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ナナシのターミナル。

 ――6年後。 

 惑星エル中央大陸。ナナシの街は、パンドラの中でもここ最近活気がついているほうだ。首都にも近い事があり、人の流入や外国人の雇用も増えた。だから積極的に半機械労働者たちを雇用している事を国はアピールしている。そんなナナシのターミナルで、浮かない顔をしてターミナル構内待合室にこしかけている少女がいた。うすいそばかすと、物憂げなまなざし、けれど今も昔もかわらないゆるやかな背中の流れ、丸い肩。穏やかな雰囲気、それはその街を象徴するような曖昧さを携えた、優し気な少女だった。少女は彼をまっていた、大人になった。といよりも大人になりつつあるある少年だ。ケヴィン少年だ。

 今年19歳になるケヴィン少年である。少年はこの街、というよりこの国には指名手配のお触れがパンドラ国の警察当局より張り出されている。だから少年がこの国に滞在するのは二日間という事だった。少女は手の中に自分の気持ちをしたためた手紙をもっていた。その右肩が、風にゆれた袖口からあらわれたとき、“ウロボロスの入れ墨”が姿をあらわした、そこには苦悩に歪む男の顔があった。


 その待合室を傍目にみながら、20メートルほど距離をおいて、電話をしている青年らしき人物がいた。深くキャップをかぶり、その上で衣服はカラフルではあるが、フードまでかぶっている。ボロボロのダメージジーンズに、紺色のブーツをはいていた。その少年が微かに周りに聞き取れるか聞き取れないかの声で話ている。待合室とは距離があった。それはちょうど街の大きな通りの横断歩道の幅ほどはあるだろう。彼は小声で、しかし肩と腹に力をこめてさけんだ。

 『あんたとは違うんだよッ、あんたみたにそんなうまく事が運ばなかった、運命の輪は、あんたみたいにすべての事情を巻き込んで“偽善の風”をふかして男を見せる、ヒーローみたいな活躍の場は、誰にでも与えるわけじゃないんだぜ?、もとい、たしかに自分の腕くらい、今では俺も技術者だ、自分でつくれはするけども』

 少年はスマートフォンを左耳にあてている。声は少し反響して、自分の耳に戻った。その向こうからまるで歌うような声とともに、実際に唄う歌手の陽気なヒップホップナンバーがながれている。それは昨今流行のラッパーのものだった。

 《いや、おんなじようなものだよ、実際君は僕の手腕にまきこまれたわけだ、僕が彼女――君の“住まい(フォレストベーレ)”の管理人である彼女――ジルと元恋人関係であったことも、彼女が(二人目)であることも、この陽気な日差しの中で僕が元さやにもどったことも、ああ、二つ意味があるぞ、僕はまた義賊をやっているからね、こんなチャンスがすべてそろったのは自分の意思でやったことか?いや不幸だよ、幸運だったかもしれないが、どのみち僕はこの混乱を望んでいたわけではない、いやどこかではのぞんでいたのだろうが――》

 電話口の言葉が最後まで紡がれようとすることにうんざりしたように、首をかしげ、また上下にさげ片足でじだんだをふんでその言葉を遮る機会をうかがっていた。それが今だと言わんばかりに小声で、しかし低音をおりまぜながら相手方にむかって青年は叫ぶ。

 「カイ!!」

 思わずどなって相手の言葉にくってかかろうとしたケヴィンだったが、周りの目がそそげられるとうしろをむいて静かにあからさまに、そして律儀に口元を両の掌で覆った。

 「――とにかく、あんたとは違う、あんたみたいにめちゃくちゃな才能もないし、めちゃくちゃになった状況で冷静をよそおっているポーカーフェイスも俺にはない、どうしてだ?何でこの手紙がいけないっていうんだ!!??」

 無音である。 相手のほうもいかにも真剣である。なぜならその相手カイはというと、彼は彼は忙しく、大きな飛行船の内部にいて、今までの人生が、誇らしきエスピィミアが、そしていま傍らで大きなソファベッドにねそべり、すやすやと眠っているジルが、いかに取り戻されたか――すなわち《二人目》――であること、約束の決着がついてないため、あたらしく関係を始めるという決着をつけたか。すべては、エスピィミアの名をついだ覚悟によるものだ。カイはカイなりに考えたのだ。——あれからケヴィン少年がクローファミリーの関係者や国に追われる運命にあるのだと一番あわてたのはジルだった、なぜなら残党は未だにこのナナシの街、パンドラの国にしばりつけられている。

 あの日奪われたものは何だったか、カイはカイなりに考えた。義賊集団エスピィミアは、情報屋に売られ、そして組織内のごたごたによって無残にも崩壊した。それはまるで国のような巨大な組織や社会の崩壊とある意味では同等の意味だった。なぜなら義賊とは、そうした役割を持つからだ。カイは考えた。失われたのはジルだけだったか?いや、むしろ希望、それは彼の絶望からうまれた“悪意に内包される善意”という彼の正義を維持するための、希望だったと決心して、決して人を不幸にはしない範囲で“エスピィミア”となる事をきめた。その範囲で余剰分を盗み分配する義賊となった。

 そして少年と出会い、偶然にも過去と向き合い、その期待にそう状況になる事ができた。あれからもう6年。6年になる。大盗賊“エスピィミア”のなのもとに、まるで我が子のように育てて来たのがケヴィン少年だった。やがて立派な青年になった少年は、別の国で自分の手で生計をたてるほどの手に職をつけた。機械工学技術者であり。CLO,COA技師になった。おかげで彼はジルの体さえも彼がしこんでいるほどだ。

 (“自信のなさ”か、かつて、自分は思っていた、今のケヴィンのように自信がないわかものだったころ、自分の存在が世界に及ぼしてしまう悪影響について、考えて居た、自分の正義が、悪と、苦痛を分散させてしまうのだと信じていた、けれど今は違う、ジルが直接それをいったわけではないが、ジルは自分の存在を許してくれた)

 彼に何を伝えるべきだろう。真剣に考えた。カイは、一体何を、あの日失われた続きを演じようとする、朗らかな眠りにつつまれているジルに答えただろう、送った言葉は何だっただろう。

 「あの日の続きをしよう、君は一度失われた、そして僕も失われた、互いに失われた過去をもっている、そして新しい過去をさがす、新しい君の感覚とともに、もう僕の混乱に、縛る意味がないからね。」

 そんな歯がゆいセリフをはいただろうか。いったいその言葉のどこに彼の信念を潜ませておいただろうか?そう考えると、ふとケヴィンに送る言葉が浮かんできた。実際その言葉をはいたのだ。


 「ケヴィン、そんな手紙は破りすてなさい、飾らない言葉は、その場でしかうまれない、君の迷いの中で、そして決断の中で、そんなクシャクシャの偽物の手紙を渡すのかい?重要なのはこういう事だよ、国際電話できみが僕に話すように、相手の気持ちをきいて考えることさ、じゃゃあ、ひとつだけ忠告をさせてもらおう、それは君が大人になるための僕からの最後の忠告さ、――君は、君の愛する人の期待にかかわる覚悟があるのかい?——ただ問題は、それひとつだけだよ、今も、昔もね。」

 ケヴィンには苦い思い出があった。それはあの事件がおきて、ケヴィンがクローファミリーやその残党に恨みをうけたことで、アラベラに釈明ができなくなったとき、せっかく事件に収束がついたのに、アラベラに報告にいったとき、彼女にもうこの街を離れなくてはいけない事をつげた。二回目のビンタとともに彼女はこんな風な事を言って起こった。

 (しゃきっとしなさいとおもってたけど、今度の決意はやりすぎたのよ!!!!!)

 彼女は泣いていた。そうしてケヴィンはこの街を出た、彼は彼が殺した男の事を考える、彼が殺すはずだった男の事、そしてそれによって裏社会にたてついたあの日の、少年だった頃をおもって、右肩を抱いた。――その後、ケヴィン少年は祖父ヴラドの墓参りをして、その途上で、少女と待ち合わせをして出会った。そうして語られた少女への物語は、もうほとんどこの世の中に知る者はいない。当たり前の事かもしれない、それはすべてをしる少年から少女にむけたラヴレターであり、それ以外のなにものでもなかったのだから。ただケヴィンはカイに与えられた助言とともにひとつだけ思い出す事があった。それはどこかでナナシの街にきたときに、あの少女アラベラに恋心を抱いたことの理由。それはきっと自分の中に彼女ににた誰かの存在を確信していたからにすぎないという事は、この6年で理解したことだった。

 


 ロム医師の回想は、ケヴィン青年ががナナシの街、パンドラの国を再び旅立つ時に時を同じくしておわった。彼は無事に彼女――アラベラ――に出会う事ができただろうか。あの日、ロム医師に一体何ができただろう、これから新しく人生を選び抜く少年に一体何を伝えられたのだろう。ただ彼には自分の家族にその彼や彼等への愛情と同等の意味を見出す事しかできない。例えば触れられないもの、例えば知らないもの、例えば無関心なもの、それらへの家族と同等か、それよりも深い愛情と信頼をもって、彼は自分の世界を見て聞いて、そして自分の力の及ぶ限り維持する、ただそれだけの生活を誇りに思うことしかできないのだ。

 ただ、6年たつ今でも時折思いだす。少年は、少女は、そして青年とあれらの女性たちはあの心の空虚を埋め合わせるすべを手に入れただろうか?それが自分が家族に対するときの愛情のように温かみがある事を、切に願うのだった。


 ある海岸、停泊する飛行船の中で、岸部にたってその男女は、女性が男にといかけた。

 「本当に私は私なのかしら?」

 男は答えた。

 「過去は確かに存在する、不安に思う事はない、僕は僕だから、君は変わらず君だった、すくいのなく途方にくれたあの日の僕らに、僕はこういった、“僕らと君が選ぶ未来に祝福を”」

 『幸福を選び取る選択をする勇気、ケヴィンと私のことね』


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