ファラリスの決選前夜
3月15日ナナシの街の隣町ダシにて、その日、かつて雑居ビルにフロアごとに様々な店や事務所を構えていた小柄なビル、その屋内は騒がしく辺り一帯を仕切っているクローファミリー拠点内部では二日後に決闘をひかえすでに決闘のための準備がはじまっていた。決闘の申し出、三十数年も以前から伝わる、エルでの伝統的な行い、決闘をする場合には、双方の死の倫理は、双方にまかせられる。
《3月、17日、私たちのクローファミリー拠点、“コリュンバーン”にて、“罪人”たちの処刑舞踏会、そして、新しい我らの旅立ち、組織の大改革を行う》
仮初の大義名分は、時に多くの人間を引き付ける、それよりもコンシリエーレや、組織を統率するリーダーたちの注意を最も引き付けていたのは、コンシリエーレのセナだった。キリリとした垂れ下がったひとみ、暗い光彩が白い壁紙の背景とコントラストを決めて際立った。
地下3は、カポレジームたちの部屋だ。その背後に機械天使の首のない石の壁画をたたえ、そして、その目前に金色の縁取りのあるテーブルが、果物や、財宝をささげている。それらを背景に、スーツ姿の連中が整然と縦横に列をつくった。この地下3fは日ごろからボス以下の組織幹部、すなわち、カポ・レジームという構成員まとめ役と、相談役との会議所だった。しかし今日は長椅子、長机で整然で清潔然としていたその一室は、椅子も机もかたずけられ、男たちが中央にならんだ。そしておとこたちが怒気を強め何かしらの決起を行っているらしい。それだけみれば軍隊の練習か何かにも見えなくもない。
「うぉおおおお」
「おぉおおお」
血気盛んな、それも自堕落な、あるいは強欲な、若い男たちが一斉にさけんだ。日頃の鬱憤のはけ口をそこに見出したため、あらざるべきのどこにあるかを見定めるため。その勢いが、行きつく場所も知らず。ただ他者への信用に自分の地位をなげだしたのだった。
玉座には、クローはすでにおらず、クローは暗い地下の一室に、メイドたちとともにこもって、なにやら読書にいそしんでいる。
地下3F、彼にかわって派手に着飾ったガウンをきたスーツ姿の、王冠をかぶった、あの男、セナが変わりにその仰々しい真っ赤な椅子に君臨していた。さっぱりと髪をきり、7、3分けにした髪型と、男らしい太いあご、そして細い頬の輪郭、まるでキツネのようだった。
その日、ケヴィンとジルとカイは、廃拠点“ファラリス”にいた。早朝にもう3人しかいなくなった頃を見計らって、明日の予定をたてた。ケヴィンはその理由をしっていた。だからその記憶もあいまいなものになっていた。
《明日、皆でドライブをしよう》
会議の前に、リビングのテーブルに大人たちもまじえて、談笑した。どうやら明日この廃拠点ファラリスは空になるらしい、それも《17日の決闘》のため。その概要と抽象的な部分はケヴィンにもしらされていた。クローファミリーと《エスピィミア》は17日に、存続をかけた命の奪い合いを行うのだ。
その約束は、ジルにとっては意義のあるものだったが、少年ケヴィンにとっては、むしろ距離を遠ざけるものだった。なぜならその日も、ケヴィンはカイと大人たちの夜の会議に参加できなかったからだ。そしてその話を聞かせてくれると、カイが約束したのが次の日のそのドライブの約束だったからだ。
11月16日目的地はパンドラ西部“ヨルイの港町”、海に面した部分はそれほど多くない。カイが思い切って三人でといったそのドライブには、あらゆる意味がとらわれていた。
「ケヴィン」
「はい?」
「明日は大事な日なんだ、僕らは“大盗賊エスピィミア”だった人間だが、下手をしたら、ただでは戻ってこられないかもしれない、もちろんそんな事はまんにひとつもないのだが」
「はい」
ケヴィンにだって、だいたいの事のあらましや大人の世界の理の半分くらいは理解ができていた。ケヴィンは明日、カイとクローファミリーによっておこる“何か”にくわえてもらえない、それについてジルに尋ねると、理由もなくジルはケヴィンをビンタした。顔を晴らして、聞く事さえも許さなかった。けれど今日は前座席の助手席にすわってジルは静かに外を見ているだけだった。
「それだけが事実なんだ」
「……そうですか」
きっと、何が起るかなんて、子供の中でも想像できていた。なぜならもうクローファミリーの内部からは、助けはほとんどなかったし、ただいつか、どちらかが敗北を認めるまで、抗争は止むことがない、ケヴィンだってカイの事を責められなかった。
「カイさん、僕を救ったばっかりに……」
その一人事には、車内の誰も回答を持たなかった。
カイが運転する車は30分ほどいくと、その後20分ほどジルに代わってもらい、20分ほど休憩しまた元に戻りカイに変わった、車で走るまま二時間ほどが過ぎて、目を覚ますともう目的地に近いとカーナビが知らせている。そこは浜辺だ、やがて海辺の駐車場に車がつくと、第一声に大声をあげたのがジルだった。
「綺麗~~~~~~!!!」
鬱屈した気持ちが一気に跳ね上がり、その声が、いつからかケヴィンの脳内に流れていた、アラベラのあの懐かしく愛おしい声をかき消した。平然が何よりも幸福だということを、おあずけになった拳銃の理由をさぐることによっててにいれていた。
ジルは一人で浜までいったりしていたが、ケヴィンとカイは、見下ろせる堤防や灯台を歩いた。ケヴィンは、携帯端末をカメラ代わりにてにもっていた。カイはときどきケヴィンに海鳥の名前をいったり、釣りをしている釣り人のバケツの中身を解説していたりした。
ジルとカイが遠くで話をする様子を、時折距離感を敢えてはかりながら、カイとケヴィンの距離感や様子をさぐり見ていた。そのとき渉禽類の水鳥の走る傍ら、波の押し引きの合間に男女が何の話を交わしたのか少年はまだしらない。
『ねえ、あれからあなたは何が変わったのかしら?』
『あれから?それは君の救出劇?』
『違う、“あれから”』
『“あのとき、エスピィミアのおわりか”』
よせてかえす波の音が、終わりかける秋の感じをにおわせてつめたく乾いた音をともなって水しぶきをあげた。諦めたような、飽きれたような溜息をはいて、ジルはいった。
『“古いエスィピミア”の終わりね』
くすり、と左手でこぶしをつくってせきをするようにカイは笑う。決意はかわったか?カイに、言葉では出さないままに沈黙が圧力をかけた。ごほん、今度は本当にひとつ咳払いをして、カイはその場に自分の間を作り出した。
『君に答えられなかった自分は、君に見捨てられたのだと思う、僕ではない、僕は何もかわっていない、ただ、君が本当に僕に期待しているかわからなかったんだ、――あのとき“エスィピミア”の信念と向き合う覚悟について、本当は僕だけの覚悟の問題だった』
(心の空白を埋めるためのもう一人の自分にもよく似た存在、それがジルだった、自分はとまどい、ジルもまた戸惑っていた、けれど本当に空白だったのは、自分の過去だった、幸福だった中で不幸に見舞われ、自分だけが生き残って、幸福を享受する勇気が、もうなくなっていた)
ジルも背中でてをくんで2、3歩弧を描くように足を波打ち際を境界によせてあるいて、いった。
『“昔の私”なら、その言葉も今のあなたも許さなかったかもしれない、けれど、私が私でなくなったとかそういう意味ではなく、私はかわったのよ、実際の事として』
カイは背中を向けたまま背後にも目を向けている。尻目にみる少年は、いくらかさびしそうに、けれど満足気な笑みを浮かべている。いつか、亡くした自分が妹に向けてほほ笑んだその様によく似ていた。そこで思う。
(決して少年は自分を救いはしない、最後には、小さな頃の自分との闘いになると、けれどどこかで自分の中の誤解のようなものが、よせてはかえすなみのまにまにういてはきえるそんな気がした、それはケヴィンと自分が圧倒的に違うという事だし、本来自分の中にある空虚と、ジルとの出会いで生じた空虚がまるで別のものだという事も示していた)
血が飢えていた。けれど武力は使いたくなかった。彼の武力は、彼の知らない過去からの産物。文明の産物。ジルが見ていないすきをみはからって自分の指にヒヒイロカネのナイフを当てたが、血を流出させたりはしなかった。熱さも感じはしない。それは強味だがけれどそれが不気味だった。自分の古くからある苦痛、空虚と空白、その心の軋轢を埋めるものが、その唯一のものである苦痛が失われた気がして、心に重圧を感じて、肩に重みを感じた。鈍い感情が、ロム医師とケヴィンの純粋さを欲していた。けれどそれが、その不自由さが、自分が人間でありながら、人間ではないものの証拠であり、苦しい過去を背負う人間の証だった。
そして夕方。三人はおきへつきだしたコンクリートの灯台の根元、コンクリートじきの地面にねそべり、和気あいあいと話しをした、そのうちにケヴィンには、少し驚く事件があった。
「ケヴィン、俺の体は、ひとつもいじっていないんだ」
「!???」
「そういえば、あなたは“対サイボーグ人マフィア”であり、あなた自身がサイボーグだとはいっていませんでしたっけ?」
「そうさ、そういう事だ」
わけもなくジルが会話にまじって笑い声をあげた。
「ウフフフフ、彼は生身よ、ずっとね」
やがて話もつきると、三人で写真をとり、ジルとカイがもう少し夕陽をみてから車へ戻るというので、一人もどりながら、ケヴィンは浜辺でよりそい歩いている、肩を寄せ合う知らない過去の恋人たちの後ろ姿を、夕日とともにみてカメラのシャッターに押さえた。それが意味する非日常の芸術性を知るには、未だケヴィンの心にはまだ早かった。
クローファミリー“コリュバーン”地下2Fでは、赤い人間たちがうごめく、鉄の重い扉の奥に一室があった。ある男が白衣をきて、その《対象》の監視をつづけていた、ときおり鼻先をペンの逆側でこりこりとひっかいた。マルメガネが光を反射する、中の服装はラフでハワイアンなシャツだった。
「ゴォオンゴッォオン」
重低音が廊下、階下や階上にまでとどろく。
「ウゴォオ、ウゴォオ!!!」
巨大化して形をうしない、耳が小さくなり、まるで大きなカエルのようになった、2メートル程の醜い化け物が、ベッドにたてかけられた錆びた鉄板の鎖につながれている、その前に、科学者らしき若い男性が一人、用紙にメモを書いている。
「やはり言葉は……まだ、話せないか」
科学者は一人同じ場所で180度ひるがえり、
「もう、というべきか」
と言葉を放った、獣が縛られた板のその隣で、もう一人の異質な人間がいた。赤いからだをもたないものの、いびつな2メートル程の関節のない細い腕をもつ男、ラヴレンチだった。彼もまた同様に鉄板にくくりつけられた。
「あなた、の、ナマエ、アナタ、の、名前……」
ラヴレンチから吐き出された言葉は、隣にすごむ獣の脳裏に反響して、そして獣は言葉をはなった。
「ソス……ラン」
「ヒィィィッツ!!!よ、予想外だ!!予想外だ!!想定外の事が起きた!!!は!!!、博士に知らせなくては!!」
若い科学者は飛び跳ねて、慌てたおかげでもっていたペンと書類を落とした。怪物たちに背中をむけ、電気式の扉に暗号をそくざに入力し、重い扉が開いた瞬間、まだ開ききらないそのとびらをくぐって、その一室をあとにした。
カエルのような赤いからだとごつごつとしたうろこのような皮膚を手に入れた怪物は、あのソスランらしかった。
老いた科学者のレッサは、巻き髪の助手ユハンをともなって、ある一室で緑色の液体の様子をさぐり、その液体が科学容器にいれられて、チューブからチューブへ移動するさまをみていた。
(やはり、量産には時間がかかるのは仕方がない、いくつものヒヒイロカネが必要になるのだから、それも純度の高いものが必要だ……今のボスには、これ以上無理を言う事はできないし、はて、どうしたものかのお)
「博士、どうしたのですか?」
振り返ると、巻き髪の助手が、セクシーなはだけた胸元をさらけだして、レッサのほうをみていた。レッサは、セクハラばりにその胸元を凝視した。
「これだ!!」
バチーン!!!
すさまじい音で、書類と下敷きの餌食となった博士は、よろよろと白い髪の毛をちらちらとちらした。額には、摩擦でおきた火花が散っていた。
「なにが!!!これだぁ、だ!!このエロジジィ!!」
しばらくすると、一時間ほど、その状態に陥れた助手がそばにいて爺様の介護をした。その老科学者は足腰が弱い。
うなされながら、寝言をつぶやく。
「古き科学の結晶、私は、子供の頃から、人から憧れる……私は偉大なる科学者、私は不老不死を……」
助手はその手のひらをベッドのそばでにぎりながら、頬にキスをして、その場を後にした。
その後……深夜の出来事。“コリュバーン”深夜クローファミリーの構える雑居ビルの地上一階には、いまは使われていないが巨大な開き戸があった。その扉には彫刻がきざまれていて、それは巨大な虎の像だった。開くとき、3メートルほどある大扉の全体を、扉の中央部、開く部分を中心に顔が半分に分かれる。その扉の奥には今まではクロー専用とされていたエレベーターがあったが、今では、ニュンニュンと忙しく動きまわる、幹部たちに利用されていて、幹部たちはそのことを話している。
「これから、どうするんでしょうか、明日は……」
「さあなあ、すべては、セナさんの考えの中、頭の中、ってわけだ」
スーットエレベーターが地上階1階まで上り切ると、開いた扉の奥にセナがいた。
「ワッセナさん!!」
箱の中にのせられていたスーツ姿の2人組が、その姿に驚いた。
「何を驚いているんだ!!」
「な、何って、それは……あの」
振り向く二人の背後には、セナにそっくりの人形が、エレベーターの箱の一番奥に、台車にのせられているのだった。
16日、廃拠点“ファラリス”に帰宅したカイとジル、ケヴィン、ケヴィンは後部座席で長い事ねむっていた。だからゆりおこさないようにして、カイがファラリスの座敷部屋へおくったのだ。ケヴィンはすやすやと腕の中でねむっていた。まるでその様子を我が子のように眺めているのは、つきそうジルだった。
午後10時、奇妙な空白が一同の間に流れていた。ジルが考えていたのは、おそらくカイとの思いでだ。思い返せば思い返すほど、仮面を解き放ったのは、カイの人間性だと思う。二人とも、本当の自分を多くの人の前でさらけ出すことをきらった。それはサイボーグの体、COAよりも、内面のところでそうだった。表社会に自分の居場所をみつけられず、仮面の盗賊に身を寄せ、仮面をつけた性格のままで触れ合った。ジルは心を開いていた。カイは最後までどうだったか、ジルにはわからなかったが、仮面だったからこそ、普通じゃない生活がおくり、人と違うことに、違和感をもたなくなった。
ジルはカイによりそう、キッチンに微妙な空気が流れる。丁度ロムとベルノルトも拠点にかけつけたのだ。会議は中止となった、もっと朝方にする事になった。ロム医師とベルノルトは、庭にでたり二階にいったりして暇をつぶしたり、拠点の警備をしていたりした。その若い男女のために。
カイには、空白を何と表現する事はできなかった。長らくジルに顔向けできなかった理由はきっとジルが運命と事実を受け入れられないだろうと思ったからではあったが、カイは自分には、トラブルと危険が付きまとうものだと考えていたし、だからこそ距離をおいていたのだ。
ジルが何度もキッチンで手のひらをのばすも、肩をそらしたり、知らんぷりをしたり避けようとしている。
「何で……」
「僕には……」
「僕には守れない、そのセリフは5年前に聞き飽きているわよ」
微妙な関係の開きが、5年分、ここにきてのしかかる。しかし、二人はその夜、決選前夜だというのに、昔話を語りあい、ロムや、ベルノルトがいてもきにせず、たばになってダンスをしたり、歌をうたったりしたのだった。
ケヴィンは、少しつよめの睡眠薬を、海辺で飲まされたともしらず、ただ夢の中平穏無事な、あまりひろくない座敷の中、敷布団の上で、続いているはずの学生生活を満喫していた。
深夜のベランダ。ロム医師とベルノルトは、会議を終えてひと呼吸をおいていた。ロム医師は煙草をすい、ベルノルトカップにコーヒーをいれて飲んでいた。庭の大きな木にもたれかかり、ああでもないこうでもないと積もる話をしていた。
「なあ、お前はどうしてカイにそこまで肩入れするんだ?」
こうきかれると、ベルノルトはすべてを吐き出さずにはいられなかった。
「そうかあ、お前は組織が滅んでも、ボスと運命をともにするんだなあ」
そこが、クローファミリーとジンクスファミリー、ひいてはエスピィミアの違い。決闘はやはり、カイとジルとの決戦にまかされた。重火器の持ち込みは禁止されていたが、決闘者以外は禁止と明確にかかれてはいない。ジンクスファミリーからも、構成員をいくらかかしてやると、アデルから直直に励みをもらった。
決戦は明日。かといって、ベルノルトとロムはあくまでも外野である、結局作戦というのもカイの指示で、現場を臨機応変に立ち回るという事にとどまっていた。
“ファラリス”の明朝、会議のおしまいには、ロム医師はケヴィン補助し、ファラリスには5人のジンクスファミリー構成員が派遣されることがわかった。そしてケヴィンを救い手助けする方法も、アデルによってカイに知らされたのだった。
カイは、朝がくるまで眠る事なく、暖炉の前で眠るジルの様子をみて見守っていた。ジルもそのうち目を覚ましたりしたが、何度となくその肩に手をのばして、触れようとするものの、ついに朝まで触れる事ができなかった。
同じころ、ある男が目を覚ました。クローファミリーの地下でラヴレンチが目を覚ましたのは、いつかの幼馴染の呼びかける声が聞えたからだった。彼女は自分の目の前で、殺された。それよりも恐ろしかったのは、真実をしって滅びてよかった、あの村の真実をしったこと。
あの村の真実、愛すべきものを亡ぼす事が、村の古き戒律にに課せられた、最後の“通過儀礼”。
父は、それを知って、自分が愛すべきものを殺さなかった事を、正式な“立場”を与えられていないと、勘違いしたのだ。
【ラヴレンチの脳裏によみがえる記憶、村がよそ者のユアンと、実の父のアラドに彼が将来えるべきはずだった地位を奪われたときから、彼は、愛するべきものさえ、その手にかけて、いずれ復讐をするときめた、そしてそれは、このナナシの街でかなった】
もう2年も前の事だ、彼は久しい友人と出会った。
【よお!!やっぱりここにいたか】
「お前、今まで一体どこに、何をしていたんだ……??」
地下闘技場に、白スーツで現れたのは、クローファミリーの幹部になっていた、ドグ村の幼馴染、イビだった。
【みすぼらしいなあ】
—―ラヴレンチは、自分の影が一つ増えて、自由に歩き、そして、縛り付けられた鉄板のすぐ前を歩き、暗い部屋のロックをはずす幻影が見える。—―
あれは、ドグ村を追われ、やっとの思いで、ひっそりと思いを寄せていた幼馴染のミシャを逃がしたあと、相手は簡単に絶望をつれてきた。
【みすぼらしい、お前が、お前があまりにもみすぼらしいから、クローファミリーに引き入れてやろう】
「ぐっ!!」
そのころ、闘技場で最も地位の低い場所にいた自分は、あえて、能ある鷹が爪をかくすといわんばかりに、ドグ村に伝わる秘儀、武術を使う事を恐れていた。もしそれを使えば、きっと誰かに模倣されてしまう。
ラヴレンチの目的は、父が作り上げた村の秩序の破壊と再生。もっとも、ドグ村はすでに滅びかけて、クローファミリーのような、地方の闇社会の犯罪者グループを、あのときのユアンと、父が作り上げていると聞く。
焦りはあった。時間は限られていると思っていた。だからこそ、のんきに現れた幼馴染の放ったひところに怒りを覚え、そのときラヴレンチは、クローファミリーのボス、クローが直直に、そのコンシリエーレの一人となっていた、イビが目の前にいて、自由を持っていた事に違和感を覚えたのだ。そしてイビとクローは、闘技場で闘牛と戦い、へとへとになった彼の目の前にあらわれ、イビの口から真実が語られた。
【俺も裏切りものさ、だがお前のおやじたちとは方向性がちがってな、このグループにはいったんだ、仕方ないだろう?すべてが、もう混沌の中にあった、そして俺は混沌の中に、かがやくものをみつけたのさ】
【輝くもの……】
疲れ、傷つき、そして愚弄されたラヴレンチが見上げた先には、イビの革靴につぶされた自分の右手、そして勝ち誇るイビの顔があった。
【お前、覚えているか?いつかの喧嘩を、……“姫”は俺がもらったぜ】
静寂が1秒続いたあと、そこにあるすべてが“鉄のガラクタ”に瞬時に変化した。ラブレンチの中では、実際、その手の中で彼と彼女が、ミシャが、同時に滅ぶのと同じ意味をもった。
20の通過儀礼で、彼は本当は愛すべきものを殺す儀式を迫られたのだ、だが、彼はそうしなかった。そうしなかったその運命が、時を経て、その時まで持続され、彼の目の前に現れた。そう思った彼は、イビを殺し、そして、ミシャをも呪い、ただ村の復興だけを考えるようになった。
ただそこにコンシリエーレ、イビの後ろに立っていたクローだけが、静寂をきって、拍手をした。
《お前の流儀は素晴らしい、お前の武術は、すばらしいものだ》
【私は、破壊者、手に触れるすべてを壊してしまう……】
「私も、同じものだよ……ラヴレンチ、私のファミリーにきたまえ、ここではお前の思うようにやるといい、お前にとってパンドラは、私がいる限り、理想の世界の、楽園なのだよ」
ファラリスにて、午前4時をまわっていた、リーダーを務めるカイは覚悟を決めるところだった。一人廊下をうろうろとして、未だに外で見張りをしているロムと、ベルノルトをみる、ケヴィンは和室で眠っている。カイには目算はあった。アデルや、ジンクスファミリーは地域や国家と敵対しない、あくまでも必要悪としての自分たちの立場をよく理解していた。だから薬関係にはてをださないし、若い衆の面倒もよく見るのだ。それだけで、カイはジンクスファミリーを気に入っていた。よくいえば情に厚いのだ。
しかし、そこだけが同時に、自分の最期の居場所になるだろうと思っていなかった。その情さえも利用して、アデルさえもとりこみ、心の中の哲学を全うしたかった。
《悪人は、善行を行えるか?》
とりとめのない意識の中で、忙しい生活の中で、なぜ自分が悪へ依存して、時に正義を行うのか、そしてその優柔不断さが回りを巻き込むという事もよく理解していた。理解していたからこそ、
「不幸をたちきりたい」
そう、呟いたのだった。
午前五時、ケヴィンは一度、起きて廊下へいこうとしたが、何度も何度も立ち上がろうとして体に力ははいらなかった、まるで明晰夢のように、途中までうまく歩くのだが、また自分が眠っている事に気付く、その羅列が、時の経過に対する焦りと反対に、ただ繰り返されていた。
そして時折、何の意味だろう、平穏だった日々の中で毎日の規則的作業としていた、あさの、《フォレストベーレ》の庭の花壇の水やりを思い出す、大家エメが自分を呼び止める音や、階上から聞こえるアラベラの、機械天使の歌、そこは楽園だった。
夢のなか、スーツ姿の男たちが時折あらわれ、自分を襲い、連れ去り、または救う、その記憶だけが不快で、不可解だった。




