44 ドワーフだって好きな酒を飲みたい。
僕がワインレッドの扉を軽くノックして中に入ると、ドワーフらしい体格のがっしりとした背はやや低めの髭が生えたドワーフが管理人をしていた。
そして、管理人にソファに促され座り、この世界についての説明を受けている。
「この世界は果実酒の種類が多く、広大な果樹園がある世界だ。火酒はない」
「あら、あなたはドワーフなのに火酒がない世界の管理人をしているの?変わり者ね」
「葡萄畑も広くワインの研究もされている、最高のワインが飲める世界だ!」
「でも、火酒はないのよね…ドワーフはいない世界なのかしら?」
「ドワーフはいないが…酒好きな他の種族はいる。主に鬼人族が人類をしめている世界だ!火酒がなくても人は活きていけるんだ!分かるか?酒は火酒だけじゃねえ!」
僕を置いておいて二人だけで会話がバンバン進んでいく、しかも険悪だ。口を挟む間もない。
ドワーフがドン!!とテーブルを叩く!
「酒が弱いんだよ!火酒以外は飲めるんだ!火酒が飲めないドワーフは存在しちゃいけないっていうのかーっ!!」
ドワーフの管理人が真っ赤な顔して立ち上がり怒鳴り出す。
僕は興奮した彼をなだめるために口を挟んだ。
「あっ、あの~僕は…お酒は飲んだことないので、この世界はやめておきます」
二人は僕の存在を今、思い出したような顔をする。
「そうか…酒を飲んだことがないのか、それじゃあ仕方ないな」
「お酒が好きな人が行く世界だから興味がないなら、それで良いんじゃないかしら…」
小さなか細い僕の声は、ちゃんと二人に聞こえたらしい。だがドワーフに同情されるような眼差しを受け微妙な気持ちになる。あの顔は酒の楽しみを知らないなんて、なんて可哀想な魂人だろうと思われている気がする、絶対に。
結局、二人の管理人に振り回されて僕はワインレッドの扉を後にする。そんな感じで度々、気になる色の扉に入り、それにメデル・ノガダイ・スキーが勝手についてくる。
たんぽぽちゃんの髪色に似た扉を見つけては入り、ブロックモの尾尻に似ている色の扉の前では立ち止まり、レイブンの瞳の色のような琥珀色の扉の前では、彼を思い出しため息吐く。
そんな毎日を過ごし時間だけが過ぎていく。
そして当然のように元管理人はついてくる。
扉を巡る中に管理人のいない部屋があり、二人で中に入ったが、いまいちぱっとしない平凡な世界で美しいものを愛でるのが好きな彼としては無しらしい。
朝も昼もない世界、1日の区切りの鐘の音も聞こえない場所を二人で歩いている。ただ、聞こえるのは同行者の口から漏れる扉の情報を含んだ音。
それをBGMのように聞き流し、中庭街のたんぽぽちゃんと食べたスイーツを思い出したり、ブロックモの作ってくれた熱々の朝食、しまいには銀行で出してもらったケーキ達、その味を懐かしみながらも足を前に進める。
「レイブンとはビオスの実を食べた思い出が強いなぁ…それ以外、まともなものを食べてないし」
「あら、ビオスの実?」
連れが空間収納からビオスの実を取り出して、僕が食べたいのかと思い渡してくれた。
それを受け取り立って食べるのは行儀が悪いかと、回廊の端に腰をかけて足を樹海に向けてブラブラさせる。
「メデルは、いつまでついてくるの?」
僕のとなりに座る元管理人に問いかける。
きっと、一緒にいるのは今だけだ。
彼も自分の目的が見つかれば僕を置いて行ってしまうのだから、期待をしてはいけない。
「私は仕事場を見つけるまでよ、1人で歩いてるとつまらないもの」
ああ、やっぱりと思う。僕と一緒に新しい転生先に行ってくれる魂人ではない。赤い果実をかじり口の中は甘いのに、苦いものを食べたような表情をしてしまう。
「あら、渡したの酸っぱかったかしら」
メデルは自分もビオスの実にかじりつき食べ始める。幾つ持ってるのだろう。
「いや、甘いよ…」
「あらやだどうしたの?もしかして泣くほど食べたかったの?」
「えっ…あ、うん、そうだよ!久しぶりに食べたからね、嬉しくて…」
僕の頬には涙が次から次へと流れる。レイブンにいっぱい食べさせられたビオスの実と、今食べている実には違いがないはずなのに不思議と美味しく思えない。
レイブンといた時は楽しかったな…。
僕があまりにも泣くものたから、メデルは残り5個のビオスの実の全部を僕にくれた。
感傷的になりすぎたと思い我に返ると何だか少し恥ずかしくなる。
涙をポンチョの袖口で拭き取り、もらったビオスの実の対価として魂Pコインを同じ数だけ支払うことにした。
「それにしても、あなたが有名な放浪だったとは知らなかったわ。無限回廊をふらふらしているって聞いたことあったけど、ずっとここにいたらビオスの実も食べれないわよね。あっ!でも、聞いてた話と雰囲気が違うから最初は分からなかったわ!」
「そう…前は魂の記憶が無かったから」
「あっ、なるほど、そういうことね」
元管理人だからか無限回廊の諸事情に詳しいらしい。魂の記憶スキルが無いものは転生される度に性格が変わる事が時々あるのをご存知のようだ。
※※※※※※※※
結局、あれから半年だろうか?
正確な時間は分からない。
僕とメデルは無限回廊を二人でフラフラしていた。
いつまでも続くようなそれにも終わりが訪れる。
メデルが突然、走りだし薔薇色の1つの扉に消えていった。
何も言わずに別れの言葉も無しに、あれだけ一方的に喋り通していたのに、別れの言葉は一切無い。
目的の扉を見つけた彼には、もう僕は必要ないからね。
必要の無くなった物を捨てるように僕を残して。
流石、スキー族だ。
好きなことに対して一直線な世界の住人。それの前では他のことなんて気にするに値しないのだろう。だって、自分達の世界が滅びそうなのにも無関心を通せるのだからね。
僕は、あの扉が開いてメデルが「ごめんなさい、私、夢中になっちゃって」と戻って来ることをほんの少しだけ期待した。
薔薇色の扉の前で時間だけが過ぎていく。
当然、扉は開かない。
当たり前だ。
「ふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!ははははははははははははははははははは!!!!馬鹿だ!変に期待をするなんて…僕は馬鹿だ!!皆、僕を置いて先に行っちゃうんだ!誰も誰も戻ってこない!!ブロックモは?中庭街に、まだいる?!もしかして戻って彼がいなかったら…あの屋敷に一人で、誰かが帰って来るのを待つのか!リビングのソファで寂しい思いをしながら…そんなの待てるわけがない。ああ、そうだブロックモも優しいけどスキー族だった。建築の事で頭がいっぱいになれば、僕の事だって何年かほっておかれる。スキー族は駄目だ、好きな事が一番だから…だって僕には魂の記憶があるから、楽しかった記憶があるから…もう戻れない!!魂の記憶が無かった時のような自分には、何百年も無限回廊をさ迷っていた頃の自分には!ふふふふふふふふふふふふふふふっ!戻れるわけがない…戻れるわけがっ…置いていかれてしまうなら…もう、そうならないように…そうできないように…すればいい?」
そして、ボークは口の中で何かをブツブツ喋りながら虚ろな瞳で一回だけ扉を見て、ゆっくりと、その前を立ち去った。
『ガシャン』
ボークの中で何かが壊れた。
その後、ボーク・ホウロウ・ルチル、彼の中で運命の歯車が大きな音をたてカチリと鳴った。
魂に刻まれていた【優柔不断な頑固者】が消え去り新しい称号に切り替わる。
ボークの魂に新たな楔が打ち込まれた瞬間。
でも…彼は、まだそれに気づいてはいない。




