第六話『ギャップ萌え?』
『ギャップ萌え』という言葉をご存じだろうか。
簡単に説明するならば、特定の人物の意外性を突如として見つける事によってその人物へ対する印象が変わり、好感度が上がってしまう現象の事を指す。
捨て猫を拾う不良、なんかが最もたる例だ。
「……(何か視線を感じる。鬱陶しいなぁ)」
あのグランが闇堕ちを狙った父親への進言から翌日。使用人たちの間でグランについての噂が広がっていた。
あの場に居たメイドと執事は、グランが計画に乗ってくれた事とグランが使用人たちに同情してくれているような仕草をしていた事を他の使用人たちに伝え、グランに忠誠を誓うべきだと述べていたのだ。使用人たちの顔は複雑なものが多かった。何せ、あの主人の息子で今までは自分たちに対して横暴な態度をとっていたのだ。噂を聞いて信じられるものではない。
しかし、ここでシャーリーが出張る事で、今グランは使用人たちの間で良くも悪くも関心を引いているのだ。
曰く、グランは今の今まで演技であの横暴な態度を取っていたと。
曰く、グランは自分たちが思っているよりも遥かに傑物なのだと。
聞いて信じられる事ではないが、昨日グランの立ち振る舞いが普段とは違い上品染みていた事から、使用人たちもグランが今まで演技をしていたという話を信じ始めていたのだ。
「(やっぱ気になるわ)おい、俺に何か用でもあるのか?」
「い、いえ! 何でも御座いません!」
近くにいた若い使用人にグランが話しかけた。肩を飛び上がらせて裏返った声で使用人は答えた。とはいえ、何でも御座いませんと言われて「それなら良かった」と言えるほどグランの頭はお花畑ではない。
「(いや嘘下手すぎだろ。嘘つくんなら相手の目を見て自分が正しい事を言っているんだと勘違いさせなきゃダメだろ。それが出来ないんならお前は演劇人失格だぞ)」
別にその使用人は演劇人じゃねえよ。
だが、グランにとって使用人たちが嘘を吐いていようがいまいがどちらでもいいのだ。ぶっちゃけグランはそこまで使用人たちと関係を深めようと思っているわけでも無ければ、使用人たちを使ってどうこうしようとしているわけでもない。
故に、基本的に使用人たちに対しては無関心を貫く姿勢を通そうと思っていたグランなのだが、
「まぁ、なんだ。いつも頑張ってるよな、お前等も(俺も前世で頑張ってたけどな!)」
グランは少しだけ使用人たちに同情していた。前世でブラック企業(仮)で働いていた事もあり、自分以上に辛い労働条件で働いている彼らに一種の尊敬の念を抱いていたのは事実である。
まぁ、グラン本人はそれを自覚していながら尚も使用人を助けようとは思っていないわけだが。
「あ、ありがとうございます!」
それでも、そんなグランの言葉に励まされている人物がここに居るのは事実である。
こうして、グランは屋敷内での使用人からの信頼と好感度を上げていったわけなのだが。それはそれとして、グランには一つ直ちにやっておかねばならない事があった。
場所はグランの自室。その場にはシャーリーとグランの二人だけという、最早慣れ親しんだ光景がそこには広がっている。
もっとも、片方の表情が近年稀にみる程に真剣なのを除けばの話だが。
「シャーリー。俺は今年で何歳になる?」
「はい、グラン様がこの御屋敷で生まれてから、もうすぐ六年が経とうとしております」
あの時のようにベッドの上に腰を下ろしているグランは、シャーリーの放った言葉に頷き言葉を紡ぐ。
「そうだ、俺はもう六歳になる。そろそろ、父上が魔法学の家庭教師を呼んでくれるとは思うが、そこは問題じゃないんだ。問題は、俺がやりたい事が出来ない事なんだよ」
「? ……グラン様は、魔法学を習いたくはないのですか?」
「(そういう事じゃねえよ馬鹿!)いや、そうじゃない。要は、他にもやりたい事があるんだよ」
不必要なタメを作り、グランは言った。
「――俺は、剣を習いたい」
グランの発した言葉に、シャーリーは微妙な顔を作り、そして納得した。何故、グランが自分にこのような話を持ち掛けたのか。その意味が分かったのだ。
「剣、ですか」
「ああ(聞き返すな、演劇人なら一回で聞けや!)」
「なるほど。しかし、デネゴ様が剣士を嫌っている事で、グラン様は剣を習う事が出来ない。だからグラン様は、私にこの話を持ち掛けたのですね?」
「ああ、そうだ」
「畏まりました。私が単独で街へと向かい、名剣を買ってきます」
「待て、そう急くな(お前が街行ったのバレたら父上が激おこぷんぷん丸になっちゃうでしょうが!)」
心の声と反してこうも表情が違っているのは流石と言えるだろう。
「お前が行くのはリスクが高すぎるだろう。ここは俺が行く」
「なっ! 駄目です! 危険すぎます!」
「(安心しろ。見知らぬ街よりこの屋敷の方が数億倍は危険だから)」
珍しく正論である。
シャーリーにとってグランは忠誠を誓うべき恩人だ。それはあの時、グランへ話を持ち掛けた事への罪悪感と、演技を止めたグランの器の大きさを目の当たりにしての事が根幹になっている。
そして、グランがこの世界へ転生して早一年。グランとの信頼関係も強固になってきた今、シャーリーはグランに対し少し過保護気味になっていた。
「お前は俺にとって唯一無二の存在なんだ。傷ついてほしくない」
「あっ……」
普段はあまり変化のない顔を緩め、微笑みをもってシャーリーを見つめるグラン。
シャーリーはもう、何も言えなくなってしまった。
「(さっさと引けやボケナス!!)」
ボケナスはコイツである。
「……絶対に、怪我をしないようにしてください」
「ああ、分かってる」
「迷子にはならないで下さい。街に行ったからと言ってはしゃいだりしないで、用が済んだら真っ直ぐにお屋敷にお戻りください。路地裏などには絶対に入らないでください。誰かに話しかけられても無視して下さい。知らない人について行かないで下さい」
「……おう(無表情で注意されると怖いな。日本人形かよ)」
シャーリーが言い終えた事を察し、ベッドから立ち上がるグラン。「父上と母上には内緒で頼むぞ」と言い残し、グランは部屋から出ていった。
部屋に残されたシャーリーの顔がほんの少しにやけていたのは内緒である。




