眠れない日々(1)
テルウェシにハイラッゼ傭兵団が到着した。
予想より数日早く、驚いたが、理由があった。
「もう半分は3日後に到着予定。俺たちが先に来たのは……これだ」
副団長だという男に、門をくぐってすぐに手渡されたのは、王太子とギルドからの報告書だった。
広げると——なんともありきたりで、嫌らしい内容だった。
思わず眉根が寄る。
「……」
「なんだって?」
「……読め」
エリメンとケルモが、ラグヴィルが渡した報告書を読んで、似たように眉根を寄せて嫌そうな顔をした。
その場にいたラアイと村の世話役が、心配そうな顔をした。
「あー……よくある話、ではあるが」
「馬鹿のすることはホンットにしょうもないな」
「村長、話がしたい」
「分かりました。ですがまず、宿屋に傭兵の方々を分けて滞在するかたちにしても?」
ケルモは頷いた。
「ああ、助かる。シド、ディガ、お前らが面倒見ろ」
世話役に傭兵団を任せ、村長はラグヴィルたちを家に案内した。大きな部屋で人払いをして、
「お話とは」
「……へウイと黒刃……襲撃犯のつながりが分かったかもしれません」
エリメンの前置きに、ラアイはびくりと椅子のうえで肩を震わせる。
「なに?」
「黒刃傭兵団ってのは、非道や汚いことを平気でする、お行儀のよくないことで有名なんです」
ラグヴィルの持つ書状を見て、エリメンはため息をつく。
「そいつらがこの村に、どうしてやってきたのか不思議だと前に言ったと思いますが……黒刃がここに来る前、どうやら王都の神殿の大神官のひとりと接触していたと……」
「大神官というと……国王の相談役ではない?」
「違いますね。けど、王都の神殿が何やらコソコソしていたのはだいぶ前から分かっていた。おそらく、神殿を相談役が抱き込んでいる」
「……、つまり、へウイと協力したのは……」
「少なくとも、王都の神殿ってことになります。そして、裏には国王の相談役がいる可能性が高い」
「……まさか」
ラアイが、ぶるぶると震えた。
「へウイは……村を売るつもりだった……!?」
「……そう考えるのが自然でしょうね」
エリメンと、ケルモの呆れたような顔。
村長は、ふらりと背もたれに脱力した。
「お、おい、大丈夫か!?」
「落ち着いて、誰か呼ぶかい」
「……いや。大丈夫だ……」
血の気の引いた顔で、ラアイはけれど首を振った。
「……続けてくれ」
「……おおかた、へウイたちは、村を自ら差し出すようにマイナイを説得、もしくはそのまま身柄を渡せば……村が国王の手に渡ったときに、自分の便宜を図ってもらえると約束でもしたんでしょう」
これが成功していれば国王が不当に国内の信仰をやめさせた、という悪評が減るだろう。
「……あの、へウイが?馬鹿なことを……」
ラアイは嘆くように顔を覆った。
どうにもへウイの行動はラグヴィルたちの目には最初から怪しく、裏切りそのものだが、ラアイたちはそれが信じられないらしい。
黒刃の潜伏先に頂の堂を使ったのも、村の民には本当に信じられないことだったようで、マイナイを襲ったということと同じくらいに絶句する者が多かった。
(……ここまで証拠が揃って、黒幕や目的が違っているってことはないだろうが)
へウイたちも黒刃も口を割らないので、確実ではないのだ。
「……もう事は起こっちまった後だ。だが、最悪の事態ってぇことでもない。村がまだ持ちこたえているしな」
そう言うと、どこか恨めしげなエリメンの目線が飛ぶ。なぜだ。
「——まだ、国王は村をあきらめていないのですな」
「村長さん……」
ケルモが村長の近くにしゃがみ込む。
「俺たちが来たんだ、村を守ってやる」
「……ありがたい。では、戦いに、なると」
顔を上げたラアイは、青い顔をしているが落ち着きを取り戻している。
「それについては、王太子の作戦がある。準備の時間が少ないが……」
黒刃の動きはどちらかというとついでの報告だった。
本命は、現在の王都の出来事と今後についてだ。
記されたそれを読んだが——多少飲み込むのに時間がかかった。
ラアイへと話しながら確認し……
「……本当に、そのような……?」
ラアイは、ぽかんとしている。
エリメンたちも頭を悩ませているが、ラグヴィルもそうである。
「……そのうち、また連絡が来ると書いてある。それまでに——」
言われたとおりに、村で準備をするしかない。
奇抜で理解できないとはいえ、王太子の命令である。
情けないな、と、レストは胸の内でため息をつく。
こんな状況に陥ったのは間違いなく自分のせいだし、この村の危機に何もできないことが歯がゆい。
祈祷も、マイナイが行なっているものは今はできない。
ただベッドで寝ているだけの、お荷物。体を一切動かせないので、言うことを聞いてくれるみんなにあれこれおっくうな口を動かすだけ。
それでも——みんなは優しい。
長年勤めている館の使用人たちがほとんどだが、世話をかけているのに、レストに丁寧に接してくれるし、嫌な顔もしない。
だからこそ、レストは苦しい。
「……では、経典は、」
「あの、手の下に、置いてくれるかな」
「はい、かしこまりました」
ドーイが読んでくれていた経典を、そっとベッドに放り出しているレストの手の下においた。
それと同時に、ノックの音。
「……交代だ」
扉が開いて、低い声。
え、と首を動かせないレストと、ドーイは一瞬なんとなく面白くなさそうな顔をして、その声の持ち主に軽く頭を下げた。
「……何卒、よろしくお願いいたします」
「ああ」
「……では、レスト様。下がらせていただきます。お大事に。……おやすみなさい」
「あ、ああ……ありがとう、君もゆっくり休んで」
にこりと笑うドーイはいっしゅん寂しげに見えた。
けれど立ち上がって一礼し、彼はレストの視界から去っていく。
ドーイは、自身が軽くない怪我をしているのに、レストの世話をどうしてもするのだと言って聞かず、結局日中の半分はこの部屋にいてくれた。
けれど、ずっとはさせられない。たまに交代し、特に夜にはちゃんと休むようにと言ったのだけれど。
その交代で、ラグヴィルが来るとは思っていなかった。
「……なぜ、貴殿が?」
「不満だろうが、人員が足りなくて俺が警護と付き添いだ」
「……不満なんて……」
むしろ、ほっとして、うれしいなんて。
「……昨日も?」
「昨日?……ああ、そうだ」
助けられ、レストがこの部屋で目を覚ました時、彼とドーイがいてくれた。
「すまない……」
「余計なことは考えず、あまりしゃべるな。痛いんだろう」
「……」
「眠るといい」
実のところ、ずっと鈍い痛みがある。動けば、激痛に変わる。
薬でも特に強いものを処方され、痛みはこれでもだいぶ感じなくなっているのだろう。その薬が切れそうになる頃には息をするのもやっとのありさま。
今はだいぶ効いていて、落ち着いている。
鎮静効果のある香も薄く焚いてある。
大人しく、口を閉ざして——けれど目を閉じられなかった。
こびりついて消えない、かすかな恐怖が、まぶたの裏で大きくなる。
「……——」
「手。動かすな」
馴染んだ経典の表紙の触感を、少しでも感じようと無意識力を込めていたらしい。
そっと、それを包み込む、少し冷えた固い感触。
覗き込む彼の薄い表情の顔に、ほっとする。
「……どうした、痛いか」
「……大丈夫だ」
離れていく体温が、惜しいだなんて。
近くの椅子に座っているらしいラグヴィルの気配に、多少レストは慰められる。
、どうしても、一度湧き上がった恐怖は消えてくれない。
窓はカーテンが閉まり、ランプは光量が半分ほど。
——夜が、来ている。
思い出すのは、あの晩、ふと意識を取り戻して、何も見えなかった真っ暗の堂。
本当に、誰もいなかった。
ただの暗闇だけが、あった。
まだ、詰られ罵られ、叩かれていたときのほうが、耐えられた。
ただ誰もいない、あの冷え冷えとした漆黒の闇が、レストを完全に一人にした。
世界中にたったひとりきりで——神にすら、見放されたのだ。




