表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

自然回帰

 クロー拠点“コリュバーン”エントランスホールにて、男と男が決闘をしていた。奇襲のつもりでしかけた戦闘で、確かに決闘のように、只一人の男との対決が行われた。しかし戦闘の中カイは動揺を持ち込んでいた。それと同時に内面を揺さぶられたのはカイでもあった、今の今まで、形勢は互角で両方が同じようなつきと相手の動きを呼んだようなかわし方をしていたのに、瞬間にカイは別の動きをみせた。それまでラヴレンチは、カイの動きについて違和感を覚えていた。それはどこかテンポが敢えて崩されているような間隔だった。カイは、やはり胴体のどこかに、最新の技術を利用した敢えてテンポを崩すような工夫がされているにすぎないに違いない。

 『俺が、俺の優柔不断さが俺の悪、全ての都合は、俺の責任だというのか?』

 カイにも思い当たるふしがないでもない。なぜなら、ケヴィンがきっかけで、一度放棄していたジルとの関係は復活したのと同じだったからだ。

 

 にやり、とラヴレンチが笑う。ここで精神を揺さぶる事ができれば、多少の優位はこちらのモノだと見て取ったらしい。それもこれも、“エスピィミア”を知らないからこそできる行動だ。誰もが、そのとき彼の形勢不利を確信できただろう。カメラ越しにみていて、地下を逃げまどっていたクローファミリーのコンシリエレたちも、別の場所で、コンクリートの地下道のどこかで、その様子をみていた。 

 ちょっと意識を放置して相手が機敏な動きで自分につかみかかってくるのさえ見抜く事はできずに、カイは足をとられた、とつぎの瞬間には、胴体をとられていた。そして腕も足もカイのいたるところにしがみつき、いつからかきゅうきゅうと関節がきしみ始める音が、その屋内に響き渡りはじめた。やがて二人は垂直にまるで何かの芸術のようにその姿をかためた、身動きをとれないカイが、蛇のようにからみつく相手の手足に声をあげてただ、悲痛の声をあげて訴えていた。

『私の技、これを死神拳(スーシェンチュアン)と人は呼ぶ、けれどこれの本当の名前は、私がかつての同胞を招集し、再びひとつの組織を形作るまで、取り戻される事はないだろう、私はこれに地下闘技場の中で工夫を加えた、私独自の技も加えた、その中でパンドラにふさわしい動きを手に入れた、機会と人、そして“制約された文明”の力を、そのつぎはぎの体術を、肉体のいびつな動きに取り入れた』

 彼は祖父の時代を知らずに、父による劇的な裏切りによって、自らの住まう世界の急激な変化より力を蓄えた。彼は確信していた。それが彼の強さであり、地下闘技場を生き残った理由。彼は関節に機械的工夫をいれて、その技術と武術を強化していた。

 (制限された力、リミットテクノロジー、マーニア32回までの制限、それさえもこの世界の権力者のものとなっている、そして(ラヴレンチ)の祖父もまた“私をだました!!!”なぜなら、彼は“機械天使の物語”をもとに成り立ったその村の成り立ちを村の人々に知らせていなかったからだ、“機械天使の物語”は、主に、最後の大戦の後、文明に対して疑問を持つ人々が成り立たせた寓話、巷のうわさでは、“リミットテクノロジー”にさえ秘密を課しているという。マーニアの利権。秘密にしておくことで、いくらか“嘘”がつける、たとえば“カーゴカルト”彼のいたドグ村では、奇妙な風習と宗教として、人工物、主に機械でできたもの、今思えば――廃棄物であるサイボーグ体の一部――を信仰のささげもの、ときには彼等の神“シン”が宿るものとしてあがめ、そしてそれから仮面を作る事もあった)

 【生ぬるい、制限するならば、人を救うなどという嘘をつくべきではない】

 それが彼の、この街と世界への怒りだった。

 『私はこの国に従属し、そして滅びた愚かな“民族”私は見た!!私は見たのだ!!』

 頭をかかえ、そして顔を覆い、小さな言葉で敵は続けてつぶやいていた。あまりに小さく聞き取れないような声で、同じ言葉『私はみた』と繰り返し口にしていた。

 『私の村は自然を信仰する裏で、まるで別のものを崇拝していたのを、文明の力を、文明の利器をえようとし、そして武力でそれを支配しようとたくらんでいたことを!!そしてそれを真に受けたものが“外からきたもの”“そして私の父であった”いずれパンドラ、に私が傷をつけることによって、私の名は、私の望んだ形になる、そう信じて私はこの“クローファミリー”を選んだ!!!』

 『ぐう……』

 今ではもう、カイはただ白目をむきかけ、彼のからみつく腕をふりほどこうと、口からは泡をはいていた。 かつて、外から来た人間と、父との結びつきの、革命勢力の中で、自分は“通過儀礼”をおこなった。自分は歪んでいる、その思いが、彼を狂気へとおしやる。言葉ではなく行動が、彼がここへと突き進む手段となり、そして社会を裏から支配する目論見は、彼の村が外的要因によって滅ぼされた事への怒りの発散となった。今ラヴレンチが行っているのは、復讐劇であった。

 次の瞬間、カイの耳に彼はかみついた。

『あッ、あ、あ、あ!!!!』

 カイが身をよじり痛みにこらえる、“その部分は機械ではない”血がしたたり、ラヴレンチはあっとそのことに気が付いた。

『カイよ、カイ!!!この国“パンドラ”は優柔不断だ、だが弱いものには強い!!!その精神は私は地下闘技場で学んだ!!地下闘技場は私の自分の存在意義を再び確かにした、そのとき、様々な犯罪にてをそめたあとで、ようやく私は私の形をてにした。乱雑な戦闘は単なる“娯楽”私は強者との闘いに飢えている。それが勝利であれ、敗北であれ私の損失を補うものであるのに変わりはない。だがカイ、お前は欺瞞に生きて来た、真向から人と対決することをしらず、あの日の……同胞、そして祖父の血と肉を貪り食った私の痛みと、弱気者たちを犠牲にした痛みとをしらない、お前はきっと、女でさえも、自分のために犠牲にはできない、お前はそんなザマだからこそ、エスピィミアを崩壊にみちびいたのだ!!』

 ギチギチとしなるのは、カイの人体だけではなく、無機質なはずのラヴレンチの体全体が、自らのがなるようなうなり声に、きしみ、衝撃を受け振動し、建物が奇妙な音をたてていた。ゴゴゴ、ギシギシ、パリパリ、ガラス窓も、あと少しでわれるところだった。実際日々が割れていた窓はもろくも割れて四散飛び散った。

 『がはははは!!!』

 突然に、暗雲は立ち込めた。それは言葉通り、ある意味ではそうであるし、実際にバカげたこととしてもたしかにおきた。カイは自分の腕に力をこめていたし、それよりは、その足にすべての力が集まりはじめていた。今の今まで音をたてていなかったその足くびにつけられた機械が、脛の骨、膝の骨、筋肉を伝い、膝蓋骨を超えてすべて胴体へ、そして彼はそこに力をこめた。それは彼の腹より下。覚悟を表す意思を示す場所だった。それは、声になったかどうか、もはやカイでさえも自分の言葉の反響を聞き分けることはできなかった、ただ彼が再びこの世に戻って感じた事は、自分をあらためて、俯瞰で、それはつまりともかくそのときは、ありとあらゆる緊張とその反動の中に自分の意識があったという事だけだ。そして世界は逆転した。文字通り、そして彼の立場も大きくかわった。そのときただ受動的であった彼が能動的になり、そして主体的な意思を示した、それが彼の正義だった。彼は何を護ろうとしたのか、それだけが彼の答えだった。

 『ただ、立場が違うだけだと、お前はそういう、だが俺はいおう、立場が違えば意思が違うのだ、しかしお前たちは、ケヴィンも、ゴーストも救えはしない、私は救う、それだけが私の立場だ、ラヴレンチ!!!』

 彼の美意識は、いっては何だが、この世の中のありとあらゆる生命の中で、鈍かったのかもしれない。だからこそ彼はその美意識をこの現実に表すための手段とその正しい形をしらない。それは何より当たり前の事だ、人の善意や、悪意は、どれがその正しい形なのかなどということは誰も知らず、ただそうして実践して初めて知る部分もあるのかもしれなかった。その境界を超えるため、彼はそうして自分の危機に瀕する事によって、初めて本当の試練を超えた。その時彼は、誰よりも、それは偶然が引き入れた過去との出会い、“フォレスト・ベーレ”の人々と出来上がった不思議なつながり、その意味を彼の中に引き入れて、そのすべての消化と想像を決意して、その覚悟をきめたのだ。

 『全てが私の優柔不断が招いたというのなら、私が、その結末をつくるべきだ、そしてその結末の正しさは、あの少年を守り、ゴーストを護るという決意に基づいている、担保ならそれだ、それこそが私の正義だ!!』

 暗雲はガスだった、それらは廃棄ガスであり、機械が軋む音から発せられるものであり、空気中のものであり、あるいはカイという存在がもたらす、彼が回りにもたらす悪影響そのものであったかもしれない。けれどそれは、彼だからこそ、ある決断をもたらした。迷っている場合じゃない、失敗こそすれ、彼は決意しなくてはいけない。——少年を護る、そして、クローファミリーと対峙する、それだけがそのときの、カイの決意であり、生まれてこの方彼がもとめつづけてきた正義の一端であった。——

 そして、それらは常に迷いとともにあった、それは現実という束縛の中で、自分に本当にすべきことはなにか、そしてそれは本当に、人とぶつかり合う中でさえも正しいと思える事なのか。そしてそれは、彼のかつての罪や業を清算しうるにたる葛藤なのか、その葛藤さえも、彼はそのときには、踏みつぶす覚悟をきめたのだった。


 “コリュバーン”建物の背後裏口に配置されたエントランスホール、もくもくと噴出するガス。それがカイの彼の足元から噴出されている事を先にしったのはラヴレンチのほうだ。ラヴレンチは突然のつづけざまにカイの攻撃をうけて、その煙のうちに、転倒によって後頭部を強打して、瞬間臨氏にも近い体験をしていた。死—―それは彼が知らない事だ。しかし人の死をみるなかで体感し、または祖父の死を、忌むべき敵と忌むべき風習を振り返る事によって、体感した事だ。永遠とも思える一瞬の中で、しかし彼は起き上がる。

 【私はかつて、人を殺した、祖父を殺してしまった、だがそれが一体何だというのか】

 彼の弱みはそこにあった。彼は父の差し金で、20歳になるときに、それにあたり成人の儀式—―通過儀礼—―をうける必要があったあのとき、彼は復讐の炎を心の中で燃やし、彼の倫理に反する行いをした。それが父の目の前で、祖父を“食らう”という狂いすぎた行いだったことは、その場に居合わせた誰も知らない。後から知ったことだが、父よりも彼は祖父のほうがもっと思い入れがあった。何よりも、小さなころから村の中で、やがて村を受け継ぐであろう彼のつみやいたずらを世間の批判から守ってきたのは、父よりも祖父であったからだ。祖父は、小さな子供のいたずらなその好奇心を許して、そのラヴレンチの喪失感と空虚出どころを、母の喪失に見出した。そして彼にやさしく接して、ときにその不条理さえも受け入れた。

 『私が……こんなところで、エスピィミアなどという盗人に、敗北するわけはない、敗北してはいけないのだ……ドグ村は格闘術のメッカ、“死神拳(スーシェンチュアン)”を継承する、信仰あつく、そして敬虔なる人々の楽園……少なくとも、あの時までは、私は私の中に復讐と同時に、あるべきだった楽園の姿をうつす、この国や、この世界の“生半可な文明”とは別のものにすぎない!』

 ラヴレンチは走馬燈を体感した。そしてその口は、カイと同じように口に発したか知るすべはないが、その言葉をはいた。何よりもラヴレンチが許せなかったのは、古来の伝統だといってユアンというよそ者の人間が、父と手を組んだ事だ。そして父は、自分の通過儀礼のとき、そのとき祖父を捕虜にしていた自分と、祖父を引き合わせ、それが本来の通過儀礼だといって、ラヴレンチに“シン”の儀式を無条件で受けさせ合格させた。儀式めいた一室で、彼はすべての過去および真実を継承した。――そこであってはならないものを見て――それによって村に失望した。そこにあったのは、“機械天使の物語”ドグ村の奥底にあったのは“機械天使の物語”ドグ村はそれに基づき作られた村。それは切っても切り離せない歴史を重ねていたのだ。

 

 父は彼を、それまで祖父が使っていたその小さな書斎に呼び寄せ、ユアンと自分をよびよせ、ユアンの命によって、祖父の首をきりおとせと命じた、それだけが“本物の通過儀礼の一部だった”と彼はしる。だがそれ以外は、祖父から父がそしてラヴレンチが受け継ぐはずのモノだったにすぎない。だが、祖父はそれをしなかった。なぜなら、父は“外から来たもの”だったからだ。つまり血のつながっていない父に対して、祖父は、村の秘密を教えたがらず、そして村の風習に準じた“通過儀礼”も長らく受けさせなかった。そのしうちに彼の父は復讐の機会を延々うかがっていた。ラヴレンチはその憎悪の中に巻きこまれた、ラヴレンチは祖父の命をその手で奪うように父に命じられ、行った。それはまるで踏み絵のような儀式で、通過儀礼などという意味は排していた、ただ父は自分の願望のため、小さな村のすべてを支配するために、祖父を裏切り、母を裏切り、祖父を自分と敵対させた。そしてその日の用意をしていたのだ。父がいう所によると、“もっとも愛する人間をその手にかける”それが父なりの“通過儀礼”なのだとラヴレンチに諭した。

 その次の年、その夏は、通年よりもいくらか暑く、それよりもラヴレンチの熱も、復讐に燃えていた。彼は小さな抵抗を、少数の仲間たちと続けていた。なんとしても父とユアンから祖父の守ってきた伝統と、それまでの普通の生活を守るために、彼等の間違いを否定しようとした。仲間たちは当初数えるほどしかおらず、その中でもそれまで親友だったイビも自分の力量や、組織をまとめるすべを時折うたがっていた。彼は小さな現権力に対抗する精鋭を集めた対抗組織、実力組織を結集、旗を揚げ指揮していたのだった。

 本来ならば、彼は正しい通過儀礼をうけ、祖父によってあるいは父によって、一子相伝の死神拳の秘術を教わるはずだった、それを知れない怒り、そして不条理にそれまでのあたりまえを壊された怒りが彼をたきつけ、彼は小さな抵抗、そして大きな抵抗と、村のほとんどすべての人間たちと抵抗し、闘い続けた。そして、そのスキをついて、イビ、そしてミシャという幼馴染を外部に逃がす事に成功したのだ。そのおかげと言っては何だが、ラヴレンチはその村で一定の地位を得た。

 それからも苦しい日々だった。彼が村の権威をつぐには、父の一勝は長すぎる。かといって、大きな裏切りの権力、クーデターによって変わった村長の座を脅かすほどではなかった。生かさず、殺さず、その日々をなんとか彼の見方をふやす事によって生き延びていたのだが、彼はそれから半年もせずに、村をでた。村が近隣の村や組織、その関係をあまりにも粗雑にやってきたことで、ラヴレンチが村を出た後、数年もまたずに、村はパンドラや近隣の国に煙たがられ、やがて国のためという人々のパンドラの半端な大義名分のもとに滅ぼされた。もう村は、父とユアンの手によっては立ち行かなくなっており、土地はパンドラに奪われた。

 『あそこは独裁者の村だから』

 『もっと別のことに、あの土地を利用したほうがいい』

 村を滅ぼした人々も、滅ぼされた村をいいことに、全てをうばいとったパンドラの人々も、いまではラヴレンチの敵でしかなかった。だからいずれ、いつか彼はこの組織、クローファミリーを、そのクローにひいきにされ腕を見込まれた人間として—―裏切るつもりでいたのだ—―。全てはパンドラに復讐を、実力をもってこの国を滅ぼし、やがて選ばれし人々によって、故郷を取り戻そうと考えた。



 ラヴレンチはその記憶の中から、自分の一番中心となって、核とないている平和と善行の想像をえがいた。それは祖父がまだ存命だったころに、祖父とすごすべき時間が失われたことを意味した、それが彼のすべてだった。それからの彼は、むしろ機械的な部分によって肉体的な不足を補うためだけに存在していたといっても過言でもない。だから彼は人の心の隙間に自分の空白にもにたような欠落を見出しては、つけいるスキに入り込んで、それを常套手段としてきた。つまり彼は、そのつまらない多弁性さえも彼の武器としていたのだ。だから彼は戦場で言葉さえも、武器にした。


 クローファミリー拠点“コリュバーン”一階エントランスホール。彼の足を見て、ラヴレンチは正気をとりもどした、そのときラヴレンチは上体のけぞらせてブリッジささせられて、頭を強打した瞬間だったのだ。カイの勢いがあまりに上半身に集中するのでいつのまにかその状態で頭部を強打したらしい。

 【ハハハハハ!!】

 笑うカイ、その奇妙な陰湿さに、ラヴレンチはおぞ気が走る。その瞬間にラヴレンチはカイとの決定的な違いを見出さざるをえなかった。心的なものだけでなく、カイはその両足は、まぎれもなく生身だった。それどころかそのすべてが生身だったのだ。――ラヴレンチの頭脳はその半分を機械化されていて、その体内の計算機は、カイの状態を分析、解析を続けていた――ラヴレンチの生身の頭脳が、臨死から息を吹き返すと同時に、その分析が結果をだした。その触感は機械が割り出したもので、その正確さは、人間をはるか上回る演算技術を用いて導き出されたはずのものだった。

 それだけではない、カイの奇抜さ、彼の“エスィピミア”での存在を確かにした。彼の奇妙な笑いと黒い仮面、黒い鳥の仮面。カイはラヴレンチの彼の巨体の束縛をするりとぬけると、ラヴレンチは体をおきあがらせた瞬間、立ち上がりざまに、まるで獲物に群れるカラスのように、敵であるカイがその腹部をついた。そのままかれの急所、みぞおち、心臓、へそ、眼、胴体の中心部あたりを何度も小さな突きでをついた。彼の事情などしったことかという感じで、敵はどんどんと追い打ちをかける。ラヴレンチがそれを肘や前腕でカバーして、それ以来彼はラヴレンチがたつ少しななめ前にたち何かで音をたてて、下半身は何か音をたててテンポをとっていた。そこでラヴレンチは気が付いた。(カイ)はかかとで音をたてている、そのテンポが、それまでとまるで違う音のテンポと時間軸をもっていた。この変則性こそ、カイの得意とするものだった。そのおかげで、カイの動きがよみきれず、ラヴレンチは急所への打撃に確実な防御の体制をとることはできなかった。

 “これまで?”

 これまで、とは何か、ラヴレンチは、それまですべてカイの歩調にあわせた戦闘のリズムを刻んでいた事にそのとき、初めて気がついた。それが彼の機械的な部分、つまりサイボーグ的な部分によって管理された、体と体の軸のバランス、機械的に算出されたそれらの調律だとおもっていたものが、生身によって調整され、それがあまりにも正確だったので、彼はそれを導きだす事によってカイとの戦闘の戦術を考えていたのが、カイは、そのときあまりにも奇抜な、いびつな音のリズムと響きと音程をその足とかかとで刻み始めたのだ。このリズムはフェイクかもしれないと、そのとききずいた。これはこけおどし(ブラフ)だった。カイは、持って生まれたクセなどはなかった。

 リズムを刻みながら、ラヴレンチの敵であるカイは、にやにやと笑い始めた。

 『奇妙な!!!』

 『ラヴレンチ、僕は、僕はこういう“不規則で変則的なもの”が好みなんでだよ、なによりそれが、僕にとっての自然な姿なんでね、でもラヴレンチ、このリズムの理由がわかります?』

 彼の体が、彼の突きが、彼の受け身が、それまで一つの規則をもっていたのが、急激にそれがうちやぶられ、そして彼の呼吸でさえもそれを変則的に変化させた、それが一瞬の錯乱を生んだ。その錯乱こそ、カイの見立てた戦場で闘い方であり、カイの見立てる敵のほころびだった。

 『何をいっている、“エスピィミアの格闘家、黒鳥”格闘術の屁理屈か?』

 『いや、全てが僕にとって自然なんです、自分がかつて失われたもの、隠していたこと、たとえばエスピィミア時代にさえ、本当の自分の心の奥底までは話さなかった、けれど戦場では別です、戦場や敵と対峙するときには、全てが自然に戻るんだ、規則的な法則をもったものが、むしろ規則を奪われ、変則的な本来の姿を戻す、その緊張の中で、僕はある自然をおもいだす、それはあなたのように、何者かに重要な何かを奪われた人間にならわかるはずだ、僕をかりたてるもの、確かに存在しているもの—―』

 カイは足元の機械を再びうならせた。仕組みはわからないが、それらは彼の肉体と直接つながってはいない、にもかからず彼の脳から発せられる信号をうけとり、彼の思う通りの動きをしているはずだった。彼は、足に力をこめた。そこでカイはまた後方へ宙返りの動きをして、そのままかかと落しを加えようと足をひきあげた。腿の筋肉が軋んだ。カイは、体の使い方を知らなかった、なぜなら、痛いという感覚にさえ、麻痺を感じていたからだ。だから彼は“変則的な生き物”だったのだ。少なくとも戦場では。身を削って敵を打ち倒す。それが彼のやり方だった。

 『それは確かに存在していた、僕の絶望、それを人に語れないこと、けれど戦場ではそんな僕の錯乱や過去の苦しみなどは、残酷でよくにまみれた男や、もっと醜い地位ある人間たちの奇妙なあがきなど、その中ではずっと考えていた、この苦しみは、どこにあるのか、そしていったいどこにぶつければいいのか

、それが自分を正義の道から遠ざけている』

 それはラヴレンチの鼻筋をかすめた、ラヴレンチはそのかすかな攻撃にさえ、過敏になった、鼻先をかすめたかかとは、不快さと痛みをラヴレンチの顔面に残していたからだ。

 『卑怯な、カイ!!!』

 『あなたは、毒蛇じゃないのか、ラヴレンチ?卑怯とは、貴方にも言えるはずだ、そんなあんたにも』

 ラヴレンチは懐に奇妙な先のとがった針のようなものをしまいつつ、そんな呼びかけを無視した。というのは、彼はカイが弱りきったらしとめるつもりでいた。毒針は最後の手段、それが彼の美学であり、死神拳(スーシェンチュアン)の美学だった。死神拳、それは一子相伝の技であるが、彼の場合にはいびつな形をもった。なぜならもう彼は村にはおらず、村は滅ぼされたためなのだ。

 『医療による生存と、生存に与えられる苦痛、まさにそれが我々の共通の問題だよ、カイ、もしその生存が、新しい可能性を私に与えていなければ、私は守るべきものを奪われる事も、その意思を喪う事もなかったのだからな』

 『復讐心か!!ラヴレンチ!!』

 カイは、どろりと、ラヴレンチの鼻が解けたのをみた。それがカイの本当の狙いだった。カイの靴のかかとにも、鋭利なはものがぴかりと光る。それは赤い光を帯びていた。

 対面するラヴレンチは、これまでカイがみたどんな人間とも違う赤い瞳をきらめかせて、復讐心を胸に宿したようだった。 

 『お前は、喪失をしらない、絶望をしらない、この針も、お前の相方も』

 (そういってラヴレンチは片手に針をもった、そのさきにもられた毒を、カイはその目にみとめたまま距離をとることもしなかった)

 カイはその足に勢いをつけて、またそのあしもとから噴煙が、これまでにもなく猛烈な湯気のような噴煙があたりいったいを覆いつくすほどに勢いをましてふきだした。ラヴレンチはそんなことはもはやどうでもいいようだった。なぜなら彼はもう—―それがいかなる武術の型にもはまらないものだとしても—―彼の背中から小さく長ぼそいいくつもの、触手のようなアームをひきだして、敵をくまなくその触感で理解しようとしていた。

 それにあわせて、カイも趣向をこらした。敵はすべてが、その肉体のありとあらゆるものまでもがサイボーグである可能性を理解して、カイはその腕の中でさらに一段と煙立つ赤い赤い炎をやどしていた。それはかのヒヒイロカネでできた短刀、それは足元の湯気に中てられ一段と燃え盛る炎よりも赤く鮮烈な光を帯びていた。それがカイの居場所をしらせた。

 『見える!!見えるぞ!!カイ!!!お前はそれでも、俺の腕の中からぬけだせるか!!』

 カイの眼にはうごめく無数の触手とその中央にあるだろう、敵にある人体の中枢が理解できるだけだった。カイは触手に足も手もとられつつ、それに近づくべく赤い炎をゆらした。瞬時にその触手たちはやききられて、数秒の間に数え切れないほどそれらをふっきっていった。

 『喪失を知らない……??パンドラに生きるものが、同じ、パンドラに生きるものじゃないか!!』

 しかし、全速でカイがその霧の中を走る、その途中で何度かもつれるのを、相手は見逃さなかった、ラヴレンチはそれによって体感をならして、そして普通あるべき人体の動きを予測する事ができた。——それはあまりにも当たり前のことで、当たり前だから使うはずのない機能。——体をサイボーグ化した人間は普通もっているであろう行動予測機能を使って、カイの動きをよんだ。実際それはただしく、急所を狙おうとする彼の小さな腕は確かに急所にめがけて攻撃しているらしかった。らしかったというのも、噴煙立ち込める中でそれを確かめる方法は、もっとも、カイがその触手をきらい、つまり急所をさけようとするためにその触手を切ったり、ふりはらったり、ガードしていたりするので、それとわかった。

 『ははははは!!』

 しかし、敵はわらっていた。ラヴレンチの敵はわらっていた。あたりは噴煙に包まれているし、味方もほとんど役にはたたない、役にたちそうなのは自分のすぐ前にあるかかしで木偶の棒のコンシリエレ、セナの形の人形だけだ。だが、恐ろしいのは、徐々に、本当に徐々にであはあったが、急所を狙って、そして中てていたはずの予測が外れて、これもまたカイがいっさい受け身をとらなくなったということがその唯一の気配ではあったのだが、それによってカイの人体がひるんだような、不規則な動きをしつつあるのにカイはいっさい人間的にひるむことも、声を上げる事もなく、その常にある顔面にはりついたようなポーカーフェイスを予想させ、そうでありつつも不気味な笑い声をたてていた。そこにある不吉で不気味な予感は、ラヴレンチを戦闘で感じたことのない、これまでもない不規則なリズムとともに、迫りくる敵の得たいしらなさは彼の模造の人体を奮い立たせ、また一部ではおそれおののかせた。

 『こいつ!!自分の意思がないのか!!?』

 事実、ラヴレンチは恐ろしいものをみたのだった。そのとき勢いよく回転する人体と狂気の叫びとゆがんだ笑みをうかべるポーカーフェイスの姿、人体はあとからそれにひっぱられるように宙を側転し、足につけられた機械が—―地面を蹴って勢いをつけただろう脚が—―ほとんどそれが主体であるかのように、人体の主導権をにぎっていたのだった。


 ロム医師は、クローファミリー拠点の裏口へ向かい、ケヴィンとともに左の通路を長細い廊下をいった、どうやらロム医師の口ぶりからすると、ケヴィンが推測するに、それは初めに連絡をすりあわせていたらしい路らしかった。どうやらかつてそこにいくつかの店舗や事務所がかまえられていたときには、職員用の通用口のようなものであったらしく、そこを一人のスーツ姿の男に案内をうけた。こちらです、そういう彼の黒いスーツはどこかでみたような模様があった、それは胸元で光る逆三角形の紋章だった。いつかカイが見せてくれた“ジンクスファミリー”の紋章だ。

 『ケヴィン、こっちだ、私についてきなさい、万事はうまくいくのだから』

 ケヴィンは彼の、医師の背中を追ううちに、外で響く、というよりは壁際でひびくまるで楽器を演奏でもしているかのような鈍い打撃音を耳にして、並々ならぬ気配を感じたのだが、ロム医師が急ぐように促した。

 いくらかおっていくとやがて廊下は地下へと通じているらしい階段の檻場をみつけた。二人はその先へ進む前に、向かい合って、ロム医師が何かをさとそうとケヴィン少年の前面をを自分の目の前にむけた。両手で彼の肩をつかんで、いいきかせるように物々しい目と表情を少年に向けておろしてきた。

 『ケヴィン、私のそばをはなれるな』

 『僕らは常に何かにせかされている……、カイはそう言いました、けれどその時はよくわからなかった』

 『何の事だね?……』

 『アラベラは、僕に度胸がないというんです、僕はアラベラに—―あの湖のほとりで言うべきことをいいました—―いまでも思う事は、それが僕の本心で、僕の決定だったかという事です、ですが僕はいいました、カイはこういったと、カイは必ず僕に自由を与えてくれると、しかし僕はあまりに無力でした、あのときも、たしかに僕は度胸がなかっただけかもしれないのです—―転校初日のあの時も』

 ロム医師は、ひと呼吸、まるで溜息にもにたと息を吐いて、まるで少年の心音と身体の無事をたしかめるように色々となでまわして、最後には両手で少年の背中をなぜ、そしてポン、と肩をたたいた。

 『ケヴィン、大人にまかせろ、大人を信じるんだ、確かに納得できない事もあるだろうが、それよりもカイを信じるんだ、一人の大人としてな、それだけがお前が世界を信じる、取り戻す方法なんだ、逆にいればそんな簡単なことで、お前はこれまでと同じ自由を手に入れられるんだ』

 ケヴィンは応答はしなかった、けれど少しうなずいた、それが少年に出来る精いっぱいの応答だ。理由もなく少年は、瞳に涙をうかべていたのだ。

 少年は、もう会えないかもしれないという事を考えた、アパートの大家ジルの本当の姿、そして優しい姿、学校外で意図してあうことはほとんどなかった好きな少女、アラベラの姿、そしてそれらをもたらした一員であるカイ、彼に対して自分がすべきことを考える事は、同じようにこの事件に巻き込まれたすべての人間に思うような事だった。本当は、こんな誤解は生まれるべきではなかったかもしれない、そう思ったのだ。


 【カイはある日、少年が早起きして、練習を前倒しにしたある深夜少年に伝えていた事があった

 『君を日常から奪い去った敵の事を正しく理解するには、必要な事がある、彼も、彼なりにある規則に基づいて、犯罪を犯してきたはずだ、その規則を理解するには、ケヴィン、正しく相手を見極め、その弱点をつくには、本当に自分を縛り付けているのは規則なんかじゃないと理解する必要がある、あえていうが、ケヴィン、いつだって、誰だってある規則に縛られている、だけど、自分の選択がそれをしばりつけていて、むしろそれだけが規則だ、その選択が本来はありとあらゆる人間にとっては自由なんだ』

 それを信じたケヴィンは、そのままその内容を、アラベラに伝えたのだった、それがあの廃拠点ファラリスで、ケヴィン少年が学んだ事の一部だった】

 けれどその中でも不思議に思うのは、ケネスの存在だった。ケネスはケヴィンに特別な事をしていなかったか?。そんな重要な事もまだその時には、はっきり思い出せなかった。

 

 拠点の地下4階には、大きな広間があって、その場所に機械天使の礼拝施設も備わっていた。そこでは信心深い組織の役員や、時にはクローまで機械の神に祈りをささげる。しかし今は、電気がつけられていなかった、地下なので地上の光がそそぐのもわずかで、まさにそのための建築もされていない。その闇に紛れて、大きな大きな生物がうごめく音が聞こえた。


ジルにとって、そうした化け物じみた相手と対峙すること、相対する事はとくに珍しいことではなかった。新しい事でもない。奇妙な改造を施した人体をいくつも見た事があるし、エスピィミア時代には当然として違法を犯している、または法の眼をくぐる人体改造が行われてきたことも、裏社会を行き来する中でみた。けれどそんな巨大なものを見た事はなかった。まるで巨人—―童話や、ばかげた子供向けの昔話に目にしたことのあるような巨人は、あまり見た事がなかった。

 『ベルノルト……ちょっと手伝ってほしい事があるの……』

 二人はその部屋の下手のほうにいた、というのは教壇が上座の向うにあり、その方向にむかって、建物の構造でいうと丁度西に当たる方向に機械天使の像が飾ってあったのだ。

 『こんな、まがい物の像など、偶像など……』

 ボキリ、と硬質な何かに大きな亀裂の入る音がした。それが何かわからなかったのは、それ単体の重さが亀裂が普通入るにはありあまるほどの重さに思えた。凝縮した何か、または自然構造物が異形のてによって引きちぎられた、そんな音だった。

 『あいつ、機械天使を……』

 ベルノルトがそういうと、ジルはそちらを確認もせずに頭の中でそれを考えた。

 『バリ・バリ・バリ』

 『気味が悪いわね』

 やっと物陰からジルが姿を表した。堂の内部には柱がたくさんあった。地下へ例の化け物を誘導しながら、時折物置に、時折隠れる事のできる袋小路に挟まりながら、やっとこの地下の奥深くへ怪物をつれだしたのだった。ジルがその降りて来た階段のほうにちらりと目をやる、部屋の外に身を出して、敵のソスランとおぼしき怪物の動向をみはりつつも、廊下の奥を見る。すると人影は少しもなく、かわりに瓦礫や舞い散るホコリやら、瓦礫の崩れたちいさなジャリがちらばるだけだった。そろりそろりと、上半身だけのばした姿勢でそちらをみていたのだが、すぐに急いで元の位置に半身をもどすと、ベルノルトのいる下座の柱の影に隠れた。移動の最中にふと目の中に把握できたことだが、それはどうやら何か催しものの時に使うような脚踏み場と、装飾が施された柵のようなものがある一角で、まるで隠れるのに適切なのは、その部屋でそこにしかないというほどに絶好の場所だった。


 ふと呼吸をとめ、呼吸が止まる恐怖によってアドレナリンをだして、思考を一瞬で増幅させる。それは黒鳥の一つのクセだった。でかつてエスピィミア時代に肩を並べたライバルでもあったジルとしても同じ性質を吸収し、持ち合わせていた。それまでのどんな事も及ばないほどに価値を持つことのひとつだった。だからこそ、すぐさまその性質は彼女の役にたった。カイと違うことは、彼のようにわざとらしくかかとやつま先を鳴らしたりするクセを持たなかったことだ。ただその代わり、彼女の思考は瞬時にすべてを理解しようともてるものすべての可能性を考える事に徹する事ができた。

 『こっちよ、ソスラン!!』

 (腰をおとして呼吸を腹部から吐き出す、その動作は覚悟を決めた時の彼女のものだった)

 相手が怪物であれ、人間であれ、重要な事はそれほど多くない。大切なのはこれまでと同じ自分を発揮できることだし、発揮する事だし、その場がある事だ。誘いこんでおいて何だが、この部屋には柱が多すぎた。その場所では彼女は本領を発揮する事はできない、その代わり敵もまた彼女の姿を追い回しづらい。状況は、バランスを保ちつつその一つ一つを着実に意図して進める必要をはらんでいた。

 彼女もそうだが、エスィピミアはほとんどがその心の中に狂気を宿していた。その狂気は犯罪に対する依存であり、それがタトゥにほりこまれてからだのどこかに記してある。それだけが団員の証明だった。

 —―(私はあれまで、私を知らなかった、なぜなら私は、全てをすてなくてはならなかった)

 スラム街で生れ、隣接する教会でそだてられた。シスターたちは優しかったが厳しくもあった。けれどシスターたちは、彼女に親に与えられるはずの魂を与えられるほどに、親密な存在ではなかった。それは義務であり、責務だった。つまり社会事業のために、慈善事業のためにそれをするけれどそれ以外の事は何もしらなかった、触れ合い方も、叱り方もしらなかった。やがて彼女は成長するにつれ、それを痛みで補う事をしってしまった。

 『空虚な幸福め』

 彼女は幸福をそう名付けた。ただ彼女が罪をおかし、シスターから金を盗みだしたり、どこかへ小さな安いもの、盗む事もたやすい者たちを盗みさるとき、シスターから愛をうけた、それは叱られる事だった。シスターたちが決して味わう事のできない苦痛、それを彼女は必要としていた。

 それはある意味であたり前の事だった。少女は愛を知らなかったし、それは生まれたときから彼女にとって不要なものだと両親に決めつけられたものだった。彼女は胸の空白に、その外の大人たちや周りのものたちがもつ密かな陰湿さを当てはめる事を愛していた。つまり彼女は、大人をよく観察し、その噂話の中に自分の両親がいかに正義や誠実さと程遠い人生をあゆみ、そして愛を見放したかを悟ったのだった。だからシスターも、愛と同じくらい嫌悪の心をもっていた。理由のない正義などありはしないのだ、ただ悪を定義したときのみ、正義がなりたつのだった。

 カイとの出会いは不思議なものだった。彼女が教会を出てから、修道院にいれられたが、もう1年もたたないうちにそこを飛び出して、全てを愛で埋め尽くす努力をした。それは例えるのなら—―今までの過去のすべてを否定して、一人だちをする狂気の特訓のためだった。彼女の特性はそのうち悪になった。悪人ならば正義の形はよくわかる。特に修道女、聖女、シスター、それらが内包する過去をしらない彼女にとって、噂話を延々と聞いて両親とその愛を愚弄され続けた幼少期の過去において、豊かな家族関係や、豊かな学び、豊かな人と人とのつながりこそがなによりもハリボテの向うの幻想であったために、実感のある失敗が必要になった。けれどそこには懲罰がつきものだった。彼女は罪をひとつ犯すたびにひとつ自分に魔法を課した。それは呪いの言葉だった。

 『あなたはもう、これまでの私とは違う』

 シスターたちはハリボテの笑顔をもっていた。そうでなければ自分はこれほど両親を憎んでいなかったし、シスターたちがあんなに—―両親の卑しい過去をまるで恨めしいような、罪へのあこがれをもって語る事がなければ—―自分は男女という物を嫌悪する必要がなかっただろう。ポーカーフェイスや、いくつもの顔を持つ事は彼女の得意分野になった。それも彼と出会うまでのことだ。

 カイは、全ての彼女を見破ろうとした。それでいてどこか本当には見破られようとしていないのだという安心が二人の距離を縮めて、かと思えば急に突き放す事さもえあった。それがすべてのたくらみだとしったのは、もうエスピィミアの内部がごたごたに巻き込まれて自分の居場所が危うくなり始めたときだった。

 『私は、彼にいいたかった、貴方と出会った事ですごく変わった事がある、それは(私は私を見る事ができなかった)表情のうつりかわり、現実の鮮明さをしっていたこと、季節にあわせたうつろい、まなざしや呼吸、そのすべての中で私は私を否定していた、私は、両親に否定された存在だから、けれど私が私を見ない事は、決してその心を空虚以外の何ものにもする事はないという事を、彼に許されて初めて気が付いた』

 自分の仮面ははがれていた。カイが同じようにそうするのなら、いつでも自分のすべての罪を白状しただろう。しかしそれは道半ば、彼の方から自分のそばを去ってしまった。それが未だに彼女の胸を苦しめている。いつか彼に渡したロケットペンダントと添えられた花束のシールと、彼女の写真、彼は未だにそれをつけている、それが彼女のすべてで、彼女はもう新しく守るべきものをカイに、そしてケイのこれからに、どこか確信をもってその心の行く末が決められていた。


 ジルが柱の隅にもどり、それからある事をベルノルトにささやいた。まもなく、それから銃撃戦が始まった。その応戦にジルはほとんど参加したようで参加していないようなものだった。まるで奇妙な本当にある意味で異質な事がおきていた。そのジルの手の中には、いつかのように赤くひかるムチとペンのような持ちてがにぎられていて、それが彼女をかばうようにしなったかと思うとすべての弾丸は時折軌道をかえて彼女のそばをすりぬけて、時にその弾丸が彼女のそばで蒸発したような湯気を立てて消え失せるのだ、彼女はムチを使いこなして、彼女と世界とのはざまだけに鉄壁の防御を築いた。

 そのささやきを合図にして、ベルノルトとソスランが対峙していた。ソスランはベルノルトの影をおうが、けれどその巨体のせいでなかなかその視界にも手で踏みつぶす事さもできない。なるほどその室内はおよそ人間の平均的な高さや、どれほど背が高くても常人が天井に手をつくには不可能なほどの高さをもっていたが、怪物はその限りではなかった。怪物は何かをうごめき、時折ささやきながら時折柱を傷つけ、時折地面をたたいた。そのたび建物どころか地面さえも揺れるのだったが、巨大になったソスランにそれほどの知性はないらしく、ベルノルトがジンクスファミリー構成員から預かったアサルトライフルを自分の背中に背負って、ただ逃げ回り引き付けるだけの時間は持っているらしかった。

「まだか、まだか!!」

 ベルノルトは先ほどささやきの中に一つ希望をみつけた、ただ自分が注意をひいて、その時をまてばいい、彼女はただ注意を引く事だけを彼に命令した、彼はその合図をまっていた。

【全てがまるで運命に導かれるようにとんとん拍子にあの時と現在をつなげたのよ、だからある意味ではケヴィンに感謝しているけれど、だからこそ彼を巻き込んではいけない】

 「ならなんで」

 銃撃の合間に会話ができていたのは、彼等が耳元にイヤホン型の無線をつけていたからだが、時折すさまじい雑音が入り混じる。どうやらジルは、ひとたび巻き起こった砂埃の中に入り込んだようで、砂埃が立ち上った後は、ベルノルトはその広い、屋外であればプールさえ設置できそうな大きな室内でどうやらそこに設置された整然とならべられた椅子たちやときには柱がすさまじい音を立てて破壊されているらしいことだけはわかった。

 「チッ……」

 耳をふさぎたくなる大きな音、それがイヤホンからも、じかに響く実際の音としても聞こえてくる。

 「ジル!!」

 砂埃の中で、ジルは異形と接していた。ジルのムチにも使用期限はある。ジルが間近で巨大な怪物をよく見る事ができたのは、その怪物が只巨大だったこともあるが、単に味方をしたベルノルトがその注意をひいてくれていたからだし、だからこそ、その無謀な挑戦をしてみる事になった。

 —―「解体してみる」

 その言葉は、エスピィミアを知るものならば、誰もが一度は聞いたことがあることだろう。エスピィミアは、サイボーグの人体を分解し、解体する事ができる。そんな噂話や、伝説上の物語は、確かにある種の疑いと確信をかかえていた。なぜなら確かに折れたからだや折れた腕や脚は、彼等が時折戦うサイボーグ化された人体とその抗争の結果として、また犯罪の成果として時折その場に打ち捨てられたままになっていて、それがマスメディアを通じて開示されたからだ。

 「エスピィミアは、ヒヒイロカネを分解する能力を持つらしい」

 その噂に近い言葉を、ベルノルトは彼女の口からきいた。それは、まるで自分には存在していない才能や個性をまざまざと見せつけられ、と同時に、ベルノルトは認めたくなかった、空想じみた話を頭の中で結び付けなくてはいけなくなった。

 「解体—―“古き血”はヒヒイロカネと、ヒヒイロカネによって造形された、鉄の遺伝子を分解できる」

 しかし、同時にヒヒイロカネと人体との結びつきを持つことができない。古き血のうわさ、ジルはまさかその古き血を、本当にベルノルトの目の前でまざまざと見せつけようとしているのだろうか?それよりもベルノルトの頭に今その瞬間にも焦りのように繰り返し語りかけられた耳打ちの言葉が、ベルノルトを苦しめていた。

 【—―確かに善も悪もごちゃまぜにして、状況も展開も混乱させて、時折運命というべき個別に備えられたものをまるで自分がすべて主導権をにぎったようにしてしまう、けれど彼は、普段はまるでポーカーフェイスで無力な顔をしているのだけれど、彼はその無力さに反して、ある時にだけ本気を出す事ができる】

 【何の話だ?】

 耳打ちに対して質問をする事などは、ベルノルトには初めてだった。けれど彼はしりたかった、自らの所属する組織のボスが喉から手が出るほどかつてほしがったもの、そして確かに組織の構成員として働いていた彼と、今もその彼とのはざまに自分が抱いている劣等、その理由と理屈と、贅沢な葛藤、それは一体何なのか、知りたかった、それはその場に居合わせただれよりも、ベルノルトはしりたかった、だから質問をしながらも、実際はきっとその答えを今エスピィミアによって持ち出されるという事に期待すら抱いていたのだ。だから繰り返した。

 【何の話だ?】 

 ひと呼吸、ふた呼吸、そして溜息、まるで勿体ぶられた彼女が告げた事は、単にこんな簡単な言葉だった。

 【彼は“とまどい”をもっている、だから彼は、彼が真剣になるときと、ふざけたポーカーフェイスをしているときの自分のギャップのはざまに何らかの秘密をもって、自信をもっている、その戸惑いは、人によっては優柔不断さに思われるだろうけれど、その戸惑いの間に、彼は彼の善意や正義に巻き込んだ人々に対して、説明と説得の義務を負う、それは本来彼がすべきことではないかもしれないけれど、彼はそうする事によって、自分の過去と向き合い、そして自分の過去と、苦しみと空虚と、今がどれほどかけ離れているか知る事ができる、彼はその戸惑いの機会をいつも伺っている、その戸惑いの中でだけ、彼は人と自分とのつながりを理解して、そして人と人とのつながりを理解できる、それはまったく彼の意図しているものではなく、むしろ説明不要な不作為な“善意”なのかもしれないわね】

 ジルは、さきほどものかげで耳打ちをしていたとき、こんなことをベルノルトにいったのだった。


 ジルは右手にムチをとった。敵は巨大すぎてむしろ窮屈な室内の半分さえも蔽っているようだ。しかしどんな敵に対峙しているときでもジルの戦い方は決まっていた。何よりもその素直な挙動がそのすべて、けれど、つねにその素直さの先をいく事で彼女は彼女の演じる何者にもなれる。

 【まずは、ねちっこい打ち方、そう、魔女の老婆のような】

 ムチは重い先端をかばうようにしなりをそなえた、ゆっくりうごき先端に最大の力と速度をこめる、それまでは見破る事はたやすいしなり方をしているのに、先端だけが恐ろしく早い速度と重さを持つ。

 鈍いからだは軋んでいた。それは味方であるベルノルトすら理解できない事だろう。彼女の体のほとんどは、機械的な技巧が潜んでいて、彼女は肉体改造をされている。けれど、それは必要最低限なものだ。たとえば四肢とか、もっとも狙われる恐れのある急所だとか、そういうところは“エスピィミア”であり、命を狙われる可能性のあったときに工夫をして細工したのだ。

 彼女はゆっくりと物陰からはしりだし、中央へと走り出た。つい先程まで天井と格闘していた、巨大なカエルの様な怪物がこちらをふりむいた。その体のほとんどが赤く燃えるような熱をおびていて、この世のありとあらゆる無機物を吸収して巨大化したような奇妙な体をもっていた。しかしそのすべての無機物に血管のような赤く燃える糸がツタのようにくまなくはりめぐらされて、その異形のすべてを支えているようだった。

 【お前は、誰だ??】

 【エスピィミアよ、カエルさん】

 巨大ナカエルがどん、どんっと凄まじい音をたてて建物内部をあばれながらエスピィミアのジルの後をおう。彼の攻撃手段はその巨大な手のひらだ。どん、どん、と音を立てる、ジルの眼には思ったより早くうつる。ジルは自分の持てる最大の力で疾走を始める。中央からまず右へ、カエルが翻ったところでぴょんっと宙をまって、側転の間にムチで敵のでかい図体をひっかいた。カエルはそのとき、バチンっと両手のひらで顔の前で虫をつぶすように小さなジルを追い払おうとした。その手のひらにつかまり、ジルは振り落とされそうな勢いの中で、今度は今までと反対方向に走る。

 【何をしているんだ!?】

 無線で小声でささやくベルノルトの声がジルのもとにとどいた。

 【フンッ】

 鼻で笑いながら、指示を待つようにつげると、ジルはまたもや、今度は背を向けているカエルの正面にたった。つまりはじめにおりたったカエルの正面、部屋の中央だ。カエルは先ほどの眼前でおきた衝撃、というより自分でおこした衝撃によって少し目を廻しているようだった、それからゆっくりと体をうごかす。体のすべては電子機器やらコンクリート、ジャリでできていて、弱点を探す事はこんなんだった。だからこそ、ジルはこうしてとびまわったのだ。

 【さあ、カエルさん、“サプラーイズ”】

 そういうと、ちょうどそのカエル、巨大化したソスランなのだが、そのてっぺんからまるくくりぬかれたうえの階の天井がおちてきて、瓦礫が粉々に飛び散ったのだった。

 ズズズズゥゥゥッゥ

 音をたてて崩れ去る天井の一部は円形にくりぬかれたまま巨大な怪物の上に崩れ去った。あとしざりしながらジルはもう一度ベルノルトと合流した。

 「援護をお願い!!」

 ほとんど呼吸を整えないうちに、ジルはベルノルトにそう命令をくだした。ベルノルトはただ拳銃をある位置に打つように頼まれたので、すぐその通りに敵の、巨人の一部にアサルトライフルをぶっぱなした。

 ダダダダダッ

 この世のモノとも思われない地獄絵図の中で、ジルは流れ弾の弾丸をはじきながら、敵に近づいていく。やがて銃弾は確かにその怪物の左腕に着弾していた。体にはそこらじゅうイボが目立つ、だがそれさえも無機質な、何かの施設か石、あるいはコンピューターの内部の精密装置の一部の集合のようなものでできていた。

 【ギャァァァ……ラヴレンチィィィ】


 【それが……あなたの名前??】

まるでアミューズメント施設の乗り物の様に、あるいはアクロバット飛行する軽量の飛行機のように、天井をけとばし、巨人の体の一部をけとばして、くりぬかれた天井のさらに上にジルと思しき人影がとんで宙をまった。かと思うとまっすぐまるで何のかざりけもなく直線的にひらめく一筋の赤い糸のような、ジルのムチが振り落とされた。

 【痛い!!!痛い!!】

 ジルは、落ちていく中で、その声を確かに怪物の口からささやかれるのを聞いていた。(痛覚はある、問題は、一体どこまで痛覚があるか、という事、やつのヒヒイロカネ)まずは、腕を切り落とす。ジルはそう覚悟をきめた。 

 【ちがうぅうう、私は、我は、ソスラン……ッ】

 次の瞬間、宙を舞っていたジルが地面へどさりとおりたった。かと思うと怪物は、左腕をきりとられてうめいて、痛い痛いと叫び声をあげていた。


 (ジル?何をしたんだ?)

 (ベルノルト、私はいくつもあんな化け物を見てきたことがある。CLO(= Chain linked organization 鎖状連結組織)にある刺激を加えると、サイボーグ化した人間は自分の願望や想像力のままに、そのサイボーグ体を歪めてしまう)

 『!?』 

 やっとそのとき、ジルは呼吸を整えて、ベルノルトに今起きた事と今からすべきことのすべてを伝えた。 

 『いい?CLOもとい、COA(COA ※Cybernetic Organism Archetyp)は、その構成物の80%そのほとんどをナノマシン、現在では完全な再生不可能な組織、失われた科学(ロストテクノロジー)で構成している、それを人体に合うように体系化して、人体にあう形に抑えておく構造が、CLO、人間でいう遺伝子みたいなものなの、そこに損傷を与える事で、あんな怪物を作ろうとしていた人々がいたの』

 ベルノルトは、何も言い返す事ができずに、ただ戸惑うように話の筋をおっていた。

 『それが情報屋に近い人々よ、だから私たちエスィピミアは、裏社会であんなものを頻繁にみた。ヒヒイロカネでできたCOAは、本来人体を守るように人体の設計に合わせて作られ、そして現代に合うように加工されている、けれど本来それは失われた過去の文明(ロストテクノロジー)の遺産、もともとはそれらは、兵器に使われていた技術らしいのよ、だから表だってあの怪物たちが社会の眼にさらされることはないけれど、確かに存在してきた、だから私やカイは対処法をしっている』

 ようやく意識を取り戻したように、ベルノルトはジルに応答をした。

 『でも、どうするんだ?いくらなんでも相手がでかすぎる』

 『まずは右腕を完全に切り落とす』

 ベルノルトは立ち上がるジルを静止しようとしていたがそれはほとんどぎこちない動作だけでやくめを終えた。

 『ベルノルト、あれを“魔人”(ディアボロス)と私たちはよんでいるけれど、要は失われた兵器や失われた科学の力を使っているだけ、損傷したコアは、なによりも熱に弱くなる、エスピィミアは、古き血をもつものたちの集い、私なら、復活しようとする過去を封じ込めておく事ができるのよ』

 ベルノルトはもうライフルを床に置いて、ただ援護の役目をおえて、柱の後ろからジルの姿とその決意を目に移す事しかできなかった。ものものしくただくちびるにゆびをあてて考えるふりをすることでしか戦闘に参加する事はできなかった。

 『聴いたことがある……どの血液型にも適応しない人間たちとその血族、彼らはヒヒイロカネを利用したサイボーグ技術を利用する事ができない、ただその彼等は、常人の何倍も、熱に対する耐久性をそのからだに秘めているのだと、それは過去の文明に対する恐れからくる噂やデマのようなものだと思っていたが……』

 言葉にはださなかあったが、革新的にベルノルトは理解した。——エスィピミアは—―その存在そのものが、過去において作り変えられた、デザインされた人々であり、その存在そのものを、新たな時代に否定された人々なのだ。 

 

 ——【今からして思えば、どんなにとりつくろっても、それは私の罪だっただろう】—―


 ロム医師は、追憶の中で過去を見るとき、必ずカイとエスピィミア、そしてケヴィンとジルの事に思いをはせる。そしてあのとき、ああしなかったらもしくは、といくつかの推察をするのだが、それですら確からしい確かな正義を導き出す事はできない。なぜなら何度繰り返したところで、あの場に居合わせただれもがそのための正義を遂行したのだろうから。


 ケヴィンとロム医師は地下へ下る階段へ、一人の構成員に案内された。その間で行われている決闘には手を出すなといわれて、ただ地下へ増員をと黒スーツに案内されたのだった。その先にジルがいると知らされていた。

 『ケヴィン、ケヴィン、ここが最後だぞ』

 ロム医師は、これで最後と言わんばかりの忠告をあびせる。その手のひらにはひとつハンドガン、それもいつかみたような銃口の曲がったものだった。

 『どうしてお前が命を懸ける必要があるだろうか?』

 それは念押しとも諦めともとれるヒトリゴトのつぶやきだ。誰がそれに本当の気持ちがのっているととらえられようか、それほどにまるで詩的に、ある意味では諦観からくる絶望を含んだ声かけだった。

 踊り場から階段へ、階段も壁も奇妙にえぐられたような跡と争ったような跡がある。間違いがない、とてつもなく巨大な、力ある何かがはいずっていったような跡があった。それに少しも脅かされないでケヴィンはむしろしっかりとロム医師の足取りをおっている。そして彼に返答をする。おびえてロムの服の裾でも掴みさえしていれば、きっとロム医師も彼のあどけなさに安心しきる事もできただろうが。

 『確かに置いてかれたという事は僕を苦しめはしたけれど、でも』

 ロム医師は、頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。それこそがケヴィンがここまでついてきたたった一つの理由におもえていたからだ、それをいまさら、否定されるともおもいもしなかった。

 『僕は卑怯さが嫌いです、どんな場合にでも最終的に自分のためにならないからです』

 ロム医師はそこで、きっかりと彼の支えになり、そして彼がこの戦場にでてきた意味を捕えるほかなかった。それが現在、未来まで、彼にどんな意味を与えようと、どんな運命が待ち受けていようと、そこにカイとの共通点を見出してしまったのだ。あれからもずっとロム医師は考えている……——正義と悪の境目にあるものは伝達する意思だ。本当に伝えたいものがあるかないかだ。そして何かを作るか何も残さないか—―それが明らかな境界線であるべきだ。それを正義でも悪でも、どちらでもないことだと、これらの子供に誰が伝えられようか。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ