表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

自然回帰その2


 《クローファミリー拠点、コリュバーン》ケヴィン少年はロム医師につれられてロム医師が支援を行う必要があるというので、決闘の行われていた地上エントランスホールよりはるか真下にいた。もし彼に選択肢を与えず、その場から離れるように命じたのなら、一体この混乱に何の意味を見出す事ができたのだろう。ケヴィンは初めからその場所で自分の責任をとろうとしていたが、ロム医師の後から考えるところによると、そもそもが責任などというものは初めから子供に存在してはいなかったし、いけなかった。

 初めに混乱の状況を生み出したのは、悪い行いだった。クローファミリーというジンクスファミリーと敵対しつつ、拮抗をする実力をもつ隣町ダシの影の支配者が、その構成員の一部が悪さをした事だった。それに抵抗するためのジンクスファミリーの“(アンチ)サイボーグマフィア”カイの中の“悪”も、確かに存在していた。そしてケヴィンは、そのすぐ腕マフィア“カイ”に助けられたことだけに注目し、信じなによりも無邪気であり、無垢だった。だからこそ、彼の中の選択は、ただの傍観をゆるしはしなかった。これまである拠点で、そのボロ屋の中で、ただ守られているだけだったまるで小さなひな鳥のような守られた生活から、彼は自分に選択と決断を課し、それを自意識によって責められていたのだ。


 しかし、ロム医師とケヴィンがちょうど地下4階へとたどり着こうとする頃になって、建物に激しい衝撃とともに電気系統に異変が現れた。どうやら“建物のライフライン”に異変が起きたようだ。“ディアボボロス”という巨大な悪魔は、周辺の構造物のくだけた残骸をみて、なんとなく察するに至った。――無機物から有機物、とわずその周囲のものを徐々に吸収しつつ、その巨体をさらに増強して補強しつつあるように見えた。――その理由はまさに彼らが向かおうとしているところにあったのだが、そんなこととはまるでしらず、二人は丁度その場所で足をとめたのだ。

 『おっ、と』

 あたりが急に暗くなった、その後に静電気が走るような音が鳴り響いてようやく二人は状況を理解した。停電だ。足音は急ぎ、やがて地下の最下部にたどりついたようだった。あたりの暗さと反対に、そこで赤く煌々ときらめく光を彼等は確認した。

 『あれは?』

 と先に言葉を発したのはケヴィン少年の方だった。閃光を発したのは、一つの場所だけではなかった。

閃光は空中に縦の円を描いたかと思うと、また別の光を放つ巨人の赤い光の一部を本体から切り離した。


 地下4階のその場、礼拝堂で何が行われていたか。それは顔面や、体中フル装備で只一人戦場で闘っていたジルでさえ、本当にはつかめていなかったのかもしれない。ただ彼女はベルノルトに援護をたのみ、その中で銃弾をさけつつも、ある怪物の左腕を切り落とした。それはある種実験的試みだった。

 『腕、腕……ハハハハ!!!腕ェ!!!』

 闇の中で赤い巨体はすぐに他と見破れるほど主張した。

 『お前、腕を切り落とした、お前、急所をはずした』

 そのわざとらしいわめき声に、ジルは確信をした。確信とともに、少し危機感を覚えた。その真っ暗闇の中では、ヒヒイロカネの結合がよく見える。というのも、ジルの仮面の細工のせいだったが、エスピィミアの仮面には、ヒヒイロカネがまるでCTスキャンを通した人体のようにその働きがよく見える暗視ゴーグルが備え付けられていた。ジルはひとたび中を舞うと、もうその様子を把握していたが運よくか悪くか世界の暗転によってまざまざとその突端を見る事になった。

 『無神経、大変!神経が通っていないのね』

 冗談をいいつつも、内心焦りもあった。4カ所、敵のコアは四カ所、それぞれが四肢に対応する形でヒヒイロカネのコアが存在しているらしかった。

 『がは、がはははあは!!』

 突然、敵は笑い声をたてた。それこそ奇妙な敵の策略か、はたまた気が動転でもしたのか、そのとき、どさり、と敵の体の一部だったものが物陰にかくれていたジルのそばに降り立った。無機質な物体のかたまり、それがかろうじて人体をもした骨と肉との機能をそなえている。それをつなぎとめていた血管にもにたヒヒイロカネは、やがてゆっくりとその炎を沈めていくのだった。


 ジルは、その場で怪物を一人で戦う事はたやすかったが、四カ所も同時に、彼女の専門的な知識を持って処理しなければいけないという事は、別のむつかしさをもった。というのも、たしかにジルがそぎ落とした腕は、敵の弱点とそれ以外とを分けるために役立ちはしたものの、急所を外したという理解もひとつ確かだった。残りは4カ所、怪物化したCLOには特殊な処理が必要だった。—―コア周辺部への冷却処理、その瞬間に真逆の超高熱での破壊。コアは人間でいう心臓ともいえる。けれどその四カ所、たとえば怪物もとい魔人化(ディアボロス)化した人間は対象部位を一か所でものこしておくと、その怪物化をとどめる事はない。そして怪物化—―そのものが意味することは、まるでゾンビのように、意思は異形のものとなること。つまりすでにソスランの自我は失われていて、機械的な何かと入れ替わっていると考えるのが普通だった。

 冷却処理のための装置は、すでにロム医師から、彼女は預かっていた。それは小さな注射器で、数は6ッ本と過剰なほどにある。だからその注射器を、あの怪物の最も効果的な部位に打てばいい事だ。しかし注射器は、もちろんその内容物の注入が終わるまで、破壊されてはならない。神経が通っているか否か、それは決して不利な情報ではなく、むしろ有利なものだ。けれど液体はその性質から、もっとも効果的でもっともコアに近い場所になるべくうたなくてはいけない。

 『この液体にふくまれているのは……』 

 そのとき、暗闇から大きな手のひらがジルの上半身を横殴りにになぐった。力いっぱい、まったくあてもなくふりかざしただだっこのようなつきが、一発ジルにぶちあたった。

 『ウワッ!!!??』 

 注射針のひとつめは、ジルが庇う形でかおをおおったとき、不可抗力で敵の右腕にはりついた。あとは中の無色透明の液体が体内からヒヒイロカネを分解して無害な原子へと変換させてしまうだろう。まるで錬金術の真逆の作法だ。そうしたものが、あの液体の正体。ナノマシンだった。 

 『いだああい!!!』

 敵は産声をあげる赤子のような声をあげた。残りは三カ所。ジルはあえてムチを宙にときはなち、それは重力にそって円心運動をし、落下する赤い閃光になった、その瞬間的は逆をむいてジルに背を向けたので、ジルは背後からしのびより両足に思い切り注射針を打ち込んだ。

『うごおああお!!』

 瓦礫や壊れた椅子の残骸で足をとられ、ジルは呼吸と溜息を大きくもらしたため、相手のひじうちがとんできた。

 『しまった!!!』

 そのひじが直撃といわいわないまでも、ジルの腹部をかすめたため、瞬間ジルは気を失いそうになった。その打撃で息を乱されたが、だからこそ敵は、ジルに追い打ちをかけようとした。その時だった。階段の上方から足音が下かと思うと、停電にきがついてその足音達がざわめく、ロム医師たちのまるでのんきな浮足立つ様子だった。

 『ジルさん!!』

 『ケヴィン!!!?来ちゃだめ!!』

 ケヴィンが発した足音が、戦場を乱した。けれど敵はその瞬間ひるんだため、ジルは思いきってひとつの注射針を敵に打ち込むことに成功した。


 暗闇に浮かぶのは、注射器が侵入していく両足と、破壊されて赤みを失っていく腕の様子しかし腕はおかしな音とともにその輝きを再び取り戻した。まるで小さな容器が破砕されるような音は、注射器が途中で止まったことを意味した。

 『足りない!!』

 ジルは地べたに降り立ち、相手の両手にもう一度注射器を打ち込む決意をした。せめて一か所、もう一度ナノマシンを注入する必要がある。でなければあの巨大化には、歯止めがかからない可能性もある。

—―魔人化(ディアボルス)――

 それは狂気の錬金技術。人がおよそ創造しうる人の魔を表す化身。想像の産物、創造と想像をつなぐ幻想。過去の人々が、ヒヒイロカネにその秘密を詰め込んだ。ヒヒイロカネは人間の想像通りの自分を形づくり、ときにそれは兵器として転用された。それはほとんど現代が否定しているものだ。だから歴史上、その技術は存在してはならなかった。それでもエスピィミアはきちんとそれをみてきたのだし、それが存在する現代をみてきた。けれど現代の人々は、情報にふたをする、現実にふたをする。あるいは幻想にふたをしている。この現在にいったいどれほどの幸福があるだろうか?もしくは不幸が、もしくは競争が、想像が現実を乗り越えたとき、人々はサイボーグ技術にふたをする事をやめて、平然と兵器として利用するだろう。だからエスピィミアは、そんな現実に物理的な手段をもって歯向かった。

 『ウッ……』

 右足が痛んだ。闇の中であるきまわったため、どこかで負傷したらしかった。痛みは確かだった。そしてジルは顔にふれた。瞳はやがて暗闇になれた。サイボーグ化人ならではの適応だ。もちろん人によることではあるが、ジルは瞳に特殊な加工をしていた。暗視作用ももっている。やがて眼が体や自分のしぐさをうつした。そして手探りで自分の体のあちこちを触る。

 『これは……』

 人工皮膚が、ただれて、顔の半分が機械の内部とそのステンレス製のフレームをのぞかせている。肌色のそれが、自分の性質をつげている。いくら古き血をもっていようと、こればかりはどうしようもない。普通の人の強みが、時に弱点に変わる。

 ——(私は)—―

 彼女は、二人めのジルだ。そんな事は、カイが告げるよりも前に、確からしいと感じていた事だ。なぜなら彼女は、すでにあの日、顔の皮膚の半分をやけどして、その痛みが止まないために、左半分をサイボーグ化して、両足も、手のひらも、自分の自衛のために改造した。その顔の痛みは、あの日の痛みだった。父も、仲間も、そして愛する人も自分の元をさった。けれど何よりも痛感していたあの痛みは、あの日、エスピィミア崩壊とともに死んでいた自分の痛みで、実態としても、そして敵の侵入に気づかなかった自分の痛みだ。その痛みは“二人目”である自分のほほにも、なぜだか記憶として残った。自分には、“ドッペルゲンガー・アーキタイプ”が見える、それは一人目の自分だった。

 『生きて……』

 もう一人の自分が、いつだって自分の眼の端に足をみせて、そうつげる、顔を上げると彼女は顔の半分を炎につつまれて、痛みを隠してこう叫ぶ。

 『生きて!!』

 《“ドドドン!!!”》

 現実とリンクした仮想現実に見とれている間に、巨大な怪物がもう一度自分の目の前にあらわれた。怪物はそれまで教会を支えていた支柱を両腕にそれぞれかかえてたったいまそれでジルを挟みこもうとたくらんでいた。

 《ぐはははは!!》

 【しまっ……】

 足の痛みが余りに鮮明で、彼女は感覚がいつもより遅れているのを感じた、けれど彼女は、そのとき敢えて意識を現実から遠ざけて、ふとカイの狂気を想いだした。

 ———どんなときでも、楽しくねー—―

 彼は、戦場で怪物といわれた、対して彼女は白鳥、ついたあだ名は名もなき諜報員。彼女はただ、父とカイとに守られていただけだっただろうか?答えは、ノーだ。彼女は彼女なりの立ち回りをわきまえていたし、それは実際ときにカイよりも奇抜な方法で生き延びることを許した。

 その手のひらから放たれたムチは、怪物の片方の手のひらにからみついた。

 《バヂンッ》

 【わはははははは!!!!】

 地鳴りのような怪物の笑い声にまぎれて、彼女はムチにぶらさがり、その取っ手を体と型にまきつけたまま、呼吸ひとつたてずに片方の手を思い切りひいて、ムチの勢いを利用した。敵が柱の間に何かをみつけてのぞき込んだ時には、すでに彼女は裏からその両腕に注射器をつきさした。

 【??ゴ……れは……】

 怪物の手の中、二つの柱の間には、ジルの衣服の一部と、くだけた注射器がと飛び散ったほとんど色のない液体がのぞいていた。


 しかし、同じ地下室内部にいて、敵の動静を見ながらジルは安心してはいられなかった。その両腕というよりも敵の両肩についた注射器が、敵の注意をひかないように、そのからだにしみこんでいくのを見なくてはならない。しかしジルはカイと違ってそんな統べをわきまえているわけではないけれど皮肉は一つもっていた。

 『こっちよ、マヌケさん!!』

 『!!!!』

 ふりかえる怪物(ソスランだったもの)その手からあるものを引き釣りだした。といってもそれは彼女の操るムチが取り出したもので、手から盗み取ったように見せて、実際そのムチの影に隠れて彼女の脇から取り出したものだった。

 『いい手品を見せてあげる』

 彼女はムチを両手でにぎりそのムチの突端から小柄な小動物を取り出した。——遠目には本当にそれは動物で—―けれどそれは小柄の鼠の人形、それはいつか、洞窟でケヴィンが見たものと同系のものだったが、それをその手のひらの、というよりムチの中ににぎり、それがとけていくさまをまざまざと見せつけた。

 『ぐぐぐぐぐ……子供だましを……』

 『そうかしら?』

 するとジルは、ムチをソスランのはるか後方になげて、ソスランにむかってこういった。

 『あなたにたりないもの、おしえてあげようか?』

 ソスランは、後ろにきをとられたりジルに目を奪われたりして、ほとんど肩の異物に関心がいっていないようで、ジルはしめしめとおもっていたが、油断はしなかった。

 やがて、何をおもったか、ジルは両腕からつけていた手袋もぬぎさって、ふと二人のはざまになげた。その瞬間、ジルはとびのった、それは彼の腹の上だった。腹の上にのった勢いで、ソスランは後ろにあとずさりして、壁に頭をぶつけてつんのめってあおむけになって倒れ込んでしまった。

 『ぐ……ぐ……』

 しまった、と思ったのもつかのま、幸いどうやら注射器はまだやくめをもっていた。ジルはその半分が体内に侵入したのをみると、あと1分近くの時間の余暇について、ある余興を考えた。すると彼女は何をおもったか、敵と額をつけあわせて。両掌で彼の顔を固定したのだった。

 『あなたの瞳はとても綺麗、あなたは……』

 怪物は、まるでカエルのようなふとい唇や、巨人のような頭蓋骨をひとたびしんと固定させてしまった。

 『けれど、あなたはカイと違うわね、だってあの人は、そんな風に静寂を許しはしないもの……あなたはあなたの身に迫る危険に対して意識を奪われ、もう私しか見ていられない、それがあなたの死因ね』

 『うご、うご!!!!』

 敵は首をふりほどこうとした、首をしめつけるジルの手のひらに気が付いて両手でそれをふりほどこうとてをのばす、しかし、何か異質なものがそれをさまたげている。

 『—―この手のひら、この手のひらをほどく方法をあなたはもたない、それは特別なユーモアだったのに—―』

 相手はおもいきり首をふったり、からだをねじろうとしても、体が微動だにしない、そこで相手もそれなりに工夫して、敵から情報を引き出そうとした。

 『お前……オレの……さっきの……柱……』

 しかし、徐々に肩の注射針がその容器をからにしていく。ジルの顔から満面の笑みがうかんでいく。

 『あなたは、私の魅力にかてないわね、あの人もそうしたらよかったのに、いいえ、あの人がそうしたら、私はあの人にビンタをしたかもしれない、だって私も、あの人とそうやってじっくり向き合う事はにがてだったから』

 ミシミシミシミシ、怪物のからだのほうぼうから亀裂の走る音がして、ようやく怪物は肩や両足の違和感にきがついた。しかし怪物はもがいた、そのもがきて、だしかにジルは掌をひきはがされるほどの衝撃と重さを感じたが、手のひらが一瞬、いや、引きはがされた瞬間にも、ソスランの首は微動だにしなかった。おかしい……おかしいが、ソスランはもはやどうする事もできなかった。なぜならもう自分には周りを見渡すめなどなかった。その時だった。ソスランはおもいきり足で地べたをけり、奇妙な、非常に奇妙な格好でブリッジのような姿勢をつくり、両手で地面をけって、たちあがろうとした。ジルは振り落とされそうになるのを両手でしっかりと敵のほほをつかんで持ちこたえていた。けれどもう、その呼吸や心音が乱されることも無視して、ゆっくりと敵の両肩へ手を伸ばした。注射器は震えながらまだそのからにささっている。ときどき殴打のような衝撃で天上にぶちあてられながらも、彼女はその針をさらにおくそこへとつきさした。やがて根負けしたように、怪物はブリッジの姿勢から、両手両足の力が抜けていくさまをかんじて、もはや一人でにそこへ崩れ去ったのだった。

 『なにを……した』

 ジルは掌を怪物からはがした、そしてまるで白鳥が空をとぶために、あるいは日光浴でもするかのように両手をひろげた。

 『ぐ、なにを……』

 怪物は、彼女の手のひらの、いいや、からだの下で静かに岩のようになっていく。彼女は最後にひとことふたこと告げようとしたが、そんな必要もないと見て取ると、その両足をようやくうごかした。その両足こそが彼の、怪物の首にまきつき、それを固定していた、怪物はとうとうその策略を見る事がなかった。彼女はようやく地面にたって、彼が徐々に崩れ去るのをあとずさりしながら見ると、知り合いらしき足音が近づいてくるのをきいて安堵した。まだ室内はくらいままだったが、ふりむきざまに、小声で怪物にむけてつぶやいたのだった。

 『もったいない、あなたとあの人の違いなんて、それほどなかったのに……戦場以外で、怪物であること以外には……』

 そういって彼女は自分の肩の髪の毛をすこしほどいて、かきあげたのだった。


 そのころ地上階では、一回のエントランスホールに、カイとラヴレンチが、いまだに律儀に向かい合って、武術の決闘をくりひろげていた。殴り合い、突きのうちあい、ほとんどただそれだけで、お互いが体力を消耗していく。肉と肉、胸と胸が打ち合う打撃が、お互いの士気を高めていく。そこに銃弾は必要がなかった。

 カイには勝機がみえていた。それは“エスピィミア”としてもそうだし、ケヴィンを助ける事から始まる一連の流れの中で、ナナシの街の出会いの偶然から、この戦いまで、ある種、運命的なものを感じていたからだ。

――《ダンダンッ》

 そんな風に銃声がした。拳銃を使いうったのはカイが敵のいびつな両腕をそらす時にだ、敵が蔽いかぶさるようにして両手をひろげたのをみて、そうした。強い音に敵は動体を検知する、サーモグラフのセンサーが、動く熱源を感知して、それは弾丸がはじく前に瞬間的に弾道を予測しはずれるようにかわした。

てをひろげたまま万歳のような格好になって、ラヴレンチは考えた。

 (おかしいな)

 敵のサイボーグの強みに対して、人間の肉体の脆弱性を補うため、その段階でカイは拳銃はすでに打ち尽くしていた。それを撃ちぬくのは、あまりにも生身と鋼鉄の体の力に違いがあるから。その差を埋めるために彼は温存される力をもつべく、維持すべくエネルギーの浪費を控えていた。だから銃声は、それだけのために鳴った。それも小さな、複数とは呼びづらいほどの数だった。

 巨人ラヴレンチはソスランのような怪物とは違うが、ラヴレンチとて体のほとんど、特に上半身をつよく機械的人体改造をしていて、そのせいでまるで、ドグ村の大人たちのような奇妙な動きをなせるようになっていた。その関節は逆方向にも微妙に曲がる。戦場では奇をてらったその動きに、一流の武術家ほどよく、騙される。ソスランはそんな自分の人体に誇りをもっていた。このように敵を相手にしても、ほとんど疲労を感じない。もちろん体には負担がかかる。そして、ひとつだけ後悔があった。それは、自分の生育がいびつだったことだ。祖父と父との軋轢によって、自分は歪んだ人間となってしまった、その自覚はあった。もしそれがなければこの決闘にさえ誇りを持っていどんでいたのかもしれない。とにもかくにも拳銃はそんな事で、カイが時折相手をひるませるために鋼鉄の皮膚でおおわれた両腕にむけられて放たれていた。よける事ができても敢えてよけない事もあった。熱源を感知するサーモグラフィセンサーは不調ではない、ただ違和感を感じていたのだ。

 《ズシャ・ドシャッ》

 肉と肉とがこすれ合い。ラヴレンチは敵の急所と呼ぶべき関節を執拗にねらった。ときにはおやゆびで、ときにはこぶしで、ときに平手内で、しかしカイはそれらを巧みにかわしたり、勢いを殺したりして、そらしたりしてその攻撃をいなしていた。そのさなかにいても、カイはひとつの疑問を抱いた。なぜ相手は、これほど卑怯な手を使うのか?それはひとつ、フェイント攻撃、ひとつ、急所を狙うにみせかけて別の急所を狙うようなブラフじみたこと、敵はいったいどうしてここまで“馬鹿正直”なのか、彼は戦いの中で、思考を巡らせた。日常にありあまり増長される思考は、むしろ仮面をつけているときにそ“制限”され、緊張は緊張で上書きされ、相殺された。そして記憶の中で、かつての“敵”との共通点を見出したのだった。

 ——蛇の入れ墨をした、憎き殺人者―

 彼が、少年時代の彼から幸福を奪ったものだ。

それと向き合うのに10年かかった。事件が起きたのは、5歳の自分だった。そのころには敵の見下ろすような、焦りと郷愁と自己への失望のような、——後悔と現実逃避のような――殺人現場で、殺人者がみせたその顔の意味がわからなかった。自分をすくったスリ師の男“ナゴリ”にも同じような兆候はあった。それは裕福で幸福な生活を送っていたものとは違う、また別の面をもつ――“視線”それだけで、社会における言葉や概念の役割を感じざるをえなかった。あの二つ、あの二人に出会い、学んだことがあった。

 “人はなぜ愛に飢えるのか?人はなぜ善に飢えるのか、人はなぜ、悪に手を染める事があるのか”

 それらの疑問のなかで、自分にはひとつつじつまの合う事があった。それはジルと出会う少し前から考えて居たことだ。人々は、暮らしの中で周囲を言葉と概念でうめつくし、定義する。しかしそれらのほとんどは無力であって、無意味ですらある。なぜか。そこに“べつの可能性”がないからだ。別の人生の可能性、別の才能の可能性、別の幸福の可能性、それらは奪われたままそこにあって、時折事故のように、人を傷つけなくてはいけない事がある。それは、幸福を奪われたものたちは、暗き過去に隷従し、それをぬぐい去る方法を探す。その規則こそが——《善い行いが変異してできた“悪い行い”》

 もはやそれにすがるしか生きる才能がなくなったのだという、“悪への服従”それこそが、悪としてこの世にはびこり、人を追い詰めるものの正体ではないだろうか?その物がなしい、幸福を奪われた愛や善や幸福な生活の行く末が、今ラヴレンチが持つような、この淡泊で一辺倒な憎悪の正体なのではないか、そう思うのだ。ただ、それと別に、ラヴレンチの動きは、カイとの間に対話を求めているような感じがした。カイはどこかで、自分のやり方が探られているのをみた。カイはカイの最終手段は、いつも戦いの最後のとっておきた。何よりも優れた攻撃は、それと同様の脆弱性を持つ。

 “バチッ” 

 肉と肉とがこすれ合う音。そこには人間本来の格闘術のしつこさがつきまとった。機械同士、サイボーグ同士の単なるの戦いでは、ラヴレンチにかなうものはそういない。ただひとつ、彼にも脆弱性が一つあった。純粋な挙動は予測できない、サイボーグ体ではないので、人工知能の動きを検出しても“ずれる”ラヴレンチは“相手の体の構造”をまだ勘違いしていた。


 

――運命的にラヴレンチは、あの時、愛に飢えた殺人者と同じ顔をしていたのを観測した。あの――成人して愛が奪われた事へ向き合うことをきめたカイがエスピィミア時代、やっとの思いで憎き殺人者を、幸福の破壊者をみつけたとき、犯人は別の罪で服役して獄中で自殺をしていたことをしって、図らずも悪に対する怒りのむなしさをしった、カイの——その答えを見出すような、孤独で空しい目。それは時に人をおびえさせるが、決して、カイをおびえさせはしない。それは欺瞞だ、自分もたまにその目をする事がある、だがそれはていのよいブラフだ。それは善い事をしようとおもっていたものが、追い詰められた時に放つ眼光に似ている。


 《ぐぐぐ》

 しびれをこなしたラヴレンチは、カイがめのまえにいるにもかかわらず、まるで腹に大きな荷物をかかえるように両腕で空をつかむようにそれを抱え込むような姿勢をつくり全身に力をこめ始めた。そのようすにあっけにとられて、カイは少し距離をとる。倒れているクローファミリーの構成員たちに足をとられてもつれながらも、少ない建物の支柱の影に隠れる。その支柱はエントランスの正面入り口に近いほうに4っつほど設置されている。

 《ぐぐぐぐう》

 やがて彼の背中から、歪んだ細い腕—―まるで機械的で、どこか昆虫の触手や節のついている手足がわしゃわしゃと顔を出した。それは限られた範囲の作業しかできない工業用のアームのようなうごきで、しかしそれぞれが独立した意思を持っているようだった。それと同じ時に相手はまがまがしい気配を漂わせて奇声をあげる。

 『うらああ!!あああ!!!』

 そのアームはそれぞれ独立していながら,同じ、敵の急所とその近辺を狙う。急所や筋肉の筋の根元、腱を狙う。時折関節とじん帯を狙う。それがラヴレンチの、そして死神拳(スーシェンチュアン)の使い手の常とう手段だった。それを狙えば普通、人間は徐々に体に負担をきたし、やがて動きが鈍るはずだった。けれどカイは、そんな素振りを少しもみせない、疲れさえ見せない。

 ラヴレンチは確かに、裏社会のマフィアの一員として身を置いた。けれど、たった一つの覚悟と信念は確かに代々受け継がれてきたものと同じ。それは武術を志した一般の人々と同じものだ。だから武術でとどめをさす。触手は、丹念に相手の急所をねらった。いよいよ勢いをつよめるそれぞれの体の動きに、さすがにカイも若干の怯みを覚えてすべての攻撃をかわしたりいなしたりする様子が弱まってきた。すべてに対して完全な防御を守る事ができなくなり、時折おぼつかない足元と、たどたどしいからだの重心をふらふらさせる動作が加わる。

 『グッ!!ギッ!!』

 悲鳴をあげる事はあっても、触手の一本一本を丹念にせいし、かわしそびれたものさえも赤いヒヒイロカネのナイフが切り取る。10本の触手は、やがてその半数をうしなっていた。 

 『得物を弱らせ、そしてとどめを刺すときにだけ、武器をつかう』

 それが“死神拳(スーシェンチュアン)”の本当の強さ。強い人間は、自分のつきつめた武術に絶対の自信を含む。けれどしかしどうだろうか、今対面する相手にはそれが効きそうにもない。すべての意図を見透かされている気にさえなってしまう。

 《私には、思想がある、父や祖父や――この国や機械天使の歌さえも持たない思想だ、それは私の美意識だ、それが壊されようとも、私の技術は残るのだ》

 もはや彼とて、全身全霊の気迫をもっている。やがて、その影はいくつもの触手を広げて、蜘蛛のような姿になり、カイをその視界にとらえたのだった。

 

 そのとき、丁度建物のブレーカーすべてが落ちた。その場に居合わせたすべての人間の眼前であたり一面は暗闇に包まれる。それは地下から響く大きな音によって電気系統が異常をきたした事を感じさせた。 

 カイはもはや、相手の呼吸を耳で聞き、その場所を特定していた。にもかかわらず相手は暗闇に目を光らせて、機械的な体を全身で活用して、赤外線で動く生命を検知し、そのくちもとはわらって歯ぎしりをたてていた。

 《ははははは!!》

 増していく金属音と、機械的稼働音。そしてこすれあう衣服の音や筋肉や骨の音。たしかに拘束で動くアームに対してカイは出来るだけ急所をさけるようにいなすために体を一瞬の緊張も許さずに用いていたが、そのあわただしさと対比されるように、カイの意識はまるで別の場所にいた。むしろあまりに純粋だった子供時代にも似た平穏のさなかにあった。それもそうだろう、彼にとっては武術はまるでスポーツやゲームと同じようなものだ、その先に現実の死があったとしても一体何を意味する事だろう。たしかに武術は力がものをいう事もある、だがカイの面白さはそこにはない、カイは、いかに面白い勝ち方をするかという事に価値を見出す。緊張を要する空間では、それがあまりに肩透かしの様そうを呈するために、まるで猫騙しのように、それが相手ての意表を突く事がある。今日の場合、それはカイが、わけもなくその胴体の中心、重心の中心を後ろ後ろへと引いている事に意味があった。カイが意識してか意識せずかはかかわりなく、この建物は奥になるにつれその天井が少しずつななめに、つまり狭くなっている。敵のアームは無茶な高速の挙動に加え、狭い空間でくしくもお互いがお互いの軌道を読み切れず、カタカタと時折ぶつかり合った。そのとき、一つのアームが、彼の胸元をかすめて行った。それは肩のじん帯を必要に狙うアームだった。しかし、いたたまれなくなった。自分が肉が力つきるより、機械のアームの消耗のほうがはやいだろう、自然の勘がとらえていた。

 『なぜ……こんなに執拗に』

 カイの胸元でふと音がした。チリン……怒りとは程遠い感情、写真の入った扉をつけたペンダントがクサリから落ちたのと同時に、それが一つのアームを受けたのを感じた。そのとき、ひとつのブラフを考え付いた。ペンダントの位置をかばうように、ヒヒイロカネのナイフをかざした。血のように燃える動体を検出して、ラヴレンチはその場所をついた。いくつものアームが、もっとも赤い心臓にもにた動体をつらぬいた。それと同時に、アームのほとんどは、3本をのこして砕け散った。

 そしてカイは体全体ですべてを感じた、暗闇そして音そして機械音、そのすべてがやっと彼を彼の鎖から解放して、率直な自分の意志をまた確かめる事になった。“この戦場をぬけだそう、彼女のために”戦場に関心がなくなるとき、カイにはこの世界とこの緊張のすべてが“ブラフ”のように感じられた。そのとき、ラヴレンチが叫んだ。

 『私は《パンドラ》にすべてを奪われた、私は《パンドラ》のせいで!!』

 カイはそれが、ケヴィンを誘拐した敵の理由だとしって、違和感を覚えた。つまりそんなことはいいわけにすぎず、すげかえにすぎない。彼の本当の理由は何だったのだろうか、彼は奪われた過去を誰かに取り換えてもらおうとおもったのではなかったか。カイの右腕が熱をうけて、焼けただれる痛みを感じた。そうだ、それが、

 『ぐっ』

 執拗に急所を狙おうとするアームを、その切っ先を焼ける刃でひきさいた。先程の衝撃もあり、ヒヒイロカネの刀の一部は砕け散って中にまった。彼は何を自分の信念としたのだ

 『ぐっ』

 執拗に急所を狙おうとするアームを、その切っ先を焼ける刃でひきさいた。先程の衝撃もあり、ヒヒイロカネの刀の一部は砕け散って中にまった。彼は何を自分の信念としたのだろう。今までいったいどれだけ自分の心を動かしたものがあっただろう。ある意味では彼とラヴレンチは同じだ。なぜなら彼も、過去に自分の少年時代をおいてきてしまって、それでも生き延びてしまった身だ。彼の右腕も左腕も、あまたある交戦の形跡をのこして傷ばかりになっている、けれど思う。こうして痛みに出会うことで彼は過去と向き合う勇気をえた。そしてその段階にいたるまで、ただ流れに任せて、最善の動きをする臨機応変でしかない彼は、やっと《敵》を見出し、敵を説得する気になる。

 呼吸がする、溜息をつく、そんな普通を、彼は選び、そして相手の目の前に突き立てる事ができる。多少の苦難で、多少の苦痛で、ただそれだけの事で、彼は掌の中に赤い炎をやどし、ただそれだけをもって、敵に立ち会う勇気を宿す。ただ、ブラフが多いだけなのだ。手のひらの中に燃える灼熱の刃は、彼の体を焼き切る事はしない、サイボーグとの適合性がないかわりに、強靭な耐熱性を持つ、--それは古い血によるものだ。——


 カイは思い切り相手の顔にパンチをあてた。その手のひらに赤い異物をひそませて、手のひらは今ひきさいた彼のスーツの布の切れ端で覆う。右手を被う布と赤い何か。その動作をしているうちに、薄暗い闇の中からよろめくような獣の気配を感じた。次の瞬間には、部屋中央に位置していたカイの体に全身から気配を感じた。あのラヴレンチの気配がしたかと思うと、彼は振り返る。あいてのつきが自分の顔面を狙う気配がした。準備ができていないところに、相手は薄い暗がりから姿を表した。万全の用意はできていなかった。それでもカイは足腰と腹に力をいれて、受け入れの体制をとった。

 《ここだ……》

 かすかな野獣のささやきが聞えた。ラヴレンチの声だった。ラヴレンチはけたたましい方向とともに、大きくとびあがり――3メートルほどのたかさから、ジャンプして、カイの顔面をねらいに思い切り一撃を加えた。

 「うがあああ!!」

 初めて、初めてカイに大打撃を与えたことを、ラヴレンチは実感した。しかし、その衝撃の中で、何か熱いものがカイの胸元でくだけているのを感じて、それと同時にカイは強烈なカウンターを返した。カイはなんとか相手の一撃が顔面に直撃するのを抑えて、その衝撃うけた“黒鳥”の仮面に亀裂が入るのを感じた。たしかに顎からななめに衝撃が顔面をはしってつきぬけていった。相手があとずさりするまえに仮面は割れてしまった。半分だけ残ったのを、カイは左手でつかまえていた。ラヴレンチは距離をとって、ふたたび同じようにとびかかるようにカイにおいうちをかけた。

 『ガアアッ!!!これが機械と人体との差だ!!!!』

 しかしその後の続けざまの相手の左手のつきは、カイを通り過ぎて建物の地面にささった。それが建物を揺らして、瓦礫の落ちる音がしたので。カイはそこに大穴が開いたのを感じた。地面に大穴があいた。ラヴレンチは、動体を検出していた、サーモグラフィカメラは、まだ動作していた。赤く飛び散ったヒヒイロカネがその邪魔をしたのだと、さとった。それはラヴレンチの巨体さえも地下の暗がりにおとす事のできるほどの大穴だった。

 【穴……巨大な穴】

 ふと、たちどまって意味ありげにそう考えるのも無理はなかった。カイの中での追憶。エスピィミア時代のあの日、エスピィミアが襲われて消滅したあの日。彼は最後にその現場に向かって、一番最後にあそこで何があったのかをしった。首都のあるあの町の、ほとんど中央の市外で、飛行船が炎上した形跡と、放置されたままの死体。大穴。そして、瓦礫をまさぐったあとにあったもの。

 『大穴……』

 あの場所には情報屋グループが通ってきたと思われる巨大な大穴があいていたのだ。今度は間違いはなかった。彼は、これが前から開いていなかった穴だとわかる。なぜなら彼は、ドブネズミのケネスに盗聴器と小型爆弾を仕掛けていた。それももう一週間も前の事からだ。今度は決して裏切られるはずもなかった。


 やがて暗闇の中でさえたちこめた瓦礫の噴煙が晴れると、カイは暗がりの屋内は光を取り戻して、ラヴレンチとにらみ合う彼は痛みを感じ、戦場の中ににさえ、教訓の意味を探した。この戦闘の狂気に彼は、ぎりぎりである感覚をおもいだす。それは失われた感覚で、取り戻したい感覚—―あの日、家族の死を認めた目は、いまだにたしからしい生の実態と意味をつける事ができない、もし痛みが意味をもつとすれば彼の過去の物語の中。—―カイにとっての物語はかつて愛するものを失った苦しみからきたものだった。―だからこそあれらの苦痛をだれにも味合わせないために、そして《敵》とよぶものにさえ、慈悲を感じ、対等の立場となるために、いずれ正義を知ってもらうために、彼は彼の中の正義をつらぬいてきたのだった。そうすれば、やがて本当に望むべき時代が来るような気がした。

 「うっ!!」

 叫ぶカイ!!追い打ちをかけるラヴレンチの突きを交わして、カイは前傾姿勢をとり腰を落とした、背後に感じる気配は、これ以上後退できない感覚をその時その場の彼に感じさせた。それは的中した――。

 ドンッ――ラヴレンチの放った一撃が背後の壁の一部を打ち砕き、えぐるような音を屋内に響き渡らせとどろかせた。何をおもってか、カイはその手のひらの破片を、相手の顔面に向けてとばした。それは本当に砂礫のようになってしまったヒヒイロカネだ。非適応者とヒヒイロカネの関係は、こんなふうに不安定だ。瓦礫は相手の肩をすぎてとびちり、一部が相手をかすめて、ラヴレンチの背後の地面ににつきささった。一瞥するラヴレンチは、今だといわんばかりに距離をつめてきた。

 『ねこだましか!!』

 怒りに任せて相手はラヴレンチの左腕をつかんだ、ただそれだけの事で、ゴキリ、とカイの左腕、機械でもない左腕にひびが入った。

 【ラヴレンチ、お互いに後退はできないな!!】

 そこで、いつかの噴煙が立ち込める、カイはその背中に常に前半戦で用いたブーツを隠し持っていた。

 【ウッ】

 その時、ラヴレンチも痛みを感じて目を閉じる。破片はカイの顔面が打たれた時に、彼は相手の右腕にと少しの亀裂を与えていた。そのことに気が付いて一度ラヴレンチはたじろいだのたった。ずさり、背後にひきさがるラヴレンチ。

 この状況で、いったいだれが何をしようとも、きっと本当に平等かどうかはわからないだろうが、ただそれだけの事で、カイは納得していた。敵のつきをみて、知って、その動きと力をみとめて、全身でうけとめて、反動として自分の右腕をふるおうとした。しかし、先ほどの衝撃でか、ナイフの取っては砕け散り、合金でできた刀身の末端が生身の手のひらを焼いていた。後には引けないが、まだ少し切り札がのこっていた。背中のバッグにくくりつけられ、左手でにぎられたブーツもその一つだった。それが彼の体を安定させていた。

 『これで、いい、バランスがとれる』

 (確信はなかったが、顔面に相手の一撃がはいったとき、右手にもっていた砕ける前のまだ刃のていをなしていたヒヒイロカネの一部が偶然ぶつかったのを、肉弾戦の折、どこかでカイは五感のどれか、感覚として覚っていた)

 その瞬間、ブレーカーが元に戻る、向かい合い彼等のさらに奥に位置していた両開き扉が開き、ゴオゴオと音をたてて、到着したエレベーターが開いた。そこに立っていたのは、クローだった。何をおもったのか、こんな戦場の真ん中に割って入り、きっ、と二人に鋭い目を向けたかと思うと、二人の間に拳銃をむける、しばらく棒立ちになり、ひとことふたことつぶやく、

「う、ううう」

 腕はゆらゆらとたよりなく、二人の中間をねらった、そして拳銃は弾丸を装填、その手からうち放たれる。その弾丸は誰も目標とせず、ただ弾丸はコンクリートに半分めり込んで壁に少しの亀裂をつくった。


 それがしばしの休息になった。クローは惚けたように、あとはただずっと二人の様子をみているだけだった。あっけにとられたものの、ラヴレンチも同じ様子だったのでカイはやがて、地面を全力を後方にけった。ラヴレンチとカイの二人はちょうど左右に分かれて距離をとった。間には壁も柱もない。まさに決闘にふさわしい最後の空間だった。左にずしりと構えるラヴレンチは、顔をあげる、みるとラヴレンチの顔面でその片方の目は、壊れて使い物にならなくなっていた。いくら機械といっても、物理的な破壊やそうしたものには弱い。ラヴレンチは気づいた。先ほどカイに打撃を与えたときだ。あのとき何かが起きていたのだ。

 『あの時……』

 少し前、ラヴレンチが顔にむけて重い一撃を受けたとき、カイは確かにそれと同様の反動を相手の顎、顔に加えた。それはまるでゴム製の物体が反動をもつように、ゆらりと相手の顎に痛みがはしったようで彼はかおをかばい、やはり胴体はバランスをすいなった。相手が打つのと同じ力で、ただ背中にある壁とブーツにささえられて、相手の打撃のスキ、最もちからの入らない胴体付近を右手でねらった。それもまったく似たような反動で、だからこそそれが成功するとも思えない攻撃だった。だがそれは確かに命中したのだ。鈍い音がしていた。

 【ドガッ】

 あのときカイがしたのは、ほとんどタックルだった。左肩も利用して、ラヴレンチが向かってくる方向に右腕をつきたてただけではなくて、ある力を利用して、相手が振るう力と逆方向の打撃を与えた。それは、すべてを込めたような一撃。カイは肩を相手に確かにあてて成果をのこしていた。その衝撃でヒヒイロカネのとってが砕け散ったか、ラヴレンチは目を負傷していたのだ。

 

 ラヴレンチが考え事をしたようで、動きをとめているのを影からみて、しめた!!という様子で、カイは全身に力をこめて、相手にめがけて突進した。しかし、ふいうちは成功せず、それはラヴレンチのすぐ横を通り過ぎた。助走が勢いを殺す事はなく、カイは足取りを不安定にさせた。ラヴレンチは今度はカイの動きをみとって、脇から背後へとそれをいなすような動きをした。彼は敵の動きをまねたのだった。それはまさに、カイの得意とするものでもあった。ラヴレンチが今度はそれを真似た。

【――ッ】

 二人の間に静寂が流れ、パキン、パキン、二人の間におかれた証明が明滅を繰り返す。二人の間には距離はほとんどない、一メートルほどもなかった。それでもラヴレンチは相手を見て、攻撃してこないように思った、だからこの明滅に賭けようとした。手探りだが、カイには反射の光がある。それは薄い光で、暗闇にさす少しの功名だった。首元のネックレスに残る部分が、鉄製の光をおびた。どこかで光があてられて、その照射が反射したのだ。どうやらロム医師がその手に持っているライトの光らしかった。

 『……なあ、相談があるんだが』

 ラヴレンチがそういうと、卑怯にも(戦場にそんな言葉は不要なのだが)しかし、相手(カイ)は何も考えていないような突進をくわえた。ラヴレンチがよけられなかったのは、カイ独特の間もあれば、彼の“とまどい”のせいもあった。

 ——自分は何をしているのか、自分は何をすべきなのか?

 現実からの逃避、彼が望もうと、望むまいと、それは常に彼の行く先の邪魔をする。感覚が、感性が、ごく普通に鈍さを持っている。けれど、こうした危機の中で、なによりもまず大切に思うのは、あの日々の事だ。

 ――(なぜ、あの女性、仮面をつけたエスピィミアの“ジル”といたときは、まるでひだまりの中のように温かく、どうして失ったはずの自分を思い出せたのだろう)

 過去をふりかえり郷愁に浸る意味はない。そう思っているのは、それより以前の過去に重大な亀裂を生じてしまったからだ。

 【彼は悪だった、自分から】

 しかし、成長の過程でカイもかわった。古い哲学は語る。“何かまちがって、結果的に悪を行うものがいる”“人は誰も、自ら進んで悪を行うものはない”

 哲学は常に自分の姿勢を示した。人より上でなく、下でなく、対等な議論の場だった。そして“仮面”

はエスピィミア時代、ジルとカイとの双方にいい変化をもたらせた。どんな状況であれ、とらえ方を変え、とらえ方によって自分の立場をよくするのは自分だと、かつて、ジルは追いきれない責任に悩むカイに、確かにそういった。

 カイは、赤いナイフを敵に投げつけた。

【フッ】

 それを今よけたばかりのラヴレンチは、それを体の中枢、重心の加重がのしかかるその中心にうけて体をよろけた。“灼熱(しゃくねつ)のヒヒイロカネ”のナイフは煮えたぎる。善と悪との考えではなく、それ自体が燃える意思を持つようだった。それを恐れて、ラヴレンチは避けた。

 (すまない、ダミーだよ)

 小声でいったのはラブレンチに聞こえるか聞こえないか、その瞬間、カイは敵に衝突した。

 『ガッ!!!』

 未だ相手は姿勢を危うくよろけさせ、それをよしとして、カイは呻り声をたてながら自分の片方かたほうのうでに、それまでつけていた仮面を持ち、それで相手の横面をなぐった。

 『フッ!!』

 なんで、平手で、こいつ!!もう長く戦おうと考えていないのか!!!!……そんな事を考えつつ、ラヴレンチは、もう一度ぐらつく体を姿勢をとりもどそうとした。

 『一度目』

  ラヴレンチがいう、明滅は二人に三度のチャンスを与える。ラヴレンチがもちかけようとしていたのは、同じチャンスを用いて最後の決着を付けようという合図だった。

 『三度だな?』

 そう尋ねると、入口付近の柱が均等に置かれた場所にラヴレンチがいるようだった。どうやらカイもそれを悟ったように距離をとり、建物の、柱の影にかくれ、ラヴレンチも同様にした。

 『三度目が勝負だ……二度目』

  明滅が二人の半端な距離感を、時折てらして、まるでそれは人間の機嫌や感情の起伏のようにわがままなものだった、そこで、ひと呼吸を見て、相手のくちにあわせて、カイが言葉をはなつ。

 『三度目』


 二人が同時に同じ言葉を唱えると、二人は互いに全力だ相手につかみかかった。すると同時に、壊れかかっていた照明がやっとその寿命を終えた。真っ暗な闇が当たりを包む。


 『ピキィンッ』


 一瞬、何がおきたのかわからなかった。だが次の瞬間

 『ボギィ』

 覚悟を決めたカイの一撃が、相手の機械の顔をあごからふたつにわけてしまった。これが最後の一撃だった。そのときまで誰も理解できなかった。その一撃が、本当にただ人体の働きによってえられた衝撃を利用しただけのものだったと。彼はとびこんでわきに入ってくる敵に対してほとんど自分の体を支えるだけの力を利用してその一撃を当てる事ができた、人間と機械との差は歴然としてあるし、ほとんど体力は限界にきていたのだ。それは確かに卑怯だっただろうか、カイはその稼働限界を迎えたボロボロになった足の機械式のブーツで、その脇を支え、突きの土台とした、それは例えるのなら、カイがこの建物とコンクリートを全身でうけとめて、その力を利用したかのようなものだった。カイはもうほとんど役にたたなかったブーツを履いて、右足に全力で力をいれた。

 カイは明滅の中でふらつく足取りをみて、ラヴレンチの保持したエネルギーがもはや限界近いのをさとっていたのであのとき、タックルを加えておいた。それは卑怯だが、カイ特有の“とまどい”における策略、彼がたしかにカイの軽いタックルさえも、その中心にあてられてよろめいたのを見て、カイは次が勝負だとこころをきめて。腹部と脚部に力をため込んでその追撃を敵に与えた。

 カイは機械は信用していたわけではない。それら一連の行動と反撃は彼が信じる自身のセンスがあったからこそしたことだ。ほとんど稼働限界を迎えて制御も、そもそものエネルギーをも使い果たす限界だったそのブーツに、ありったけの力をこめさせた。カイは右足でそれをはき、床につきたてた機械ブーツを思い切り蹴り込むようにかかとの部分に力をいれたのだ。それはそのブーツが作動する合図、勢いよくかかとから空気が噴射される。

 『ラヴレンチも捨て身でくる、今度が最後の勝負になる』

 ここからのすべては、カイの策略だった。死神拳の使い手のラヴレンチ、彼は常にその規則的な挙動によって、カイの弱点をねらった。それは腱や、すべての弱点にたしかに相手の攻撃は徐々にはいっていたが、カイはむしろ肉を切らせて骨を切るように、というよりさらに、骨を切らせて骨を切るように、それらの攻撃をかいくぐり、ときに相手の攻撃を受ける事によって、情報――ある事をたしかめていたのだ。それはある種彼の得意な余計な配慮のようなものだった。ラヴレンチに対して、“(アンチ)サイボーグマフィア”自分に対しての。

 しかしその配慮を相手は違う受け取り方をした、その刹那――ラヴレンチは、カイのそのクセをよみとった。たしかにある面でそれは正しかったがある面では間違っていた、だからこそ、ラヴレンチは勢いでは押し負けてきたのだ。

 カイのからだ、それも筋肉には疲労がたまってきていた。もちろんそれは【死神拳】の影響もある、なにより彼は生身であるから、生身の人間の疲労は器械の抑制や補助なくして限界は目に見えて存在する、それを超えて活動すれば、必ず支障がでるし、ひどければ怪我や重症ですまなくなる。

 【器械が予想する動きを、まるで動きを模倣する、そしてフェイクの動きをつくる】

 カイは自分の体から神経、全てに至るまでを自分の支配化におきながら、そのプレッシャーをとこうとした。ラヴレンチはカイの手や足のしぐさや“クセ”をすべて把握したつもりでいた。彼が足でリズムをとる、貧乏ゆすりをするときは、一度に神経を集中し、攻撃をしかける“サイン”――そう思っていたのだが、その時ばかりは違った。ラヴレンチの腹部からひとつのアームが伸びて、けれどそれはカイの腿をかすめた、——―ガチリッ―― カイは驚いたが暴発はしなかった、ひとつの拳銃が壊れた音だ、それを傍目にみる、腿で知る感触が、重心のゆがんだ拳銃の最後を感じ取る。

 【しかけにくる!!】

 ラヴレンチはそれがきっかけで、今こそ本気を出すと踏んでいた、しかしカイはむしろこんな動きをした。彼の腰からのびてくるアームをさらに、むしろ彼の動きにさからわないように、むしろ自分に近づけたのだ!!。それによってラヴレンチとカイは体と体がすさまじいスピードで衝突した。

 カイはそんな事よりも、こんな配慮をしていた。

 (相手は本当に顔のほとんどを機械化しているかどうか)

 そこでカイは相手に一撃を加えた。機械化されているラヴレンチの顎には、その器械部品の合わせ目がはいっていた。それはスキのないラヴレンチの体の唯一といってもいいほどに脆弱な部位だった。

 『う、うごけない、何をした……』

 ラヴレンチは、うなり声をあげた。同時にずりずりとひきさがり、壁に背中をあずけて、崩れ去るカイ。ラヴレンチも同様に力をうしなってあおむけに大きな音を立てて倒れた。ドタン!!!、すると二人はもうお互いの力がほとんど残ってないのを確かめるように、相手に探りをたれた。

 『いったい、お前の武術はどういう信念をもっているのだ……』

 しばらくおいて、カイはそれにできるだけ明快な返答を加えた。

 『お前と同じ事だよ』

 両方がやがて、お互いの力がつきたのを感じたとき、カイは偶然にも少し体の胸のあたりに熱いものを感じた。ぬいだばかりの役目を終えたはずの、もはやつっかえとしてしかやくめを果たさないはずのブーツが、ケリの衝撃をカイにつたえた。


 『!!!!』


 ラヴレンチは、建物を透過して空を仰ぎ見る、そしてしった。カイの動作や重心がまるで法則性をうしなって、最新型の機械ですらその重心や体幹を測定できなかったその理由。それは彼が機械を機械としてだけではなく、まるでモノのように時折つかったので、その動作に惑わされ、重心が特定できなかったのだ。そしてそれはまるで互いに反発しあうかのような挙動をしたり、かと思いきやアンバランスな重心を保とうとした。カイの挙動は不規則であり、不規則だからこそ、変則的な意味をもっていた。カイはその瞬間宙を舞っていた。ラヴレンチが立ち上がる最後の力を振り絞ろうとするのを見計らって、最後の一撃を食らわせる準備をしていた。もう意図さえもうしなったかのような、不安定で、美観のかけらも残らないない空中の回転だった。


 どさり。


 カイがやっとその酔いと回転の中でめざめたときは、ラヴレンチの胸におおいかぶさり、まるで素人のような最期の一撃を加える瞬間だった。体力をうしなっても、奇妙な挙動でカイは円を描いてその力をラヴレンチにぶつけようとした。ジェット噴射が機械ブーツのかかとから噴出され、その勢いをまかせたまるで体操選手のような左回りの横回転と、そこから腹部に、背中、肩、にすべての力をこめた、一撃のパンチをラヴレンチはうけとめ、満足そうに思考を停止させた。ただ、その刹那、カイがそばで発した言葉を聞き逃す事はなかった。

 『ジルは——、一度死んだ、一度死んだ人間がみつけた信念の一部があの子、お前たちがほかの子供と何もかわらないときめつけた“ケヴィン”その子だったのさ』


 やがてはるか階下での戦闘を終えた一部隊が、のそのそと小さな子供を率いて上の様子をさぐりにきた、丁度それが決着をついたところで、一同安堵し溜息とともに決着の末をみとどけようとしていた。ジルは胸元にケヴィン少年の肩を抱いて、手を少年の胴体へまわしていた。決してすべてがおわるまで離すまいときめた。

 ロム医師は何よりも男らしく、その二人の前ですべてを監視していた。それは行き届きすぎるほど行き届いていたくらいで。すべての発端と結末を誰よりも注視しているらしかった。


 ――それから数分の世にも醜い事柄の一部始終はこうだった。

 クローファミリーのボス、クローは、少年を見つけると、にやりとほほ笑んだ。それから地下からまた別の人々の足音がして、すると髪を振り乱した奇妙な女性科学者が、カイとジルたちの間、丁度階段踊り場とエントランスのはざまにたって、ビーカーのなかの緑色をした奇妙な液体を天に掲げた。それは緑いろで、一切の濁りもなく、ただ緑色の液体だった、女性は何事かを口走る。その挙動の一々が不気味で、まるでゾンビ映画のゾンビがここぞとばかりにくらがりからはいでてきたような様子だった。そして腕を振るわせてこう叫んだ。そのビーカーをななめに、その内容物をくちに運ぼうとした。

 【これは……CLOとCOAの解放役、封印された科学技術をひもとく鍵、私たちの希望……これはそう、機械天使のう……ッ】

 ドンッ、凄まじい音とともに、それをさけるべき人がそれを凝視し、そして自分の眼をではなく少年のめからそれをかばった。今白衣をきた女性科学者が居合わせた、全ての人間の目の前で弾丸に頭部、それも頬をうちぬかれたのだ。その理由も、きっとすべての人間に理解できるものではなかっただろう。打ち抜いたのは、クローファミリーのボス、クローだった。

 液体は地面をつたう、やがていつかジルがみたロケットペンダントが地面に転がっているのを、ジルもケヴィンも、ラヴレンチも、カイもみた。その液体は流れをかえて、つつつ、とラヴレンチの方向へひきずられていく。

 倒れているはずのラヴレンチとカイ。だがラヴレンチは様子をみて、何も思わないように静観して、ただ左手だけがそれに手を伸ばすようなしぐさをした。そしてラヴレンチは最後の力をこめて、その液体のせまりくるすぐ自分の体の側面をみて、左腕にすべての力をこめた。

 『うごおお』

 力をこめすぎて、左目の負傷が痛みをともなう、ぐぐぐぐ、うねりをあげる声は痛みを、そこに居合わせたすべての人間にかんじさせるほどだった。

 《ズッドオオン》

 やがてまるで機械的な動作で、重機機械がそうするように、彼の左腕は杭を打って、地面に大穴をあけた。 液体は悲しくも、やくめを終えて地下のくらがりへ流れ出すのみだった。


 ラヴレンチも、その時力なく体に残されたすべてのエネルギーを使った。そのためかれの頭脳には、修復不可能な傷が残った。――彼は絶望していた、けれど最後の一撃が、地面をたたいた暴力が、彼の最後の頭脳に、ある感想を想い起こさせた【この世界は、知らないものに対して買ってに名前を付けて、卑下する、だが……あるいは】

 思い出されるのは、あの激しいクーデターが起った村のその後、取り壊され、パンドラに吸収された末路。それは極めて支配的で、強権的で、妄信的なこの国の人々が、周囲の地域、社会、村々を自分の領土として主張を初めてからおこった。

 ラヴレンチの見たこの国の人々の心の内部にあるのは、浅ましさだった。浅ましさを隠すための、パンドラの夢。栄華を極める都市は、古くからのしきたりを守る若者たちの気持ちさえも変えてしまう。機械天使の物語、全てを憎んでいた。だがカイと少年には、別のものを見出してもいたのだ。敗北をしったあとラヴレンチは、《異質さ》をもつ二人に対して、その異質さが、その命を持つ限りは保たれるべきだと望んだのだった。だから地面に大穴をあけた。

 ——そして彼は力尽きて、命を終えた。


 ここでけたけたと笑い声が響く。そこに現れたのは、今死んだはずの女科学者――長い巻き髪を縦に貝殻のようにつきたてた、例の女科学者だった。地上階に、地下から這い上がってきたと思われるその人物の発していた足音の残響が残りひびきわたる。その人物の口にすべての人間が注目する、とそこから声が発せられた。かわききった、けれど潤いなど何ももとめていないような聞くものに対して、切迫した感情を思わせた。

 《タブー……なんて、ないのよ、あなたたちには、その恐怖がわからないの、人類の恐怖が——》

 やがて女科学者は、空のビーカーにてをのばし、それを自分で飲もうとするが空であることにきづき、地団駄を踏んだ。

 【こっちをみろ!!】

 その時、もう誰もが意識を背けていた建物の屋内後方から声がした。それはこのビルの背にあるエレベーターで、そこに坐っていた、クローの声だった。目を覆われていたケヴィンは、まるで皆のためとでもいうよにズボンの尻のポケットに手を伸ばす。それはある武器がおさまっていた。

 【こっちをみろ!!!これがどうなってもいいのか!!これは、《ゴースト!!》ゴーストだ!!】

 「見ちゃだめ!!」

 叫んだジルがケヴィンの体をそらす、しかしケヴィンは確かにみた。見たがそれと認識するよりも早く敵に対して敵意を向ける、それはまるで正当な悪意ある評価のように、皆を守るためというよりも、自分の正義を表すために、この悪意の集合体である敵の中心人物へと、少年の心は怒りを示す行動をとった。あの小鳥を打ち落とす時のカイのように。彼は姿勢を整えた。瞬間的な反応、脊椎反射のような反応だった。


 見た方向には、ボスクローが小柄な人間のぐったりした体を抱えている様子が目に入った。クローは、その人間のあたま、こめかみのあたりに拳銃を突き付けていた。

 

 

 ケヴィンも反応した。彼は階段をのぼりきったところで、薄い壁に隠れて様子をうかがっていたが、今ジルの中で、掌をのばして、ボスクローを指さした。ただその指にあるものが片腕からうつされゆっくりにぎられる。――拳銃だった。それは今ケヴィン少年の胸元ににぎられ、明確に敵意を表明する。

 【空虚な敵意、理由を無くした敵意、名前のない標的】

 その時、少年の胸にあったのはそれだった。カイがいつか少年のためといって命をうばったあの動物の、小鳥にむけたような空虚な敵意がケヴィンの胸の中にあり、それが鋼鉄を通して、トリガーへとつたわろうとしていた。それが本当にトリガー、きっかけとなる事は考えもしないで。

 傍ら空虚なのはクローも同じだ。ケヴィンの中で敵対心がうまれ、そして何邪間もなく彼の能動的な決意によって動かされた結果ならば、クローもまた表情をすでにうしなって、自分の未来への決意をかためていた。何かをつぶさなければ組織を維持できない、その感覚だけが彼の胸の中にあって、同じようにケヴィンに拳銃を向けようとしていた。仮面をつけたような機械的な顔面の装飾は、人工の作用によって再生された後の自我を示す。しかし彼は、救うべき対象を二つ、すでにうしなった。すでに誰のためにも生きてはいない、それだけが生きるべき理由で、死すべき理由だった。

 ケヴィンは目の前の悪意に対してそのとき、こんなことを考えて居た。(自分がカイの立場なら、平凡な生活をする少年をすくえたらわからない、ましてや普通だったら、自分のいる日常と、カイのいる非日常は関わらなかった、弱い人間を僕は救ったか?。けれどカイはさしのべた、彼が原因で混乱がおきてもそれはかわりない、彼は善意でそれをしたと、もはや疑う事はしなかった)

 ケヴィン少年は涙ぐむ瞳から、大粒の涙をながしていた。ただケヴィンはその記憶を堀おこして、似た感覚を夢想した。それはかつて自分の中で、もう一人の自分がうしなった正義でもあった。——なぜこのナナシの街にきたときに、自分は正義を失ったのか、あの日、初めて同学年の目に触れた時、この街から自分は排除しかけられ、歪んだ悪意にたいして自分なりの言葉を吐かなかったのか。自分は、そこで武器を手にする事を恐れていた、かといってこんな状況に置きこまれる理由などはなかった。

 少年は心から悪いものを初めて見たように拳銃を、マフィアのボス、クローにむけた。日常を、取り戻すべきだと、ただそれだけを願って……。だからこの不条理に対しては、力が必要だった、暴力というべきものが。


 クローは、狂気にまみれて、一つの人間らしき形をした何かの人型を両腕でつかみ、胸のところにかかげた。

 【こいつは……こいつはもう……死んでいるさ、あはははははは!!】

 ケヴィンがいくらないていても、それはもう動かない人間の死体だった。それも小さな少年とも思える死体だった。それがどんな意味をもつかさえも少年にはわからない、しかし必死でケヴィンはそれによって現れる自分の内部の恐怖をふりほどこうとした。



 しばらくすると、その前方に倒れていたはずのカイがむくりと起き上がった。その瞬間、反射的にクローはそちらに銃をむけた。クローはその拳銃のトリガーに手を伸ばした、銃口は彼の狂気によってぶれ、放つ先を見失っている。そこへ飛び出していった一人の小さな少年が、彼につかみかかってその顔を殴った。ケヴィンだった。


 その直後、ぬるりとクローとケヴィンとの間で起き上がる影があった。それはカイの影だった。


 その直後、クローは違和感をおぼえた。それはいつか、かつての自分が、偽善に満ちた親友を見ていた時のような……まだクローが若かったころ、何にも勝つことができなかったライバル、トムという青年がときおり競技と競争の場でみせた気迫ににていた。――トリガーをひいた。生と死、決して交わる事のなかったものがそこで交わった。この先でさえ、自分が醜くなってまで生き残る事だけが、トムへの勝利だった。そして自分への呪いだった。


 ―――“ズドン!!!”

 カイの左肩が打ち抜かれ、一瞬たおれるような挙動――とてもスローモーションな、しかしその瞬間にすべての血液が沸騰するような怒りと悲痛が全身を駆け巡る、その時、太い、そして微かな、しかし確かな声が響いた。そしてカイの意識は加速した。もっとも緊張にかられ、そしてもっとも冷静な判断が求められるときに、彼はいつも、そんな風に思考を加速させる。右足のつまさきがリズムをたてる。

 ——コン、コン

 それはジンクスだ。ジンクスは彼にとって“機械天使の物語”のような世界を束ねる意味を持つものでもなく、ケヴィンにとっての“機械天使の物語”の歌のようなものでもなく、ジルにとっての、“仮面をつける理由”のようなものでもなく、ただ単純に、自分の不規則に一定のリズムを取り戻す時のリズムであり、それは同時に音として吐き出すときに無駄なエネルギーを全て廃除するためのものだった。

 【あーあ……ケヴィン、お前はそうする必要はなかったのに】

 意識が加速する、相手の攻撃をかわすとき、ケヴィンが崖でしたように下腹部の力をぬいた。アドレナリンのような何かがでる。それは赤い血のイメージ、全身をかけまわる、自分の意志と反して、自分の力が自分の器を乗り越えていくようなすさまじい爆発的な想像が自分の世界を駆け巡り、自分の支配を乗り越える。

 ——そういうときの記憶は、カイにはない。ただ大切なものが何かに殺意の牙を向けたとき、カイは誰よりも苛烈な恐怖とストレスと、その正反対の、それを制する意思を感じ、そして“彼の過去によってぬりつぶされた平穏”を強く望むのだった。

 カイの呟きが虚空にこだました。彼はこういった。

――【平穏が欲しい。】

 どんな意味か?何を意味するか、そんな事は決して、ロム医師にもそれ以外の関係者にも、今のいまでもさっぱりわからない。ただカイは、ケヴィン少年の手のひらでおこったことが、少し想像と違った事がおきたので、落ち込みもしたし、希望を抱いたりもした。なぜならそれは、破壊的な意味でもあったし、創造的な意味でもあった。まるで親が子供に抱くような感情の一端であった。カイは、矛盾を抱えていたのだ。彼を救う事の意義を感じて、その一方で、彼を自分が救う事への疑問を感じていた。けれどケヴィンは、引き金を引かなかったものの拳銃をマフィア組織のボスに向けてしまった。そこでカイは、その意思を引き継いだ。

 「お前は、小鳥を撃ってしまったんだ、いや、撃つ医師をもった、しかしそれだけで十分だ、お前はお前の手の使い方をまだ決めてはいないのだから」

 気付けば、彼もまた涙をためている。その言葉の意味さえも、きっとカイ自身理解できてたかさえも、わからない。ただ単にその言葉に自分の逃げ場所をみつけて、全ての力を失ったはずの体は、体力を取り戻した。ケヴィンを守るという事の意味は、それ以上に、ケヴィンと対話するという事の意味にかわる。カイは、そんな究極的な問の中にしか、自分の真の居場所をみいだせない。――戦闘時のつかのまの脱力、その瞬間に彼は正義を取り戻す事ができる。人の見るものを裏切り、人の期待を裏切り、しかしその代わりに、彼は見えざるところで彼の本質を取り戻す事ができる、その格闘術。銃の腕。すべての技能は、彼が仮面の奥に隠している事それ自体に意味があるのだ、彼はそれを吐露するとき、悪に対して悪を吐露するとき、本当の自分になれた。――

 不敵な笑み、不気味な笑み、黒鳥の呼び名は、その場所からやってきた。アドレナリンの分泌が、古き血の制限を解除した。彼は誰よりも素であり、誠実な戦いをみせているつもりでいたが、誰もが不気味にわらうけたたましい彼の笑い声をきく。

 「フフ、……フフフ、ははははは!!!」

 ついで、獣のようなうなりと心音が響いた。

 「グググ、グゥフウウウ、ヴルウ、チ……チ……」

 ケヴィンとベルノルト、ジルの目の前でに、屋内一面をみたすような光、まるで瞬間の閃光のように、何者かの影が走った。その少し前に照明が落ちて世界が暗黒に包まれたのを忘却させるかのようなまばゆい光だった。それは室内の天井をはしったようで、それでいて地面を潜ってすぎさっていたようだった。誰にも、その破壊の当事者でさえも何がおきたかはわからなかった。ただ次の瞬間、ころがっていたのは、クローファミリーボス、クローのエレベーター内の死体。そして奇妙な女科学者の死体だった。それは瞬間的なことで、それが単に獣が引き裂いたようにみえた傷跡とともに、ケヴィン少年の手のひらをうえからなぞるような感覚があり、そこから二発の弾丸が放たれた。次に、カイの、確かにカイのモノと思える声がこういった。

 【牙には牙、爪には爪、敵を打ち破った……お前の敵を、打ち抜いたぞ……】

 言葉はどこか空想じみたこもった響きををもっていて、反響は小さく彼の喉奥その内部で響いた。

 【思い出したんだ、ケヴィン】

 拳銃は、ケヴィンの拳銃は、弾は4発、けれどその銃口は歪んではいなかった。カイのもののように歪んではいなかったのだ。それをいつのまにか、カイが手にしていたようだった。彼はもう、まるで別人のように目を真っ赤に光らせてそれを見破られないように少年に背を向けていた。


 嗚咽まじりにケヴィンを抱きしめるジンクスファミリー側の、ロム医師とベルノルト、そしてジル。その意味を誰もしらず、しかし誰もが知っていた。カイは部屋の中央で立ちつくし、そしてやがて、誰もがすべてを理解したとき、膝から崩れ落ちて行った。


 カイは、すっと立膝を立てたかと思うと、崩れ落ちていった。実は、拳銃はジンクスだった。曲がった銃しか使えないというのは、ロム医師についた嘘、嘘も方便という言葉もあるが、ロム医師があまりにカイの過去を気に病んでいたので、ロム医師の心象をよくしようとあるいは、プライベートな問題にあまりかかわらないでもらおうと、そんな“傷”をねつ造したのだ。ケヴィンを抱きしめた大家エメ、そしてジルは、やっとすべてがひと段落ついたのだとただ続けてケヴィン少年を温かさの中に包み込み抱え込んであたまをなでた。ベルノルトはそのときやっと、カイに抱いていた不信と嫉妬の意味をさとった。彼自体の優柔不断さは、また人を引き寄せさえするのだと。それが彼の才能なのだとさとった。ここまでの混乱は誰も予想が出来なかっただろう、ケヴィン少年の胸の中にあったものも、カイの胸の中にあったものも、エメとジルとの表裏の関係も、ただ、ジルはケヴィン連れ戻し抱きしめていた。 

 そんな中、ケヴィンは抱かれる胸の中で大人たちの行動の意味を探る。ただひとつ、本物のの誘拐の牢屋の中にドブネズミケネスが、勇気についてケヴィンに語ったことを今やっとさとった。彼は、自分の素性を明かす事はできないが、ヒヒイロカネは先人たちの勇気であり、僕らの希望であるといった。今ではその意味をはっきりと理解できないかもしれないが、ケヴィン少年は、こうして日常を取り戻したのだ。



 すべての事件が終わったあと、ケネスは、地下通路を通って、自分の“ドブネズミグループ”直属のボスに対して報告をおえたあと、恐ろしい事実を知る事になる。そこは限られたものしか通されることのない地下の優れてきらびやかな遠い昔につかわれたまま域された地下鉄道の跡地だったが、レールがしかれおおきくとざされた平たく円い円形の洞穴のかたちにそってつくられた扉を開くと、そこでボスが開口一番、こう口にした。

 「お前の背中、発信機と爆弾がついているよ、まあ裏切るつもりはないと踏んでいたのだろうが、もしものときにそなえてだろうね」

 ボスは老婆のようにこしをくばめて、老婆らしき声をだした、アンティークの時計の精密な内部のような装飾をほどこされたマスクをして、黄色いスカーフを首にまいている。そしててにはシンプルに秒針しかない細く小さい腕時計をして、そのほかにじゃらじゃらしたアクセサリーはない。それは部屋の中の金銀のきらびやかな装飾とは対照的なものだった。ケネスは背中に手を廻した。そして確かにその物質を手にしてこうつぶやいた。

 「本当だ」

 「いっぱいくわされたね“エスィピミア”に」

 情報屋の人物たちは、事件後、そんな会話を交わして彼等としての事件の決着をつけたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ