人の褌
エッセイ或いは懺悔
「人の褌で相撲をとる」ということわざがあります。面白い言い方ですよね、よく使います。
つまり、他人のものを利用して、上手く立ち回るズルいやつってことですよね。ふむふむ。
えぇえぇ、そうそう、私のことです。
人の言葉遊びの作品を真似して自分の作品にしてますよね。うんうんそうそう、人の褌つかってますね、うん。
罪悪感とまではいかないんですけど、負い目みたいなものはイチヨー感じてはいるんですよ。自分でもズルいなあみたいなのは無きに非ず。
で結構ですね、他にもですね、他人の作品に刺激されて、投稿したものって多いんですよ。たぶん9割そうですよ。何の刺激もなくつくるというのは難しいんじゃないかなって思います。
よく0から1をつくるとかって言いますけど、本当のところ、1のうち0.3くらいは人の褌だったりするんじゃないでしょうかね。
あとですね。良い作品て、すごく心の中に何かを湧き上がらせますよね。それをすごく書きたくなっちゃうんわけなんです。
いやもう正直に言うとね、パクリてーって思うことしょっちゅうですよ。パクリてーなこれって。いいなー、うまいなーって。
そうやって人の褌を勝手に借りていくんですけど、、。やっぱり人の褌をはくと気持ち悪いんです。違和感ありありで。それで、自分の色や匂いを付け足していくんですけど。それでもね、胸はってこれはオレの相撲だって言いはれはしないですね。むずがゆさって残っちゃいます。
完全にこれはオレのもんだって言えるのができたら、それはもう会心です。が、なかなか無いですね。
「人の褌」とは昔の人ってうまい事言いますね。
その、昔の人の褌を借りた記事なのでした。




