大祭と再会(2)
大祭の次の日は、村は大量の客の送り出しに忙しかったようだった。けれど半日もすれば落ち着き、通常の生活に戻ったようだ。
マイナイは何をしているのか、同じ館にいても顔を合わせない。どうやら大祭後の後片付けと、村の取りまとめに忙しいらしい。
村にいても湯に浸かって飯を食うだけだが、たまに周辺の獣を狩って、毛皮や肉を村に渡しているため顔を覚えられている気がする。少し煩わしいが、客という線引きをされているからか不快になったことはない。
エリメンは当初娼館がないことに嘆いていたと思ったら、どこかの飯処でかわいい女がいたとかで今は盛り上がっている。
そうして、3日経った。
夕暮れになる直前。日がずいぶんと黄色くなり、客が山から無事到着し、今夜の宿を求めるためこの時間から徐々に混み始める。
ラグヴィルは村の外れにある温泉から館に引き返していた。温泉はあまり人が来なくて、穴場というところだろう。気に入ってよく来ているが——今回は、少しばかり自分でも余計なことをしたと思う。
帰り道、民家とわかる家の間をくぐり抜けて大通り近くに出る直前だった。
細い道の脇に、犬がいた。
周りには珍しく誰もいない。
ひやりとした。
犬は村のどこにでもいる。宿屋の番犬であるし、狩りをする村人もいるから猟犬であることも。ただし人の往来が多い村だ、間違っても客に襲いかかったりしないように管理は徹底されていると聞いた。
この目の前の犬は近くに飼い主らしき者がおらず、紐に繋がれていない。
逃げ出したのか。
(……おいおい)
見た感じ猟犬ではなさそうだが、中型でどっしりとした体格で、暴れられたらラグヴィルも傷つけずに捕獲なんてできない。
村の誰かに伝えるしかない。見なかったことにする、というのも考えたが、それであのごった返した中心部で事故でも起こったらとぞっとしない。
と、少し迷ったラグヴィルの前で、犬はのそりと動き出した。
(おい!)
たったっと軽い足取りで犬は横路に入っていく。
それを、とっさに追いかけた。
今は人気がない村人が住む区画に入り込んで、犬は目的があるように歩いていく。何度か手を出そうとすると、それを見越したかのように走っていくので、刺激できない。
ほうっておくか?と再び面倒だと思う心が膨れ上がったが、ここで戻ってもずっと気になってしまいそうだ。
だが、ほんの数分でその犬の問題は解決した。
しばらくゆっくり歩いていたのに、突然ぱっと道の横合いに入っていく。
見失ったか、と慌ててその家と家の細い路地を覗こうとすると、
「ニッド!」
「どこに行ってたの、心配したわよ!」
人の声と、クウンと犬の甘えた鳴き声が耳に入った。
どうやら自力で自分の家に帰ったらしい。
「……やれやれだ」
脱力して、ラグヴィルは踵を返す。
道は覚えている。そのまま村の中心に戻ろうとして——
どこからかかすかな、人の声。
言葉は聞き取れないほど遠いが、切羽詰まったような響きが耳にザラリと残る。
(今度はなんだ?)
おそらく男だ。断続的に聞こえて、複数人。
「……」
周囲を見回す。ここは村の外れでも、さらに端の方らしい。塀が近い。
「……っち」
なにが起こっているか知らないが、なおも声は続いているし、嫌な気配が濃くなっている。
……荒事は傭兵の専売特許である。
耳を頼りに、足早にさらに塀へと近づく。
民家はあるが、おそらく大通りの方へとほとんど出払っているのだろう、人がいない。
ますます陽は傾いていく。もうそろそろ空が赤くなり始めるだろう。
「……!……を!」
「で……に!」
「……、だ!……ぞ!」
大声を出しているのは3人。
ようやくその声のそばまで来たが、塀が、目の前にそびえている。
「外……か?」
扉がある。木製の簡素なもので、誰もいないのをいいことに、ラグヴィルはそっとそれを押した。
ギィ、と思った以上に大きな音を立てて、扉が開いた。
外は森を切り開いたようなひらけた場所だった。
すぐに声の発生源を見つける。
3メートルほど先、複数の人間が、何かを取り囲むように円形になっている。
扉の音に気づいたその者たちが数人、ばっとこちらを振り返った。
なんともそれらしい格好をしている。
わざと汚らしい服に、全員黒い覆面で顔を隠している。手には棒や金槌といったような鈍器を持っていて、ガタイがいい。
ラグヴィルを見つけ、数人が警戒するように体ごとこちらに向けた。
その拍子に、円陣に隙間ができて——その内側ではある意味予想通りのことが行われていたようだと分かる。
ひとり、倒れている。その近くにブーツと脛当てをしっかり付けた足が見える。それがぐっと地面を踏みしめていて、そのすぐ側に、覆面の男が肉薄している。
ぎんっ、と重い、金属同士がぶつかり合う音。
「……」
覆面の男たちは、ラグヴィルを見据えて動かない。
どう見ても手練れだ。ざっと数えると10人程度。
「よお、祭りはもう終わったと思ったが」
見つかった以上、こちらの立場を明確にしなければ。
ピリピリと空気が張り詰める。いつの間にか金属の打ち合う音もなくなっている。
「ただの通りすがりだ。この村じゃあ喧嘩は御法度だと聞いたが、違ったか?」
「……」
わざと腰の剣をちらつかせると、少しあって、覆面たちはあちこちにバラバラに逃げた。
全員消えたのを見計らって、ラグヴィルはため息をついた。
(くそ、妙なのに関わっちまった)
覆面たちが何者かはわからない。ただ——
「助かった、礼を申し上げる」
この場に残ったのは武装をしたサッシュの戦士——この村の武衛衆ひとりと、
「ビーテル様!大丈夫ですか!?」
「……なんとか、な」
倒れていた老年の男は、村の儀式を司る役に就くビーテルだ。いかつい顔つきの、眉のあたりが特に厳しく、髪は薄い金色で今は乱れているがいつもはきっちり撫でつけていたはずだ。歪む目は青灰色。服装はいつもの儀式用の装束だが、ところどころ汚れている。
もうひとり、さっきは見えていなかったがビーテルの背を気遣わしげに支え起こす中年の男。服装からして花事だろう。
「……あなたは……」
ビーテルが脂汗を額に浮かべながらラグヴィルを見上げた。それに肩をすくめた。
「さっき言ったようにたまたま近くを通ったら、騒ぎが聞こえた。喧嘩にしちゃあ、多勢に無勢だったんでな」
様子を見ようと思ったら飛び込んだ形になっただけだが、村の責任者の一人が倒れ、武衛衆が戦っているとなるとただ事ではなかったのだろうから結果的には良かったかもしれない。
それに、覆面たちは、彼らを殺そうとしているわけではなかった。持っている得物が殺傷能力としてはイマイチの鈍器ばかりだったから、おそらく襲撃自体が目的だった。邪魔者……関係がない傭兵が割り込んで来た時点で、粘る必要もなかったのだろう。
しかたがない。
手を貸してビーテルを立ち上がらせ、村の塀の中に入れてから、急いで館に向かう。
ちょうど正反対の位置に館があり、村を横断しなければならずかなり時間がかかった。
館の門番に話を伝え、中の取り次ぎを待つ頃にはまわりは橙色に染まりつつあった。
見覚えのある客間に通されたか思ったらすぐに正面にある扉が開いて、白い装束のマイナイが現れた。黒髪の従者も一緒だ
彼らがちょうどラグヴィルの座る対面にやってきて、おもむろに頭を下げる。
「この度は、我らが村の祝事役を救っていただき、感謝いたします」
まだ若い、少年の声でそんな文句が聞こえてぎょっとする。
「あ、いや、偶然だ、それに、ただ居合わせただけだ」
「……ですが、救っていただいたのは事実ですので。マイナイさまは、深く感銘を受けておられます」
「あ、ああ、分かった」
どう言えばいいか分からず、とりあえず顔を上げてくれと言えば、ようやくマイナイたちは姿勢を戻した。
「……襲撃の心当たりは」
「恥ずかしながら……おそらく」
「えらく直接的な手に出たな」
マイナイは言葉を濁したが、ラグヴィルに伝わっている。舌打ちしそうになったが抑えた。
——村の、マイナイに異を唱える者たちだろう。
おそらく揺さぶりだ。
彼らが村で何度話し合いをしようと、村の危機についてマイナイに賛同しようとしない。意見が食い違っていると聞いていた。
(どこまで考えてるんだ?)
村の危機だというのに、まだ呑気に内輪揉めか、あるいは……
(いや、もう少し様子を見るか)
マイナイはもう一度頭を下げた。
「……この件について、また貴殿に改めてお礼をしたい。ついてはまたお知らせする。そして、このことは」
「ああ、エリメンには言うが、それ以外には言わねえ」
「……感謝する」
低めた声でそう言って、マイナイは立ち上がり両手を胸にあてて腰を折った。従者は深く頭を下げた。




