山狩り
「数日が峠です」
レストの治療に当たったのは村の医者と、神殿の治療師だった。村に逗留していたところ巻き込まれたのだが、彼はけが人がいると知って自主的に残り、ヒリンたちの治療を行っていた。ラグヴィルも治療を受けたが、真摯で善良、今のところおかしなところはない。
「主神ロメグスは、清廉なるものを見捨てません。ここはエメテーク神の聖地でございます。祈りは必ず通じます」
有志の花事は、一心不乱に祈祷をしているらしい。
(馬鹿らしい)
ただ決まりきった文句を唱えていれば救われるなんて、ならば古今東西救われるものだらけだろう。
施術が終わり、治療師と医者が一度出てきたところを、ふらりと入れ替わるように部屋に入っていった少年を誰も止められなかった。ドーイは先ほど意識を取り戻し、ひたすらに嘆いていた。
「——どこに行くんだ」
ラグヴィルが踵を返そうとしたところに、どこぞに行っていたエリメンが戻ってきた。
「逃がした奴らを追う」
「……いいのか、ついてなくて」
顎をしゃくって、後ろの部屋を示す彼に、答える余裕はない。
(殺す)
まだ足りない。
へウイや、どうやら武装勢力の上の奴らが逃げ出したようだ。
殺されるべきゴミがのうのうと逃げおおせるなど、到底許せない。
すでに夜だ。だが、降りるのに半日はかかる山だ、今なら間に合う。
悠長にしていれば逃げられる。
(殺してやる)
ラグヴィルが一歩踏み出すと、後ろからかすれた声が上がった。
「山狩りをする」
振り返ると、ラアイがいつの間にかやってきていた。
さっきまでどこにいたのか、レストが拐われ、また戻ってきても姿を見せなかった村長は、ギラギラと目を光らせ、そこにたたずんでいた。ビーテルは無言で、ただ村長を見ている。
「ついてはラグヴィル殿に指揮を任せたい。ヒリンが倒れた今、この村で武を司るものがおらんのだ」
「……準備は」
「終わっている。村人のほとんどが、マイナイのことを知って怒っている」
だから——いなかったのか。
血走った目が、ラグヴィルを見据えた。
「逃してはならん」
「ああ」
村長の言ったとおり、ほとんどの村人が門の前に集結していた。大通りを埋め尽くさんとする松明が、傭兵の号令によって山をゆっくりと降りていく。
やがて、山のあちこちに光が分かれて灯る。
ふもとの村では住民たちが、山が光またたく様を恐ろしげに見上げていた。
「……3人」
1刻ほどで捕らえた、または殺した数だ。
へウイと、頭領らしい男がまだ見つからない。
丁寧に、丹念に、確実に追い詰めていく。
さらに半刻。
「……捕まえました!」
武衛衆のひとりがとうとう朗報をもたらした。
「それが……」
「よお、どうやらいい仕事ができたみたいだな」
ハイラッゼ傭兵団のケルモ、それとその部下達だ——彼らが、へウイと頭領を捕らえた。
「団長、待機してたんじゃ」
「ファルゴか。いや、このありさまじゃなんかやばいことが起きたって、悪いが勝手に行動させてもらった」
様子をみようと山を登ったところ、おかしな気配に気づいて、追いかけた。
途中交戦したが、多少の怪我ですんだ。どうやら、追い詰めている過程で、やつらに村の狩人が矢傷を負わせていたらしい。
縛られ、猿ぐつわをかまされ転がされたふたりを、村人たちが煌々と松明で照らす。
「……待て、見覚えがある……お前」
エリメンがふと頭領のそばまで警戒しながら近寄る。そうして、顔色を変えた。
「お前——貴様、黒刃の!」
「そうだ。黒刃だ」
ケルモがうんざりしたように首を傾げた。
「俺たちがカアンについたときに、ギルドから知らせがあってな、黒刃傭兵団が動いたと」
ざっと、ラグヴィルの臓腑が熱くなる。
「……そうか」
「クソが!」
エリメンが、激昂した。
頭領を蹴り飛ばすと、持っていた剣を振り上げようとするので、ファルゴたちが止めた。
「気持ちは分かるが!今はまずいだろ!」
「こいつ、こいつだけは……!」
「これだけは、殺す」
ラグヴィルが、エリメンの隣に立つ。
ぽかんとした周囲のことは知らない。
ざくりと、手ごたえ。
転がった男の脇の、ごく浅いところをラグヴィルの剣が突き刺していた。
「——!っ、……!」
苦鳴を上げてのた打ち回るそれの、太ももと、肩。
首筋に、赤く塗れた剣をひたりとあてた。
「後悔なんて生ぬるい。まずは指を1本ずつ、足、次は腕。肉をそぎ落として……殺してくれと100回は言わせてやる」
「……ラグヴィル、」
「一度村に引き渡すぞ、落ち着いて……好きなだけ殺す」
「……ああ」
エリメンはようやく剣をしまった。まだ息が荒い。
ファルゴとケルモたちは引いたようにこちらをうかがっていたが、村人たちに引っ立てられていくへウイたちを見て、ようやく緊張するのをやめた。
「……噂には聞いてたが、そうとう恨みがあるみたいだな」
「……ああ、悪かったな」
エリメンが首を振りつつ、答える。
「仲間の仇だ……ようやく見つけたと思ったら……」
はあ、とため息をつきながらエリメンはラグヴィルを見た。
「即殺すと思ったんだが」
「……お前のほうが先に剣を抜いたからな」
なぜか、頭の芯が冷えた。
怒り——憎しみはある。腹の底が熱いのは今もだ。
ただ、エリメンの剣を見たら、ラアイのギラついた目を思い出した。
同じ色に見えた。
「まだ残党がいるはずだ、全部狩るぞ」
騒ぎから、4日。
まだ、レストは目覚めない。
ようやく昨晩峠を越えた。
まだ発熱はあるものの今は比較的落ち着いている。
全身を包帯に巻かれ、傷に極力負担がかからないよう、柔らかい綿と布を大量に敷き詰めたベッドでこんこんと眠っている。
「兄さま……」
桃色の髪の少女が、見舞いにやってきた。次期アルコナだという。おおきな瞳に涙を溜めて、眠るレストを見守っているが、泣きわめくようなことはしなかった。
もうひとり、鼻をぐすぐすと鳴らす、少年。見覚えがあると思ったら、レストがマイナイと分かった日に連れていた、あの子供だった。マイナイの小間使だったか。
マイナイの寝室には、香が焚いてある。甘くて、草っぽい匂いだ——鎮静と睡眠効果があるらしい。
精神的にも、肉体的にも負荷がかかりすぎていたレストが、いきなり目覚めればどんな状態になるか分からない——廃人になるかもしれないと言われれば、ぞっとしない。今は休ませ、ゆるやかに目覚めることを期待して。
香は、ラグヴィルなどでも長時間嗅いでいればかなりぼうっとする。子どもには効きすぎると、ふたりは10分もしないうちに部屋から出させられた。不満そうな顔だが、聞き分けはいい。
少女の方……ミニア言ったか。彼女は相当レストになついているらしい。
部屋にいた初対面のラグヴィルを警戒し、レストをかばおうと即座に動くのは、かなり感心した。が——
「レスト兄さまを助けていただいて、ありがとうございました」
「……ああ」
結果的に、助けた事になっているが、果たしてただゴミを切り刻むだけだったのは、助けたということになるのだろうか。まるでビーテルの襲撃の途中に乱入したときと同じだ。
あのとき——レストのぼろぼろの姿を見て、すべて理性がなくなった。エリメンが止めていなければ、どこまで暴れたか自分でも分からない。
そういう生臭い話は、まだ子どものミニアたちに聞かせられるはずもなく、頷くだけにとどめる。
「あなたは、そとの人だけど、村を助けてくれるって聞きました。おねがいします、兄さまが……マイナイさまがケガして、みんな……きっと不安で……」
「ああ、分かった」
「……おねがいします」
胸に手を当てて頭を下げる姿は、小さくても様になっていた。次期アルコナの名は伊達ではなさそうだ。少年の方はただただ鼻を鳴らしているが、けれどあの日親の影に隠れようとしていた姿よりは、ずいぶんとしっかりしている。
ふたりは使用人に連れられて去っていった。
「……」
部屋に戻ると、じっとベッドの横に椅子に腰掛け微動だにしない従者を見つける。
ドーイも襲撃された時に大怪我を負っている。鎮痛剤でどうにか動けているのだが、普通なら休ませるべきだ。
けれど、彼はレストから離れることを嫌がった。
幼い頃から兄弟のように仲が良かったらしい。ひどく消耗しているのは、まだ後悔の真っ只中にいるせいか。
ラグヴィルも、部屋にいすぎたらしい。少し思考が鈍る気配があって、眠るレストの顔を一瞥してから部屋を出た。
入れ替わりに使用人が入っていったので、ドーイのこともどうにかするだろう。
「ラグヴィル様、そろそろお時間かと」
執事が現れて、以前よりさらにうやうやしく頭を下げられる。
どうにも慣れずに首がこそばゆい。
「ああ、着替えて、出てくる」
「かしこまりました」
「エリメンは」
「お部屋でラグヴィル様の準備をお待ちしていると」
「……ああ」
エリメンも、普段通りにしようとしているが、あの日以来落ち着きがない。
(無理もない)
十数年来の仇が、目の前に現れた。
状況も忙しないし、落ち着けるはずもない。
だが、我を忘れるほど若くもない。




