昔話(2)
「俺は、幼かったのもあり、何の疑問もなくマイナイになった。今も、後悔はしていないし、やってきたことに胸を張れる。けれど、足りないところがあるのは仕方がないだろう。それが罪と言うなら、ことが終わり次第贖うつもりだ。ともかく、現状は——あまり、よくない。50年の神の伴侶の行いの、精算するときが来ている」
「それが、あいつらの……襲撃の黒幕の言い分か」
「ああ。そして、村長も」
「……あ?」
ラグヴィルが怪訝そうにレストを見た。
レストは肩をすくめた。
「記憶にある限り、私はラアイに息子として扱われたことがない。おそらく、認められないんだろう、長年想っていた妻を、1年で儚くした元凶。そして、妻と子供を神に召し上げられ、家族というものが持てなかったかわいそうな男だ」
——お前を産ませなければよかった。
そう言われたのはこれで2度目だ。
前と違って、あんな大人数の前で言われたのは、さすがに堪えたが。
ラグヴィルは考え込むように口元に手を当て、目を伏せた。
「村長という立場は、世襲だったらしい。そんな立場にありながら……おそらく、この村で唯一神を憎んでいるのはラアイだ。
黒幕……へウイらは一緒くたに相手取るつもりだろうが、村長には別の思惑があるのだと——」
「……はあ」
とつぜん、ラグヴィルは大きなため息をついた。
髪を掻き上げ、眉を寄せる。
「現状は、分かった。じゃあ、フェテンはあいつらの考えではどんな存在だ?」
「え、ああ、フェテン様は世話役らには……困った存在だな。マイナイ(私)には今直接手出しはできない状況だけれど、それ以上にフェテン様だ。無視もできないが、もし狙おうとしても、元神の伴侶で裏では若輩のマイナイよりも一目置かれている。彼に何かあれば、村が恐慌状態に陥る」
「憎いが、手は出せねえってことだな」
「大雑把に言えば」
「……その、騒ぎを起こしてる奴らは、どれくらいいるのか分かったか」
「およそ、70人。消極的だが、マイナイに何かしら思うことがあるものを含めれば、100人程度」
村の人口が500人程度なので、経緯を考えれば妥当な数字だ。
「襲撃との関係はまだ、証拠が見つからねえんだな?」
「……まだ何も。予想では、この村の周囲の祠か礼拝殿のどこかに襲撃者の一味が潜んでいるのではないかということだが、数が多い。現状調べるにも手がまわらず、またへウイらの行動を見ていてもおかしなところがないのだ」
「……これ以上、村だけでは無理か」
「……」
レストは奥歯を噛んだ。
情けない、自分の村のことも面倒を見られないのか。
やはり、最高司祭として足りないのか。
「……王太子殿下に、兵を出してもらうように言ってくるつもりだ」
はっと、レストは顔を上げた。ラグヴィルは、やはり読めない表情で、
「事の際に村が火達磨じゃあ、面倒どころの話じゃない。村自体には極力干渉しないつもりだが……どうだ」
「……俺としては嬉しい。だが、外から力を借りて、村の者が納得するか——」
「それなんだが、今の予想だとへウイたちがどこからから武装勢力を引っ張ってきて、村のもんを襲わせてるよな」
「……あ!」
「おかしいだろう、ひっそりと村だけで神を崇めようとしているもんが、外から力を借りている……そういう発想に、なるのか?」
「……たしかに」
思案げにラグヴィルは顎を指先で撫でる。
「村人は村からもあまり出ないんだろう?そんなのが、あんな熟練の兵をどうやって知って、味方になり契約なりできるのか……」
言われるまで気づかなかった。
外に慣れていないせいもある。
ひたり、とラグヴィルと目が合う。
「ならば、内に入り込んだ外敵に備えて、今は王太子殿下を頼るという事にする」
「そのへんは任せた。王太子も嫌とは言わねえだろう。それと、そいつらが何者かも調べる」
「ありがとう……」
どうして彼が、こんなに信じられて、安心できるのだろう。
どこか面映ゆくて、物悲しい。
彼が、村の人間だったら——別れなんてないのに。
いや、村の外にいた人間だからこそ、こうやって出会えた。彼が村に生まれて育っているなんて想像もできない。
「……もしもう二度と会えなくても、村には永劫必ず、あんたのことを伝える」
「……は?」
「もちろん、すべてが終わったあとに、俺がこの村で生きていたら……思い出したら、来てくれると嬉しいが」
「おい何今生の別れみたいなこと言ってる」
「え?」
「……兵を預かって戻ってくる」
呆れたように、ラグヴィルは瞬きした。
「最短で10日ほどだ。村については俺が一番詳しくて、王太子が任せてるのも俺だ。……エリメンが何言ったか知らねえが、王都に戻るのは本格的な計画始動の前に報告と準備のためだ」
「……あ」
エリメンはただラグヴィルが王都に帰ると言っただけだ。
何故かとも、何をするとも、戻ってこないとも、言っていない。
「……!」
顔が熱い。
相当ひどい顔をしているのか、ラグヴィルがそっぽを向いた。
「あいつ、わざとか……?はあ、馬鹿がすまん」
「い、いや、俺が勝手に……勘違いしただけだ……」
頬をこする。肌の熱さが手に伝わった。
ちらりとこちらを目だけで振り返り、ラグヴィルはため息をついた。
「お前はなんだかこれが終わったら死ぬみたいな言い方するが……依頼主の協力相手をむざむざ死なすほど、俺は落ちぶれちゃいねえ」
「……すべては神の思し召しだ」
ふとラグヴィルの顔が皮肉げになった。
「あんたのいう神は、必死に村を守ろうとしている自分の伴侶だかを責任で殺すと?」
「……その言い方は、不敬だ」
「俺は神なんぞ信じないからな、こんなもんだろ」
どうでも良さそうに、ラグヴィルは言った。
「俺から見れば、悪いのは今この時に村を脅かしてる奴らだ。国王がこの村を狙ってるってのに、それがどういうことか分かってねえだろう」
「……そうかも知れない。でも、俺は……彼らを抑えきれなかった」
「ああいうのは何したって自分もことしか考えてねえよ、ましてや、50年の積み重ねだ、そこにたまたまお前がマイナイだっただけで」
「それが、神の意思だよ」
この山にあるもの、起こるものすべてに、神の意思が存在する。
だから、今このときにレストがマイナイであることは、神が定められている。
ラグヴィルは、かすかに顔をゆがめた。
何か、まずいものを飲み込んだような表情だ。
「……だから俺は……」
「え?」
聞き取れなかった。ラグヴィルがうつむき、唇を引き結んでいるのをレストはぼんやりと見ていた。
「……お前、こんな村出て、王都にこないか」
「——?」
言葉の意味が分からず、レストはきょとんとして——それから、ざっと血の気が引いた。
「な、にを、馬鹿なことを」
「ずっと思ってた。お前はこんなチンケな村にいていいヤツじゃない。剣を教えてやる、傭兵か、王太子に口利きするから騎士にでもしてもらえ」
「……それは、無理だ」
「どうしてだ?この山降りちまえば連中、追っても来ないだろ?ぶつくさ言って外に出ねえんだから」
「俺は、この村のマイナイだ」
一瞬の驚きから醒めれば、怒りに似た熱いものが胸にこみ上げてくる。
「神の伴侶であり、民の導師。それは神の意思で……俺の意思だ」
「……」
ラグヴィルはしばらく、レストの目を見つめた。
吸い込まれそうな、すべて暴かれそうな、青。
——彼の前に、嘘などつけない。つきたくない。
逃げたくない。
ほんのしばらくの無言のあと——
ラグヴィルは大きくため息をついた。
「……なんでこんな村がいいのか」
「そうだな……きっと、外の人には分からないのかも」
「……俺は、生まれ故郷ってもんがない」
ぽつりと、彼は言った。
「どこかに長く留まったことはない。王都は長いが、そこに住んでるわけじゃねえし。だから、どこかにしがみつくような理由がわからねえ」
「人それぞれでは……?」
「——まあ、そういうことなんだろう」
ふと、苦笑したラグヴィルを見て、レストは胸が小さく痛む。
きっと、一生それはお互い理解できないのだろう。
「……エリメンにも、今話したことを伝えておいてくれ。しばらくあいつにここを任すから、必要だろう」
「分かった」
「それと……」
ラグヴィルが立ち上がった。
「気をつけろ、村長を殺す気で襲うような奴らだ、何やらかすか分かったもんじゃねえ」
「……うん、わかっている」
客を守りつつ、襲撃者の足取りを追い、へウイらを注視する……
村を閉鎖するかという意見もある。けれど——今は直接襲撃と結びつかないが——あの世話役らが首謀者なら、それは思うツボだった。
(今は耐えるところか)
ラグヴィルが戻ってくれば、兵も増えるはずだ。
それまで、村を維持すること。それがレストがすべきことだ。




