38 安らぎの泉からの一歩。
無限回廊の中庭の森に何時ものように霧がたちこめる。
鬼人族が立つ壱の門、そのすぐ近くの安らぎの泉も霧につつまれていた。
この霧は天の滝と呼ばれ空から落ちる長い不思議な滝。これが落ちる時間帯だけ周りが見えない程の濃い霧になる。
樹海の魂石の中で転生することに希望を見いだせなくなった魂は、時間の経過と共に心を損ない粉々に砕ける事がある。それらは皆、樹海に長く停滞し続けて風化するように自然と崩れ落ちる。
これは無限回廊の魂達にはあまり知られていない。
実はこの時点で、この砂達にはもう意思はない。だがそれらは救いを求めるように霧に紛れて天へと昇って行く。
そして、そこで新たな魂としてバラバラの砂が混じりあい固まるものと、それとは別に、そのまま天空を舞い続ける砂とに分かれる。
その固まった方の砂であったものは魚の形の魂獣となり滝に紛れて樹海に落ちる。
壊れた魂の無常の末路。
今日も、この無限回廊で混ざりあった魂の循環がなされていた。
※※※※※※※※
あれから僕はまだ安らぎの泉の縁に座っている。
何故なら濃い霧が発生して身動きが出来ないからで、いや…それは言い訳なのかもしれない。
僕の目には明らかに獣道らしきものが見える。悩んでいるのは、それが2つもあり右に行くか?左に行くか?で迷っていた。
そのうちに霧が濃くなり今にいたる。
そうだ!僕に良い考えが浮かぶ。自分で決められないなら他の魂に決めてもらえばいい!
今日の僕の頭はさえているんじゃないかな、とりあえず自画自賛してみる。
そして、そのまま泉な縁に座り続けるという行動を霧が晴れるまで続けることにした。
けして、動けないじゃなく動かないだけだから…誰にいうでもなく心の中で言い訳をする。
霧が晴れると案の定、魂人の影が泉のセーフティゾーンに現れた。転移の塔で僕の後ろにいた魂だ。
そろそろ転移してくる頃だろうと思っていた。
男女の区別はつかないが頭に二本の触覚が生えている魂人。全体的に茶色い地味な枯れた葉の色のそれは、背に三角状の羽を背負っている。
それは、静かに動かない僕と目が合うとギョッとして少し身動ぎしていた。
まさか、先に行った者がまだここに居るとは思わなかったようだ。
だが残念、僕はいる。
「…………」
「…………」
二人の間に無言の時間が過ぎる。
茶色いそれは何か決意したように背中の粉っぽい羽を広げ蛾が飛び立つように森の木の上に消えて行った。
あれ?!
あれじゃー参考にならないじゃん!どっちに飛び立ったか木が邪魔でよくわからない!!
あ~あ、あの行き方は使えないよ。それとも僕、空を飛べるスキルをとった方がいいのか?!
いや、もう少し待てば次の魂人が来るはず。もう少し、もう少し様子を見よう。
僕は自分に言い聞かせた。
しばらくすると、次の魂人が泉に現れた。
今度は背中に羽がないことを確認する。
赤みの強い茶髪で肌が緑っぽい白で女の姿をしていた。
体には明るい色の葉が服のように貼り付いている。
僕が観察していると彼女もチラリと僕を見る。でも気にせずにスタスタと泉から歩いて行く。
しかし、歩いたのは途中までで何やら植物のツタを手首の辺からシュッと出し、近くの高い木に登っていって見えなくなってしまった。
えっ…飛ばなかったけど、一瞬で何処かに行ってしまった。どうするのこれ参考にならないよ。
僕はガクッと崩れ落ちるように地面に膝をついた。これは右に行くか?左に行くかをコインで決めるしかないのか???
早々と他人を参考にするのを断念した僕は、手のひらに魂Pコインを1枚取り出す。
そして、上に軽く放り投げ手でキャッチ…できなかった。手に弾かれたコインがコロコロと転がって行く、それは誰かの足に当たり止まった。
えっ?誰!
「君、何、魂Pコインで遊んでるの?」
僕から少し離れた所に背に弓を背負ってるエルフの女が立っていた。
彼女は靴にぶつかったコインを拾い上げて手に取る。
「どっちの道に行くかをコインで決めようと思って…」
「どっちでも同じだよ!あの獣道は少し先で繋がっているからね」
彼女は馬鹿にするように言った。
「えっ!本当!」
「ああ、それじゃあ~このコインは、もう必要ないね、私が拾ったから貰っとくよ!」
「えっ!僕のコイン」
エルフの女はコインを手のひらで吸収してしまう。
そして、獣道がある方とは違う方角の木々の中に、さっさと消えて行ってしまった。
僕は気持ちを切り替えて安らぎの泉からの一歩を踏み出す。もう、ここは安全地帯の中ではない、気持ちを引き締めて周りを警戒しながら歩く。
とりあえず、右の獣道を少し行くと確かにもう一つの道と合流した。彼女が言っていたことは本当だった。
1魂Pは取られたけど情報料だと思えばいいかもしれない。
少しでも前に進めたことが僕には大事だった。
「あっ、見えた!」
僕の視力の良い目には、少し遠くに門らしき物と長い回廊が繋がっているのが木の隙間からチラリと見えた。
嬉しさに足を速める。
草を蹴るように歩いていた。
ドン!
何かが足に当たる。
草のない場所に行き足を見てみると何かが膝から下にくっついていた。
ガジガジッ!
「うん?」
あれ、何かが僕の足を必死にかじっている。
ああ…足から少しだけ血が垂れてきた。
尾が二本生えたキツネのような魂獣が僕の足を必死にガジガジと噛みついている。
えっ、攻撃されているのに、あまり痛くないんだけど!
僕は直ぐにステータスの魂Pの数字を見る。これだけ噛られているのに1しか減ってない。変だな前はもっとダメージが入ったのに何でだろう?
考えている間も獣は噛るのをやめない。
あっ、また1減った。
とにかく、僕は足の尾尻の二本あるキツネの首を掴み上に、ひよいっと持ち上げる。うん、これで攻撃?は止められたかな。
小型犬並みの大きさの魂獣は悲しいかな僕に簡単に捕獲されてしまった。
そのまま、今あった出来事をふりかえる。もしかしたら、魂ポイントの総量により魂の防御力があがるのか?だったら理解できる。他の魂より遥かに多いポイントを持っているはずだから、今の僕は多少の攻撃には動じない体になったのかもしれない。
キューン。
僕の手に掴まれ、ぶら下がっているキツネが可愛く鳴いて僕が自分をどうするのか?不安そうに見つめていた。
実は手首からツタを出したのはクコちゃんです。酒場で料理するのが嫌になったんじゃないかなと思います。




