレストの漏らした言葉に律儀に返す。
「それに……国王陛下は今は大神官に、同調しているので」
「王太子殿下は、この村に使者を送って、何とされるつもりで?」
「殿下は、テルウェシ村を国王の手に収めても、王国の益になるどころか不利益を被るとお考えです」
やはり王太子の考えも、レストとそう変わらないらしい。
「国王陛下は、ただこの辺境で、一定の収入があり、関所のような立地であるということしか目に入っていないのでは、というのがご子息である王太子殿下の見解です」
エリメンもどことなく皮肉げだ。
「ここが小さくても信仰の中心であるということを分かっておられない。神様抜きで、ただ商売をしたところで金もうけできるとは思えないんですがね」
この場に慣れた、というより、呆れが先に来てだろう、エリメンの口調が崩れた。
だが誰もそれを気にする余裕がない。
「王太子殿下は村の自治があるから——独立した場所であるからうまくいっていたと仰っているようです。数百年この村が行ってきた、関所に巡礼者の管理、隣国との関係構築、それを全部、王国が、国王が新たにできるとは思えない」
「同意見だ」
「最低限、そのことだけは村の意見を聞いてこいと言われていた」
ラグヴィルが言った。
「村が村として生き残るかどうか、ということだ」
「みなのもの、どうだ」
「我々の故郷です、神の場所です。守らなければ」
村長の珍しくきっぱりとした言葉に、全員が頷く。
ラグヴィルが、ふと笑った気がした。レストにはどういう意味かも分からないし、すぐに彼の顔からその笑みは消えたが。
「……われら民は、この村をエメテーク様の村として残したい。そのためには……なんでもする」
レストの声に、全員が応、と声をそろえた。
(良かった……)
この場の誰一人、村をどうでもいいと思っている者はいなかった。
それが表面上であっても。
ふう、と息を吐く。
ラグヴィルが最低限と言ったように、これが第一関門だった。
次だ。
「王太子殿下は、どうされるおつもりか」
「この村が独立を保ったままであることを望まれている。そのために協力を惜しまないということです」
「協力……味方であると」
「少なくとも、ここの信仰を否定するつもりはないと」
「そうか」
「……マイナイ様は、重要なことを忘れておられんか」
突然、参席の村の者から声があがる。
世話役のひとりだ。一見ただの人の良さそうな壮年の男だ——宿屋の主人でもあるが、評判が良かった。
「なにがだ?」
ビーテルがやや強張った顔になる。
「王国がこの村を狙ったのは、この村が栄えたから……ということだろう?この村に信者以外の人を入れたのが間違いじゃないのか」
「……何が言いたい」
村長がじろりと世話役を睨む。その視線をさらりと躱し、世話役はレストを薄ら笑うような顔で見た。
「マイナイ様はこの村の危機に、何か思われることはないのか」
どきりと、した。
「不敬であるぞ、神の伴侶に向かって」
ビーテルが表情を変えた。世話役は首を振った。
「そうやって神の伴侶であるからと長年見逃して来た我々も悪いがね、ただ、もとを正せばフェテン様の——」
「王太子殿下の使者の前であるぞ、控えよ」
レストがたしなめれば、ぴたりと彼らは口を閉ざした。
内輪揉めをさらして時間を無駄にしたくない。
ラグヴィルたちは表情は静かに、けれど目を光らせている。どうやら腕っぷしもだが、目端も利くようだ。
(むしろ良かったか)
これ以上の発言は許せないが。
「……まずは危機を脱してからだ。皆の力を合わせて、村を救うのが先であろう」
「さようですか。ですが今私らの口を封じても、何も変わりませんよ」
「無論だ」
責任逃れをするつもりはない。
言いたい事があれば言えばいい、ただし、今ではない。
「……話を続けていいですかい」
エリメンが少し面白げに伺ってくるのに頷く。
「ええと、王太子殿下は村に協力する。けど、国王の力が王都では強いので、このままでは一神教案……と、大神官は言ってるようですが……それが貴族の反対もなく、認められそうだということです」
「今のところ、それは覆らないということですか」
ビーテルがつぶやくと、他の者もざわめき始める。
「王太子殿下が、自分の味方の貴族にその法に賛成しないように呼びかけているそうです。だが、国王ってのは結構好き勝手にできるらしくて。最後には、誰が反対しようと命令できるらしいです」
エリメンの説明に、参席の半数が絶望的な顔をした。
「……では、どうすれば」
ビーテルが冷静に傭兵たちに問いかける。エリメンはにっと笑った。
「王太子殿下は裏で作戦を練っておられる。あとは、どこまで村ができるかということです」
「正攻法ではない……ということか」
レストが確認すると、エリメンとラグヴィルが頷く。
「……分かった。今日のところはここまででよろしいか。村の意見をまとめねば」
ラグヴィルとエリメンが目で会話して、そのあと了承の言葉が返ってきた。
「では。今日はこれにて解散。他言無用だ……明後日の昼鐘に合わせて会合を開く、ここにいる皆は参席せよ」
「はい」
「分かりました」
祝事役と村長が頭を垂れる。
全員が頭を下げた。
「今日はもう遅い。明日、昼餉……昼食後に時間を取るので、その時にさらに話を聞いてよいか」
全員が出ていった頃合いにラグヴィルたちに聞くと、快諾される。
「ああ、ひとつだけ」
エリメンがにこりと笑う。彼はよく見ればかなり整った顔をしている。
「マイナイ様は、なぜ我々を信じてくださったんです?」
「……、」
その疑問は不意打ちというやつだろう。
(そう言えば、疑わなかった)
なぜか最初から信じていた。
たまにあるのだ、どうしても選ばなければならないときに、正解をなんの疑いもなく選ぶようなことが。
「……このようなときは、神の思し召しと思うことにしている」
通じただろうか。
「マイナイが信じることが、神様のご意思ってことですか」
「ああ」
「こういう村らしいお答えですね」
「エリメン」
ラグヴィルが嫌そうな顔で彼の肩を押す。
残っていたビーテルは苦笑している。
「……口が多いが、信用はできる奴だ」
ラグヴィルがエリメンをかばうように付け足す。だがレストはあまり気にはしていない。悪口に聞こえなかったので。
「では。明日に」
「ああ」
ラグヴィルたちが使用人に連れられて部屋を出た。
「……」
「心中、お察しします」
「……お前も」
ぐったりと座ったレストに、ビーテルも表情は暗い。
「王太子には使いは出すのでしょうな」
「ああ、すべては鵜呑みできない。明日の昼餉後に、周知衆を待機させておくように」
「かしこまりました。ですが……大変なことになりましたな」
「……これも、神の試練か」
仮面を外し、ぐっと拳を握り、ずきずきしてきた額に押しつける。
「あるいは……めぐってきた好機かもしれません」
「そうだと、いいが」
——このままでは遠からず、村は内部から壊れていくと考えていた。
これまでレストは歯を食いしばってやってきた。けれど、だからといって努力がすべて報われるわけではない。
少しずつ、ほころびが見え始めてきていた。
まさか、こんな事態になるとは、思ってもいなかったが。
「私の、責任か」
世話役が言ったことは、半分正しい。聞いた時には胸が苦しかった。
良かれと思ってやってきたことだった。けれど、それがすべて正しいわけがない。女神であっても、全能ではないように。




