大祭と再会(3)
自室に帰り、汗ばんだ手を行儀悪く袖で拭う。
ドーイは小間使のケディンを呼んであれこれと指示を始めた。動転しているのかやや語気が荒い。
「なんでそんな怒ってるんですか?」
きょとんとしているまだ幼いともいえる年のケディンにはまったく知らないことだし、理不尽だろう。
「ドーイ、落ち着いて」
「ですが」
「……悪いけど、夕餉はなしで。これから清めの
水をもらいに行きます」
「えっ。……かしこまりました。すぐご用意いたします。ケディン」
「は、はい」
突然の予定にない申し付けに、目を白黒させながらもドーイたちは動いてくれる。
なんだか、落ち着かない。
ともかくこんなに気を乱しながら神への祈祷なんてできない。
用意してもらった単衣を身につけ、マントを羽織って館の外へと出る。そこから山の裏手に、いくつか祠がある。決まった日決まった時間に神へと祈るための祠だが、今はそこへは用はない。
土の踏みしめられた慣れた道を、ドーイを伴って数分歩く。
やがて、小さな池が現れる。
清めの泉と呼ばれる聖地で、儀式などの時に身を清めるきれいな水だ。今は心を静めるためにやってきた。
透明度が高く、昼であれば縁の浅瀬は底が見える。真ん中は意外と深く、大人が足がつくかどうかというくらいらしい。泳いだことはないので注意として聞いただけだ。
マントを外し、祈りながら、足を池に踏み入れた。
冷たい感覚が、徐々にふくらはぎ、膝、太もも——下腹あたりまで上がってきて、身震いしないようにこらえながらその場で目を閉じ、手を組む。
ビーテルの怪我の具合はまだ伝わってきていない。館に向かっていると連絡があったから、祈祷が終わる頃には館に収容され治療も終わっているだろう。
——襲撃。
突然のことで驚いたし、不安になったが、ビーテルは生きている。
そして……嫌なことに、心当たりがある。
黒髪の傭兵も、言わずとも気づいたようだった。彼は勘がいいのか、こちらの思惑によく気づいてくれた。
だが、所詮外の者だ。
(気を許してはいけない)
——今はなにより、通常通りのお勤めをしなければ。
泉の水に体の芯から冷える前に、心を無にして内側に沈み込む。それからふっと意識を浮上させた。
(ちょっとは清めは効果があったのかな)
気分が落ち着いてきた。
「お疲れさまです」
泉から上がってきたレストに着替えを渡しながら、心配そうな目をするドーイに微笑む。
「手間取らせたね。すぐに戻って祈祷の準備を」
「はい」
祈祷から戻ると、ビーテルが治療を終え安静にしていると聞いてほっとした。
面会を求められていたので、最低限身繕いをして彼が休んでいる部屋へ。
「ビーテル、心配したぞ」
「御心を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「いや、無事でよかった、本当に……」
こういった暴力沙汰に身内が巻き込まれたのは初めてで、動揺した。
状況はあらかた聞いている。
村の外の礼拝殿に、後日行われる神事の準備のためにビーテルが向かおうとしたところを襲われた。おそらく戦い慣れた者たちで、素性が分からないように覆面をしていた。
「村のものではありませんでしょう」
護衛はつけていたものの、数人にいきなり襲い掛かられ、それに気を取られている隙に別の場所からまた数人が現れ、対応しきれなかった。
花事が無事だったのは、ビーテルがとっさに庇ったからだ。
ビーテルのケガは命に別状はないものの、左腕骨折と、右足の捻挫で完治には数ヶ月かかるという。
「……やはり、あの者は……」
「まだ憶測の域だ。けれど……」
——疑わなければならない、村の者を。
「襲撃犯を探すが、おそらくもう山を下りただろう。ほかに怪しい人物がいないか、警戒を強めることしかできないが」
「今回のことで味をしめ、また襲撃や暴力に訴えないとも限りません。武衛衆には十分警戒してもらうよう」
「ああ」
「……彼は、疑うべくもないでしょう」
外の傭兵ラグヴィルだ。
彼が襲撃に関わっていた可能性を考えたのだ。
「最初は襲われた直後ということもあり、疑ってしまいましたが。どうしてあんなところにいたのか……ですが、嘘はなさそうですし、館に知らせるなど意外と親切でありました。王太子への使者は帰ってきていませんが、彼らは本物かと」
「……ああ」
「レストさまがお気になさっていたようですし」
「……気にしてるのは村の連中だろう」
「お会いした感想は?」
「勝手に盛り上がるんじゃない」
このビーテルは長年祝事役やっていて、レストが頭が上がらない人物の一人だ。
村人と違う意味でレストが彼を気にしているのはバレていると思っていたが、この土壇場で。
「別に、関係ないさ。粛々とマイナイを務めるだけ」
ずっと変わらない未来があるだけだ。
ビーテルは苦笑したようだった。




