手合わせ
館の敷地に、小さいが訓練場のようなものがあったのは驚いた。
「……私が主に使う」
「え、マイナイ様が?」
「体力づくりと奉納舞のための基礎練習に」
「だから、あんなにきれいだったんですねー」
「見たのか。それは、ありがとう」
マイナイの仮面を外したレストに、エリメンがやたら親しげに話しかけている。
不敬と怒られやしないか、と、向かいで準備をしているヒリンを見たが、彼は耳に入っていないかのような風情である。
いや、それよりも。
「すげーんだって、一振り一振りが重いのなんのって!」
「いや、それよりも体術交じりの素早い動きが」
「頭ー!負けたら武衛衆の名折れですぜー!」
「いくら外の傭兵ったって、頭の剣受けて無事じゃいられやせんぜ」
やたらうるさいのは、館の警備についた武衛衆の連中だ。
一部の比較的安全だと思われる内部担当が、見物にやってきた。というか、ヒリンが誘っていた。
「あそこの二人、昨日の村長の護衛担当だった」
おかしそうにヒリンが指さしたそのふたりは、腕や足に包帯を巻いていた。
「ラグヴィル殿のおかげで助かった、すごい剣士だと、熱心に語るから興味が出てな」
「……ちっ」
「せっかくレスト様に許可いただいたんだ、いざ尋常に」
すっと、手にした刃を潰した剣を構えるヒリン。
木剣ではお互い物足りないと、練習用の剣を持ち出してきた。
エリメンが、すっと腕を上げた。
「んじゃ、一本勝負で、どちらかが負けと認めたら、あるいは怪我しそうだったら俺が止めてジャッジする。では——」
エリメンの腕がさっと振り下ろされる。
ヒリンは動かない。
ならばこちらからと、足を踏みしめた。
あまり上体は起こさず、膝で地面を蹴る力を一定に調整する。
腰溜めに構えた剣を、泰然と動かないヒリンめがけて突き出した。
がんっ、と強い衝撃が手首に伝わる。
ほとんど腕の動きだけで突きを防がれた。弾かれる感覚そのままに剣を振り上げ、重心を乗せて振り下ろす。
これにはさっとヒリンが足を開いて受け止める。
うっすらと笑ったまま、ヒリンは剣を振り上げ、ラグヴィル斜め上からの剣と合わせた。
ぎぃん、と鉄のしなり響く音。
「っは、重いな、」
「頑丈だな」
突きも、打撃もすべて防がれる。
並なら、正面からここまでラグヴィルに打たれて姿勢を崩すものが多い。
何度か打ち合い、埒が明かないと気づく。
回り込むように大股で体を移動させながら脇を突くと、ようやく乗ってきたヒリンが軽くはじきながら体をひねった。何度か素早く突きを繰り出し、ヒリンが難なく姿勢を直しながら応戦するのを——結び合った切っ先を、ラグヴィルは回転させた。
「っ、」
ラグヴィルの剣に力一杯合わさっていたヒリンの剣が釣られて浮いた。そこを目一杯はじき上げ、さらに斬り付けようと振り上げた。それを、ヒリンがわずかに足を開いて軽々と躱す。
死角から彼の切っ先が肩を斬ろうとしてきて、ラグヴィルはバックステップで距離を置く。
「……ハッ」
「……ふ、」
お互い笑うような吐息をして、思い切り剣を振り上げた。
1合、2合、3合。
タイミングを計って、フェイントで右脇を狙っても、流れるように合わさった刃がいなしてこちらのほうがわずかに重心が崩れる。そこを、ヒリンは剣を絡めるように下げて……じゃっ、と刃同士が擦る音がする。
彼の足が、ラグヴィルの股に入った。
「……っらぁ!」
危機感、それしか感じず、ラグヴィルはほとんど全力で絡んだ剣をはじき飛ばした。
返す刃で悔し紛れに薙ぐ。けれどヒリンは既にラグヴィルの右脇に体をずらし回避。
その彼の、掲げた剣が、右から斜めに振り下ろされ——途中で、消えた。
(——!)
ほとんど本能で、ラグヴィルは正面に剣を振り下ろす。
ぎぃぃん、と聞いたことがないような剣戟。
目の前で、剣が合わさっていた。肩に触れるくらいの近さで、ヒリンの炯々とした目と合った。
きんっと軽い音がして、剣を弾かれ、お互い後ろに下がる——
「降参だ」
「負けた」
同時に剣を下ろしていた。
「……」
「……あ?」
「えっ」
「あれ?」
「ちょ、判断に困る!勝負あり!」
エリメンが、とりあえずといったように叫んだ。
「引き分け!でいいのか?」
「おい、あと3手、フェイクかけられたら対応できなかった」
「あと5手も打ち合えば終わりだわ。重すぎる、保たねえ」
「じゃあそっちが勝ちだろう」
「ネタ切れだ。3合もお前さんを騙せるもんがねえ、目ェどうなってるんだ?」
「……」
「……」
どうしたものか、とヒリンとにらみ合っていると、ふ、と微かな笑い声が耳に入った。
誰もがその声に呆然としている。
「く、くく、ふ、っ、ごめ、ふふ」
レストが、笑っている。
抑えようとしているのだろう、肩を揺らし、口元を手で押さえているが、声は我慢できなかったらしい。
あっけにとられたラグヴィルだが、ヒリンやほかの武衛衆の反応を見ると——やはり、かなりの珍事らしい。
「ふ、ふっ……、っ……すまない」
突然笑うのをやめてすっと表情をいつもの静かなものに変えたレストだったが、頬が赤い。
「馬鹿にしたわけではない。ふたりとも素晴らしかった……」
また吹き出しそうになるレストに、何を思ったのかエリメンがポンポンと肩を叩く——
と、近くの武衛衆がざっと動いてエリメンを睨みつけるので、彼は慌てて両手を軽く上げた。
「わ、悪かったって、つい」
「そこまでだ。ほら、終わったんだし持ち場に戻れ」
ヒリンが剣をだらんと下げながら、レストのそばに行って部下たちを追い払う。渋々と従う武衛衆たち。
あの昨日現場にいたらしいふたりは、こちらに会釈して、家屋に入っていった。
「……本当に、何でもないんだ、すまない」
どこかしょげたようなレストをまじまじと見てしまった。年相応の姿だ。
エリメンがにやにやと笑っているのに気づいてラグヴィルははっとした。
「——あー、知らん、俺たちは何も見ていない」
レストは、たった笑うだけでも難儀しているようだ。
面白かったなら笑えばいいし、つまらなかったら悪態をつけばいい。それくらい好きにできないのは馬鹿らしい。
「お気に召したなら何よりですよ」
ヒリンは、立場上はマイナイの護衛だろうが、どこぞの村長のように四角四面でもないらしい。
「……これっきりだ」
本当に落ち着きを取り戻したレストは、そっと袖を払って手をそろえた。
「本当に素晴らしかった。すごいと思ったら笑っていた」
「悪いことじゃございませんよ」
エリメンの適当な言葉に、神妙にレストは頷く。
それを見て、ラグヴィルの胸が妙に疼く。
気のせいだと、ため息をついた。
「……失礼します!」
漫ろな雰囲気のところを、館の使用人が慌てたように家屋から出てきた。
「何事だ」
「王都からの使者がいらっしゃいました!ラグヴィル殿に面会希望で、書状をお持ちです」
「……分かった」
正式な王太子からの使者だろう。待っていた次の指示かもしれない。
「先に、俺が行く。お前は着替えてこい」
エリメンがぱっと身を翻す、かと思いきや、ラグヴィルの耳元で囁く。
「腕の傷開いただろ、何とかしてこい」
そういえば、痛い気がする。ここまで熱を入れるつもりはなかったが、結果はこの通りだ。
頷くとエリメンは使用人と一緒に館に戻っていく。
「……」
部屋に戻ろうとレストに無言で頭を下げたが、彼はうろたえたような。
まあ、ともかく身繕いが先だと、踵を返した。




