断れない依頼
依頼を終えて、王都に帰ってきてすぐに傭兵ギルドに顔を出す。
建付けの悪い扉を乱暴に押すと、そのギイイ、と耳障りな大きな音で、中にたむろしていた傭兵数人と、受付の男が顔を向けてくる。
「ラグヴィルさん、戻ってきたんですね!」
……受付が、ぱあっと顔を輝かせたのには首を傾げた。
「……なんだ?」
「ちょ、ちょっと待っててくださいね、今ギルド長に面会するように言ってきます!」
「あ?」
何故帰ってきてギルド長に会わなければならないのだろうか。依頼完了報告なら、受付で済むはずだが。
言われたとおり待っていると、すぐに受付が戻ってきた。
「に、2階へ」
息を切らすほど急いで、嫌な予感がする。
案の定、面倒くさい話だった。
「国の王子様に引き立てられて名誉なことだろ、お前くらいだ、そんな嫌な顔をするのは」
「面倒だ」
「だが拒否権はねえよ。今使いを出したから、迎えが来たら行ってこい」
もう老人だが、引退した歴戦の傭兵であるギルド長がにやにやと笑う。ラグヴィルの人嫌いで交流を持たない性質をからかっている。
二刻もしないうちに、王城から侍従がやってきた。
馬車を仕立てられていたが、飾り気のない、辻馬車よりはマシというようなものだった。
(くそ、嫌な予感しかしない)
つまり秘密裏に、何か仕事を問答無用で押し付けられる流れだ。過去に2度、同じように王太子に呼ばれた。
裏口から入り、そっと人気のない通路を案内され。殺風景な細い廊下に出て、とある扉を侍従ノックした。
「お連れしました」
「入りたまえ」
太い朗々とした声が中から聞こえた。
「久しいな、ラグヴィル」
部屋は今くぐってきた扉と大違いの立派な内装だった。金はかかっているが華美な装飾はなく、大きなマントルピースと、せいぜい飾り物の鎧や実用性のない剣が壁際に並べられているくらいか。
その調度のひとつ、部屋の中央の布張りでシミ一つない椅子に座る男に、礼儀は知らないので、一応膝をついて一礼をした。
「うむ、頭を上げてくれ。こちらで話そう」
遠慮はいらないと言われ、ラグヴィルが立ち上がってその向かいに腰を下ろすと、顔を作らずそのこわばった表情のまま男——王太子ハルマリー・イルゲイズ・メイドリーンは前置きすらせず、
「依頼をしたい。これは断れないと思ってくれ」
ガッシリとした体つきに、厳しい顔。王家特有の青みががった銀髪をきれいに整え、明るい橙のまなざしは真剣だった。いつも笑わないし表情は硬いので、彼からは何も読み取れない。
「……了承しました」
何度か頼まれた仕事も実質断れなかったが、今回は命令ということだろう。性格が剛健で、あまり権力は使わないような王太子だったが、これはとてつもなく面倒でややこしいことなのだとラグヴィルも理解した。
「早速だが、お前には私の使者として、テルウェシ村に行ってもらいたい」
「は?」
行って、戻ってきたばかりだった。
5年前、村のことを知ってから、神殿総本山への護衛依頼を積極的に受けるようになった。
どうしてか、マイナイのことが、気になる。
村に行ってどうもしない。たまにマイナイが出てくる礼拝などに参列するときはあるが、それだけだ。
しかし、昨日の今日で。偶然だろうか。
不敬だろうが、さすがにあっけにとられて顔は取り繕えなかった。
「どうした」
「……いや、」
いやそれよりも、王太子が、傭兵を使者に仕立てると。
「……詳細を」
「ああ。まずは……これは、国のために働いてもらうということ、そして、王太子の一存であるということを理解してもらいたい」
「……国の命令ではないと」
「そうだ」
意志のこもった目が、ラグヴィルを見据える。
「お前を信用……信頼している。私兵すら動かせないから、外部の者に託すしかないのだ……お前は私の命の恩人。任せるにはお前しかないと思っている」
「大層なもんじゃありませんが」
数年前に依頼として、ハルマリーの雇った大量の護衛の一人として、結果的に直接命を救ったということになっただけだ。
だが、ハルマリーは首を振った。
「少なくともお前は依頼に忠実だ」
「……ともかく命令なんですね。分かりました」
「頼む。……これは、重大な懸案なのだ。……」
王太子の依頼内容を聞いて。
どうしようもない嫌な緊迫を感じながら、ギルドに帰った。
「どうだった」
「……王太子命令だ、他に漏らせねえ」
ギルド長に報告する義務があるが、国の王族の依頼のことだ、それだけでギルド長は引き下がったし、なんなら少し顔色が悪くなった。
「お、おう。またどこぞへ行くのか」
「ああ、同行者がほしい。エリメンを連れて行くつもりだが」
「ちょうど下に来てるだろ、相談室使え」
「ああ」
内密のことだ、下手なところで話もできない。傭兵ギルドへ内密の依頼がないわけではないので、内緒話ができる部屋があった。
「よお、忙しそうだな!この俺にろくに会いにこねえなんてな!」
階下から呼んだのは、このギルド所属の、腐れ縁だった。
荒くれ者には珍しい整った顔立ちで、南方の民族の血が混じっているのか肌が浅黒い——本人も出自は知らないようだが。金髪を伸ばし、軽く後ろでくくっていて、快活そうな瞳は焦げ茶色。
表情と声はやたら馴れ馴れしいが、もう20年近くの付き合いならこれくらいは当たり前だというのがエリメンの持論だ。
「はあ、うるせえよ」
「またまた。で、俺に何か頼み事って?」
「……口外するなよ。王太子からの命令だ」
「あ?は?」
「今から説明する」
まあ、いきなり国の王子からの命令と聞いて面食らうのは当たり前か。
だが否応なしに話すと、エリメンの表情は真剣になった。というか、やはり顔色が悪くなっていく。
「……で、俺にも来いと」
「使えるのがお前しかいねえ」
「ちっ、こういう時だけそんなことを。俺達の仲なのにぃ」
「……」
「……おい、睨むな冗談だ。はーやれやれ。とんでもねえことに巻き込みやがって」
「出立は3日後。あまり猶予がねえみたいだからな」
「3日……なあ5日後にして……用事が……」
「どうせ女と会うだけだろ、諦めろ」
「ええー今生の別れかもしれないじゃねえか!」
「知らねえ」
女といっても恋仲というわけでもないだろう。そういう遊んでばかりの男だ、エリメンは。
「しかし、つまり例の『マイナイ様』とやらにとうとう会うんだな?よかったなあ」
にやにやと笑うエリメンをじとりと睨む。
「……何を勘違いしてる」
「え?かんちがいってこたねえだろ。いやーお前に人並みに惚れる相手なんざ出来るとは……」
「……」
「分かったって!睨むな覇気を出すな!」
何を期待しているのか分からないが、ともかくうざい。
「……明日は城にもう一度来いと言われているからお前も顔出せ。明後日の早朝から馬を走らせる。装備は整えておけ」
「はいはい。しかし、因果だねえ」
「……」
因果とまで言われるほどでもないが、あの村にラグヴィルがどうしても関わらなければならないようだ。
苦笑するエリメンは、ラグヴィルの考えていることを察知したらしい。長い間、なんだかんだ付き合いがあるのは彼だけだ。それは変えようがない事実だった。




