胎動、あるいは悪夢
王都に戻って、4日。
思ったよりやることが多くて、結局明日まで出られない。
落ち着かない。村が不安定な時に出てきたせいもあるが——
(嫌な予感がする)
だから、できるだけ早く村に戻りたい。
「——お、いたいた」
ギルドの隅に座っていたラグヴィルに、ようやく待ち人が来た。
数年前から顔だけは見知って、何かと話しかけてくるようになったギルドの傭兵、ファルゴだった。
それと、
「よう、今回はよろしくな」
壮年の、大男だ。ギルドに出入りしているから、見覚えはあった。
「団長が出てきたか」
「おうよ、こんなでかい仕事、下の野郎どもだけに任せられるか」
そのにっと笑う厳つい顔を一瞥する。
ハイラッゼ傭兵団の団長ケルモは、凄腕の傭兵として有名だ。ただ、最近は年もあってあまり自身で依頼を受けないと聞く。だがひとたび戦場に出れば、他を蹴散らして確実に勝ちを取るらしい。
「明日から、団長も同行する」
「ああ、分かった」
——王都では、予想以上に王太子と国王の対立が深刻になっていた。
ここ数年の国王の所業に実害を被ったものや、不審に思う貴族などが王太子側についた。味方は多くなったが、その分敵対する国王は警戒した。
さらに慎重を要することになり——王太子は、自身の兵は動かせないと言った。
ただ、傭兵ギルドが秘密裏に王太子側についていた。ここ数年の国王の振る舞いに割りを食っていると感じていた者が多く、ギルド所属のラグヴィルが密命を受けた時に王太子へと傾倒した。
中には国王派という者もいるが、それは好きにしてくれという状況だ。面倒を察知して国外に拠点を移したものもいるが少数で、傭兵という人間は争いの種があれば稼ぎどきだと喜ぶ。
ギルドは国の管轄。だが、元は流れ者の集まりだ、自分の身の振りは自分で決める。
——だから、ラグヴィルが王太子の命令書を片手に声をかければ、国でも有力な傭兵団は快く契約を受けてくれた。
ハイラッゼ傭兵団。15年以上メイドリーン王国で活動し、団長のケルモは周辺国では負け無しの傭兵。実力も実績も十分の傭兵団で、王太子も喜色を浮かべたくらいだった。
「じゃあ、明日の早朝に。詳細は移動しながらだ」
「分かった」
一晩経ち、朝日が昇った直後。
ラグヴィルたちは王都を出発した。
先遣隊で、6人だけだ。馬を駆け、できるだけ早くテルウェシに戻りたかった。
不安だった。村では襲撃が起こり、怪我人も出ている。その状況で離れなければならなかったのは、よくないとは思っていたが、さすがに王太子の命令は無視できない。
(何事もなければいいが)
結局襲撃犯についてはあと一歩情報がたりなかった。ぎりぎりまでギルドが調べてくれていたが……
「おい、ラグヴィル……」
「……ああ」
馬を走らせて、1時間もしないうちに、異変を感じた。
つけられていた。
馬に乗った数人が、つかず離れず付いてきていた。
「……どうする」
ケルモが指示をこちらに聞いてくるのは、この件については王太子命令を受けているラグヴィルが隊長だからだ。長年傭兵として生きてきた男とはやりやすい。
「二手に分かれる。俺とファルゴと、ニド。ケルモは残りと一緒に。相手を振り切ってからカアン村へ。俺たちが到着予定日より3日以内に現れなかったら、先にテルウェシ村を目指せ」
「了解。やってもいいか」
「……いや、できるだけ相手にするな。危険がない限りは振り切る方向で」
「しゃーねーな」
物足りなさそうな顔をしながらも頷くケルモに、合図を送って、二手に分かれた。
つけてきていた奴らは少し慌てたようだが、結局2つに分かれて追ってきた。
「……何が目的だと思う?」
ファルゴの問いには、簡潔に返す。
「俺たちの目的地の確認だろう。おそらく……」
国王の手のものだろう。
まさかラグヴィルの動きが気づかれていないとは、ハルマリー王太子も考えていない。想定内ではある。
(だが——)
こうもあからさまに密偵をつけてくるのは、どうしてだろうか。
(牽制……か?)
ともかく王太子の邪魔をしたいだけならまだいいが、別の思惑があるとしたら。
「……まずは道なりにしばらく走る。途中で、振り切れなかったら、シル村に入る」
「シル村まで走るのか!?はー……わかったよ!」
「早々にひどいなあ」
意図を見極めなければ。
そして、テルウェシまでこんなものを引き連れていけない。
馬の腹を蹴った。
——痛い。
寒い。
ふと気がついたレストが、最初に感じたのは全身がしびれるようなそれだった。
「……う」
まだはっきりしない中、意識を失う直前のことを思い出して、びくりと身体が跳ねた。
襲撃された。
備えていたはずだった、けれど、思い違いをしていた。
すでに、相手は、レストたちの常識を超えてなりふり構わなかったということに、気づいていなかった。
「……っ、」
「よう、お目覚めかい」
知らない声。そっとまぶたを開けると、白っぽいものに視界が埋まっていた。
どうやら、うつぶせに寝ている——軋む四肢を身動ぎさせると、突然、足を強い力でつかまれた。
「!?」
「起きてすぐで悪いが、お前にやられた分、精算させてもらうぜ」
——激痛。
足を折られたのだと気づいたのは、痛みよりも衝撃で息を詰まらせ、また遠のきかけた意識が戻ってくる、その数秒後か数分後か。
「——っ、あ、っぐ、う、」
「こっちもな」
「ぅぐ、——!っ——!」
もう一度、今度はボキ、と何かが壊れるような音がして、目の前が白くなる。
うわんうわんと耳の奥で変な音が鳴っている。
不快感と、凍りそうな寒気と熱さが交互に腹の底から上がってきて、のどが詰まる。口を開きっぱなしにしても息もできない。
痛みは、超えてしまうと何が何だかよくわからなかった。ただただ苦しい。
「よおよお、お坊ちゃんみたいなツラで、声もあげねえとはなかなか根性入ってんな」
「……っ」
がっ、と軽い衝撃があって、ぐっと背が反り返った。急にひらけた視界には、知らない男と、見知った村の世話役の顔が入ってきた。
髪を掴まれて、強制的に顔を上げさせられた。
「……まったく、強情なのは誰に似たのやら」
世話役——へウイは嘆くような表情でレストを見下ろしている。
「村の者の思いも考えず、まだ村を開いて外の者の土足で踏みつけるようにして……村の危機だと言うのに、守ろうともしないなんて、神の伴侶は積極的に村を滅ぼそうとしているとしか思えないよ」
「……、……」
声が出ない。ぜいぜいと息をしながら、レストはへウイを見上げた。視界がゆがんでいるのは、痛みによる涙だろう。泣きたいわけじゃない。
状況を受け止めるのに必死だった。
(……ドーイたちは)
一緒にいたみんなは。
見える範囲には、白っぽい石の床や壁、それと見知らぬ男たち数名と、へウイ、同調していた花事のひとりしか見えない。
へウイは、実に人好きのする顔で笑った。
「……今なら一言、悪かったと、マイナイ様が認めてくださればこれで終わり。今までもお前さんを見守って来たんだ、息子のように、とは言わんが、それなりに私だってレスト様のことは案じていたのだしね」
「……——」
何を、馬鹿なことを。
もう取り返しがつかないことを、へウイはしでかした。
レストの弟のような従者を、武衛衆を、神に忠実な花事を——
へウイは、笑顔のまま。
「ヒリンは死んだよ」
「——!?」
「全部、お前さんが悪いんだよ、私だってこんなことはしたくなかった」
レストが意識を失う直前、何人もの人が、赤く染まって倒れていた。
(ヒリン、ドーイ)
痛い、胸が苦しい。
(おれの、せい?)
ヒリンが、死んだのは。
けれど。
違う、と頭の中では否定する声がある。
——ラグヴィルが言ったのだ、自分のことだけしか考えていないのは、へウイたちだ。
レストは喘鳴でひりつく喉を、震わせた。
「……わたしの意思は、神の意思」
残念そうに、へウイはため息をついた。
「おやおや、まったく……まだ認めないのかい」
「じゃあ、始めるとするか」
男の声とともに、つかまれたままの髪を引っ張られた。身体が引きずられ、視界と意識がぶれて飛ぶ。
いつの間にか、両手が縛り上げられ、おかしな方向に曲がった足が宙に浮いている。
赤や白、黒に染まりよく見えない目で、ようやくここがどこか分かって、愕然とした。
目の前に、祭壇がある。
村で一番古い、神をかたどった像が、荒削りの岩壁に掘られている。
「……信じられないとでも?なぜ我々がここに入れるか?これこそ神の思し召しではないかね」
どこかにいるへウイの、いつもの変わらないような穏やかな声に怖気が走る。
「命までは奪わないよ。私はね、マイナイ様が心から反省してくれればそれで十分なんだ」
「死んだほうがマシかもしれねえがな」
男がレストから祭壇を隠すように前に立つ。
ほとんど一緒の目線で、男は下卑た笑みを浮かべた。
「ほーら、これがなんだか分かるか?」
正面に見せつけるように男が手に持っているものを揺らし——それは、しなる細長い棒だった——、その先端をレストの頬にこすりつける。
「家畜に使う鞭だ。動物の硬え皮膚にも効くようにって、頑丈に作ってある」
ばくばくと、鳴りっぱなしだったレストの心臓がさらに痛みを覚える、呼吸が速くなる。
「ちゃんとごめんなさいを言えたら、これ以上はしねえぞ?」
言うものか。
悪いのはお前たちだ。
男を睨みつけると、彼は嬉しそうに声をあげて笑う。
「そうこなくっちゃな!こっちは何人もやられてんだ、憂さばらしくらいはさせろよ!」
「殺すんじゃないよ」
「誰に物言ってんだ。それじゃあ心おきなく——」
男が、目の前から消えた。
静かにそびえる神が、震えるレストを哀れむように見下ろしていた。




