第七話『ザ・脳筋』
さて、急だがここで質問だ。
何故グランが剣を手に入れようとしているのか。その理由を察している者は一体どれほど存在しているのだろうか。
デネゴはもちろん、シャーリーや他の使用人たちにも知らせていないグランが剣を欲する理由。それは、
「(せっかく転生したんだからやっぱチートしなきゃダメだろ)」
心底くだらない理由であった。
「(それに、このゲームのラスボスになる予定の俺が弱かったら話にならないからな。今の内から努力を重ねて、さっさと強くなっておこうっと)」
もうラスボス気分であるグラン。暢気なものである。
屋敷を出て、シャーリーから教わった街への道をひたすらに進んでいるグランだったが、それは不安がないというわけではない。むしろ、迷子になったらどうしようと常に不安感に苛まれている。
小物じゃねえか! というツッコミは要らない。
暫く道を歩いていると、遠くの方で栄えてはいないが廃れていもいないごく普通の街が見えた。街を囲む壁はおよそ十メートルと言ったところだろう。魔物の襲撃を食い止めるには十分な高さだ。
「(ってか、俺まだ魔物見た事ねえな。うわっ、なんか損してる気分)」
この世界の人間にとっては魔物なんて一生会いたくない生物なのだが、どうやらグランは違うらしい。転生者なので当り前だが。
魔物とは、それ即ち魔王の瘴気にあてられ気が狂い、超生物と化した化け物の事を指す。グランが転生したこのギャルゲー世界では、RPG要素が含まれており、そのRPGで倒すべき対象がこの魔物たちなのだ。
そして、そんな魔物相手に無双したいが為に修行を始める決意をしたグラン。流石は、前世日本人といったところだろう。
壁まで歩いて、グランは兵士らしき人物が二人、街へと通じる門の番人をしている事に気づく。
グランは顔を顰め、自分が貴族であるかどうかを証言した方が良いのか悩んでいた。
グランからすれば自身が貴族だと身バレする事で父であるデネゴに屋敷を抜け出したのがバレてしまう、というリスクが生じてしまう可能性があり、貴族である事を言わない方が良いのである。
だが、そうなれば平民としてこの街に入る事になるのだが、そこは前世社会人、容易に想像できた事があった。たった一人で街にやってきた少年を怪しまない大人が果たして居るのだろうか? ましてや今グランは平民にしては質の良すぎる服を着ている。そもそもの平民として街に入る事すら不可能なのかもしれないのだ。
「(やべえ、帰るか? だが、せっかくここまで来たのに何も成果を出せずに帰るというのはカッコ悪いよな)」
格好つけたがりのグランは心底悩んでいた。身分を明かさずに街へ入るなんてのは言語道断だ。身分を隠したがる奴なんて逃亡中の殺人犯か強盗犯しかいないのだから。
「(そんな有象無象とこの俺を一緒にするなぁぁああああああ!! 俺は孤高の悪役貴族だぞ!? 罪から逃げ出すようなカス共とは違うんだよ!)」
下手に大物であろうとするこの男こそ小物である。
と、そこまでの思考を終えてグランは街に入る事に決めた。平民として。
門兵から見える位置まで移動し、兵士二人がこちらに気づいた様子を見せた後にグランは兵士二人に話しかけた。
「あの、街に入りたいんですけど、入れてもらえますかね?」
「ああ、身分を証明してくれれば問題ない。それと、君みたいな子供が何故一人で街の外を出歩いているのかも一緒にな」
「(なんだよコイツ腹立つな!)」
グランが忌避していた地雷を見事に踏み抜いた兵士に怒髪天を衝くグラン。
兵士はグランが貴族である事は一目見た時から気づいていた。そして、この辺りの領地を統べるバハムート侯爵家の子息であろう事も。
赤髪と金色の瞳というデネゴとアラネウスの特徴を見事に受け継いだグランは、デネゴとアラネウスを知るものが見ればすぐに彼等の子供だという事が分かってしまうのだ。これは実に厄介な弊害である。
「その、身分を証明出来るものはないんですけど」
「じゃあ無理だな。身柄の怪しい者を街へ入れるわけにはいかないんだ」
「そう、ですか。分かりました(このクソ野郎共がっ!!)」
あっさりと引き下がり、元来た道へと戻るグラン。
だがそれは、決して街へ入る事を諦めたわけではない。むしろその逆である。
「(最終手段だったが仕方がない。――――あの壁上るか)」
ザ・脳筋のグランだった。
しかし、この選択は案外最善策だったかもしれない。あの二人の兵士はグランが身分を証明出来なければ力づくにでも追い払う気だったのだ。もちろん、グランが貴族だと分かっていた上で、である。
それは街への出入り規則の他に、バハムート侯爵家への不満と怒りが原因でもあった。言うまでもなく、バハムート侯爵家の現当主であるデネゴは性根が腐っている。故に、自領の平民の事を何とも思っておらず、当然の如く平民からアホ程税金を吸い上げている。故にデネゴは最早必然的に自領の民から怒りを買っているのだが、それがグランにとって不味い状況に運ぶ可能性があった。
それが、力づくでグランを追い払おうとするというやつである。兵士二人はグランが護衛も連れずにたった一人で街に入ろうとしていた事から、グランがデネゴに秘密でここに来たという事を察していたのだ。
だからこそ、力づくという強硬手段に及べると踏んでいたのだ。
無論、グランもそれは察しており、
「(他人の足元見やがってアイツ等ぁああああ!)」
内心憤怒していた。
さて、兵士二人が門番をしていたところからおよそ直角方向に離れたグラン。ここであれば、あの兵士たちに見つかる事もないだろう。
大きく立ちはだかっている壁を見上げ、顔を顰めたグラン。その理由は単純である。――――壁が高すぎるのだ。
「(こんなんガキに登れるかっつの! 俺の身長は未だ120センチ未満だっつの!)」
グランの身長約120センチに比べ、壁の高さは十メートルである。絶望的とはまさにこの事だ。
「(クソっ。ここまで来て帰るのはダサいんだよグランのキャラじゃねえんだよ。大体なんでこんなに高えんだよここら辺には巨人族でも住んでんのか? 住んでねえよな知ってんだよクソがっ!!)」
難癖付けたがりのグランであった。
「――――? なんだあの穴?」
気分が沈み、俯いて下を向いたグランの視界に、不自然な場所に出来ている穴が映りこんだ。壁から少し離れた場所にある穴で、そこが見えてはいるが、下ではなく横へと更に掘り進められているところを見るに、この穴の先は壁の中へと続いているのだと考えられる。
その考えに至った時、グランは何一つ躊躇う事無く穴の中へと飛び込んだ。
「(僥倖僥倖! 超ラッキーだぜ流石俺! 神の加護がついてやがるんだ!!)」
コイツに付いているのはそこら辺の砂で十分だ。
それはさておき、グランが今どんどん先へと進んでいる穴は、やはり少しは整備されており底が平坦になっており歩き易くなっていた。明らかに人が通っている形跡があるのだが、現在上機嫌なグランはそれを疑問に思う事もなく、顔をにやけさせたまま足を進めていた。
そして、遂に穴の終わりが見えてくる。行き止まりへ行き着いた時に上から差す光に気づき、上を見上げると快晴ともいえる青空が見えた。穴の中から出ると、そこは何とも人気のない路地裏であった。
服に付着している土を払い落とした後、路地裏から出ると人の行き交う通りに出た。剣を売っている鍛冶屋があるとは思えない普通の通りだったが、それでも活気がないわけでは無いとその通りの雰囲気から察する事が出来る。
「(んだよゴールは鍛冶屋の前じゃねえのかよご都合主義に合わせろよ!!)」
そんな都合の良い事があってたまるか。
街には入れたという達成感を味わう暇もないまま、グランは通りを歩き始めた。あの二人の兵士に街に入った事がバレる前に剣を手に入れる為だ。そんなにすぐバレるとは思えないが、グランの心中はあの二人にバレる事への不安で埋まってしまいさっさと街での用事を済ませたくなっていた。
小物じゃねえか! というツッコミが欲しい。
「(しゃあねえ、聞き込みすっか)あの、すみません」
グランの近くに通りかかった女性に声をかけた。声に反応し振り向いた女性は、グランの姿を視界に入れた瞬間に一度狼狽えるような様子を見せる。
これに気づいたものの、何故かは察せないグランは無視する事に決めた。演技に関すること以外には基本無関心なグランであった。
「え…………どうしたの、僕?」
「(誰が僕だ俺は二十歳超えてんだよ!)」
見た目が子供なのだから仕方がない。
「この街の鍛冶屋ってどこにあるか分かりますか?」
「ああ。鍛冶屋なら、この道を真っ直ぐ行って三個目の角を左に曲がれば鍛冶屋がある筈よ」
「ありがとうございます!!」
すぐさま回れ右をして女性に言われた通りの道を走り抜けるグラン。そうして、その場に残された女性は己の視線の先にある小さな少年の背中を痛ましげに見つめていた。
「あの子、あんなに薄汚れて……捨て子なのかしら?」
余計な同情を買っていたグランであった。




