ロム医師の苦悩
それからしばらくして、ことは最大の危機に及ぶのだが……話しが前後する。ここで語り手たるロム医師の未来、すなわち今現在を見ておこうと思う。なぜなら多少、人が語る過去の話などというものは、時折嘘や誇張が入り混じっているものなのだから。この街“ナナシの街”ひいてはパンドラの人々がこの話を忘れて居ようと、この話は、経験した人々にとってはその人生において重要な出来事だったのだ。
—― “エスピィミア”“クローファミリー”“ジンクスファミリー” の事件にかたがつき、全てが終わった5年後の事だ。―時代は星歴2166年。ちょうど事件から6年が経過していた。1月21日次の回想者はロムではなくケヴィンだ、彼は今朝やっとこの街についた。飛行機とバスをのりついて、懐かしい場所へ、友達とも少し話ができたが、相変わらず忙しい。今では遠い西の大陸の、北の辺境ヨヘムという国の辺境ノヴォルグにいる。
バス停のすぐ傍、ナナシの街の限りなく西に、ある協会が建てられていて、ケヴィンはその裏口を通って、こけむした石畳の奥をゆき、ふるびた柵でおおわれた裏手の墓地が建ち並ぶ、木々に覆われた裏道にいた。表では牧師と信者が集まりをしていたようだが、寄り添うように墓地は教会の背後に並んでいる、生と死、祈り。
案内をしてきてくれたのは神父だ。ケヴィンはある墓石をみつけて、神父に目で合図をする、神父はすぐそこまできていて、ケヴィンに目で了解の合図を送った。神父は背後でケヴィンの整えられすぎて、むしろ神経質なほどに清潔感のある、シワ一つないスーツをみていた。その左手に花束がある。今日はヴラドの命日だった。あの老人は、5年前に亡くなっていたのだ。
「ここが、あなたのお祖父様のお墓でございます」
「いや、すみません、本当に久しぶりで順序を忘れてしまったんです」
「いえいえ、そうした方はよくいらっしゃいますよ」
ニコニコした瞳で、すこしも口角を下げる事のない神父のその鉄壁の表情が、どこかよそよそしさすらも感じる。もう数年前の事などおぼえてはいないのだろう。案内されるがままに、みっつの固まった墓地の区画のそのみっつめを奥にいったところに、後ろに隠れるようにその墓地はあった。それを見つけてケヴィンは先ほど、記憶がおもいだされてきたのを自分の中で感じた。
(あれだ、よく覚えている)
「神父さん、ここまでありがとうございました」
「いえいえ、また何かお困りのことがあれば何でも、私は表におりますので」
花束をおいて、墓参りをすませた。少しここでひとやすみしてから、帰ることをつげると神父はそそくさと協会のほうへ戻って行った。首元には十字架、もちろん機械天使のものだ。ケヴィンは自分がだしていたコピーと、あるいはだしそこねた手紙を掌の中にひろげた。
「アラベラへ、あれから6年がたった、僕らはもう19になる、そちらの、ナナシの街の様子はどうですか?」
書き出しはそんなものだった。ケヴィンはひさびさに立ち寄ったナナシの街で、ふいに訪れた墓の前でそれを読んだ。祖父はそこに眠っていた。もう2年も前の事だ。あれから、ごたごたがあり、ファミリーの序列や、パワーバランスは崩れた、そのせいでマフィアグループは半グレの人間や、カラーギャングなど下っ端の悪党を統率できていないという話だった。ナナシの街には、アラベラに会いに来たのではなかった。ただ、立ち寄っただけだ。アラベラが昔話をというので、ケヴィンは“例の罪”をナナシの街でお世話になったアラベラに捧げる事をえらんだ。しかし祖父の墓石の前で、ベンチにこしかけ、すこし缶コーヒーを飲んで落ち着くと、祖父のおちついた、そして温かい記憶がよみがえってきて、眼がしらがあつくなった。
「ケヴィン、次はいつ会える?また《あの時》の話をきかせて……」
ケヴィンは、この街において、もはや“かたりべ”としての地位しかもっていなかった、なぜなら彼は、もう5年前に大罪を犯してしまったのだから。———
―話しを戻して6年前の“ケヴィン少年誘拐事件”と“マフィア抗争”。ロム医師の記録するナナシの街のジンクスファミリーと、隣町ダシのクローファミリーの抗争、“ラヴレンチ拠点襲撃事件”、それがケヴィン少年の誘拐事件と関わりをもつことをしるものは少ない。
ケヴィン誘拐の後、ラヴレンチからケヴィンを取り戻す作戦に参加していたロムと、ケネスは、自分たちが担当していた陽動作戦の成功らしき事をみて、一足先に廃拠点ファラリスへと帰還していた。しかしくつろぐにくつろげず、緊張は体をめぐっていた。ケネスはたびたび、ほかの人間たちの安全を懸念するような独り言をつぶやいていたが、ロム医師はリビングのテーブルにこしつき、むしろいっそおちつきはらっていた。
脅迫観念に強いられるようなものだ。ケヴィン少年の“歌”と“アラベラ”との関係を想うと、いつもロム医師は憂鬱な気分にさせられていた。彼は人間や人間の人生についてふとはかなく、ふと無意味に思える事がある、そこで勇気づけられることが、医療だった、そして医療知識だ。貧しいものにサイボーグの体を提供する、闇医者の稼業の実態がそこにある。
「 ケヴィンは、無事だろうか 」
ケヴィンがアラベラに依存すること、いや、COAを持つものが、そのサイボーグ体をもっているがゆえに、繰り返しジンクスのように、ルーティンを求める事がある、それはある病気の事を連想させるのだ。
((アーキタイプ・ドッペルゲンガー))
サイボーグの体をもつものは、自分そっくりの幻影をみて、時に会話をする事さえある。その初期の症状が、ある行動への脅迫的で執拗な依存とされている。
さかのぼること、30分前、東区の果てでダシの街の雑居ビル“コリュバーン”と名のあるビルの下で、ボスクローにつきそわれ新しい腕を手に入れたラヴレンチは、地下一階の拠点にてよびだされ、ボスクローに背中に励ましや背中をおされ、それまで経験したことのないような温かい言葉をうけた。
かいつまんでいえば“エスピィミアと対決せよ”というボスの申し出があった。
そこで彼は親指をかんだ。そのしぐさも、彼が執拗に必要とするジンクス。いまだ誰も知る事がなかったが、彼は戦闘に入るまえに必ず親指の爪をかむ、それが爆発的な集中力をもたらすルーティンだった。
もちろん、ケヴィン少年を“エスィピミア”に奪われた事は板でだったが、それでもファミリーの中心人物、それもボスから励ましをうけたことは、少し彼の心のささえともなった。
指をかむしぐさ、それは安心からきたものだ、戦いの中で、ジルが自分のサイボーグ体である指を落としたことでそれが不可能になったため、洞窟の主は狂乱し、みじめな姿をさらして、ふたつの鳥を取り逃がしたのだ。それをしって、しかし責める事もせず、クローはラヴレンチにもう一度チャンスをあたえた、クローの思惑などわからなかった。けれどコンシリエレのセナにもわかっていたことがある。クローは錯乱状態にあった。ファミリーは、首の皮一枚でつながっていて、敵意のピントを何かに合わせる事でしか、この集まりは維持できない、クローも直感的にそれを察していたのだ。
「もともとアンダーグラウンドの集まり、つまり烏合の衆であるわれわれには、つねに敵意をむけるべきものや、集中すべき内部のごたごたが存在している、その燃料をもとにつながっていたが、クローが不調で不可解な言動をとり、身内に甘くなりつつある今、注意はエスィピミアやラヴレンチにむけられていたほうがいい」
午後8時、会議室にてセナと、数人の幹部の話し合いで、そう話がついたところだった。幹部連中は肩を落とし、あるものはそっぽをむいてスマートフォンを操作し、あるものはとなりの人間の髪の毛をいじり、ひっこぬき、あるものは考え事をするように頭をかいていた。幹部連中ですら、セナの有能そうなそぶりだけで首の皮一枚で組織のつながりをたもっているようなものだった。
8時40分、廃拠点ファラリスでは、ロム医師と暖炉を囲って、向かい合うケネスは新聞をひいて、暖炉内に鉄板をひいて、魚や芋やウインナー、チーズをいれてやけるのをみていた。やがて外で物音が響くと、ロム医師が真っ先に庭へ急いだ。その手のひらには拳銃がにぎられているが、ケネスは時折暖炉をみたり、玄関へむかうロム医師をみたり、しかしロム医師の握っている拳銃が、玄関でなげすてられたのをみつけた。不安になったケネスリビングのガラスドアにつけられているカーテンを目いっぱい開くと、そこには何人かの男とそして女性が、だきあったりてをとりあって笑い、こちらをみてほほ笑んでいるのをみつけた。ジルとカイ、ベルノルトとケヴィンの無事な姿がそこにあった。
11月13日のファラリスの庭、幸福な生活がその日からもどってきていた。鳥の声がにぎやかに響いて、屋内でも変化がもたらされた。激戦から一夜あけて、リビングで固まっていた人々がぽつりぽつり目をさました。昨晩の事は皆の中でひとつ明るい行事となって記憶されている、昨晩、面白おかしく騒いでパーティをおこなった。それはエスィピミアとしても、そのファラリスの一団としても、珍しい初めての行事だった。しかしその残骸として紙コップに紙のサラ、空き缶や調味料の残骸や庭用の折り畳みテーブルに椅子が配置されたままになっている。室内も、リビングにビールや酒やつまみが散乱していいてた。昼間際ケヴィンはむくりとソファでそのままねていた姿勢からおきあがる。大人たちがリビングの床でねていた。久しぶりに遅くおきたので準備をしていたが、ランニングにでかけるカイの姿をみて、急いでかおをあらい歯を磨外にでた。
「カイさん、まってください」
「ああ、ちょっとまつよ、ほら、きて」
呼びかけて、応答があっても彼が一向にペースを落とさないのをしっている、ケヴィンはここでカイに買ってもらったパーカーに短いデニムをはいて、軽快に少しずつその走りに合わせて急ぎ足になった、玄関をでてからも少しも休まることはなくて、荒い息は、呼吸を整えるタイミングを教えてくれない、けれど、すぐ前の、玄関前のそれなりに開けた木々と草木の間にでると、カイが目の前にはしっていた。いくらか遅れてでたせいで距離があいていたが、カイは特段きをつかうでもなく、ケヴィンはそのせいで、死ぬ思いをしながら早いペースにつきあった。
「やっとおいついた」
「やあ、きたね」
ケヴィンは、イヤホンをしていてランニング中にもニュースやインターネットのコミュニケーションアプリを目と耳でチェックしていた。10分、20分もすると景色だけにもの寂しさを感じて、携帯端末から現実のあらゆる情報を獲得しようとする。
「アダム※(人工知能アプリの名前)今日のニュース、トレンドをおしえて」
しかしそうするうちにも一つの疑問が浮かんでくる。となりにつれそってケヴィンとランニングをするカイは、もう毎日の10キロの半分の往復をおえて、ケヴィンにつきそっていたが一切そういうものをチェックせず、早朝に毎日新聞と音楽とだけをチェックしていた。彼はランニングに集中したいのだろうか?
「どうして、カイさんは音楽やニュースに興味がないんですか?」
「……?」
「カイさんは、確かに新聞や雑誌はよく見るけど、好んでインターネットはみているのを見たことがないです」
少し考えて、苦虫を噛むようなしぐさをしたカイ。ケヴィンは、その運動のうちにも、助けられた事をおもいだしていた。だからそんな言葉も、簡単に記憶の中からひっぱりだした。平凡な日常の鍛錬やランニングと比較するとあまりにばかばかしいことのようだが、ケヴィンは昨日、鳥になったような雲に触れられそうな高さと今より長い距離を“飛んで”いた。カイの脇に抱えられ、文字通り。鳥になったような感覚で、カイに助けられた。彼は足を機械化していたのだ。
彼が生活の基盤にインターネットをおいていないのは、そうした彼の“サイボーグ事情”からすると一種奇怪におもえた。けれどカイは、諭すように、余裕な口調でこういった。
「君は、君がさらわれた日のニュースを、いろんな形で発信されたのをみただろう、その中には、ただたんにことを面白おかしく自分が目立ちたい人間もいる、またはインターネットであれば、匿名であることないこと語り掛けてくる人間がいる、ケヴィン人が自分の事を語らず、知りもしない人の事を語る事に何の意味がある?無意味だよ、そんな事より自分の状況のほうが何より大事じゃないか」
どきりとした。たしかに自分もそういうふしはあった、時間や暇つぶしに、あてどない情報の中から自分に有用なものだけを探そうとする、そのうち情報にもまれて自分が何をしていたか忘れてしまう。ケヴィン自身の誘拐事件に関しても事件としては興味をもたれているがケヴィンの事を本当に知りたい人がどれだけいただろう?そうすると、このマフィアのカイのいっている事は一つの正解にみえた。それあ、以前に感じたような直感的なものとは違っていて、たしかに自分を救ってくれた人間に対する、その能力をたたえるような正確な状況だった。
ランニング中だからこそ、聴ける事だった。きっとカイは、自分の信念にもとづいて最低限の情報や事実を自らの手で精査するのだろう。
(カイさんは、僕のように理不尽を経験したんだ、ラヴレンチさんの言った事は、どこかで間違っている、あえてあの人がその間違いを理解しているのに、カイさん悪く言ったようにさえ今は思う)
きっと小さな頃、トラウマに巻き込まれた彼は、そんなものを見る余裕なんてなかった。当事者になってわかるが人間が衝撃的な“事件”にまきこまれたとき。その感覚以外に確からしい事なんてあるのだろうか。“衝撃”“苦痛”“悲痛”それを埋め合わせるために、人の悪いうわさに耳を傾ける事に何の意味があるだろう。
そんな言葉に耳をかす余裕なんてない、いつも“敵”を探すまでもなく、解決すべき問題が自分の目の前にある。ランニングが中盤にさしかかると、ケヴィンは自分らしくない事をしようとおもった。今でしか感謝の気持ちが伝えられない気がする。昨日のもっと早い時期、カイは確かにたすけにきてくれた。
「ありがとう?」
「えっ?」
カイは本当に意外そうな顔をした。
「初めて助けて下さったときも、晴れでしたね」
誉め方が照れ隠しのようだったので、カイは苦笑していた。ランニングは続いていた。“ファラリス”で時刻は10時を迎えていて、ジルが今日の料理担当だというので、ケヴィンとカイは安心してランニングを続けた。下をみれば、舗装もされていない獣道、遠くをみれば、ナナシの街のにぎやかな都市部が目に入る、ケヴィンは遠くをみたり、近くの小さな山々をみて、ランニングの暇をつぶしつつ、記憶を整理していた。昨日、助けに来たカイは、足をつかって、まるで鳥のようにとびたって、自分たちを再び“誘拐”した。間違いなく彼は、サイボーグ化した人間だろう。対サイボーグ人マフィアと言われる人間が、サイボーグだったなんて、どこか矛盾を抱えながらも、底知れない彼の能力と才能に、自分が取り戻すはずの明日の事を考えて、時折眩しい太陽のほうをみつめては、眩む目をとじて、まばたきを繰り返した。
そのあとケヴィンは拳銃を扱う練習を廃拠点の庭で稽古に励む。その間もケヴィンは考えていることがあったが、にぎやかな日常に何度となく記憶をけされかけてしまった。電気ケトルでお茶やコーヒーをついで、彼らのリビングにもっていく、そのうちに一つ思い出した。11時前のことだった。
午前11時、朝食をみんなで囲い、わいわいとしゃべる中で、カイが一瞬トイレに席を外した瞬間に、よく耳と目をすましていたケヴィン、その日はなぜだか感覚が優れて鋭かった。
「いやあ、二人とも何もなくてよかったよ、ただ、ケヴィンは、カイのお気に入りさ、君は彼によくにている、というより、むしろ幼少期の彼によくにているんだろうね、同じ体験をしたから、わかりあえる事があるっていうか」
「あっ」
朝食のサラダと、豆、それから魚をさらにとって食べていたケヴィンは、そこにこの先の自分の未来が見える気がして、少し咽がわけもなく乾いていくのを感じて、一瞬その手を止めたのだ。
そして場所は同じく“ファラリス”にて朝食後、ケヴィンは一人その後、落ち着いた心境で庭にいて、少し読書をしていた。カイやベルノルトは同じように庭にきてその様子をちらちらとみていたが、特に促されもしなかったので遠い景色をみて目を休めつつも、目の前の文字のられつを失われた日々を空想するようになぞった。洞窟の中にあった空腹と苦痛は、もう思い出す事もできなかった。少し前から考えるとその喧噪はどこか遠く知らない地のの誰かが遭遇した人生のさなかにでくわす苦境のように思える。
——その時、カイのもとへかけていくジルの姿がみる、この時の2人の会話はケヴィンはしらない。
【なんで、“情報屋”を信用してしまったの】
――不穏な空気が流れた。
【そうやってあなたは、一人ですべて決めて、私たちが巻き込まれるのを何とも思わなかったのね、だったら、あの時だって、私を突き放す事はなかったのに】
カイは何も返さなかった、ただジルが泣き出しそうになったときやっと答えた。
【味方にできる人間は、多ければ多いほどいい、けれど今回の事は僕にも予想外だった、すまない】
カイは、ジルの肩を抱いていた。ジルは、ケヴィンの事や今度の事をうったえていたが、実際は今の状況があるので、どこかでカイをゆるしながらなんどかこぶしてその胸を叩いた。カイは、ランニングの後でラヴレンチがケヴィンをそそのかして、またロム医師とのこのケヴィン奪還までにあった衝突の中であったことも考えた、“自分が望んでいたことであっても、自分が運命をもたらしたわけではない”しかし、それはケネスの件とはまるで別問題。ケネスを手ぶらで何の疑いもなく受け入れた、少なくとも、現状そうなっていることには、自分が間違っている。下種な考えを、それを言いたい気持ちを喉から出そうな言葉を許さなかった。
ただその代わりに訪れたのは、空腹や感情の浮き沈み、毎日の規則正しい時間の流れ。それは、音楽をきいて紛らわせようとしたが、アラベラの声や学校生活の記憶とともにあった。
(何か、足りない気がしてしまう、考えないようにしているけれど)
祖父のヴラドの事も気がかりだった。彼は人の心配に心をうたれ、その倍は人の心配をして返してしまう。だから心のざわめきは、自分に対してのものではなかった。
(おはよう)
(おはよう……)
忙しい日々のよりどころにするのは、心もとない早朝の挨拶や、口少なげに自分に規律と秩序を促すヴラドの温かいまなざし、自分には、初めから何か枯渇しているのではないかと思われた。こんな非日常を倒錯して、日常の出来事のように考えているなんて。ケヴィンは、庭の縁側に腰をおろしていた。ベルノルトは右奥の大きな木の下で一休みをしていたが、腕を組んでめをつぶって、綺麗な姿勢のままだった。その腰にある拳銃にさえ、大した脅威をかんじていなかった。
しばらくすると、カイとジルがベランダからリビングに、玄関ドアではなくガラスの縁側ドアからはいりこんできた。ケヴィンは暑さからか腕まくりをしていて、その右手がめくったせいで人工皮膚がはげている。
「ケヴィン、君もやっぱり」
「あ……」
妙な沈黙が流れた。ケネスは、自分の背中に何か違和感のあるものがついているのにふとおかしく思い背中をさすったが、まるで米粒のようなものだったので、気にしなかった。
《“クロー拠点“”コリュバーン”》地下1F。
——独裁者によくにていた。もう彼の執務室に座るのは、彼ですらなかった。ただボスに拾われるまで、数ある大衆の一人でしかなかったコンシリエーレのセナが、その玉座に名実ともについていた。クローはもはや人知れず姿をくらませる事もあった。だからあるとき、こんな紙切れ一枚の決戦状がそこにきても、もはやセナは頭を抱えることもなかった。
中世の独裁者や、戦争で帝国主義に走った指導者は、すべて同じ性質をもっていた。
(何においても自分が正しい)
その歪んだ、感情と指針である。悪も一つの決定的な指標を、長らく迷いつつその国や世界の法律、法規に刻み込んできたように、正義も悩みなく必ず決定するものではなかった。けれど彼らは、正義を自分に都合よくねじまげた。
「もう、クローはだめだ」
その一声が、幻想の自分と交わされたとき、もうその組織の末路も既に決まっているようなものだった。
(この組織の崩壊は免れない、それなら、もう、破滅まで導き、すきをついて逃げ出す事だ)
セナの“エスィピミア”への恐れは日々、つもりつもっていた。彼の“修練”への関心と努力は、並大抵の人間のそれではなかった。そして彼が、ある組織の構成員である以上。組織の目的と利害は一致する。エスピィミアとの対決の間にも決して“クローファミリー組織内の軋轢”は外に伝わってこなかったからだ。
(やつは、必ず、“私たちをつぶしにくる”)
バランスを失った秩序は崩壊する。自分がクローのごとき、強権的な支配を行える器ではないことを、セナは理解していた。だから彼には、新しい秩序へ移住する機会だけが残されていた。
そして、午前11時、とある号令が、残り5人のコンシリエーレに告げられた。もう午後にはその目的は達成させられ、なぜ今までこうもうまくいかなかったのかということでさえ疑問になるほど、簡単に“敵”は彼の目の前にいた。
「ゴーストの少年……」
赤い帽子をかぶった、ケヴィンの変わり、もとい、ケヴィンが変わりになった、事件の大本の原因である彼は、目隠しをされ、後ろをロープで縛られてそこにいた。ふと、てをほどかれ、拳銃を渡された。彼の目の前には一人の人間がいた。
「お前と、お前の相棒、一体どっちを殺す?お前に、選ばせてやろう」
拳銃は音をたてて硝煙をあたりにふりまいた。玉座へとつづく赤いカーペットでさえ、視界の中でよごれてみえたほどだった。彼は拳銃を撃った。“相手”のほうへ。目隠しのスカーフを外されると、声もなく崩れさった。“相手”はロボットだった。跳弾した拳銃は彼をうたなかったが、彼の周囲を、大勢の人間がかこっていた。彼は、ただ崩れ去っただけだった。
午後14時をむかえた、ジンクスファミリーの廃拠点“ファラリス”にて、ケヴィンはちょうど一章を読み終えた小説を傍らにおいて、カイのそばにいってある質問をなげかけた。カイはリビングでキッチンからもってきたコーヒーを一人、あぐらをかいて飲んでいたがケヴィンが来たのに合わせて体をケヴィンのくる右側に少し傾けた。小声で質問を含むような投げかけは、カイ以外のだれにも、実際に空気にふれた音として響きはしなかった。それくらい、小鳥がなくような音声だった。耳打ちするように手のひらで口元を隠して、カイの、ひざをまげてかがんで、彼のかまえている左耳にささやいた。
「僕の代わりの少年、無事でしょうか」
耳打ちをする彼とカイの仲の良いふれあいを、リビングでひじをついてあごをのせてのんびりとしている彼女、ジルは、口角をあげて喜んだ。
ロム医師は、夕方ごろまで、自分の仕事場へと戻った。そこで彼はいつも考えている事をはじめて、看護師やほかのロボットにむけて、独り言として吐き出した。これもまた同じように、誰の耳にも届かなかったのかもしれない。
夕方の16時、喧噪について何も語らず、団欒をかこった。血のつながりのない人々の中で、共通の話題はやはりケヴィンに偏っているところはあった。ただケヴィンがふとジルの意地悪な話をしている最中に、ケヴィンは何度もアラベラの事をあのアパート“フォレストベーレ”にて意地悪に投げかけられたことを思い出し、それを口にした。
――ジルとケヴィンとカイにとっての“機械天使の物語”このお話は、同じ、をもつものをつなげる事ができる。
ジルが少しくちにした。
「“ピエロ”は私とカイ、“天使はケヴィン”」
その言葉に、ケヴィンもその口角を緩めずにはいられなかった。
和室でぼーっとテレビモニターをみていると、奥のキッチンから足音がひびいて、時刻をみるともう夜の8時だった。リビングからは大人たちの談笑が聞える。これが家族というものなら、永遠に続けばいいと思った。それは暖かかったから、それは、あまりにもありふれて普通だったから。
「ケヴィン、お風呂」
「はーい」
寝ぼけ眼に、ぼんやりとした意識に頭をかかえつつ、廊下を右にわたり、奥のほうへ、突き当りに備え付けのユニットバスがうつる。彼はその部屋に入って扉をとじた。
「ふう」
服をぬぐ、これまであった日々は、彼の拳銃の腕を上達させたことだけだっただろうか?いや、まだ知らぬ大人たちとの触れ合いは、確かに彼の心をわくわくさせたし、彼は人間的な成長をえたと自分でも実感していた。
「湯加減どう?」
「はーい」
夜、風呂に入り、それまでは当たり前だった日常の片りんに、少年はふれたきがした。ケヴィン少年の頭の中にあったのは、もうアラベラの事だけだ。だからその日は大人たちの談笑や、喜びの声を背後に、畳の座敷で一足さきに、眠りについた。
翌1月14日“ファラリス”
汗をかいて、ランニングとトレーニングを終えると、昨日深夜まで何か深刻そうな秘密会議でもひらいていた大人たちが、各々の仕事場へ向かっていたようだった。ベルノルトは机に座って事務作業らしきことをノートパソコンでこなしている。
「ケヴィン、特訓おわった?」
走り込みと拳銃の腕みがきがおわると、ケヴィンはそちらにむかったが、そこにカイの姿はなく、かわりにシャワーをあびてすずしい顔をして、色っぽいジルが肌着のまま、廊下にたって自分に質問をした。
「ねえ、ケヴィン、もう10時よ、これから買い出しにいくの、一緒にいきましょう」
近くに村があって、それを超えた場所に、ナナシの街の郊外がある、今日はそこにいくというので、ケヴィンは車の助手席に乗る事になった。その車の車内の中で、彼は二度目の誘拐(ラヴレンチの存在)について、ジルと話をする事になった。もちろん、一つ二つの雑談をまじえてだた
「ジルさんは、あんな才能があったなんて、あなたは変装の達人だとおもっていただけなのに」
「あはは、私には“爆弾”を扱う才能があって、だからああいう“重火器”を使うことができるのよ、あれは厳密には違うものだけれど、ヒヒイロカネをつかったものなのよ」
「へえー」
あれというのは、もちろん、彼女がムチのようにつかった、ケヴィンを牢屋から救ったアイテムである。彼女はそれをネズミ型のロボットからうけとった。ネズミ型ロボットはロム医師の発明である。
「かれは、きっと逆恨みを持っているのよ、たしかに彼はかつていた村でひどい目にあい、確かに人をうらんではいるけれど、ナナシの街では立派に生きる事ができなかった、それだけがあいつの真実なのよ」
ジルはラヴレンチに、ケヴィンとは違う話をきいたのだそうだ。それはあの“ドグ村”の凄惨な過去とは別に、幼馴染の2人をその村から逃がしたという話だった。それを聞いてケヴィンは、ますますラヴレンチの奇行とも思える誘拐と、その間の自分たちへの奇妙な行いが変におもえてきた。
ショッピングはナナシの街の郊外、ナナセンターというスーパーによった。そこには郊外なので、東区とは比較できないが、物売りや貧しい人がちらほらたむろしていた。だからジルは「きをつけて」といってケヴィンの手を引いたが、ショッピング中もケヴィンは、店の中に入ってこないそうした色々な人をみていた。やせこけた服や、ぼろぼろのズボン、それに子供もいた。もちろんお菓子や果物など、彼のすきなものをめにする間はその幸福に目を奪われたが、外には現実がまっていた。ショッピングを終えて丁度自動ドアを超えた瞬間だった、後ろから誰かがケヴィンにむけてはしってきた。
「ケヴィン!!」
どすっ、と誰かがぶつかった、貧しい身なりの大人だった、何かを抱えて、すぐわきを謝りもせず通り抜けた、そのすぐ後ろから店の人と思える人物の怒鳴り声がする、泥棒か万引きだろう。ケヴィンはそれだけなら、もうすぐにジルのほうへよって、知らんぷりをしただろうが、ぶつかった大人が盗んだと思われるリンゴがおちていたので、それをじっとみていて、すぐ後ろを、子供が大人をおいかけていくのがみえた。ケヴィンには小さく聞こえた。
「おとうちゃん!!……」
「あ……」
店のすぐそこを怒鳴り声がかけていくのをみて、ケヴィンはこっそりリンゴをその小さなこどもに私てしまった。
「これ」
「へんなの、ありがとう」
まだほんの小さな、自我が芽生えたばかりにおもえる少年が、親指をしゃぶりながらケヴィンに挨拶をした。ジルはそれをみて、急いでケヴィンの手を引いてショッピングセンターをでた。
「いまの、だれにもいっちゃだめよ」
ジルは、怒ったような顔をしてケヴィンの手を引いて、すぐに一番遠くにつけてある車に乗り込んだ。ケヴィンには同情とは別のものがあった。今日のジルの話とは別に、この街と国のなりたちがどうであれ、ああした子供たちへの未来の階段は、いつも簡単にむこうから、どこかから放りだされるようにして開け放たれているべきなのだと思ったのだ。
カイはその日、めずらしくロム医師の仕事場をたずねた。その場所にたびたび尋ねる事があった。この街、この国で一番たよっていたのがロム医師だった。それが彼の支えとなっている事は、彼の腕をメンテナンスするに信頼できる人物と理解していたからだった。ロム医師ははぐれ医師だが、腕はたしかだ。この街に彼の腕を疑うものはいない。ただ医者業界で“嫌われ者”であること以外には。東区との境ギリギリのラインに位置するそれは、狙って作ったとしか思えないような矛盾を抱えた建物だった。
「相談があって」
「なんだ、あらたまって」
ロム医師は、カイと目をそらすようにして、依頼品と思われる左腕のCOA、サイボーグ部分を修理しているらしかった。カイがなかなか話さずにつったっているので、ロム医師は、もどかしくなって仕事の手を止めた。溶接の作業をしていたため、ゴーグルを頭の上にのけた。
「僕が過去を引きずり安い人間という事です、僕には、家庭がないから、ロム医師とは違うんです……私には、幸福がわからない、私は……」
「……まあ、座りな」
カイの不安やカイの考えている事は、いつも一貫している。
「悪人は正義の道を作る事ができるか、悪から正義は生まれるものなのか」
闇社会によりどころを見つけた彼には、それが人生の道しるべだった。けれどその反面、彼はいつも気にしている事がある。“幸福を知らない”人間は、人を幸福にすることはできない。彼には、信条があって、信念があって、それは何にも勝る彼の動機ではあるけれど、彼は人のものを奪ったり、人からかすめ取ったりする幸福に、いつも仕返しをされるような幻覚や夢を見る事がある。彼は殺しはしない、それも心情だ。けれど彼がよりどころにする悪の社会には、どんな富めるものから少しかすめとったものであろうと、それが他人のものであるという“悪”が確実に存在しているからだ。
ロム医師の初めの回答は、いつもと同じ言葉だった。そのフレーズを何百回ときいたカイには、飽きるほどの、しかし埋まる事のない欠落を埋めるには、仮初の回答だった。
「きりがないさ、カイ、そんな事を考えはじめたらきりがないんだ、一体だれが正義だけをもとに日々の生活を送っているというんだ」
「……」
カイは迷信深かった。神は信じないがつまり、物事の因果律というものをいつも思考の念頭に置くくせがある。悪い事をすれば、悪い結末。それに反して彼の心が求めたい場所は、彼の地位を隠し、彼の才能を隠し、そして彼の過去に執拗なスポットライトを当てる事のない闇の、裏社会だった。ロム医師はカイのすぐわきに、丸い簡素なせもたれのないいつものパイプ椅子で腰かけた。足にはできたばかりの蜘蛛の巣がはっていた。
「いいか、カイ、傲慢なら、人が傲慢なら、人の人生の良しあしを裁く事ができるだろう、けどな人間は自分の居場所を選ぶし、選んだ結果に自分で責任を持つ、または持つ事ができるだろう、だがな、人のことに口をだしてみろ、人がどれほど傲慢な人間になるだろうか、人が人の人生の良しあしをきめ、裁き、まるで古代の絶対的な君主のように振舞ったら、どんな絶望的な世界だと思う?」
「しかし、私は何度も足をあらおうとしました、けれど、過去を想うと……」
「そいつはかってさ、おれはとめはしないし、それならそれでアドバイスを送ろう、お前の心が決める事だ」
「……」
「お前は最近、間違いなくあの少年に刺戟をうけているな」
カイは、顔を覆った、こうした場合、必ず彼は心の表情を表に出しはしない。回答だけでよかったのだ、応答だけで事はすむ。ロム医師は傍らのペットボトルのスポーツドリンクをのみほして、最後にやさしくこういった。
「だれも、その瞬間から過去をみて、人を裁く事はできはしない、そんな事ができる人間がいたら、そいつは人生をさぼってやがるんだ、放っておけばいい、そうした傲慢さがあるのなら、人や人の人生の価値を語る事もできるだろう、けどな、そのさぼってる瞬間に、人の生活があるわけでも、人の人生があるわけでも、この世のすべてがあるわけでもないんだよ、そうやって、何の努力もせず人の過去をみて、教訓や、批評や、自分の人生の目印、その他何かを取り出そうとする人間は、傲慢に人生をさぼっているだけなんだよ、かまう事はない」
やはりロム医師の言葉には重みがあった。そもそもロム医師がこうした稼業を続けているのは、貧しいものを助けるために、必要な地位だったからだ。決して表舞台で実際の生活や、かみ合わない事柄に頭を痛めている人間でなければ理解が出来ない事なのだ。
「はい」
力なく答えたカイ、ロム医師とは付き合いがながかったが、彼がいまの人間性と、ケヴィンに憧れられるような心情を手にして、彼の手助けがあったことも間違いがない事なのだろう。
自分の人生が正しいか否かという命題は、ほかのどの時代のどの場所の、どんな地位の他者にも、委ねられているわけではなく、自分しか知らない事なのだ。
同じ場所では日中のをほとんど読書に費やしていたケヴィン少年がいた。その夜ケヴィンは、一人、というよりベルノルトに監視されたまま、一夜を明かす事になった。詳しい事など何もしらされていない。ただ上階へいこうとすると、ジルにとめられ、つよくひっぱたかれたことだけは覚えている。
「11月17日、私たちは……」
階段をかけあがっていくジルはその先をいわなかった。ただ皆は、廃拠点ファラリスの人々は、重要な会議にケヴィンが加わる事をさけていた。
今までつかっていなかった、廃拠点“ファラリス”の二階の物置部屋に会議室はたてられた。段ボールのロム医師、ジル、カイがすわり、嫌に緊張して何事か話あっている。
「作戦というほどの作戦はない、ただ相手に“魔人”の影が確認されたから、それだけは注意しなければならない」
「そういえば、カイ、ケヴィンはケヴィンを追い回した奴は“二人組”といっていたはずよね、ケヴィンはラヴレンチがその一人に違いないといっているが、もう一人の情報がないわ」
テーブルの上には地図、情報、その他資料。会議は深夜をすぎ、午前3時まで時を深めても決してとまることはなかった。
(ごめん、ちょっと)
ジルは一度仮眠をとった。そのとき一つ事件といえば、事件はおきた。ロム医師とカイは、こそこそと一度廊下にでて、何か、別の話を展開しているらしかった。
バタン
扉をとじると、ロム医師は階下に決して聞こえないように口を手で覆って、カイに質問をした。
「お前、私が言った事を覚えているだろう?本当ならこんなことになる前に決着をつけるべきだった、人の脳はマルチタスクができるほどかしこくはない、だが、彼女の秘密は……まずお前は、受け止める覚悟があるのか?」
「彼女は……彼女は、エスピィミア崩壊時、彼女は首都で……」
「ああ、何だ?」
「死んでいます、一度、間違いなく、私はあの日の、いまから5年前、11月3日エスピィミア崩壊時の資料をあらゆる所から入手しました、警察、市、私立探偵、私はエスピィミア崩壊時に組織にいなかった、今でも覚えている、13番地貸し切りのバーで、彼等は皆死んだ、ただ、彼女、ジルだけが生き残ったことになっている、けれど……」
溜息と、心音をあらだてて、カイはつづけた。
「ジルは、親族を持たなかったが、市民登録はしてあった、だから彼女は、首都と国の方により“クローン”のバックアップをもとに“復元”された」
「……」
ロムは、彼の言葉を受け止めるための余韻を用意したあと、彼の背中をさすってやった。ジルは“二代目”だ。このパンドラに正式に登録されている市民であれば、“生体のバックアップ”が自動的に保存されている。このパンドラに生きる市民は“一度目の死”であれば、何事もなく、クローンにそれまでの情報を引き入れて、もとの人格と元の記憶をともなって、それまでと同様にふるまう。
この法律は、その制定から謎がおおいものだったが、誰もが“一度なら死ぬ”事ができる反面、あまりに緻密にそれが行われるため、わざわざ遡らなくては、“いつだれが一度死んだか”がわからなくなっていた。すべてはコンピューターによって管理して、それに関しては人はほとんど関心がなくなっているためだった。だからカイは、受け止める準備をしなくてはいけなかった。カイは、下をむいていたが、やがて力のこもった、腹を通った息が、小さな低い言葉をのどからはきだした。
「ロムさん、僕は、彼女をうけとめなくてはいけない、あの日生まれた彼女を……彼女が、もう受け入れてくれるというのなら……」
翌日からのロムは、というよりも、5年かけて変わりつつあるロムでさえ、その過酷で鮮烈な現実に、一体何の答えを持ったのだろうと思う。そもそもがパンドラ市民すべてが、それに対する答えを持ち合わせてはいない、ただ法律はできていたし、ただ、死んだものはただ一度甦るのが規律であって、規則だった。死と倫理の繊細な事実を負う事のできない死が確かに存在していたし、それに時間をかける暇もないほど、パンドラの人々は日々の生活と労働に忙殺されていた。
ただ、それだけの事実、それがほかの物事と同じように、これまでも、これからも、存在しているのだ。
11月16日、ロムはナナシの街を転々としていた。知り合いに掛け合って、あの“エスピィミア”いや、“ファラリス”のそれぞれが、必要とするものと情報をしいれていた。それがひと呼吸おえたのは、夕方のことだった。
ロム医師は、ここ最近、仕事場でも“ファラリス”の者たちの事を考えて、ケヴィンやカイの事を特によくみていた、彼等の心の動きには、ロム医師をたよってくるサイボーグの体をもつ患者たちと同じような性質を感じる、彼等にかけているもの、それが何かわからないが、ロム医師は、いつか鉢植えに入ったサボテンをケヴィンにあげたのだ。しばらくみていないが、ファラリスの庭できっと元気でいるだろう。ケヴィン少年が、いやカイが、今度の事件のすべてをうまく収集をつけられるといい、それだけが部外者であるロムの意見だ。
カイが持つ、正義と悪の性質の苦悩、その答えもロムはしらない、ただ手助けをしてやりたいと、いささかおせっかいではあるが関わりを保ってきた経緯がある。
「そういえば……」
今朝、カイと訓練しているわきをロムは通りぬけてきたが、ケヴィンは、ロムに妙な事をきいていた。
「なぜ、隠す事ばかりなのか、僕にも知りたい事がある」
「ケヴィン、夜中の事か?」
「はい……」
と、ロム医師は、カイやエスピミィアの内情は、彼等が話すことだけしかしらない。ケヴィンは、カイの一体何を知りたいのだろう。




