混迷を極める
「ですから、このような事態を招いたのは、マイナイ様にも理由があるのでは、とそれだけのことですよ」
「それは神の意思をも疑うことだと、覚悟して言葉か!」
「それこそ何を言っている?祝事役、都合のいいときだけエメテーク様のお名前を出してるのでは?」
——事態は徐々に、暗雲が垂れ込め始めていた。
(これは、駄目だな)
ラグヴィルの目の前で起こっている話し合い——という名のただの時間の無駄が、だいぶまずいものだと判断した。
王太子への使者も神殿総本山への周知衆も帰ってきたため、本格的に村を守るための対策をと、ラグヴィルとエリメンも参席しての話し合いだった。
だが——
「この際はっきりしておこう。一部の世話役の中で、マイナイ様のなさりように以前からおかしいと思っている者がいる」
まるで代表のように声高に高説垂れるのは、以前もなにか言いたげにマイナイを遮っていた世話役だ。
「子供であるから、若いからと見守るつもりでいた。だが、年々行動は納得できないことが多くなったんですよ。前々から我々はいつか取り返しがつかなくなる日がくるんじゃないかって……村にとってこれが良いことだと仰られるがね……とうとう、国に目をつけられた。これが結果だろうね」
「マイナイ様は神の伴侶である」
祝事役は激昂を収めて、むしろ無表情で反駁した。
「神が、選ばれたのだ。マイナイ様の意思は神の意思。それはこの村が興されてから変わりはないのだ」
「それが勘違いだったら?」
「どういう意味であるか」
「そもそもおかしいではないか、神の伴侶なら……その愛は永遠ではないのかね」
「それは!」
「寵愛を得る年月が決まるなど」
「神の意思もあったではないか!お前は若き頃その目で確かめたはず!」
「おかしなことだと、最初から言っていたのだが。伝説のマイナイ様は——」
「伝承に基づく伝統を忘れたか!たしかにマイナイ様は神に選ばれているのだぞ!」
祝事役だけでなく、村長までもが立ち上がってつばを飛ばす。
マイナイは——黙ったままだ。
「どういうこったよ」
エリメンがひそひそと話しかけてきた。
「さあな。……よくわからんが、一部がマイナイの正当性を疑問に思ってる……ってところか」
「……だよな。しかし、今までそんな話は聞かなかったが」
「ああ」
何も使者が戻ってくるまでラグヴィルたちはずっと遊んでいたわけではない。村の基本的なことは頭に入れておこうと調べていた。
だが、村の運営がどうなっているかくらいしか分からなかった。
テルウェシ村の最高司祭は、神の伴侶マイナイ。
これは神がこの村を作ったときに娶った伴侶の一人であるという。
伝説はごちゃごちゃしていて、あまり一般的には知られていないらしい。ほかにもう一人の伴侶、なんと女性もいるらしく、最高司祭として選ばれた者は男性ならマイナイ、女性ならアルコナの名を継ぐのだという。
いや、継ぐというのも適切ではないとか。
この国から東の方の文化では、転生という思想があるらしい。魂は不滅であって、死んでもまた肉体を得て生まれ直すというものだ。
それとも違う。この村でマイナイ・アルコナの話をするときは、いつも時系列がない。国王だって何代前の、と歴史を語る時には代替わりと年月を数えるのに、この村ではまるで、その大昔のマイナイがここにいるような口調だ。
村人にはそれを当たり前のように話していたから、ラグヴィルたちは最初混乱していたのだ。
(ま、文化の違いとかいうやつだろう)
だが、その体制が、揺らいでいるのはこの有様見ればわかる。
聞いていても、感覚がこの村独特すぎて、何が原因でマイナイが否定されているのかは見当がつかなかった。
だが——
「フェテン様にこそ、お話を聞かなければならんだろうな」
「へウイ、口が過ぎるぞ!」
ビーテルが怪我も忘れて身を乗り出しそうになり、近くの花事に支えられている。
「フェテン様……?」
「前も聞いたな」
おそらく村の重要人物だ。
けれど、姿かたちが見えない。
そして、その名前が出た途端に、全員がそわそわと落ち着きがなくなる。あからさまにラグヴィルたちを気にするものも。
しばらくざわめいていたものの、突然、ふっと周りの空気が重くなる。
ぴりっと、肌がひりつく。
「……王太子殿下の使者殿の前ぞ」
低い声がよく通った。
マイナイの覇気とつよい声に、しん、と全員静まりかえる。
「今は、この後にある困難を乗り越えるための話し合いの時間。このようなことでは村は守れぬぞ」
「ですが、その前にこれははっきりと——」
「過去をさかのぼると、申すか」
「っ……!」
ぎょっと、騒いでいた世話役のへウイやその同じ意見のものが顔色を変え口を閉ざした。
マイナイはたっぷり30秒、沈黙してから、
「……我の所業というなら、神の意思を疑うことには変わりない。それをわきまえよ。今は、疑ってはならぬ、よいな」
「……疑いなどしていない」
「ならばよし」
マイナイは覇気を収めた。
「……フェテン様へはこの後にご報告する。ご意見も仰ごう。ただ、時だけは戻してはならぬ」
「……マイナイ様の仰せのままに」
村長と祝事役が頭をたれ、この場の全員がそれにならった。
「お見苦しいところを。使者殿らにも、今から各所の連絡の内容をここで報告する」
「ああ、分かった」
村長の仕切り直しに、こちらには否やはない。
ラグヴィルはまずは全ての疑問を頭の隅に追いやった。エリメンも軽く頭を振って、気持ちを切り替えたようだ。
「まずは、王太子殿下からのご連絡ですが……」
実のところ進展はなかった。
ただ着々と、王城は国王派と王太子派の意見に分かれつつあるらしい。貴族の中にはテルウェシ村とはどのようなものか、視察に来ているようである。何人かギルドの傭兵が、要人らしいものに連れられて村を出入りしているのをラグヴィルたちも見ていた。
不安そうな声がいくつか囁かれた。
「いえ、何もしないほうがいいでしょう。一神教案のことが伝わっていると知られると、王都が焦って行動を早める可能性がありますので」
「……そうですか。では、こちらの周知衆の話を聞いていただきたい」
周知衆が各地で情報を集めてきた。
神殿総本山は、やはり静かなものらしい。この件が伝わっているようではない。
だが、王都の大神殿が、にわかに騒がしくなったようだ。
「おそらく大神官が古巣で勢力を集めようとしている」
そのエリメンの見解にラグヴィルも心のなかで同意した。
「他の神様のところは、噂が聞こえてきて不安がっていた者も多かったでさ」
周知衆のひとりが心配そうに言った。
「あの人らはそれこそ村とかがあるわけではないんで。禁止されたら何も残らねえ」
「……そろそろ、動き出すかもしれませんね。王城もだが、他の勢力も」
「数日内に、また王太子から連絡が来て、具体的な指示があるだろう。それまで……村の意見でもまとめておくことだな」
「外の方は、ご意見無用」
村長がじろりと睨んできた。
「が、失態は詫びよう。次はないように徹底する」
「ああ」
まあ、襲撃などあるような状況で、村をまとめるなんて無理だろうが。
「……近くまた会合を開く。その時の参席は私と、祝事役、湯元と世話役で指名したもので、使者殿らを交えて行う」
はっと、へウイが顔を上げた。
「なぜ?村のことなのに数人で?」
「だんだんとときが迫ってきておる。大人数を集まらせるには手間がかかる。その後また話し合い場は設ける」
「……わざとではないんで?マイナイ様の意見を聞くだけで決めるのでは」
「そのようなことはない」
「信じますよ」
信じていない顔であざ笑い、へウイとかいう世話役は数人を引き連れて部屋を去っていった。
ぱらぱらと村人たちは部屋を出て、ラグヴィルたちと、マイナイにビーテル、村長とヒリンが残った。
「……マイナイ様!」
「いい、もう取り繕える段階ではない」
村長がぎょっとしたのは、マイナイが仮面を外したからだ。
エリメンはまじまじとマイナイの……レストの顔をみて、はっと目をそらして咳払いする。
「失礼。お若いとは聞いてましたが」
「ああ、貴殿よりは年下は確実だな。それで……」
「マイナイ様。フェテン様にはお会いなさるので」
ビーテルの言葉にレストは頷く。
その間に、エリメンが肘でラグヴィルの脇をつついてくるが……何が言いたいのか分からず、それをはたき落とした。
「フェテン様に先触れを。使者殿もお連れする」
「マイナイ様!」
村長の批難は、しれっとレストは聞こえていないような顔をする。
「外のものの目にフェテン様を晒すなど!とうてい許されませんぞ!」
「いや、お会いさせる」
「マイナイ様!」
「……どうしても、会わせる」
異様に強く、光るような碧色で、レストが村長をひたと見据える。
村長が息を呑み、それから口をつぐんだ。
「……フェテン様とは——」
レストは流れるような、抑揚のない声で言った。
「私から見て3代前の、マイナイ様である」




