心躍る
「——完全に私の負けですね、この試合」
ヒリンの呆れたような、どこか面白がるような声につられて彼を見上げると、去って行くラグヴィルの背を見ていた。
「彼が試合ではなく、『殺す』気なら、私は今ごろ大怪我でそこに転がっていました。それに……どうやら、ラグヴィル殿は、昨日怪我されていたようです」
「え、」
「さっき金髪の方が手当てをしろと囁いていかれましたよ」
まさか、そんなに大きな怪我があったなんて。
(許可しなければよかった)
ヒリンがふと自分の手を見ている。
「久しぶりです、手がしびれてます。おそらく、彼は勝ち負けよりもさっさと終わらせたいって感じでしたね、最初は。腕に怪我をしていてもあの重い剣……本気でやり合ったら勝ち目が見えません」
ラグヴィルは昨日の襲撃で、投げナイフを使っていたらしい。
得物も手段も、ただの試合の倍はある本物の戦場でなら、剣一本のヒリンが立ち向かえる相手ではない。
「外の傭兵……いや、王太子殿下が信用する兵とは、こんな強いものですか。はー、世界というものは広いようです」
その、にやりと笑ったヒリンの目が、ギラギラとしていた。
(これが、闘争心)
確かに、自分にはないかもしれない。ラグヴィルの戦った姿を見てただただすごいと感嘆していただけだ。戦いたい、なんてみじんもない。
けれど、確かに、今までに感じた事のない心の動きがあった。
これが心躍る、というものか、と。
レストが今まで見たことがあるヒリンより強い人間は、先代の宗家当主だけだ。ラグヴィルは、ヒリンと互角を見せた。力強い剣と覇気が、すごいとしか思えない。
まだ少し高揚しているが、もうすぐ収まるだろう。
「それで、いったいなぜこんなことを?」
「……これで、この村に安全なところはなくなりました」
思った以上に、重い言葉が返ってきた。
「客人がたが傭兵だというのは知っていましたが、彼らの安全を図るなら、どの程度気をつければよいか、知りたかったのです。……この村の兵力は少ない。現在各所の警備と、昨晩の襲撃の犯人らへの対処と捜索でほとんど人手はない状態……」
「……そうだったね」
村長を、殺害するために人数を送ってくるのだ、ましてや外の使者など、目障りなのは想像できる。館に滞在させているし、四六時中剣を下げている傭兵らだから、どこか抜けていた。
反省しながら、レストは口を開く。
「では、どうするつもりだ」
「警備は、彼らにはいらないくらいです。エリメン殿も相当な腕前でしょう、ラグヴィル殿と組んでいるので。むしろ——私は、彼らにレスト様の護衛をお願いしたかった」
「俺の?」
「幸いふたりは館に滞在し、ビーテル様も怪我のためにお帰りになれないので、重要な方々の警備は一箇所で済むという大変効率がよい状況です。さらに、マイナイ様の近くに、できるだけ兵を集めたかったのですが……」
「これ以上は難しいと」
「出来ないとはいいません。ですが、他を考えると。ですから、使者殿の立場を考えていただいて、マイナイ様と同帯を多くしてくだされば」
「彼らには彼らの事情があるだろうが……頼んでみよう」
「お聞き入れくださり、感謝いたします」
「私はいい。……もう祈祷の時間か。今日の夜に彼らと面会したい」
「調整するよう、ビーテル様と執事に申し伝えておきます」
「ああ」
ラグヴィルたちのことまで気がまわらなかったのは失態だが、さすが武衛衆の頭目、よく気づいてくれた。
(彼らが了承してくれれば)
今まで以上に綿密な行動ができるだろう。
すこし、落ち着かないのは……村の者以外と行動をいっしょにするのは初めてだからだ。
きっと、そうだ。
——けれども。
「ラグヴィルは、王都に帰ることになりました」
エリメンだけが、夜に会うことができた。
使者が、帰る。
それだけで、どうしてこんなに不安になるのだろう。




