少年と不安
――東区、“ラヴレンチ拠点”
ケヴィンは檻にいれられて、見知らぬ東区の一角の自然と融合されたような掘ら穴で、時間にとりのこされたように未だに長時間の末に不安と緊張の中にいる。すわっていて、それから知らずにうずくまって両手は自分の肩を自分で抱いている。顎が震えるようにガタガタと無意識にゆれて、足がぼうのように固まって、その上、腱と筋肉は小刻みに揺れている。寒さもあるだろうが、なにより緊張からだった。いまから何が始まるか、ただ自分が死ぬことよりも、怖い事がおきそうだと直感が諭してくる。そんな事よりも、大事な人と凄惨な現場、その連想をする事が何よりも恐ろしかった。ケヴィンは見たくなかった、ケヴィンは眠りたかった。ケヴィンは期待を背負いたくはなかった。しかしケヴィンには覚えがある。彼は前の学校から、もっと物心つくまえからかけっこと短距離走が好きで、クラスでずばぬけて早かった。彼は大勢の期待が向けられた場合でも自分の得意な分野は得意な人間であるという自信はある。今度の事は?今度はどうか?この緊張を和らげなくてはいけないし、その時間も限られているから、少なくともケヴィンは決意しなくてはいけなかった。
同じく牢屋にいれられて、東区のマフィア・ファミリーの一部構成員の拠点にいたジルは、少年の肩にてをのばして、安心させるようになでながらこういった。
「 大丈夫、恐ろしい事なんておきるわけないから 」
しかし、それは幻影で、ジルは一体何かの騒動に巻き込まれたようだった。ケヴィンは自分の背中に手を触れたのが幻影だとわかった。自分ににた自分の幻影が、うずくまる自分の背後から自分をみおろして、とさり、左肩にてをふれて自分をなだめている。それは“ドッペルゲンガー”のように。そんな夢想が意味を持つなら、それは痛みを感じる関節のほうがむしろ現実的、実態的だった。だからその“症状”と別れをつげるために首を振る。落ち着いてきたころ、上をみあげる。先程の騒動は何だったろうとみる。やはり牢屋の檻は開いていた。上半分が完全に開け放たれた宙とつながって、きりおとされまるで物質が突然一部を消失したかのように消え失せて、どこか遠く、洞穴のそこへ沈殿するようにとばされているのをみた。ふと、自分を見下げる人影をみつける。それは牢屋のすぐ手前にたって、同じく牢屋の中からこちらを振り返っている。何があったのか、今みた幻想よりも確実な疑問が、その瞬間頭を支配した。
「ケヴィン……」
ジルはそれだけいいはなつ。大家エメだったもの、けれど今では新しい認識として別人にうまれかわったもの。その認識さえ上回るほどに、奇妙な力を少年ケヴィンに見せつけたもの。その瞳が、後方45度をふりかえる彼女の頭と上半身とともに、ケヴィンを見下ろす。やさしいまなざし、けれど強さももっている、いつでも見たことのなかった彼女の一面。見下ろす瞳はなぜかとても冷淡で落ち着いた印象をもっていた。本当にそれまでのジルだろうか?まさか、どこか怪我でもしたのだろうか?
「これは……何があったの!!?ジルさん!!僕らはどうすればッ」
営利な刃物の様になった鉄パイプは、先程まで牢屋の前面、格子をなしていたものだった。ケヴィンがやがて、ジルの体に何処にも傷がない事をみつけて、そして形だけになった牢屋の体をなしていない下だけ残ったいれものの、格子の奥の敵をみつけるまで、時間はかからなかった。
「勇気は無謀と、そうでないものがあるわ、ケヴィン、私の言葉をきいていて」
望んだ形ではなかったが、ケヴィンはひとつ鋭利な鉄パイプをひろい、背中に隠しておいた。ジルの背後にかくれると、ジルも意に沿うように動いて両手でおおうようにケヴィンを隠した。ケヴィンのしたことをみていたかはわからなかった。何しろ彼女は牢屋の外のラヴレンチと睨み合っているからだ。
「ケヴィン、よく聞いて」
背中しかみえていないのに、落ち着きはらったその声は、むしろ怒気を込めるよりもその場を安心させ、一瞬の緊張にその場の人間を集中させた。
「ケヴィンよく聞いて、かつて私たちはエスピィミアの一時代を作り、そして私たちは世間に名の知れた存在だった、その中にいても私たち自身は普通で、むしろ何よりも平穏を望んでいた、けれど私たちには、お互いの真実を知る勇気がなかったの」
「仮面……」
いつとりだしたのだろう、背後からでもわかる、彼女は仮面をしていた。その仮面は、鳥をかたどっていたが、それよりも、東洋に語り継がれる鳥人にあるようないでたちで、瞳は同心円で、迫力をもっていた。
「エスピィミアの白鳥」
ケヴィンも聞いたことがあった。エスピィミアは、義賊集団。失われたヒヒイロカネの技術と知識をつかって世界中の“富み過ぎた者たち”から“貧しき者たち”へ強制的に富を分配する。盗賊でありながか、志は正義を持っているのだと。だからカイがそこにいるときいたとき、少しもためらいもなくすんなり聞き入れたのだ。
ケヴィンはある事実を察知し、それに触れ、震えるまま驚愕した。彼女の両手の平ににぎられたペン、その先から淡く赤い光が見える、その光はムチのように牢屋の下部と洞窟の地面をつたって、内側から外部へとつながっている。そして、ラヴレンチ、彼は外でまるで仁王立ちをしてその様子を見て取ったように、表情はほんの少し驚愕の色をうかべていた。
ケヴィンはもう一つの事実を確認した。彼女のつけている仮面は、彼女の皮膚にめり込むようにできている、仮面には四つの甲殻類にもにた足がありそれが今では明らかな、人間のものではない――それは血を滴らせることがなかったからそう判断したのだが――人工皮膚をつらぬいて彼女の骨格とつながっているとおもわせるほどにめりこんでいる。
【やはりあなたは“白鳥”エスピィミアは、それ自体が、“サイボーグの集団”、その噂は正しかった?】
【ケヴィン、あなたに、私たちがサイボーグであることはまるで関係ない?私はすぐにでも、ナナシの街のフォレストベーレ管理人“エメ”に戻りたい、あなたはあなたの日常があるし、そこに戻るにはあたしは全力でそれをサポートしなければいけない、勇気、仮面の勇気といったけれど、私に足りないのは、ただそれだけで、貴方にたりないのは、信じる事よ】
「信じること……??」
「ケヴィン、あなたはいつも、時々自分をおいつめて、危険な路を選ぶ事さえある、確かにカイは立派な人間だけど、良くない方向にあなたを導く反面教師でもあった、彼には私が納得させる、あなたは信じるだけでいいの、あなたは、あなたなら、平穏な日常にいて、物事を好転させる、必要な事を見つけ出す事ができる、私とカイにとっては仮面がそれだった、けれどケヴィン、あなたは信じるだけでいいのよ、私が道案内をするから、あなたはこれまでの平穏を心に思い描いて、それだけで、私たちがつけている“仮面”の意味がわかるわ」
一瞬のことだった、彼女はそうして語るうちにも、ラヴレンチと距離をつめていた。ラヴレンチは牢屋の扉と向かい合うように木の椅子をおき、そこに坐っていたが、先ほど確認したときにはすでに立ち上がって、身構えていた。けれど判断よりも先に驚嘆によって、相手の動向を見極めようとしている様子だった。ジルが叫びつつも走りすりより、敵に距離をつめる、ケヴィンになるべく脅威を近づけないように、もうほとんど空間の存在しなかった敵の背中と洞窟の壁との距離をさらにつめさせ、“接近”させた。
「これは“重荷”なのよ」
ラヴレンチがひるんだのをみると、むしろもっと顔をちかづけた。その顔の鼻先の仮面をラヴレンチが整わないしせいのままでひっかいた。
「痛く、ない、これは私の、私たちの意思だから、私たちは見つめなければいけない、過去を!!!」
すこしラヴレンチの打撃をうけると、半歩さがり、そしてジルは大声をあげた。
「伏せて!!ケヴィン!!そして力を抜くのよ」
赤い閃光がひらめいた、とおもったら、ラヴレンチの手の指先がぼろぼろと落ちて、ラヴレンチは少し後ろにさがり、まるで呆然と自体を呑み込もうと努力していた。
「こ、これは、これは!!まさか、噂が本当だったのか」
ひるんだ相手は、白い息をはきだし、それとともに驚嘆の雄たけびを上げた。もはやそれが戦闘態勢をなしているとはおもえないほどに、自分のきれた両手の指をみて、染みだすオイルに感嘆の声をあげた。
「“死の浸食”」
失われた両掌で顔をかばうことができず、相手はひじと手首をつきあわせて前面をガードする体勢をとった。そこで、ケヴィンに小声で、ジルはささやいた。
【でるよ!!!ケヴィン】
ジルは必死だった、何かがおこれば、きっとだれかが、カイが助けに来てくれるはずだ、その望みは未だに捨てていなかった。だから振り返る事なく、洞窟への入口へとはしった。あまり長くない洞窟だという事はわかっていた、100メートルほどもない、ふりかえらなければ、振り切れるはずだと思った。そして節に願う、巻き込んでしまった少年の無事を、手のひらをにぎり先行し走りながら、振り返る勇気はなかった。
(あなたの力は、あなたが本当に発揮すべきところをみつけてから、発揮すればいい、私たちは、あなたが求める平穏な暮らしの条件なんて、しらないんだから)
洞窟の奥で、洞窟の主は、まだつったったままの姿勢で、こうつぶやいた。
「死の浸食、それらは、ヒヒイロカネの血液とより濃い関係を持つ“旧文明の子孫”が扱えるという、人間兵器、そしてヒヒイロカネを分解、溶解させる力、まさか、本当にこの世に存在したなどと」
事実のほどは敵であるラヴレンチにはわからないし計り知れない。しかしその手のひらの指、そして切れた格子が物語るのは、相手が、ジルが使った武器が、尋常ならざる威力をもつ兵器だという事実だけだった。
一方そのころカイはラヴレンチ拠点、崖の傍らのある雑木林のすぐ近く、ある場所にいて、そんな場所から潜入をする思考をめぐらせていた、緊張と興奮が彼を包むものの彼の中の反対の気持ちがそれを打ち消す、それは無心だった、無心になることは、彼が衝撃に出会うたびに完全なほどに体得できた彼の智慧だった。彼は足で地面をけると、今凄まじい速度で、愛するべき人々のもとへ、救いの手を差し伸べようとしていた。それに最初に気が付いたのは、図らずも旧世界からの来訪者とでもいうべき赤い化け物だった。
【あ、アレ……サレ……】
前傾姿勢で、手をひろげ、足とからだをまるめ。ぐるぐると回転する速度の中に、彼は身を任せている。カイは、もはや自分のサイボーグ的部分を包み隠さず披露する覚悟をきめる。ただそれだけで十分だった。
その昔、アリア大陸の大国、アリアニアの首都に、とある人間がいた。
(それはとある有名な占い師だった。)
過去を振り返るには今は体が少し重く、走るのも急ぐのも、拳銃を扱おうとするのも、彼は気が引けていた。すべては自分の過去にある“呪縛”のせいだった。彼は一度家族の死を経験し、自分が生き残ったことに罪悪感をもち、“悪”になりきれなかったのだ。その間にも彼の体はこの数年きしみ、ほころびをもち、たるみ、その跳躍さえも不得意とするほどに、なまっていた。けれど彼はギリギリでその訓練をかかさず、彼は“黒鳥”としての地位を守りぬいていた。自分の“悪”は人に伝染する、その確信と不安が彼の足取りを重いものにする、そんなときがある。
かつて、占い師ははっきりといった。
(“お前は過去と向き合わない限り、お前に関わるものすべてを不幸にする”それは、エスピィミアの占い師だった。その占い師に未来を見て頂くために、私はエスピィミアに近づき、従事したといっても過言ではなかった)
彼は占いを信じた。それがかつて彼がうしなった霊的なものへ従属的態度をしめす唯一の手段だ。
エスピィミアは、利害を一致させるのにたけた組織だった。彼は彼の中にある悪いものを、人に伝染させる自分の悪い部分をしっていて、それでも彼が出会う偶然たちと出会わずにはいられなかった。
がさがさと草木が揺れ、野鳥や動植物たちが風にどよめく。
【ア、アレ……】
ベルノルトと交戦していた追っ手たちは、もうカイの姿をその視界にとどめる事はできていなかったが、けれどその前方を探しまわっていた。木々のはざま、またはひらけた場所、岩の後ろ、くまなく探して彼の動向を探ろうとしている、しかしもっとも鼻が利き、眼が優れているけだものは、一人の人間というよりは、鳥に近い何かを見つけて、驚嘆の声を発した。その吐息は白く、未だ明るくなりきらない早朝の景色の薄寒い世界を演出した。
【アレ……は】
指さした先、飛んでいるのは、人間だった、その跳躍、その足には機械的な装飾があって、ひざやスネを覆っている。その靴底はブーツのように熱く、蒸気にも似た熱が、その人間の周囲を囲っている。エネルギーの固まり、それは上空から時折ふりそそぎ地上にたどりつくまでに消え去る隕石の固まりのように、赤かった。
ゴオオオオオオ、という風切り音とともに、体が重心を失いそうな感覚と、機械的な振動により重心がたもたれる感覚を感じた。
『やっぱり、この“靴”は最高だ』
そのささやきも、他の誰にも届かない。
そのころ、同じくラヴレンチ拠点近隣で、向かい合う山の中腹では、崖に削られてできた歩道とそれがつきあたる、えぐられた広い場所に、掘らなあに面した場所にケヴィンと、ジルがやっとたどりついたところで、ジルがまず、はるか上空にせまりつつある赤い塊をみつけて驚きで声を失った。
『!!!』
ケヴィンがジルがみていたものに視線を合わせて驚いた。
『フッ……元気そうだな』
ズザザザザ。着地は盛大に砂埃を巻き上げ、エネルギーは燃え盛る炎となって消費された。
『カイ……さん』
ジルは小さな子供のようにケヴィンをかかえて迫りくる敵や、カイの勢いからも守るようにかかえ後ろわきに、両手で抱えこんでいた。そして、黒い影がせまりつつあるのをしった。
『 ズサッ 』
ケヴィンは、つい先程彼女が牢屋の中にいる自分に送った言葉の続き、その意味とそしてカイへの信頼を考える。だからその瞬間は、刹那的にドラマティックな空間がただ無限にひろがっている風にうつった。
【 いい?ケヴィン、腹の力をぬくのよ、けれど、もしあなたが自分で何かを判断しなければいけないと思ったときには、腹の下に力を込める、丹田に、何事も、メリハリが命運をわかつわ 】
そして、誰よりも早くその足音に気が付いた。
(左から、だれかが……)
それはカイすらも気づかなかった事だ。洞穴には入口のすぐそばに通路があり、その場所から足音が響いていた、それは怪物とまではいわないが、左腕がいびつに大きな人間の手のひらだった、その手のひらが、先端で斧のような何かをふりあげて、ジルのすぐそばにせまっていた。
《ジルさん…………!!!!ッ》
力なく響くケヴィンの声、ジルはその敵のほうへ視線をやりそしてふと、全身の力が抜けるのを感じた。それはもはや、意図的なものか、無意識なものか判断はわからなかった。ただ命運をわかったのは、ケヴィンの声だけだという事がわかった。
そのころ、カイよりベルノルトよりさらにはるか後方の洞穴の中、地面がゆれ足音が響く。陽動作戦に成功した彼等は、逃げ道をさがすべく、ロム医師とケネスは来た道をもどっていた。先程までの会話が脳裏をよぎる。
『ケネス、戻るしかない、いちかばちかだ、だが私には、武器がある、これだ』
それをみせられたケネスは、それでもまだ、不安という面持ちだ。ロム医師の左手はペロリとはがれて人工皮膚だという事がわかった。それは先ほどのいざこざや、激しい運動のせいでがたがきていたのだろう、つまりいざとなれば、彼の左腕が何らかの役割を果たすはずだった。しかし、ケネスには不安だった、先ほどまでいた洞窟前の構成員の数は、前方のさわぎに人員をさかれて数を減らしているとはいえど、やはり戦闘が本来の行き場ではない情報屋風情が、それも医師とともにこんな大役をまかされるとは。溜息はつかないものの、内心はもう何十回と数え切れぬほどの溜息をもらしていた。
しかし、ときはせまっていた、もう数メートル、敵が入口に待ち構えているのがわかる、三人、それも運が悪いことに、あの赤いばけものもいる。
『爆薬は三つだ、もうもちこたえられない、イチかバチか、あいつらのすぐ傍を迂回しつつ、逃げ切る』
『……』
先ほど、洞穴の横道、すなわち左の道が行き止まりであることを先に走り、理解していたロム医師は
、もどってきてそのことを情報屋のドブネズミのケネスにつたえた。もう戻るしかなくなっていたし、カイたちへの陽動の時間かせぎも、これまでという事でしかない。
爆弾はもう二つつかってしまっていた。最後は入口に構える彼等のすぐ傍でつかわなくてはいけない。
『ロムさんっ!!』
『エッ!!?』
すぐ前方で、こちらを指さす人間が一人、ケネスはもうだめだ、と頭をかかえた。その背後から、背中をさすり、ロムは何かの準備をしている。ロムは少しふとったその腹をもちあげ、腰をあげて、銃を構えるよりは、まるで野球の投手のような格好をした2、3歩後ろにさがりそして一息をつくと、その刹那、ロムはこんな言葉を彼におくった。
『ケネス、いいか、人にはどうにもならないことに向き合わなければいけないときがある、けれどなケネス、ひとつだけお前の意思を守り抜く方法がある、何がどうあれ、いいか悪いか、そんな事はどうでもよく、その瞬間には“それがすべて”だ、ということさ』
ロムの腹部でするどく引かれた左腕が、弓のようにしなったかと思うと、瞬間、何かがそちらになげられた。
『爆弾、こんなに早く!!!』
爆弾はもう一つしかなかったはずだ、しかし放たれたのは、どうやら爆弾ではなく、小さな金属かはたまた石の欠片のようにみえた。指をさしていた一人のスーツ姿の人間がドサリ、と音をたててそのまま倒れた。
『一人くらい、これで大丈夫だ』
そのすぐあと、煙幕のように先程もつかった強烈な匂いのする爆弾を前方に放つと、その砂煙と匂いに敵がのたうち回るうちに、その左側から、彼等は洞窟の入口をあとにして、さらに後方、東区の路地裏ににげこみ、やがてマンホールの中から、情報屋の順当な経路である下水の道をたどりあるいていったのだった。
洞窟では、一瞬、危機を察してケヴィンは敵の意識そらす行動をとった。小さな石ころを手に取り、ジルに危険が迫っている事、その危険を彼女から少しでも気をそらす事ができれば、それが彼のそのときできるぎりぎりだった。
『ガコンッ』
音をたてて、それは顔面にあたった、ケヴィンは腹の下に力をこめて、いつか早朝5時ごろに、一緒におきていたカイにきいた、《突き》の姿勢をおもいだしていた。
そんな隙さえあれば、活発な、そして足腰に平均よりもいくらか自信のある少年が敵のすぐ前まで距離を詰める事はわけがなかった。実際、少年の足はそのとき考えるよりも早く動いてケヴィンの脳を一瞬ためらわしたが、ケヴィンはその感覚と緊張をしっていた。たとえば運動会のとき、期待もされていなかったケヴィンが突如として一位におどりでた前年の短距離走。彼はしたから、平均的なスーツ姿の男の顎をめがけて、姿勢をかえた。
《足をおとし、腰をひねりその力を指先へそして入れ替えるように肩の場所で、上半身と下半身を別に、ひねる!!》
運動は、足へ、足から膝へ、そして腹部と丹田の力を加えて、さらに高速で背中、背広筋、肩甲骨、肩をつたいひじへ、ひじからなげられた拳は、弾丸のように激しく鋭く、敵の顎を撃った。
《 ドゴォオオッ 》
「ナイス!!!ケヴィン!!!」
「え??」
何がおこったかわからなかった、気が付いたときには、相手はバランスをくずしていて、ケヴィンの左肩のあたりにカイの手のひらがあった、そしてカイは、ケヴィンよりも早く、鋭く、目にも止まらない速度で、相手の中心、腹をたたき割るように、さすようについて、ケヴィンにサムズアップをしてニコリとわらった。
「 ウォオオオオ!!!!! 」
洞穴の主は、まだなにごとかをわめいて、のたうちまわっていた。その指が切断されたことがよほど気が食わなかったのか、それとも何かしら、ヒヒイロカネやサイボーグ体COAに異変をきたしたのか、それはわからなかったが、カイは瞬時に、ケヴィンとジルに合図をおくった。
「もう一度、飛ぶぞ、いいか」
「グゥオオオオオ!!!!」
ラヴレンチは憤怒のあまり両手をぶんまわして、洞窟の一部を、人間大の岩石を破壊したが、そんなもので状況がかわるはずはなかった、ふと洞穴の入り口をみると、もう敵の姿はきえさっていて、あたりには、焦げた匂いと、尋常ではない、ジェット機のエンジンでもつんでいる《何か》がとびたったようなすざまじいあれはてた土砂と砂煙がまっていた。




