三十五年
二刻後。
すでにとっぷり夜が更けたが、マイナイに呼ばれたのでエリメンとともに案内についていく。
案内はドーイと呼ばれたマイナイの従者らしい少年だが、彼の表情は浮かない。
いつもの会議に使っている部屋に、マイナイとビーテルだけがいた。
「話とは、先程のフェテン様とかいう人のことでしょうか」
「……ああ、それと……神の伴侶についてだ」
ビーテルは物憂げだった。
マイナイは、仮面を着けていて表情はわからない。
「できることならここまで話したくはなかった。村の、とりわけ中心のところで、村人も半分はこのことを……知らないだろう。古い話だからもあるが」
どうやら、かなりの村の秘密らしい。
「貴殿らを信用している。だからこのことは誰にも漏らさず胸の内にしまっておいていただきたい」
「……それは無理かもしれませんぜ」
エリメンが眉根を寄せて腕を組む。
「場合によっては今後の計画にも支障が出る。私たちは村の存続を目標としているが、本来は王太子殿下の手先です、村を心配できるほど器用にはできねえ、しがない傭兵です」
「……分かった。だが、できるだけ口外してほしくない」
「言いふらしはしませんがね」
「それでいい」
かすかにマイナイは頷いて、話し始める。
「この村は神の村。ゆえに昔は秘境として、知る人ぞ知る聖地であった」
「そうだったんすか」
「村から民は出ることなく、また人はここを知ることなく、記録では500年以上閉ざされていた」
「……おい、メイドリーンができたのって」
「さあな」
「今から200ほど前だと記録にはあったが」
「マイナイ様は物知りですね……」
「……神の伴侶とは、伝説にあるこの村の民の始祖であり、エメテーク神と結ばれ子を産んだきょうだいだ」
「……はい?」
「伝説である。史実であるかは、マイナイとしては言葉を差し控える」
なかなかどうでもいいところから入ってきたな、とラグヴィルは胸中でつぶやく。エリメンも呆気にとられているようだ。
これが本題ではないらしく、マイナイは言葉を急ぐ。
「マイナイ・アルコナはこの地に降り立った神と結ばれ、神は天にもどり、残された神の子ら——民を導くために、神の意思を聞く。神の意思は永遠であり、だから神の伴侶も永遠だ」
「……そういう伝説が。でも、なんか……あのへウイとかいうやつは永遠がどうのって問題あるみたいな」
「……元は、神の伴侶に選ばれた者は、一生村から出ず、身を神に捧げた」
マイナイは声こそ低めていないが、抑揚がなかった。
「もう50年近く前になる。当代マイナイ様は、村の外に出たかった。そのために、マイナイではなくなることを、神に願い、許しを得た」
「……また、思い切ったな」
「それが、フェテン様だ」
「……なるほどな」
ようやく、翁の正体が分かった。
敬われているようだが、表には出ない存在——本人も「いない存在」と言った。
「フェテン様は外に行かれた。——フェテン様の前のマイナイの頃から、外に出てしまった民……信者やその関係者を大祭などで礼拝できるよう、また、神殿とも交流を持とうとしたため、周知衆ができた。フェテン様の次のアルコナは、村を外からの信者に解放し、またエメテーク様の存在を知らしめようと、積極的に村を開拓した。
そして——神の伴侶であっても、35年、務めれば座を降りられることになった。そして、そのアルコナは、35年、神の伴侶を務め上げられ、その後……村の者と結婚した」
「へえ」
「その次のアルコナ、私の前の者だが、彼女はそれらの風潮を真に受け、奔放だった。責任感は乏しかった……と言わざるを得ない。村のためにしたことといえば、祈祷だけだったのであるからして」
「ああ。でも、そのアルコナって……」
「私が5歳の時に亡くなった。病気であって、不審なところはなかった」
「……5歳」
小さい頃、と聞いてはいたが。
予想以上の幼さに一瞬呆然とした。エリメンも絶句している。
レストは淡々と続けた。
「私はマイナイになった。最初の数年は修行とお務めに明け暮れていた。その間にも村に来る客が多くなった。
この頃、神殿が、勢いを増す別の神の村に目を向けるようになった。それを、エメテーク様を、主神に連なる神だと神殿に認めさせ、神事も公開した。その過程でますます村はひらけ、村を作りかえて客を受け入れるための組織と区画を作った。13年ほど前のことか」
「それが、村に人を入れるべきじゃなかった、につながるのか」
マイナイに楯突くへウイがこだわっている部分だ。
こうやって聞くと、レストのはるか前の代からの、言ってみれば時代の流れだった。現在のマイナイであるレストひとりがどうしたという話でもない。
「——あの者の父親が、村の外から来るものに否定的であってな」
ビーテルが言った。
「フェテン様の前のマイナイの、外へと行ってしまった信者への計らいを快く思っていなかった。そのうち大祭は公開され、神殿も知るところとなり、さらに人が増えるのをことあるごとに非難していたようだ——」
そうして、フェテンのマイナイを降りた一件が、決定的となった。
「今も、息子のへウイに今の村のあり方に否定的な姿勢が受け継がれておる。同意見のものも、ほかにもそこそこおるしな」
「そこに、今回の国王の件か……思い出したんだが、時を戻すとかなんとかって、どういうことっすか」
「端的にいえば、私を非難しようとすると、歴代神の伴侶すべてを非難することと同義になる」
「あ、あー同じ存在とか、そういう扱いでしたっけ」
「そうだ。そしてそれは、この村の最大の禁忌だ。時を遡り、歴代を区別することになり、神の意思は伴侶の意思であるという……その根本すら否定することになる」
「おそらくへウイらは、そんなつもりは毛頭ないのであろう。500年我ら民だけが聞いた神の意思を疑っては、外を受け入れるということにもなる」
「けど、現実は観光客だらけ、と。……村に外の人間を入れたマイナイの正当性はないっていうのが、一番の落としどころになるわけだ」
「だがそれも、神の儀式により選定された神の伴侶という事実がある」
彼らはマイナイが災いをもたらした——と言いたいのだろうが、神を、この村のしきたりを信じている以上、そのマイナイが神の意思そのものを語る神に選ばれた者であるということが否定できない。
マイナイを否定できないから、直接非難できないのだ。
「……祝事役の襲撃は、脅しであろう。彼らの目的は私が自ら過ちを認め、全ての罪を被ることだ。そして、彼らの理想の村を作る……いや、村をもとに戻すために神の伴侶を利用する」
「マイナイ様本人からすみませんでした、と言えば、信用も権威も失墜、言うことを聞かせるにはこれ以上ないってことですね」
「……得策じゃあないがな」
この、言ってしまえば外敵がいる状況で、数百年そうと決まっていた首長が力を弱める……結束力や、協力を取り付けた王太子がどう出るか、分かったものではない。
(何か、引っかかる)
見落とし、あるいは、どこかで何かが噛み合っていない。
ふと、思いつく。
「……フェテン様とやらが、外に出た理由は?」
ぎくり、とビーテルが肩を揺らした。マイナイは、微動だにしていないが、言葉がないところを見ると相当な話題だったらしい。
今の話を思い返すと、いくつも隙間がある。話を急いだのかと思ったが、聞かせたくなかったのかもしれない。
「外に出たのに、戻ってきたんだろう。何か事情が?」
「……それは……」
「しっ……何か聞こえないか」
エリメンがじっと、扉のほうを見ている。
かすかな、人の声。
マイナイが、立ち上がった。
それについていき、部屋を出て、廊下をいくつか曲がり——
見えたのは、その廊下に数人、たむろした光景。
「……お前は何を学んできたのだ!」
怒鳴り声を上げているのは、村長だった。
その前には、マイナイの従者のドーイがうつむいている。
使用人と執事がおやめください、とか、落ち着かれて、と事態を収めようとしているが、村長は聞いていない。
「何年マイナイに付いた!側仕えが主人のそばにおらず何とする!」
「マイナイ様が、そうせよと仰られたので」
「お前を何のために拾ったと、」
すっとマイナイが動いた。
ドーイを背にかばい、村長と近距離でにらみ合う。
「お前、一体何を考えている」
村長の怒りは、マイナイに向いたようだ。
「側仕えを外し、こんな夜中に外の人間と話す?疑われても仕方がないぞ」
「そっくりそのままお返しします。なぜこの時間に、俺の側仕えにだけそのような言葉を?」
「案内を頼んだが、断りおった」
「ええ、大事な話をするからと、よく言いつけを守りました」
「外に傾倒するにもほどがある!このような、下賤な人間を館にいれるだけでなく……」
「彼らは王太子の使者で、客人ですが。村の協力者でもある、何ら問題はないかと」
「レスト!」
この場の全員が、凍った。
村長が、おそらく最も不適切な行動に走った——マイナイの名を叫んだ。外の人間の前で。
「お前は、村の恥とされてもいいのか!?」
「……そのようなことには、なりませんので」
マイナイの声は落ち着き払っていた。
「お帰りを、村長」
「お前……!」
かっと、さらに怒りを爆発させようとした村長の肩に、手が置かれた。いつの間にか来ていたビーテルだ。
「客人の前だ、すでにお前が村に恥をかかせておる」
「……!」
ようやく、ラグヴィルたちに気づき、村長は目を見開く。
「……あまり、村の事に首を突っ込まんでくれ」
言いながら、村長は踵を返す——その時。
「……——」
小声だった。だが、レストとドーイ、ビーテルにラグヴィルは、その村長の言葉がほとんど聞こえた。
ざっと、ドーイが青ざめ、レストの腕をぎゅっと握った。
「お前、何ということを……おい!」
ビーテルの苛立った声を背に村長は去っていく。
「……」
「れ、レスト様……」
おそらく呆然としているレストに、ドーイが背をささえるように腕を回す。
どうやら、エリメンも村長の言葉が聞こえたらしい。苦り切った顔で首を振る。
ラグヴィルは。
「……村長の裏は、取れているか」
「は?」
「……見てくる」
「ちょ、おい」
エリメンはラグヴィル行動に思い当たったのだろう、控えめにだが制止をかけてくる。
が、待ってはいられなかった。




