関係
その他のことは任せて、館に帰る。
玄関には執事とドーイ、それとレストが待ち構えていた。
ラグヴィルを見るなり、レストがばっと走り寄ってきた。
がっと腕をつかまれ、必死な目がラグヴィルに訴えるようだ。
「ラアイは!?」
「……村長?無事だ、傷ひとつない」
「そう、か……」
あからさまにほっとして、レストは息をついた。今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
ドーイがそばに寄り添っているから、どうにかするだろう。
どうやら連絡がうまくいかなかったのか、館には情報が入っていないようだ。
「村長は無事、武衛衆が二人ほど大怪我だ。医者も駆けつけて、村長の家で治療している。……まあ、よほど運が悪くなければ、大丈夫だろう。刺客は、」
ふと見上げてくるレストの碧色は、先ほどと違いひたすらに凪いでいた。
——これが、仮面の下のマイナイの顔か。
すべてを覚悟して、冷たいほどの表情。
見たことがある。王太子が、命を狙われ、なおも生きて帰ると宣言した、あの時の顔。
「……刺客は8人。相当の手練れだった。1人逃しちまったが、4人死んで、3人は動けないくらいには叩きのめして武衛衆に捕まった」
「……貴殿も戦ってくださったと見受ける。本当に、感謝する」
レストの手が離れた。
その体温が、じんわりとしばらく残ったのは、傷に触れたからだろうか。
レストと、ドーイ、執事が深々頭を下げる。
……村に来てから人に頭を下げられることが多い気がする。釈然としないものを感じながら、いい、とぞんざいに手を振った。
「お前が怪我?」
いつの間にか、エリメンがいた。
どこか不機嫌そうな顔で、こちらの手を取り、片手で頭をかく。
「強かったらしいな。手当てするぞ」
「医者を呼びますので」
「いい、自分でやる」
執事の言葉を断る。面倒くさい。
「この御恩、忘れません」
レストが両手を胸に当て、頭をまた下げた。
「……」
「いくぞ」
エリメンが急かす。
部屋に戻って、服を脱ぐ。
汚してしまいそうだったから着替えて、その間にエリメンは勝手知ったりと荷物を漁って応急処置用の道具を取り出していた。
「……大きい傷は……腕のとこか」
「出血は多いが、そこまで深くもない」
包帯を巻き始めたとき、ノックの音がした。
「……どーぞ」
エリメンが勝手に返事する。
入ってきたのは、ドーイだった。
「この度は誠にありがとうございました。こちらをお使いください」
差し出してきたのは簡単な医療道具のようだった。
「薬草なども入っております、傷に効きます」
「……もらっておく」
エリメンに目で促されて、仕方なく頷いた。
ほっとしたドーイに、エリメンが声をかけた。
「なあ、聞きたいことがある」
「私で答えられるものでしたら」
「君、マイナイ様のなに?」
「……正式には側仕え、従者です。とても良くしていただいて……私は、元はこの村の人間ではありません、小さい頃に家族で隣国へ向かおうとして、この山の事故で両親を亡くし、ひとりになったところを拾っていただきました」
「なるほど、いや悪いな、言いにくいことを」
「いえ、ラアイ様が……村長が、大変お騒がせしました。ですが私は、村長に恩義を感じていますので」
言い方が厳しい村長だが、本音のところは心配がほとんどだったのだろう。
「もう一つ聞いていいか」
「はい」
「……マイナイ様と、村長の関係って、」
「それは、ご容赦ください」
わずかに顔をしかめて、ドーイは頭を下げた。
「私の口からはとても」
「分かった。すまねえな」
「……これで下がらせていただきます。何かご要望がありましたらお申し付けくだされば」
「あ、飲み水をもらえるか。あと、こいつ汚れてるからなんか拭くものがあれば」
「湯を用意します。水もお持ちしますので、お待ちくださいませ」
パタンとドアが閉まり、エリメンは頭をかく。
「……秘密が多いな、この村は」
「どうでもいい、守ればいいんだろう」
「そうは言うがなあ……なあ、レストって、マイナイの本名か」
「おそらくな」
「知ってたな」
「ああ」
エリメンは、半眼でこちらを見つめる。
「……お前さ、本当にそういう星回りだよな」
「星回り?」
「人嫌いは筋金入りなのに、人と関わらなきゃならねえの。俺を助けたときだって……」
「お前を?いつ?」
何のことかわからない。今みたいにふたりで任務上行動するときはあるが、戦闘などのフォローというわけでもないだろう。
エリメンは苦笑した。
「お前はそういうやつだ」
「……何が言いたい」
「そん中でもとくべつ、マイナイは避けて通れねえぞ」
「分からん」
「気づいてるはずだろ」
「……」
分からない、いや。
(わかりたくないのか)
マイナイ——レストのことを考えようとすると、どこか思考がそれる。
今だって、そうだ。
エリメンもそれ以上何も言わず……
そのうち部屋に持ってこられた湯桶は温泉ときれいな湯、水と温かい茶と干した肉に飴に麺麭に菓子と、山盛りだった。
「えらく感謝されたなあ、ラグヴィル?」
にやにやと笑うエリメンに、なんとなく腹が立って殴った。
あまり眠れなかった。
村長襲撃のことはそこまでではない。その後のレストやエリメンの反応が、頭を悩ませた。
……そうだ、ずっと気にしている。マイナイ——レストを。
こんなひとりのことを、考え続けたことはない。
そのくせ、肝心なところ、どうして気になり続けるのか、考えようとするとほかのことに思考がずれる。
答えが出せない。堂々巡りだった。
異様に疲れたまま朝食の席について、エリメンにからかわれながら食べる。
マイナイやビーテルは朝が早いらしく、同じ席に着いたことはない。
「で、どうするよ」
食べ終わってエリメンの今日の予定確認に、少し考えて、
「……村の様子が見たい」
「昨日の今日だしな、どういう反応になるか、確かに見てえかも」
「……少し、待っていただけるか」
突然、2人以外の声が聞こえてぎょっとした。
食堂の入り口に、背の高い武衛衆の男と、仮面をつけた最高司祭がいた。
「これはこれは。おはようございます、どうしました」
エリメンが座りながらも会釈し、ラグヴィルも少し顎を引いた。
「いや、ラグヴィル殿にお会いしたくてな、マイナイさまに許可いただいた」
「……許可?」
「昨晩の襲撃で、貴殿の働きにより、我が衆に死者は出なかった。心よりお礼申し上げたく」
「……たまたまだ」
「いえ皆が、手練の兵相手に貴殿の力添えがなかったら今ごろ、と……怪我人の応急処置も的確で、それによって致命的なことに陥らなかったと医者も感心していた。知識があったのだろう、傭兵とは皆そうで?」
「……まちまちだな、俺はまあ、過去に覚えさせられた」
「そうか……本当にありがとう。それで……頼みがあるのだが」
「あ?」
にっ、とヒリンは好戦的に笑った。
「もしよろしければ、手合わせ願いたい」
「はあ?」
「もしよければ、だ」
マイナイが、レストの声で呆れたように言った。
「昨日のことで、ヒリンが確かめたいことがあると……まったく、何を企んでいるんだ」
「企みってほどでもないですよ、単純にみんなが褒めそやす傭兵さんの実力って、どんなものか見てみたいと」
ヒリンは愉快そうに笑うだけだ。
「だってよ。どうする」
エリメンがにやにやと笑う。
「ちなみに俺も超見てえ。お前と組むの久々すぎて把握できてねえし」
「……」
「なあやろうぜーあちらさんも実力者っぽいじゃん」
「……」
「なあなあなあ」
「うざい。……一回だけだ」
「よぉーっし!」
「ありがたい!」
騒ぐエリメンとヒリンが、グルだったんじゃないかと疑う。
(何が楽しいんだ)
さいわいにも、マイナイもそう思っているという雰囲気が伝わってきたが。




