真骨頂
ふもとのカアン村に着いたのは明け方だった。追っ手を巻くために予定よりも2日も遅れてしまった。
ようやく畑仕事などで朝早い村人が寝床から起き上がっているかどうかの時間。けれど、その村でこちら側の連絡係を務めている男が、村の前で待ち構えていた。
「どうした?」
「緊急事態でさ。テルウェシが、巡礼者を追い出して村を閉めた」
「……!何があった!?」
「それが、分からんので。降りてきた者は全員何も聞いてねえって、突然出て行けと、」
「誰に言われたかは」
「村長だそうで」
村長は——無事。そして強権も振るえる。
まだ最悪の事態というわけではないのかもしれない。
ファルゴたちも眉をひそめている。
「どうする?」
「今から登る」
一刻もはやく、村の状態を確認しなければ。
「まだ俺たち以外に王都からは誰も来ていないな?」
「は、はい」
「なら、ハイラッゼ傭兵団と名乗る奴らがあとから来る。そいつらには待機だと言っておいてくれ。もし、3日なにもテルウェシから連絡がなければ、王太子殿下に報告してくれと」
「わ、かりました」
「荷物はありったけ持って行く」
「ああ」
何が起こったのかわからないが、気持ちは急ぐ。
警戒しながら、けれど最大限の速さで山を登る。
途中、獣にも遭わず静かだった。
「……こっちだ」
「あ?」
「何が起こっているかわからん。抜け道がある、そこから気づかれないように村に入る」
藪にしか見えないが、その手前の小さな聖像が印だった。藪を踏み越えていけば、細くわずかな道が出てきた。
「……なんでこんなとこ知ってんだ?これって村の秘密とかっていう道だろ」
「推測と探索」
「……村に詳しいんだな」
呆れたようなファルゴとその仲間のニドは無視。
1刻ほど、ひたすら山を登って。
やがて、木々の間に、小さな建屋を見つけた。
そして。
「……!」
「待て、王太子の使者だ」
その建屋……小さな祠を、守るように数人で取り囲んでいたサッシュの武人たち。
彼らがこちらを遠目に見つけ、剣を抜きかけた。
両手を上げながら名乗る。
武衛衆のひとりが、あっ、と声を上げた。いつだったか、見覚えがある武衛衆だった。
「ラグヴィル殿!」
「いったい、何があった」
「……」
黙り込んだ彼らの表情は、悲壮だった。
きっとろくなことではない。
「こちらにはどうして」
「悪いとは思ったが、滞在中にいくつか抜け道を調べておいた。防衛のためだと思ってくれ」
「今となれば、良かったとしか。正面から入られなかったのはさすがです、こちらの裏から参りましょう」
念のため、と服すら交換した。サッシュをかけマントで顔を隠しながら、ラグヴィルたちは武衛衆の一人に案内され、祠の先の村の塀を通り抜ける。
そこにも武衛衆がいたが、顔を見せると無言で通された。
遠回りに民家の間を抜ける。
(静かすぎる)
太陽も天にある昼間なのに、まるで、音が聞こえない。
けれどあちこちの家から潜めた気配がする。村人は全員、家に閉じこもっているらしい。
気が逸る、不安が募る。
ようやく、館にたどり着いたが、裏口から静かに入り込んだ。
「……ラグヴィル殿!」
まだ足を引きずっている、ビーテル。
彼は真っ青で、ひどく取り乱していた。
「エリメン」
一緒に現れた彼は——完全武装をしていた。
沈鬱な表情で、
「すまん、俺が、ついていながら」
「……まさか」
「マイナイが、拐われた」
吐くように言って、エリメンはおもむろに頭を下げた。
「失態だ。油断した」
「言え、詳細だ」
エリメンに任せたとはいったが、責任だとか謝罪だとかはどうだっていい。
ふつふつ煮えたぎるような感情は、覚えがある。
——何年ぶりだろうか。
人を、ここまで殺したいなんて。
頭を上げたエリメンが、歩き出した。
「……もう一日近く前だ、特別な祈祷があるとかで、村の外の礼拝殿に行った。途中までは、俺も同行した。だが、礼拝殿の近くには立ち入れないと」
応接室に入った。
「周辺はくまなく探索した。けど、何の気配もなかったし痕跡も……」
「礼拝殿の中か」
「そうだ」
立ったまま、エリメンは近くの壁を殴る。
ごっ、と重い音。
「遠目に小さいものだったから、まさか待ち伏せとは思ってなかった。直前までへウイも花事も不審な動きはなかった、油断した」
武衛衆5人、ドーイと、花事3人。
それだけを連れてマイナイは礼拝殿に入っていった。
直後に、中で騒ぎが起こり——
「唯一の扉が鍵がかけられていて、頑丈で破れなかった。手間取っているうちに……」
「唯一の扉?」
「そうだ。……中に地下の抜け道があった。そこから……マイナイは連れ去られた」
「ヒリンはどうした、ついていなかったのか」
「……いたさ」
エリメンが首を振る。
「今は生死をさまよってる。2人死んで、ドーイもやられて、今は意識を取り戻してない。他の奴らも大怪我だ」
「……で?」
「……虱潰しに捜索している。だが、手がかりがない。村の、へウイたちも、中心になってたやつらが10人ほど消えてる」
「……」
ぐらぐらと、煮えている。ラグヴィルの内側が。
けれど、妙に頭の中心が冷めている。
そこで、何か蠢いていた。
(……橋?)
なぜか、思い浮かぶ、言葉。
元マイナイの、フェテンのしわがれた声。
(望み……)
ばちっと、脳裏にひらめいた、一瞬の光景。
「……禁足地」
「え?ちょっ」
「——おい、禁足地の向こう、なにがある」
ラグヴィルが力任せに扉を開けると、そこにビーテルと執事が立っていた。待機していたのか。
ばんっ、と扉の壁に叩きつける音にぎょっとしたふたりだったが、すぐにビーテルが反射のように答えた。
「村の最古の堂」
「堂?」
「神が降臨した地、聖なる頂の……——」
言いながら、みるみるうちに血の気を失っていくビーテル。
「まさか……」
「調べてないのか」
「……ああ……」
呻き、嘆くようにビーテルはその場で崩折れた。
「その場所に立ち入れるのは神の伴侶のみ。まさか、あのへウイが、そこまで道を外すとは」
「思い込みか、これだから」
気に食わない。
信仰だのなんだの、姿も見せない神が、いかほどのものか。
「——おい、ラグヴィル、おい!」
どこかでエリメンが叫んでいる。
けれどラグヴィルの意識の外だ。
——殺す。
殺してやる。
気がつけば、山のどこかにいて、ほとんど意識せずに持っていたものを手繰っていた。弩。数年来の武器だ。
「ぎゃ、——っ!」
矢が飛んだ先の木の陰から、悲鳴を上げかけそのまま倒れる人影。
奥にもう一人いたため、手早く矢を充填して放つ。当たったようだが、もう一発。
「……ああ」
ここは、禁足地の奥らしい。
見たことのある茸が、木のそばに生えていた。
うっすらと人が入った跡がある。その道なりに足を動かし——目の前が広くなる。
そこは、切り立った崖だ。
数メートルの絶壁が目の前に横たわり、そこに板で作った手すりもない『橋』が、架かっていた。
その向こう、岩肌が剥き出しの頂の麓に、小さな石造りのアーチのような物がある。
「……いた」
そのアーチの周辺に、人影がある。こちらを見て、指さし、何か喚いている——
「……」
ラグヴィルは弩を担ぎ、剣を抜いた。
走る。
橋はラグヴィルの体重と踏み抜きにかろうじて揺れながらも耐えた。
だんだんと近づいていく、人間。
剣を閃かせ、こちらに殴りかかってくる複数のそれらを、力任せに斬り、突き、刺す。
薄汚い音が上がる。
「うるせえよ」
発生源を脚で蹴り飛ばすと、視界から消え、静かになった。
アーチをくぐる。
途端に斬りかかってくるものを剣で突き刺す。
手足が勝手に動く。
殺せと本能が喜んでいる。
殺せば、それだけゴミが減る。
醜く汚い、あの人間が。
(殺してやる)
探さなくても後からあとから湧いて出てくる、蛆虫のようだ。
それをひとつひとつ潰していくのは、心がすく。
堂とやらは、そう複雑な造りでもなかったらしい。
さほどかからず、一番奥の、古い扉の前に来た。
蹴破った。
同時に左右から跳んできた切っ先。
ショートソードと剣で弾き、剣を振りおろしながらショートソードを投げつける。
腕を斬り落とされた男の、さらに脚と首を順番に斬ると、ようやくおとなしくなる。うるさい音を立て続ける、腹に小剣を生やした男には、ナイフをいくつかさらにくれてやる。
そこで、気付いた。
さほど広くもない部屋だった。
石を切り出して作った床や壁、そして、真ん中の……吊るされた、何か。
赤い——
そう思った。
それは、真っ赤だった。
ふっとよぎるいつかの幻影。
無造作に転がった、赤い、物言わぬ、かたまり。
「取引だ!」
何か、叫んでいる。
「この、こいつの命が惜しかったら、」
「殺す」
蠢くゴミに、剣を投げた。飛び掛ってくる別のゴミにショートソードを振った。いくつか、煩わしいそれらに、腕を振り上げた感覚はある。
どれだけ経ったのか。
「……い、おい、やめろ!それ以上、」
「殺す」
「この、っぐ、!」
ざっ、と何か腕に引っ掛けた気がした。
熱いものが手にかかる。
見ると、赤いものがべっとりと、グローブにこびりついていた。
その自分の手首に、巻き付く震える5本の指。
「……気がついた……か?」
囁く声が聞こえたと思ったら、ドサリと目の前に見覚えのある人間が膝をつく。
「エリメン殿!」
そう、金髪の、見知った——
「……エリメン?」
「ってぇー……よお、やっと戻ったか」
脂汗を浅黒い肌に浮かべて、腕を押さえている、エリメンのそこからも赤いものが。
「……あ?」
自分の足元には、人の腕と足らしいものがあべこべに並んでいる。その近くに座り込んでいるエリメンは苦笑して、
「もう、それ、いいだろ、置いとけ、それよりも」
「——レスト様!」
悲鳴のような、誰かの声。
はっとラグヴィルが振り返った先に……武衛衆の手により、布をかぶせられた、その『赤いもの』。
「……っ」
足の力が抜けた。かしゃん、と剣の滑り落ちる音とともに、ラグヴィルは膝をつく。
「……あーそこまで、一緒か。ヴィリ、しっかりしろよ」
一瞬遠のきかけた意識は、ぱんっと音を立てて叩かれた頬の痛みですぐに戻る。
じっと覗き込む焦げ茶色の目とかち合う。
「おい、マイナイは、生きてる。ここでお前が腑抜けるな、聞こえてるか?」
「……ああ」
生きて、いるのか。
「よし、戻るぞ!」
エリメンの声に、そこいた全員——武衛衆が、動き出す。そのうちの一人に静かに抱えられるその布の塊は、すでに赤いシミが浮き出ている。
——レストは、傷だらけで、天井から吊るされていた。
ほとんど無事なところがないくらい、全身の裂傷、それと、流血。
唯一、肩に垂れていた髪の色だけ、見覚えのある栗色で。
(あの人は……もっと濃い茶色だった)
けれど、その肉が裂け流れた血の赤い色は、違う記憶を呼び起こした。
全身が軋む。それをなだめて立ち上がる。遅れて腕と胴に激しい痛みが走り、思わず身をかがめた。
見ると、大きな裂傷があった。止血しなければ。
痛みをやり過ごし、見かねたエリメンに手を貸されて姿勢を戻し。
ふと部屋の状態が目にはいる。
「……っは」
思わず笑ってしまった。
鼻が曲がりそうな鉄錆た匂いと、血の海。あちこちに転がる手脚や胴、頭。
「……ったく、満足したか」
あきれ返ったエリメンには、答えられなかった。
記憶にはないが、自分がやったのだろう。覚えていないのが、残念だ。




