閑話
ラグヴィルが王都へと向かったあと。
エリメンは呼ばれて屋敷の応接室に行くと、マイナイひとりが待っていた。
「お、おひとりで大丈夫なんです?」
「ああ、内密の話だ。警備は、すべての出入り口に武衛衆がいてくれている」
「なら、いいんですけど」
この自分より年下の村の首長は、なぜかラグヴィルには甘く、ついでに一緒にいるエリメンも信用しすぎている気がする。
(あいつ、どんな手でマイナイを懐かせたんだ?)
自分の知るラグヴィルが、まさか誰かを気にかけ、また懐かれているこの事態に、けっこう驚いているのだが。
しかも、ただの村人などではない、この村の指導者だ。
「お話とは?」
「ああ、話しておきたいことがある。この村の、実情と言ったところか……」
若いくせに、ひたすらに落ち着いて淡々と話すマイナイに——話の内容も相まってやるせなくなる。
自分だって情が深い方だとは思わないが、目の前の青年の苦労した半生には何も思わないことはない。
「……分かった。話してくださってありがとうございます、これで俺も動きやすくなります」
「……王太子の使者である貴殿らのことは信じている。よろしく頼む」
「はい。これは、ラグヴィルには」
「彼に話したら、貴殿にも、と」
どことなく頬を緩めたようなマイナイ。
「王太子殿下には適宜お話くださればいいと判断を預けた……もはや隠しているのは得策ではないと思ったから」
「——さようですか」
だから、こういうところが。
しかし、ラグヴィルはたしかに依頼には忠実だし、判断を誤ることはないだろう——今までは、そうだった。
しかし、この村に来てから、どうにも奴はおかしい。
まるで、入れ込んでいるような。
人はもちろんだが、特定の場所にも感情を向けるようなことがなかったラグヴィルが、依頼以上に仕事をしているような。村の要人が襲撃されて、それを手助けしたのは成り行きだが、それにしても、対応が親切である。
普段、エリメンとの会話すらこちらが絡みに絡んでようやくの、他には一切話しかけないあの男が。
最初は気のせいかと思ったが、さすがにもう無視できなかった。
異常事態だ。
(きっとまあ、そういうことなんだろうけど)
信じられないが、ラグヴィルはマイナイ——レストに恋をしているようだ。
豹変の理由としては分かりやすいが、まさかあのラグヴィルが……という驚愕のほうが強い。
「ほかには、ラグヴィルは何か言っていませんでしたか」
「他……」
マイナイはすこし考えてから、おずおずと切り出す。
「……彼は、弟子を取ったりなどはしているのか」
「で、弟子?……従者とか舎弟とかですかい」
「ああすまない、外では剣の師につくのは……」
「弟子で間違ってはないですが、俺らの場合は傭兵なので、弟子を取るというより丸ごと従者のほうが多いっすね。そんで、ラグヴィルにはいません、仲間すらいないんで、そんな甲斐性はねえっすよ」
「え、貴殿は仲間ではないのか」
「元仲間、ですね。昔に同じ傭兵団に所属してた縁が切れなかっただけで」
「傭兵団?ギルドに所属しているのでは?」
「……ああっと」
一般人も理解が少ないことは多いが、たしかにギルドなんて組織は村にないので混乱するだろう。
基本的に傭兵は、名乗ってしまえば傭兵だ。資格なども必要ない。
ただ、名乗るからにはそれで食っていく。
傭兵団はそれらが寄せ集まり、一つの団体として出来上がったものだ。
傭兵がたったひとりで受けられる依頼は実のところ少ない。主な依頼は戦争や武力が必要な時の補充兵で、ならまとめて依頼できる傭兵団にということが多い。
ギルドは、それら傭兵が活躍する拠点だ。
基本的に国や領主が管理する組織で、登録は自由。
煩わしいと登録をしない奴もいるにはいるが、そこは各国がやることで、一般的には傭兵への依頼はギルドまで、という常識になっている。依頼が日常的に舞い込んでくる場所に居着くのは当たり前だ。
大きな傭兵団になると一領主に匹敵するような名声と力を持ち、単独で稼ぎを回せてしまうのもあるが、小さな傭兵団やエリメンたちのような単身のものは、よほど抵抗がなければギルド所属になる。
「あいつは……偶然王太子の紐付きになったけど、本来は一匹狼ですよ。従者とか、弟子?っていうのは、なぜ聞きたかったんです?」
マイナイ……レストは、わずかに困惑する顔をうつむかせて、言った。
「……彼は、彼が剣を教えるから、私が傭兵として、外に出る気はないかと」
「——……は?」
「王太子に口利きをして、騎士に、とも……」
「……」
「やはり、何か理由があるのだな?彼がそう言った……」
深刻そうに表情を曇らせたレストに、エリメンははっとした。
「い、いえ、ちょっと驚いてしまって。あいつが、……ラグヴィルはそのままの意味で言ったんだと思います。失礼になるかもしれませんが……その、マイナイ様を不憫に思われて」
「ふびん」
「えっと、あいつがそうやって他人のことを気にかけて、親身になってるのを初めて聞いたので……」
「そう、なのか?」
きょとんと、年相応の表情で小首をかしげる、その純粋そうな見てくれにエリメンはなんとなく妙な気分になった。
(あいつ、年下が好みだったのか!?)
20年来の新事実である。
だが、今ここであいつあんたに惚れてるみたいでー、とは言えない。言ったら最後、ラグヴィルに八つ裂きにされそうだ。
「なんだか、あいつ、マイナイ様をとても気にしてますねーははは……」
せいいっぱい、愛想笑いで乗り切るしかなかった。




