良かったこと悪かったこと
ヒリンとの面会が許可された。
彼は現場でマイナイをかばい真っ先に倒れた。
ともかく怪我がひどく、手足はかろうじてつながっていたが、多量の出血もあって一時は絶望的かと思われたが、かなりの強靭さだった。
「こんな格好で失礼する。この度は本当に……心からお礼を申し上げる」
顔色は悪いが、目の光は前と変わらないヒリンはベッドからは起き上がれないらしい。怪我人を前に下手なことを言うのはやめて、頷くだけにした。
こういった対応はエリメンに任せるに限る。
「ふたり、ご愁傷さまだったな。だが、あんたが生きててよかった」
「……ああ。あいつらのことは……名誉であった。今はそう思っておく」
「そうか。具合悪そうだな、少し聞くだけだ、すぐ終わる」
「お気遣い痛み入る。何を話せばいい」
「……連中がマイナイを拐った理由がはっきりしない。何でもいい、気がついたことはないか」
へウイはもとより、一緒に捕まえた花事や村人、襲撃実行犯の傭兵らは尋問しても口を割らない——実はラグヴィルが主だった者たちを殺してしまったため、事件を起こした目的や、何が起こっていたのかが証言が取りにくかった。
ヒリンの顔がわずかに歪んだのは、痛みからではなくその時のことを思い出そうとしたからだろう。あの場にいた全員が自分たちが守りきれずマイナイが拐かされ、命を脅かされた事に、屈辱、後悔、恐怖——そんなものを抱えているようだった。
「……わかっているだろうが、レスト様をさらうことが目的で、殺すことではなかった。連中ははっきりとレスト様への攻撃を避けていた。……」
ふと、ヒリンは口元に手を当てて目をきつく閉じた。
気分が悪いのか。
「いや、すまん。レスト様が……それを分かっておられて、わざとご自分を皆の盾にするように動かれていた。ご自分の手が汚れるのも、厭わずに」
「倒したってのか?」
現場の礼拝殿では、襲撃者側の3人の死体と怪我で意識を失った2人が残されていた。そのうちのひとりは確実にレストが倒していたという。
「……やっぱり、マイナイ様って、騎士向きだよな……」
エリメンが本当に感心している。
だが、ヒリンの表情は悲壮感が濃い。
「我々の使命だった、レスト様に、させないでいいことをさせてしまった」
「……マイナイを拐って……腹いせというわけではないのか」
レストは、拷問を受けていた。
その手の玄人らしく、あれだけの傷を負わせても死なせてはいなかった。なら、腹いせや見せしめにするためではない可能性が高い。
「……首謀者はへウイで間違いないのだったな」
ヒリンはあらかたのことは聞いているらしい。
「なら、目的は、以前奴が言ったようにマイナイ様に非を認めさせたかった……ということは」
「だが、一連のことを計画していたとして、取り返しがつかない。指導者を力でねじ伏せて……マイナイの人気は高いだろう、万が一レストが屈したとしても、へウイたちに村が従わない」
「特に、村長がな」
ヒリンが相槌を打つ。
——やはり、村長の本心は周囲にもばれていたらしい。
「フェテン様もいるだろ?見た感じあの爺さんも一筋縄ではいかねえ」
エリメンの言葉ももっともだった。
「……なら、すべてを覆す事も計画していた……とは考えられないか」
「どういうことだ」
「村そのものを自分のものにするつもりだった、としたら」
「おいおい、自分が神の伴侶に成り代わろうってか」
「その可能性もある。トップ争いという意味ではマイナイこだわらなくてもいいだろうし、それなら殺しておいたほうが楽だとは思うがな」
「そうかもしれねえな」
「……結局奴の考えはよく分からねえが。俺が言いたいのは、その計画が可能だと思わせるような何かが奴にはあったんじゃねえか」
「……そういや、黒刃とどうやってつなぎを取ったのか、わかってねえんだよな……」
「外とのつながりを、徹底的に調べようと思う。ハイラッゼ傭兵団が5日後に合流する、少しは動きやすくなるだろう」
「兵が……増えるのか。ありがたい」
喜んでいるようだが、ヒリンの息が上がってきた。
これ以上は負担だと、エリメンに目配せしてふたりで部屋を出た。
「ヒリンの様子はどうであった」
待ち構えていたのは村長のラアイだった。
このヒリンが休んでいる場所は村長の家だ——怪我人を診るために一番融通が効いたのが、村のなかでも邸宅としては一番大きい村長の家だった。
「思ったより無事でしたが……やはりまだ休まないとダメみたいですねえ」
「……あやつの腕は、もう駄目かもしれん」
沈鬱な表情で、ラアイ。
「……本人には」
「言ってはおらん。だが、気づいていてもおかしくはない」
ラアイは踵を返して、家のさらに奥の方へと向かう。ついてこいと言われている。
2,3部屋の前を過ぎて、どうやら私室らしいところへ通された。
「……村の詳しい状況説明と、そちらの話を聞きたいのです」
「かまいませんが……あんたも大丈夫ですかい、村長さんや」
エリメンが心配そうに声をかけるのも無理はなかった。
心労がかさんでいるのだろう、あのいつも気迫をまとっていたようなラアイが、妙に小さく老け込んで見える。
「村長として、やるべきことをやっているだけだ。怪我などしてもおらん、これしき……」
軽く咳払いをして、村長は目線を上げた。
「村は今は知ってのとおり、閉鎖状態だ。まだ事件も片付いておらぬし、村民らは動揺しており、客を受け入れる余裕はない」
「賢明かと」
「……マイナイを不届きにも襲った者共は、貴殿らのお力で全員捕まえられた。村でへウイに賛同していて、強情な者は牢へと入れてある。処分は……ともかくマイナイのご容態が安定して……」
ぶつぶつとつぶやくラアイは、すぐにはっと我に返った。
「申し訳ない。……これ以上、この件にかかわったものはおらんはずだが、しばらくは警戒している。……傭兵の方が手伝ってくださり、感謝しております」
「礼はあいつらに。仲間でもないんでな」
ヒリンが倒れたため、武衛衆の手が回らない。いち組織の団長が見かねて手伝っているとは聞いていたが、ラグヴィルは関係がない。
「さようで。……事件の、今分かっていることをお伝えする」
「ああ」
一連の襲撃事件が、へウイが賛同者を集め計画し、外から傭兵を雇い実行したというのは間違いない。
そして、警戒し、探し回っても外からの武装集団を見つけることができず、へウイたちの動きもつかめなかった理由。
「……抜け道!」
「そうだ。村の全体の祠や礼拝殿の場所やその道……そして、それらを繋いで移動ができるような秘密の道が記された地図が、へウイの父親によって盗み出されていたのだ」
おそらく、フェテンがマイナイとしていた頃だ。
フェテンに聞くと、その地図の記憶はあったが、所在はいつの間にか分からなくなっていた。宝物庫にでもしまわれているのかと彼は思っていたし、さらには、その次の次のアルコナのずさんな体制で、なくしていても不思議ではなかった。
「重要なところは口伝であるし、儂も……存在を知らなんだ」
その地図を使い、今では知られなくなった道を通り、へウイは人目につかないように外と連絡を取っていたのだろう。
地図は、へウイの家で見つかった。
「できれば、見せてほしい」
ラグヴィルが申し出ると、ラアイは不思議そうな顔をした。
「今さら疑いはしませんが……理由を聞いてもよろしいか」
「俺が村にいた間、そういう抜け道だとかを調べていた。最悪防衛戦……と考えると、脆弱な場所などは知っておきたくてな」
「なるほど。地図は今は館にあります、ビーテルに話しておくので、彼に言ってくだされ」
「ああ」
「……禁足地の向こうのことも、お調べになったので?さすがに、この件だけはお答えいただきたい」
ラアイの、暗い目を見据える。
「あんなことに……なりましたが、あの頂の堂は、村ではもっとも神聖な地でありました。おいそれと……村の民すら入れぬ……」
「……」
さて、どう答えるべきか。
実のところ、禁足地のことすらあの時まで忘れていた。
「……調べてはいない」
「なら、なぜ、まっすぐに向かわれた」
なるほど、村に戻ってきたラグヴィルが、知らないはずの聖域にすぐさま向かったことに疑問があるのか。
エリメンが首を傾げた。
「あれ、でもお前、あの時禁足地の奥に何があるんだとか、ビーテルに聞いてなかったっけ」
「……そうだったか」
あの時何を口走っていたかは、あまり覚えていない。
「たしかに、あの時まであんな場所は知らなかった……ああそうだ、橋が」
「橋?」
「以前にフェテンが言っただろう、橋とか何とか。なぜかそれを思い出した。それで、次に思い出したのが、昔間違えて立ち入った禁足地の……その風景だった」
「……は」
ラアイは目を見開く。
しかし、ラグヴィルもそれ以上説明しようがなかった。
「なぜか、その奥に『ある』前提で聞いていたが、俺も何を考えていたか分からん」
「こういう勘は鋭いよなお前」
エリメンは困ったように頭をかく。
「聞いたことがある。たまにとんでもない記憶力と一緒に、目に見たものをそのまま覚え込めるような特殊な能力を持った人間がいるんだと。あと……こういう部屋とか、だいたいの広さを見るだけで把握して、計算しちまうやつとか。そういうのじゃね?」
「どういうことだ?」
「あの堂だかには、禁足地の隠された道を行っただろう?その道を無意識に見つけて、覚えていた……とか。けどまあ」
あきれたように、エリメンは肩をすくめた。
「それがなんであの時、橋って思い出して、禁足地につながるのか、突拍子がなくてドンピシャなのは、占いでもやったか?って」
「その奇跡を、神の思し召しという」
ラアイが、うつむき、ひどく乾いた声で言った。
「神が与えたもうた奇跡、機会……フェテン様はよく神託をなさるが、つまり神の伴侶であったからだ」
「……気に入ったやつに、特にそういう奇跡を与えるって?じゃあ、ラグヴィルは、」
「……ばかばかしい」
冗談ではない。神などいない。
いたら、自分の伴侶を甚振られるのを黙って見ていた外道だ。
ラグヴィルが思っていることの、いくらかはラアイも感じているのだろうか。
「……これ以上、私にどうしろと……神よ、惑わすのは……」
ラアイはしばらく顔を覆っていたが、ゆっくりとため息をついた。
「……すまないが、用事ができた。今日はこれで……また近いうちに話をしたい」
「ああ、分かった」
難儀だと思う。
不幸を不幸と認めることができないのは、どれほど苦しいだろうか。




