再会と大祭(4)
エリメンは女に現を抜かし、ラグヴィルは手持ち無沙汰だ。
娼館はないが賭場が村にある。村に2つあり、ひとつが高ランクの観光客向けで、もうひとつは村人が混じるややランクは下の、賭け事というより酒を飲んで遊ぶ場所だった。あまりお高く止まったところは嫌いで、低ランクのほうへと足を運ぶことが多い。
2,3ゲームをして、結局負け込む前に店を出る。
ようやく村の中心も落ち着いてきた時間帯だ。暗闇を煌々と照らす宿屋の屋根の巨大薪はまだ消されていないが、人通りは随分減った。ここは中心部……客が通るところでも端のほうだ。
このあたりは施設や世話役の邸宅などが入りまじっている。向こうの道に花事が数人列をつくって、礼拝か何かだろうか。
一通り周囲の様子を伺ってから——職業病というやつだろう、確認しないと気がすまない——館に戻ろうと足を踏み出したとき。
ラグヴィルの耳に、聞き捨てならない名前が入ってきた。
「——レスト様……」
「え?」
思わず、声にまで出て、ぎょっと後ろを振り返った。
——いた。
5年間、探しても見つからなかった人物が。
数人の村人に囲まれている、年若いほうである青年。
栗色のウェーブのかかった髪に、柔らかい碧眼。優男といった風体で、村人がちやほやするせいか、いいところのお坊ちゃんのように見える。
記憶にあるより成長した、その青年の姿がしばらく信じられなくて、ぼんやりと眺めていた。
そのラグヴィルの視線に気づいたのだろう、レストが、ふとこちらに顔を向けた。そして……あからさまにぎくしゃくと目をそらす。
(あいつ、覚えてやがった!)
もう昔のことだ、忘れられている可能性だって考えていないわけじゃなかった。けれど、今のでその可能性は吹き飛んだ。
妙に動揺するラグヴィルから少し離れたところで、彼は何事もなかったかのようにしていた。
レストがいるのは大きな屋敷と言ったほうが近い家の入り口だが、彼の目の前に子供がいることに気づく。子供は親だろう大人の手につながれていて、どこか引け腰だ。レストがその子供に触ろうとして、その手を軽く一度振った。
なんとなくの既視感。
その仕草を、どこかで最近見た気がする。
一瞬で記憶を引き当て、
「……マイナイ……?」
無意識に呟いたとたん。
がっ、と肩を掴まれ、ぎょっとする。
気づいていなかった、周囲に、村人がいつの間にかいたことに。
ずい、と距離を詰められ、彼らが一様に警戒と疑念の目でラグヴィルを眺めていて、ああ本当だった、と自分の記憶力に自画自賛した。
「……どこで、それを?」
ひときわ身体が大きい男が詰め寄ってくる。
殺気に似た気配を向けられているが、あまり危機感はなかった。さすがに命までは取られないはずだ。
「彼のことは俺が保証する」
ふっと、圧が消えた。
その落ち着いた青年の声はよく通って、おそらく全員に聞こえたはずだ。
「だからこの場は収めてくれないか。彼にはよく言って聞かせておく」
「レスト様」
囲んでいた人垣が割れて、栗色の髪の青年がゆっくりと歩いて近寄ってきた。
「何かあれば、俺の裁量でするから」
「……まったく、かないませんや」
大男が苦笑して引き下がった。それに青年は微笑んだ。
「ありがとう。……ケディンも、明日が最後だ、よろしくね」
「分かって……ますっ」
子供がおどおどと親に隠れようとし、その親に表に押し出されている。
それを見て苦笑し、レストは手を振る。人々のなかに、ひときわ背の高い武衛衆が混じっているのに気がついていたが、こちらの近くにやってくる。
「……じゃあ、改めて。久しぶりって、言うべきか?」
隣に立ったレストが、にっとこちらに笑いかけてくる。記憶よりも大人びているな、と当たり前のことを思った。
「……背、伸びたな」
「くっ……何その親戚のおじさんみたいな」
「まだ俺は20代だ」
「そういうとこだよ」
屈託なく笑う顔は初めて見る気がする。
なんだか、頭が痛くなってきた。
自分は記憶力は良かったが、鈍すぎる、といまさら落ち込む。
「館に戻るところだ、一緒に来てほしい」
「……ああ」
さて、状況的にはラグヴィルが悪いはずだが、とがめるはずのレスト——マイナイはひょうひょうとしている。
「……気づいてないか、忘れたか、どっちかなって」
レストはどこか面白そうだ。
「俺の存在は表に出ない。口約束のまた会おうなんて、いないと分かったらすぐに流されるだろうと思ってた」
「……俺が、5年も村に通ってたのは当然知られてるよな」
「うん。でも、それ以上はルール違反はなかったから……気づいてない、忘れたって、思ってた」
「……どうして気づかなかったのか、俺は自分に問いたい」
「ふふ、顔は見せてないからな、声も作ってるし」
そうだ、声が違っているように聞こえる。
けれど、よく聞けばレストの声を低めて抑揚をなくせばマイナイの時折聞く声だ。どちらもまじまじと聞かないせいで、うっかりしていた。
「『また』会えて、うれしいよ」
「そうか」
言うほどではないのだろうと思う。
さっきの再会で、ラグヴィルを見てあからさまに目をそらしたのがいい証拠だ。
「あんたは……?」
「正直、わからん」
探していた人物が、何年も気にしていた人物と同じ人間で、こうやって数年ぶりに話しているなんて、戸惑いのほうが大きい気がする。
「……ただ、忘れていなかったから、悪くはないんだろうな」
「……そうだな」
はにかむように笑うレストは、さらに囁くように続けた。
「そのうち俺がマイナイだって、言うことになるだろうと予感していた。あんたが覚えていてもいなくても……何度も会わなければならないから」
「正体を隠しておくべきだったと思うぜ。こんな傭兵には」
「信用していると言っただろ?」
にこっと笑うレストは、本当に裏がないような人畜無害に見える。
けれど、マイナイだ。
宗教がどうのは分からないが、遣り手であるのは5年間で見てきた。
怖いな、とかすかに警鐘が鳴る。
自分のなかで、こいつはヤバい、という声がわずかだが上がる。
王太子に会った時も、そうだった。
良い悪いという話ではなく、自分の関わるべきではない者だ——
だがもう、否応なしに巻き込まれ、数カ月だが一緒の船に乗りかかるような状況である。
「……村のやつらはそうは思ってないだろう。俺はよそ者だ」
「あんたは客人だけど、きっと村のために戦ってくれる。そのうちみんなも分かってくれる」
「バラしたくなくて、仮面をつけていたんだろうが」
「ああ、あれ」
レストはくつりと喉を鳴らすように笑った。
「その通りだけど。あれは舐められないようにっていうのが大きかったんだ。さすがに……俺がマイナイになったとき子どもだったからね。小さい子が首長っていうのは、いろいろと問題があるのはこういう村でも分かるさ。けど、どうしても人前に出なければならなかったし。今は、こうやってお忍びに使えて便利だって気づいたからさ」
「そうか」
「……怒ってる?せっかくまた会おうって言ってくれてたのに」
何のことか一瞬思い出せなかったが、5年前のことだと気がつく。
「事情があっただろ、お前はまだあんときもやっと背が伸びたくらいのガキだった」
「……ふふ、いい人だな、ラグヴィルって」
どことなく、寂しげに笑うレスト心なんて分からないが——
「勘違いだろう」
「いいや、いい人だよ」
今度はおかしげに、繰り返す。
どうにも理解し難い。自分に愛想はないし、人と関わりたくはない。
「そんなことより、出歩いて大丈夫なのか」
「……ああ、さすがに子供を連れて、堂々と大通りを突っ切って来てるから、今はまだ大丈夫だろう。護衛もいる」
ちらりと付いてくる背の高い武衛衆を見るとしっかり視線が合った。どうやら警戒されているらしい。
「子供……あれは、なんだ」
さっきの親と一緒にいた子どもだろう。
「俺の小間使兼行儀見習い。明日を最後にしばらく館に来ないように言いに行ったんだ。……まだ大丈夫だけれど、今後、どうなるかわからないから」
「……そうだな」
「……2日以内に、総本山と王太子殿下への使者が帰ってくるだろう」
レストが真剣な表情になる。
「それからが、本格的に対処に忙しくなるだろう」
「ああ」
「……」
「……」
突然レストが黙り込む。
彼はどこかぼうっとしているようで、ちゃんと歩けているのが不思議だった。
彼の足元をなんとなく見ていると、ふとレストは再び口を開く。
「……あの、」
「……?」
「エリメンって人は、今はいないようだけど」
「あ?あいつはどっかの飯屋に気に入った女がいるって」
「……あまり我が民にちょっかいを出さないでいただきたいのだが」
「あ、あー……」
にこりと笑顔だが、有無を言わさない威圧感に、ラグヴィルはひやりとした。
レストは怒らせるとまずいタイプのようだ。
「……釘は刺しておく」
「よろしく頼む」
その後、館にたどり着くまで無言だった。
「レスト様……!?」
出入り口で待っていたらしいマイナイの従者が、ラグヴィルを見てぎょっとする。すぐさま近くにやってきて、レストをかばうように立ちふさがる。
「ドーイ、彼はいい」
「しかし」
「何でもないよ」
ぎりぎりと桃色の瞳が鋭いままだったが、レストがそれ以上何も言わず館に入っていこうとしてそれに慌ててついていく。
「おい、念書とかは」
ラグヴィルもほんの少し慌てた。
きょとんとレストが振り返る。
「ねんしょ?」
「……誓約書に似たものです」
どこか呆れたように護衛が言うと、ああとレストは何でもなさそうだった。
「必要ないよ」
「……」
「あ、理由はあるぞ。この段階で俺を知っていると言い触らすと、今後村からひんしゅくを買うのをわかっているだろう?かの方の命令を受けてここにいるのだから、そんなことは出来ないはずだ」
「……そうだがな」
「ならいいだろう。じゃあ……ヒリン、お疲れさま。明日もよろしく。ラグヴィルも、おやすみなさい」
「はっ、健やかなる静けきを」
背の高い護衛は敬礼をした。
ドーイがこちらをひとにらみして、館に入っていくレストの背を守った。
「……」
「……まあ、お前さんなら大丈夫そうだが、あのもうひとりは口が軽そうだが」
あっさり馴れ馴れしくしてくる武衛衆に、首を振った。
「いやあれであいつも言っちゃ悪いことは分かる。……しかし、当人が緩すぎるだろう」
武衛衆は呆れたような不思議そうな表情だ。
「レスト様……は、あれで呑気ではない。けど、お前さんを信用してるようだ」
「本当にか?」
「ああ、たまに、こういうことはある。それはマイナイ様が正しい」
そういえば、信じる事が神の思し召しだとか。
武衛衆の男は軽く手を腹の辺りに当てた。
「俺はヒリンという。武衛衆の頭目やってる。まあ、俺達はお役目上そうそう外のモンの警戒を怠るわけにはいかないんだが……すまんがしばらく警戒させてもらうぞ、使者殿」
「ああ、好きにしろ、名前でいい」
「そうか。まあ、俺の目から見ても余計なことはしなさそうだしな、お前さんは」
じゃあ、とヒリンは軽く手を上げ、去っていく。




