会う
前回のテルウェシへの行程は馬車だったが、今度は喫緊の用事だ、王都からの道の途中の村に立ち寄るのは最低限、ほとんど野営で済ませた。
山を登り、三刻もしないうちにテルウェシ村に入った。
その門番が、顔見知りの武衛衆だった。
「おや、お前」
「ああ。今回は少し込み入った用事があってな。正式にマイナイ……様に、会いたい」
そっと王太子のサインが入った書を見せると、驚いたように武衛衆は目を見張り、もうひとりの門番に何事かを言ってその場を去った。
「……ん?知り合いか……?」
「顔だけは知っている」
「え?お前が?」
「なんだ?」
「……いや」
エリメンは何か言いたそうだったが、口を閉ざした。
戻ってきた門番に連れてこられたのは花事で、案内されて館に赴いた。
この村で一番大きい館は遠くから眺めたことはあるが、初めて中に入る。
古い家屋のようだが、手入れされて立派なように見える。装飾品などは見当たらず、宗教的な絵などが壁にかかっている程度で、物寂しいくらいだ。
(貴族とは違うな)
貴族の家になると金ピカでゴテゴテした内装なのだが、さすがにこういう村でそれらしい場所ならではだ。
「こちらでお待ちください」
客間らしい部屋に案内され、布張りの椅子を勧められてぎこちなく座る。こうやってうやうやしく接されるのはあまり慣れていない。
(……待て、マイナイに会うのか?)
そういう話だった。
いまさらその意味を頭で理解して、その遅さに自分であきれ、それから動揺した。
ノックの音。
はっと我に返る。
自分たちが入ってきた扉と別の、正面にある扉が開くのを呆然と眺めてしまった。
現れたのは、白い装束のマイナイだった。いつもよりも簡素な貫頭衣に長い羽織を羽織って、仮面は顔を覆っている。その後ろに、黒髪の少年が続いて部屋に入ってきた。表情は薄く、質素な服装であるのをみると従者か何かだろう。
「申し訳ございません。マイナイ様は神事ゆえ中座できずに、お待たせいしました。」
かすかに香の匂いが彼らからする。礼拝堂でたまに参列するときに焚きしめられている匂いに似ていた。
「その、最高司祭とおっしゃられましたね。お会いしていただき感謝します」
口がうまいので、交渉などはエリメンに任せている。
どうやら今まで村を通過だけしていたエリメンは、初めて見たマイナイの姿に驚いたようだったが、よどみなく話す。
「こちら……王太子殿下から預かった書です。我々が王太子の内密な使者だという事が分かるかと」
エリメンに目で促され、ラグヴィルは持っていた書状を従者に渡す。
マイナイがそれを受け取り、確認したと頷いた。
「……たしかに」
低めた声が、仮面から聞こえた。
「どのようなご用件か」
「村の存亡に関わる知らせと、ご相談になります」
「……」
エリメンの言葉に絶句したようなマイナイだったが、すぐに我に返ったようだ。
「村の者を集める。時間がかかるが……二刻後、この館で会合を開く。よろしいか」
「はい、お願いします」
「それまでは、この館でくつろいでいただきたい」
「感謝します」
エリメンにならい、ラグヴィルも頭を下げる。
マイナイは静かに去り、すぐに使用人に入ってきて、さっきもらった茶の代わりを持ってきた。
しばらくして壮年のぴしりとした服装の男がやってきた。
「失礼いたします。この館の執事でございます。おふたりのご滞在について、お話したく」
「これはご丁寧に」
エリメンにほとんど話を任せ、ラグヴィルは聞かれたことを少し答えた。
「では、お部屋にご案内するまでもう少しお待ちくださいませ」
「どうも」
執事が去り、エリメンは小さく息を吐く。
「……なんか話がトントン拍子だな。もう少し揉めると思った」
「そうだな」
いくら王太子の書状があっても、傭兵ごときに信用がないはずだが。
「なんでもいいか、これからが大変だからなあ」
「ああ」
うんざりという様子は隠さないエリメンに、ラグヴィルもため息をつく。
そう、これからが、この村にとっても、ラグヴィルたちにとっても激動になるだろう。
館の中に部屋を用意してもらい、食事までもらえる好待遇だ。
少し休んで、呼ばれたので案内についていく。
館の奥の方まで入って、普通よりひとまわり大きな扉にたどり着く。
広々とした部屋に椅子が並び、目につくのは壁際に飾られた祭壇。
どうやら、会議をするような部屋らしい。
部屋の中にはすでに数人待っていた。全員不審そうな顔を隠さずこちらを振り返った。傍らのエリメンが無駄に感嘆する。
「……おお、なかなか……」
「黙ってろ」
祭壇に近い席に座らされたのは、一応客という扱いらしい。祭壇の前の立派な椅子は、マイナイの席だろう。
ラグヴィルたちのあとにも人は次々とやってきて、それぞれ席につく。
席はあらかた埋まり、最後にマイナイがやってきた。さきほどと変わらない出で立ちで、従えているのは従者ではなく背の高い武衛衆らしい男だった。
マイナイは祭壇の前の席に腰を下ろした。
長い袖を、腕を振ってぱさりと音を立てて払い、両手を膝に乗せた。武衛衆の男はその横に立った。
「これより、王国からの使者殿のお話を聞く」
マイナイの宣言は、いつもの低めた声ではなく——年若い青年のものだ。
面くらったが、そういえば低い声はわざとらしい気もしていた。
(……これが本当の声か?)
エリメンがこちらをちらりと見たが、無視。
「この村に関わる重大な話ということだ。心して拝聴せよ」
「……ラグヴィルという。こっちはエリメン。正式な王太子の使いではあるが、身分は傭兵だ。こちらがこれからの話を保証する王太子殿下からの書状だ」
紙を広げて周りに見せると、かすかなどよめきがある。
「……納得できない。そちらが以前より村に逗留された傭兵だとは知っているが」
ひとり、薄茶色の髪で眉間のシワが深い老人が、鋭い眼光とともにそんなことを言った。
「この村に、今まで王国は干渉してこなかった。それに、その書状は本物か?」
「緊急の事態です」
エリメンが淡々と答えた。
「王太子殿下は、王国でのこの村の重要度を認識されており、そのために今回の非常事態に動かれた。本物かどうかは改めて確認の使者でも送ってください」
「……わかった。聞こう」
「では。まずはこのような場を設けてくださりありがとうございます。今回は、この村が危機的状況に陥る可能性があると王太子殿下は憂慮され、我々がその旨を伝えるために送られました」
ざわめきが、部屋に広がった。
エリメンが、多少大きく声を上げた。
「この度、王国で、主神ロメグス以外の神を奉ることを禁止する法ができそうなのです」




