第八話『鍛冶屋のリバーハ』
大通りから少し外れた道にある地味な鍛冶屋。そんな渋みを感じさせる店の前に赤髪の少年が立っていた。
言うまでもなく、グランである。
「(到着、だな。ったく下民が貴族様に手間取らせやがってムカつくぜ)」
この世界に転生して一年が経過した今、グランはすっかり貴族気分を味わうようになっていた。まぁ、その貴族気分を味わっている様も表には出していないので周りからの評価が落ちる事は決してないのだが。
それにしても、こうまで内心と表の振る舞いの食い違っていながら途轍もなく精度の高い演技が出来るのだから、前世では演劇人として活動していた方が稼げていたのではないだろうか。
「(にしても大丈夫なのかこの店? ちと古そうな店だしなんか不安&不満だわ。見栄えを大事にしない料理が評価を得られないように、見栄えの悪い外装をしている店も評価を得る事は出来ないのだよ馬鹿め! 分かったらとっとと改装しやがれドケチ店主がっ!!)」
まだ店に一歩も足を入れていないのにこれである。というか、店主に会う前から店主の性格を決めつけるんじゃないよ。
内心では愚痴を吐きながらも店に入っていくグラン。店の中には剣やら盾が置いてあったが、そのどれもが地味な見た目をしていた。碌な装飾は付いておらず、柄に鋼が付いただけの物が殆どだ。
しかし、ここで演劇人グランは無駄に貯めていた知識を発揮する。
「(西洋剣の良し悪しがどうかは知らねえが)凄いな、質の高い武器が殆どだ」
近くに置かれていた剣を手に取り、グランは呟いた。
店内に置かれている武具、その殆どが高い純度の鉄や鋼を使われて作られた一級品ばかりだったのだ。何故、グランがそれを見極められるかと言うと剣舞の演技の際に耳にしたものが功を奏したのだ。
曰く、剣を手にした際の重心の位置がその剣の質を決めるのだと。
その話を鵜吞みにするのなら、少なくともグランが手にしている剣はグランにとって一級品だった。手にずっしりと重さが伝わるものの、振りにくいわけでは無い。
「(つか、店主が居ねえのはなんでや?)あの! 誰かいませんか!!」
静寂とした店の雰囲気に耐え切れずに大声で人を呼びかけるが、返事はなかった。誰もいないならこの剣パクれるか? と一瞬考えたグランだったが、すぐにその選択肢は消えた。
「(いやいや、物を盗むのなんざそれこそ小物のすることだろ。みっともないし剣一本の為に犯罪犯すとか阿保らしいわ)」
異世界に転生してまで演技をしようとしているコイツの方が阿保らしいのだはないだろうか?
そんなくだらない思考をしているところへ、一人の店主らしき男が現れた。店の奥から出てきたその男は顔に大きな傷を負っており、この世界には珍しく黒髪黒目の日本人を思わせる容姿をしていた。
「(うわっ、この世界で黒髪とか地味で可哀そう)」
身長的には見上げているが内心では見下しているグラン。
「貴方が、この店の店主でしょうか?」
「……いかにもそうだが、そういうお前は誰だよ」
「(うるせえ! 俺には敬語を使え敬語を!)」
タメ口で話されただけでガチギレするグラン。もう根元から貴族と化してしまったようだ。
「これは失礼を。私の名前はグランと申します(性は言わねえぜ。貴族だってバレちまうからな。ま、俺の放つオーラがそもそも貴族だから言わなくてもバレちゃうかもだけど!)」
流石、つい先ほど捨て子と間違われていた男は言う事が違う。
グランがアホな事を考えている間、かの店主は見定めるような目つきでグランの全身を見た。薄汚れた服を着ているが、されど何処か上品さを感じさせる立ち振る舞い。さらには赤毛の髪に金色の目、ここから導き出される結論は、
「お前――――デネゴ様のご子息様か?」
「(あ、やっぱ分かっちゃうかこの俺の貴族オーラが!!)」
店主がグランを貴族だと気づいたのはグランが変装をしていなかったからだ。そこに気づかない辺り、グランは詰めが甘い。
「そ、それは……」
「いや、説明は必要ない。デネゴ様連れじゃねえとこを見るに、デネゴ様には内緒で来たって事なんだろ?」
「……察しが良いようで(コイツ探偵かっ!?)」
だが、と店主は疑問に思っていた。なぜ、グランの服はこんなにも薄汚れているのか、と。あの豚のような両親の下で育てられていながら、このような服を普通着させられるものなのか? それに、己のような平民に貴族の子供が敬語を使っているのも不可解だ。普通であれば、平民が自分に敬語を使った時点で貴族なら憤怒していても可笑しく無い筈なのに、と。
次から次へと湧き出る疑問に、店主は眉を寄せる。
だが、安心してほしい。グランはちゃんと内心では憤怒しているし、あの汚れた服は自業自得の産物だ。
「ま、俺みたいな鍛冶しか出来ねえ奴が考えても無駄か。で、何の用だよ?」
「(よく分かんねえけどお前が鍛冶しか出来ないってのはワロス)いや、実はちゃんと切れ味の良い剣が欲しくてきたんです」
「は? それならデネゴ様にでも頼めばいいんじゃねえの?」
「いえ、私の父に頼んでもおそらくただ見栄えが良いだけのナマクラが出てくるのが関の山ですので」
「あー……。なるほど、ね」
店主は苦笑した。グランが両親の事を理解しているのもそうだし、そのグランが両親の事を見下しているかのような発言をした事に対しても苦笑したのだ。
あの豚のような容姿で自分達平民を見下している男が、実の息子には心底見下されている。何とも皮肉な話だ。
「(そんで、子供のくせして父親を見限るコイツもコイツで末恐ろしいな)」
見たところ十年も生きていない子供が自分の親を無能だと見極め、そして既に貴族としての礼儀作法も身に付けてたった一人でこの寂れた鍛冶屋まで足を運んだ。早熟にも程があるだろう。
「面白いな、お前」
「え?(俺のフェイスが不細工で面白いだと! テメエ舐めてんのか殺すぞ!!)」
誰もお前の顔が不細工だなんて言ってねーよ。
唖然とするグランに店主の男は悠然と手を差し伸べて、
「俺の名前は『リハーバ』だ。よろしく頼むぜ御子息様よ」
「――はい。私はグランって言います。よろしくお願いします」
差し伸べられた手を掴み、握手を決める両者の間には、互いに相手に対しての敬意があった。――――いや、一名怪しいものはいるので一歩通行の敬意かもしれないが。
「で、切れ味が良い剣だったな。うちに置いてあるのは全部切れ味がいいぜ! って声高に言えたらいいんだけどな。生憎、失敗作のナマクラなんかも混ざって置いちまってる」
「ですが、リバーハさんならどれがナマクラかは見分けられるんじゃないですか?」
「まぁそうだけどよ。――――ってか、敬語はもういいぜ。一応お前は貴族だし、何よりお客様だしな」
グランの頭をわしゃわしゃと撫でてリバーハは笑う。
「(もっと早く言えや! こっちがどれだけ我慢して敬語で話してやってたと思ってんだ!! つかわしゃってすんな!)そうですか。――――分かった。では、今からこの喋り方でやらせてもらおう。不愉快だったなら言ってくれ、善処する」
「シシシ! その喋り方の方が大物感出てるぜ?」
「(だよね知ってる!)からかうなよ。それより、早く選んでくれ」
からかうように言ったリバーハの言葉にグランは大喜び。安い男である。
リバーハに連れられて店内を歩き回りながら剣を見ていると、リバーハはある一つの剣の前で歩みを止めた。
「どうしたんだ?」
「ん、いや。お前一回この剣持ってみろ」
「ん? あ、ああ(なんでだよ! しっかりと理由を言え理由を!)」
リバーハに剣を掴まされて若干不機嫌になったグランだったが、その直後に理由を察した。
その剣の柄はグランの手に良く馴染み、六歳児の貧弱な腕力でも自由自在に振れる気がした。刀身の重量感を感じるものの、持っていて腕が辛くなる事もない。今のグランにとってはこれ以上ないくらいの相性の良い剣だ。
「……リバーハ、アンタどうやってこの剣を選んだんだ?」
「ん? 勘だけど?」
「そ、そうか(テメエ! 天才肌かよ使えねえな!)」
店主であるリバーハに対してはかなりの不満があったが、選んでもらった剣については何一つとして不満はなかったグラン。懐から数枚の金貨を取り出してリバーハに渡そうとするも、リバーハはそれを受取ろうとはしなかった。
「おい、どうしたんだ。早く金を受け取ってくれ」
「いんや、金は要らねえよ。お前の初入手したのが俺の剣だってんなら、それだけでまぁまぁな広告になってくれそうだからな」
「(確かに俺みたいなイケメンが使ってる剣なら有名になっても可笑しくないな!)そうか、気遣い感謝する」
グランの使う剣が有名になるのはグランがイケメンだからではなくグランが上位貴族であるからだ。少なくともコイツの顔は関係ない。
こうして奇妙な出会いを果たしたグランは、無事剣を手に入れたのだった。




