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過去、裏社会のはざまで見えていたもの。

 東区の端で、眼と鼻の先にラヴレンチとソスランの拠点が見える雑木林の中。若者も老人も貧富の差はなく、むしろそれが当たり前だとでもいうように、ストリートチルドレンや職のない人、道端でものを売る人が、職を求め、あるいはものをもとめ、時に無理やりに通りかかる車にそれらをうりつけたりしていた。どこかで盗んだ新聞を、子供たちが売りさばく、もはやここでは当たり前の後継で、彼等はすてられた発展の途中に置き去りにされた廃墟をねじろに、捨てられた過去に潜み独自の文化と規律をもとに独自の素朴な生活をつづけていた。エンジンの排気ガスが、その中にいきる彼等の苦労の泥臭さを表現していた。


 “エスィピミア”の一行(ベルノルト、カイ、ロム及びケネス)は、東区の山脈地帯のすぐ前の人気のない林の中、雑草に隠れるようにに腰を下ろして静かに待機いる。その耳元に無線が当てられている。無線に耳をやっているのはスーツの、よく見ればカイで、その背後にジンクスファミリーのコンシリエレのベルノルトがいた。ベルノルトが前を向いて茂みの中、小声で尋ねる。

 「なあ、一つだけ教えてくれないか?」

 「何だ、なんでもいい、ただひとつだけだぞ、時間がない、いやちょっとまて」

 「ザザザ……」

 遠くから無線が入った。林の中では方角も見えない。しかし携帯端末によってそれらは簡単に理解できる。老いた人は、ひじをまげ、風変りな小柄な人間を背後で制するような格好をとり、連絡のため、口元を無線にあてた。

 「……ドブネズミ、ドブネズミ、ああー」

 「はい、ザザッ」

 「こちら“ドブネズミ”聞えますか」

 「ああ、こちら“若いカラス”良く聞こえる」

 “若いカラス”と名前を変えたのはカイだ。対するロムはあろうことか、その前日にも酒をのんでよっぱらっていた。そのせいで呂律がまわっていない、カイとロムが無線を挟んで会話をしていた。彼いわく“飲まなきゃやってられるか”という事だったが。

 「午前6時、予定通り的拠点へ攻め込む構えあり」

 ドブネズミは、あろうことかあのドブネズミだった。ひとたびは敵と手を組んだが、ロム医師の説得により立場をかえた。そんな中でも彼は危険な役を買った。そこに何の感情があるかすら、まわりにはわからない。情報屋とはそういうものだと、情報屋とは、時に味方的を超えて情報を売り買いするものだと居合わせた誰もが理解したし、これから理解するだろう。しかし、ケネスの心境は複雑だった。

 「嫌な役をさせてすまないな」

 そう語るロムにケネスは返事をしなかった、ただ鼓動だけがバクバクと尋常ならざるエンジンをふかせた。すなわち、ロム医師とドブネズミは、陽動の役割を買ってでたのだった。


一方、別の場所では、はるか背後にベルノルトとカイは、山のむこう、ひとつ向けた山脈地帯からわざわざ遠くを通って洞穴へと続く道を、南からまわりこんできた。がさがさと音をたてて、獣道をかきわけて、おぼつかない足取りで情報をあつめ、攻め込むのにいい場所を探して歩いた。といってもベルノルトも陽動以外に詳しい情報をしらない。そんな時だった。林の中で最前線に大きな岩をみつけ、その背後に影に隠れるようにして二人はむかいあっていた。カイは真横にひじをたてて、岩にもたれかかっている。

 「何だ、何がきになってる」

 ベルノルトは質問した、だがまだ、彼はうなだれるように口をつむいだままだった。その手のひらには、二丁の拳銃。けれどそれはフェイクだった。彼もまたおとりの役割である。

 「これは交渉だ、別に何の心配もいらない、それに危険なら、俺も進んでおとりになろう」

 とそうカイが言いかけたときだった。そんな言葉にうんざりしたようにベルノルトは答えた。思えば彼の立場からすれば、いくらなんでもファミリーの中でこれほどに自由に動ける人間をほっておいていいのか、あまつさえ、自分がそれに仕えることになるとは、という複雑な心境があった。

 「そうじゃない、気になっていることは、なんで、なんでこの話にそもそもあの大家を、いや……もとい“エスピィミアの白鳥”を巻き込んだのかってことさ」

 「それだけか」

 カイがそっぽをむいて、まるで何もないようにいうと、ベルノルトは腕をまくって、か細く筋肉質なうでをわざわざうでまくりをして、髪をかきわけていった。

 「そんな事って何だ、そもそも女性だぞ」

 「ふっ」

 「なっ!!??」

 「この作戦、お前にも、そしてケネスにも、はっきりと言っていない事がある」

 そういってカイは上空を見つめた、月はすでに大分前に隠れ、空が白み始める、午前4時半ごろだった。

 「あいつは、ジルは、いつだって逃げ出せたんだぜ」

 それが意味する事は、つまり、ケヴィンが関係しているだろうという事は、ベルノルトにも用意に予想がついたのだった。


 ――一方少し前、そのすぐ傍で。少年とジル。

 「ジルさん、ジルさん!!」

 東区の果て、路上さえも遠く見渡せるほどに、端にある山の中腹で、ケヴィンは誰よりも早く目を覚まして暗闇にめをこらしていた。もう、5時すぐ手前になる。

 「約束の時間です、早く準備しないと」

 「ケヴィン、大丈夫よ、もう少し……」

 「何をうかれたことをいっているんですか!!」 

 「いいのよ、ケヴィン、ケヴィン」

 相手はそういって、ケヴィンは無理やりに口をふさがれて、彼女の腿に無理やりに左耳をおしつけられて、その彼女の顔をしたからのぞき込む事になった。

 「ケヴィン、私たちに出来る事はね、“落ち着く事”わかった?」

 細くするどい眼光が、自分に注げられている、生も、死も、あるいは暴力さえもものともしない決意や意思がそこに感じられていた。それは少年の瞳に恐怖を注ぎ込み、まるで一体となるような瞬間的な集中力を、少年の瞳の奥へと注ぎ込んだ。緊張が二人をつつむ。ケヴィンももうそんなに無邪気にはしゃいでいられない状況だというのはわかる。未だその場所は敵地のど真ん中にあった。

 「わかった、わかりました」

 そのすぐあと、どこへ潜んでいたのか、洞窟の右奥、奥底から住人が姿を現した。ラヴレンチの姿だった、その手のひらはいつもよりも長く、その関節は、まるで居場所がないように、筋肉にそったようにしなしなに、その腕は、力を失ったムチのような形をしていた。

 その手のひらの中、まっぷたつになった、ネズミのロボットをみつけた。ケヴィンはすぐにさとった、彼の腕が、その作用をもたらした張本人だと、彼は息を殺して、意識さえ殺すように、一瞬の間、永遠とも思える時を眠りについた。

 その中で、ナナシの街を振り返るような夢をみた。その夢の意味は、例えば子供時代に人々がみるような《とまどい、ふしぎ、無垢な疑問》そんなものばかり寄せ集めた宝物のような夢だった。どんな情報がまぎれていても、夢の中では幸福に感じたのだ。きっとそれを、ケヴィンに関わる全ての人間が共有したのなら、無駄ないがみ合いさえ、彼の接する世界に存在しなかったのだろう。

 ……ダイスを振るみたいな事だった。自分はは心の中に取り決めをもっていて。その取り決めが成功したときに“願いは成就される”。宗教的に言えば呪術。哲学的に言えば自分の理想。心理学的にいえばきっと強迫観念。ただときおり、ダイスをふるみたいな“(かせ)”を自分に課して、それが可能だったら、きっと願いもうまくいくと思い込む事にしていた。

 自分はそのとき、教室の中でペンをころころところがして、それが行く先をうらなった。教室の後ろ、中央にたって、左右にはずらりと行儀よくならんでいるイスと机。右にいけば成功、左にいけば失敗だ。


 (教室には、一人だった、あの日転校初日、天気は曇りに近い晴天、よどんだそらは、子供の落書きのようだった、だから僕は、その日誰もが教室をあとにしたのを見計らって、少し机に突っ伏して泣いて、

それから、それから)

 【僕はそれから、ひとりで成功を喜んでいた】

 これが誰にもばれずに成功したら、もっといい結果になるとおもった。転校初日に経験したような、不幸は今後一切襲ってこない筈だった。だから僕はふと一瞬めをとじて、とじてそれから、背後でふわりと人の気配がした気がしたんだ。でも、そのとき屋内に人の気配なんて少しもなかったから勘違いだと思って振り返りもしなかった。その時だ。


 【わっ!!!】


 あっと驚いて振り返ると、背後には委員長、あとから遅れて来たのは、アラベラだった、彼等は一つのノートを僕にくれて、それは学級の交換日誌なのだといった。内気な僕は、まじないごとの中に自分を封じていたことをしったのだ。

  

 これからも、きっと悪い事も、いい事もおこるのだとおもっていた。綺麗に整頓された教室で、有名人の話、サッカーボールの残骸、野球部の怒声、都市伝説、流行りの筆箱、女子たちの香水、男子たちの紙飛行機、使い捨てられたラベルのはがれたシール。すてられた校舎と夕陽のスタジオに、僕じゃない誰かが現れた。そうだ、あのとき救われたんだ、いくらか、そのいくらかが、僕じゃない、世界の一部、僕を気にかけた世界の切れ(はじ)


 【なんだ、夢の話か】

 その時だった。


 「わっ!!」


 驚いて揺り起こされた。瞬時に頭が回転する、周りをみると格子の中にいて、少しの自由もなかった。となりにはジルがいる。そこで危機感と緊張が頭をかけめぐり、思考をフル回転させた。自分の命の事やジルの命のこと、この後まっているだろう救出劇のこと、それから、自分を誘拐しかけていた人と、誘拐のようにさらった、マフィア、“カイ”。夢心地に腕をみると、AR装置が生体の起床を察知して肩のあたりから胸の前面にあたりにむけて、時計を表示した。もう5時半をすぎていた。

 目を覚ますと、右をみるともちろんジルがいたのだが、もう一つ意外で不安な事があった。牢屋の前にのそのそと地下からはいでてきた光る眼を持つラヴレンチが、牢屋のすぐ前に自分を律するように、ひざにてをつけて、どんというような姿勢で構えている。そしてこちらに向けて奇妙な笑顔でなげかけた。

 【 お は よ う 】

  ケヴィンは息を殺した。その後の自分の対応によっては、これまでのすべてが無駄になる気がした。その背中を、ジルがどん、というふうではなく、それよりはすこしやさしく、なでて前におした。

 「おはようございます」

 にっこりとしたほほえみが帰ってくる、けれどそれだけでは、会話を終えるつもりはなかったらしい。

 「まだ、くらいね、少年」

  まるで他人を制圧する目的があるかのような含みのある会話だった。ケヴィンもジルも言葉をうしなってしまっていた。微動だにできない、疑われているうちは、そんな考えが頭の片隅に芽生えた。


 そのころカイは、未だに雑木林の中にいて、仕事の準備をしているところだった。ひさしぶりといって差し支えない、腰につけたバッグにあったアンティークの品をとりだしていた。この仮面には、自分の思い出のいくつかと、自分に関わった人々のいくつかの思いでがささげられている。 特別なものではない、“エスピィミアの黒鳥”の仮面は。

 仮面は目のための黒く縁どられた穴があいていて、中央を気が描く模様の深淵の縁取りがつなげる。彫刻像をさらにシンプルにしたような立体感と、木彫りの家具のような年輪のデザインをまんべんなく刻み付けている。

 「なあ、作戦についてくわしくきいてないぜ、俺は、ここまで距離がある、相手の数は50人はいると聞いたぞ、そこまでわかっていて、なぜこんな遠くに俺たちは配置されてるんだ、地の利だって向こうのほうが上だろう、相手はただ、待っているんだからな」

 「無駄口はよせ、エスピィミアというのは、自由だけが信念だ、無駄口をたたくなら、もっと無駄な事にするといい」

 一瞬カイは自分の言葉が相手にまけたのを疑問に思った。作戦については“臨機応変”それ以外にはなにもない。彼は仮面にてをあてて考えた。仮面をなぞる。一つ特徴的な仮面の部位がある、それは嘴だ。目の上の堀り深い影をたらす輪郭、眉間から鼻筋、鼻筋から口元その先をさらに宙につきだした部位がある。

 「まさか、50人すべてがこちらにくるわけでもない」

 「なあ、お前、どうしてジルとわかれたんだ?」

 「こんなときになんだ」 

 獣道の少しひらけたところがあって、彼等は左右に展開していた。右に位置していたのはベルノルト、カイは不服げに右に気持ち首を傾げたような格好で尋ねた。

 「お前が無駄なことをいえといったのだ」

 ……こういうときに、カイは自分の無意識な、無頓着な粗雑さを嫌うのだ。

 「ケヴィンもそうだ、私は助けたいと思った、けれど同時に遠ざけたいと思った」

 「それはなんでだ?」

 そう質問しながらもベルノルトはさらに右にめをやり、右ポケットから何かをとりだしているしぐさをとった。質問の間にとりだした小さな棒状の紙をくわえた。紙煙草だ。カイが彼を、クローを憎む理由がわからない。彼は、本当に憎んでいるのか?そんな質問を含めた、かれの問いかけだった。

 「俺のしっている幸福の末路が、とても不幸なものだったからなんだ」

 つまり、彼は、連想してしまうのだ。なにがあっても、正義や幸福を自分が自分を律するようにそのために形づくられていても、けれど彼は不安なのだ。

 「すべての不幸は、自分が理由だ、僕は過去を引きずり過ぎたのだろう」

 「はあ!!?何いまさら弱音はいてんだ!」

 ベルノルトは、その言葉の中に宿る不吉な気配に気押されつつも、そんな彼の後押しをするしか、望みはもたなかった、もはや、進みかけた船だ。カイは、いつも心に決めた事はいわなかった。ケヴィンと同じジンクスのわけではないが、唯単に、彼はそれをいうことで人を巻き込むのがいやだったし、もともとの事を想えば、ジルの事に思い至る。ジルに心を開いた事でおきた、“エスピィミア”の末路について、赤い炎の中で、叫び声をあげるジルの姿が目に移り、たすけだそうともがき始める時の記憶にも、胸をいためずにはいられない。


 そのころラヴレンチ拠点の格子の前では、少し席をはずしたラヴレンチのおかげで、緊張のほどけたジルとケヴィンが会話をしていた。がっちりとお互いの肩にてをのばしてお互いの気持ちを伝えようとしている。もう、準備が近かった。

 ケヴィンが目を覚ましてから、もう隠すものなど何もないかのように、彼女は、ジルは彼に耳打ちをした。ケヴィンの頭をお腹にかかえて、背中をまるめてその口もとも鼻先も、てのひらでつくったパーの姿勢でおおっぴらに、わざとらしく耳打ちの構えをみせている。

「ケヴィン、あなたの持てる想像力すべてを、私に貸してくれる?きっとこれからおこる、今だけではなくて、全ての解決にそれは、役立つものだと思うわ」


 それと一瞬の間さえも持たない間に、遠くですさまじい銃声が響いた。格子にかおをつけるようにして、左手で格子をつかんで外の様子をケヴィンが覗き見ると、遠く遠く、それは林をぬけて、大きな車道の走る脇道のあたりに、米粒程度の人影をみたきがした。

 「バキューン、ドドドド、ガガガガッ、ズキューンッ」

 力強い音、開戦の合図か!?車の急停止かドリフト走行の音もひろがっている。ジルがすべてさとったようにケヴィンにささやいた。

 「いよいよ始まった」

 そんな小さな呟きも動じず、先ほどから意味深な動作をする牢屋の中にすら関心をもたないように、なにもかもしっているかのように、格子の正面、丸太椅子にこしかける筋骨隆々の男がつぶやいた。その手の内には、小さな無線の機械がにぎられている。

 「今、クローの援軍が来た、助けはこないぞ、少年」

 無線を耳にあてて、嫌らしくラヴレンチが、先方に何かを呼びかける途中にそうケヴィンにささやいた。

 

 戦線のもっともとおく後方では、崖から見て取れたように、すでにロム医師と、ケネスがたまたまみかけた大きな洞穴にかくれて、銃撃をやりすごそうとしている。いつのまにか、陽動はカイとベルノルトのはるか後方でおこなわれていた。敵に遭遇したのは15分ほどまえ、ロム医師がいくつかの煙幕の手りゅう弾をまいて、立派に陽動の役割をはたした。もっとも天井にむけてライフルで威嚇射撃をしたときにはいくら陽動としても、ケネスは文句をいった。それでも一人でにげなかったのは、殊勝といえるのかもしれない。

 「投降しろ!!、さもなくば、うつ!!!」

 そこは傾斜のある、小さな丘のような山の山すそのようだ、何か浸水のようなもので、山肌におおきなあなでもあいたのだろうか、洞穴が来るものを拒まずといったていで下へむかう階段のように闇がのびて顔をのぞかせていた。ロム医師は先人をきってそちらへ逃げ込む決心をした。

 「いい場所をみつけた、これで30分はしのげるだろう」

 ロム医師は、戦闘に際して難しい準備をしてきただろうか?いや、カイから頼まれてきたものは、カイたちのためのCOAの整備、弾薬や爆薬の確保、そのほかに大したものは頼まれてはいなかった、けれど懐に手を伸ばし、ロム医師が何かを取り出すのが、同じように穴の中に隠れていた。

 「くくく、これは特製の火焔瓶さ……」

 右手に構えたライターでその導火線にひをつけた、すると数秒もたたずして上空でものすごい音がひびいた。ケネスは驚いて質問した。

 「一体何を……こんな秘密兵器があるのなら」

 ケネスは震えていた。自分のした裏切りにもにたスパイ行為によって、あまりいい身分をあたえられていないとはいっても、陽動などという不毛なデコイの役割をかってでるのはあまり乗り気ではなかったからだ。

 「みてみな、これが秘密兵器か?まだあるぞ」

 そういって懐にてをとりいれ、またなにかをとりだした。

 「これだ!!」

 小さな爆弾のようだ。また火がついて外に放り投げる、洞穴のすぐ手前まで追ってが来ているようだ。ざっと10数人はいるだろう。しかしとたんにあたりに霧のようなもやがかかる。

 「なんです?ただの煙幕じゃないですか」


 洞窟の外で何がおこっていたか?まず初めに、ロムのなげた火炎びんには火薬、といっても花火の火薬がつめられていて、上空で派手な火花をちらした。いくらファミリー同士の抗争でしかないとはいえ、おおきな戦いが目を引けば、別のファミリーや、それとつながりのある公権力が黙って置くことはできない、そうした意味で、あえて派手な花火をあげる意味はあった。なにしろ、隣のナナシの街は、ジンクスファミリーの牛耳る地域なのだ。


 「そういえば」


 ケネスには、まかれた煙幕の匂いに覚えがあった。これは、何かとても、腐敗の、いや、生体のサイクルの中で必ず最後にくる……。

 「老廃物、いわゆる、ウンコや尿だのといったコエの匂いさ」

 「ウゲエッ」

 「エッ???」

 お茶目っけでクエスチョンマークをなげかけたつもりだったが、むしろその反応にロム医師のほうが疑問を感じた。

 「おい、ドブネズミ、下水を通ることもあるお前たちでも、人の糞尿は汚く感じるのか」

 「ロム医師、今日はそういった類のガスマスクをつけてはいないのです」

 そういって、彼の頭によみがえったのは、ロム医師が何かを調合する姿。

 「ロム医師、貴方もなかなかあなどれないお方ですね、いつかあなたが、あなたの研究室、いえ診療所にて、いくつかのアロマオイルや、香水を自分でブレンドしているのを見た事がある、糞尿をそのまま使ったわけでもないでしょう、あなたは、この香水をあえてつくっておいたのですね」

 「がははははははは」


 快活に笑うロム医師ののどぼとけさえものぞきそうな馬鹿笑いに合わせて、踊らされる敵兵たちは、悲鳴や怒号まじりの叫び声をあげてひるんでいた。


 そのころ別部隊。

 「始まったな」

 「ああ、そうですね、そうだ」

 前方ではカイとベルノルトが肩をならべて、敵襲の様子をうかがっていた。防弾チョッキをつけているものの、ベルノルトの軍で使われるような迷彩型の戦闘用のヘルメットは、銃弾をすべてはじきだすとはいえまい、そのときばかりはカイの仮面が少しうらやましかった。

 「なあ、ベルノルト、俺の秘密を聞いてくれないか、俺はいくつも秘密を隠したりする、だけど、その秘密は、特定の状況でしか、暴露する気にはなれないんだ」

 「一体何のことだ、もう君の不可解な行動や言動にはなれたものだよ」

 “それ”が得に大した問題でなければ、きっとカイは胸の奥そこに自分の想いと苦痛の記憶などというものをたった一人で隠し、悩みはしなかっただろう。

 「それをいうことで巻き起こる混沌と混乱を、僕は知っている、君は僕のために命を落とす事ができるか?」

 沈黙は、相手の動向をさぐった。けれど二人の間の緊張の感覚は、敵対する人と人との間にある沈黙に等しい。

 「カイ、ああ、そうだ、私は別にお前の事を尊敬しているわけじゃない、だけど私は、ジンクスファミリーのボスに敬愛の感情を抱いている」

 「……」

 沈黙は思考だった。カイの場合はそうだった。小さく開きかけた口に、戦場の相棒は目をこらした。それが少しあいたときに、響いた怒号にかき消されようとも、その言葉の意味をはき違える事はなかった。

 「ゴラアアアア!!!!!ッ」

 「きた、“クローファミリー”のやつらだ、もうここまで!!それなりの数がいるぞ!!」

 怒号に2秒遅れて発砲音は響いた、着弾の音や銃声の後を引くピンと張った耳鳴りにもにた音がしない。つまり弾丸は、敵のすぐ傍で止まったか、宙か地面でとどまったことになるだろう。

 「ベルノルト、今の話はまたあとでしよう、わかっているだろうが、今のは威嚇射撃だ、作戦通りにしろ」

 「分かってるっつーの」

 岩を隔てた向こうでばたばたと人の足音がする、きっと林の奥底だ。林がいくらか視界を遮るお陰で

並みの人間では拳銃の標準を合わせる事ができない、すべてはカイの目論見通りだった。

 やがて彼らは岩の奥で何かごそごそと物音をたてたあと、左右にわかれた。

 「おい!!!俺たちはクローファミリーのものだ、クローファミリーの目的は一つ“伝説の黒鳥”その首だ!!!俺たちは名をあげる、俺たちは世界に名をとどろかせるだろう、天下のクローファミリーだ!!!」

 それにたいしてカイの回答は、うるさいな。の一言ですんだ。


 そのころ、ケヴィンとジル、ラヴレンチ拠点革にて、二人は逃走の機械をいまかいまかと戦況をみながら確認をしあっていた。どんな些細な事さえもみのがさないように耳をそばだてて目を見張って、呼吸さえときおりとめてしまうほどに集中していた。

 「ケヴィン、ケヴィン、相談があるの」

 珍しく、しおらしい態度で、弱々しい声がラヴレンチとソスランの東区の山腹、洞穴の拠点に響いた。もう隠す事などなにもないかのようだった。ただラヴレンチが落ち着き払って、こちらの動向をずっとみている。先ほど何かしら無線で連絡をとっていたらしい、聞いていれば、こちらにも複数人、人がくるようだった、だからもう時間がない。

 「これ、みて」

 それは小さなペンのような物体だった、いつそれを手にしたのか、いったいどういうつもりなのか、ケヴィンには何もわからなかった、ただ相手の言葉の語気に潜む焦りと、行動のための入念な準備を要するのであろう緊迫感から、彼はただ姿勢をただした。

 「ケヴィン、よく聞いて、私は昔“国際義賊団体”悪く言えば、“盗賊”に所属していたの、けれど、“フォレストベーレ”で生きて来た私も、また私なの、わかるかしら?」

 ジル、エメだった人が自分の手のひらをつよくつかんで、何かをせがむようにいっている、少年の自分はただ、その言葉をしんじればよかった

 「はい……」

 「私にだって、なまりや衰えはある、そもそも私は、身分を偽装する以外の闇社会でいきるすべをほとんど失ったものだとおもっていた、だって、本当よ、この国のナナシの街にきてから、私は一度もあたり前で、平凡な人生に嘘はついていなかったから」

 「……はい」

 「だけど聞いて、一度だけ、昔の力を使わなければいけない、ただあなたにお願いしたい事はひとつだけ、私が、合図をしたときに、あなたは必ず伏せなければいけない、だけど、貴方にお願いする事はもっとかわったことよ、力む事じゃないの、抵抗することってわけでもないの、貴方にお願いしたいのは……」

 ジルの眼は真剣だった。つまりその言葉が、これからの作戦にとって何よりも重要な自分の使命、その使命が今、ジルの口から語られようとしていた。しかし、それとは違う不吉な気配を感じて、ケヴィンは耳をこらした。――そんなに耳をこらしたのは、アラベラのいたあの夕方の“フォレストベーレ”のとき以来だった。

 「ケヴィン、あなたには“カイ”の事は理解できていても《エスィピミア》の事も、“黒鳥”の事も理解できない、あなたは力を抜くときには力をぬかなくてはいけない、なぜなら、カイのすぐ傍で力を行使してはならない、それはマーニアにも、“古き血”にもかかわりがある事だけど、詳しくはいえないの」

 「え?」

 「あなたは、腹の少しした、丹田に力をいれてはいけない、カイはあなたを助けた理由をたずねた“ファラリス”の水辺で私にいったわ、なぜ助けたのか?と私が質問したら確かにこういったのよ――彼は不幸に巻き込まれたのだ、自分の過去と同じであるばかりか、それよりも純粋な物を持っている、だから彼がかしこさをもっているという事は、恵まれた環境を持つという事は、自分に傷をつけ、あるいは人を不幸に貶める自分にとって、それは自分にとって未来の希望なのだ、そういったの――合図をしたら、力をぬくの、いい?わかった?」


 その瞬間、敵拠点の暗がりの中、今までうんともすんともせず顔も出さなかった、“ラヴレンチ”のような拠点の主が、洞穴から、人間とはまるで別の生物がその暗闇の奥底から姿をみせたかのような、不敵な、不気味なそして巨大な音をたてて、何か音を発してとびこんでいた。けれどその正体はわからず、音だけが響いた。ただ反響する洞窟内の音を回収するだけでは不足で、もっと異様な、腹の底に勢いをこめて、それを何十年もためていたかのような不気味な空洞に響くような音だった。

 「はははははははははは!!!」

 それが感情をもった言葉だとは、感情を持った音だとは、そのときまで理解できなかった。すぐ目の前の、怪物のようにたちあがり、仁王立ちをしてもともと長かった手のひらをさらに長く、太く膨らませた人間をみるまでは。それはずさり、と二人の前に茂みの中から踏み込んできて、二人を一瞬とまどわせて、あとずさりさせた。

 「“エスピィミア!!、エスピィミア!!”いいだろう、二人がかりでもいい、私の村がかつて滅ぼされたときのような、絶望、私は、私の近親者も、私の愛すべき友人たちも、救えなかった、だが、私はただひたむきに、ただ武術だけを信じてあの地下の牢獄のような生活を続け、そしてついに、クローファミリーに救われ、拾われたのだ」 

 唇が青くなる、男対女、力の差は歴然だ。きっとジルは無理をするだろう、あんな小さなペン一つで一体何ができるのだろう、こんな巨体相手に出来る事など、何か秘密があるにしても。

 「ケヴィン、よく聞いて、あんな奴に騙されなくていい、私は“エスピィミア”なのよ」

 「女!!お前はどこを機械化したのだ、早くみせろ、早く、お前の性能を、私はすべてを失った、全てを奪われた、しかしそれらはすべて、“初めから仕組まれていた”のだ、だから今度こそ、私は私の組織を、私の居場所を勝ち取りつづけなくてはいけない、容赦をするな、私の首をとれるならとってみろ、闇の社会の原則は、力、力こそすべて、力こそが支配だ、力こそが勝者だ」

 おかしい、おかしかった。あまりに力んだ相手に向けて、少しもひるまない女性が一人、その策略と勝機は一体どこにあるのだろう、只一人だけなら、こんな機会はなかった、彼女が、何か言葉をさけている、言葉を呑み込んでいる。そんな気がした、だから瞬間、ケヴィンは言葉を発した。けれどその反応を待ちわびておく瞬間的な間すら、“エスピィミア”と少年の間には残されてはいなかった。

 「バキンッ!!!!」

 鋼鉄の折れる音がした。すさまじい音だった、その折れた先は鋭くとがっていて、自然な皮膚でふれれば必ず怪我をするだろう、血がでるだろう、それはまさしく、力、力業だと思った。実際、目の前にいた対象、“巨漢のラヴレンチ”は、すさまじい形相でこちらをみていたのだから。

 (終わった……)

 そう思ったケヴィンの意識に残されていた余裕は、ひとつ、ただ“規則”を守る事だけだ。


 拠点から見下ろす林。未だに林の戦線後方では、ロム医師とケネスがひそみ洞窟内と外とのまどろっこしいやりとりが行われていた。大人数が出入りするには心細い上下2メートルほどの直径の掘ら穴が、小山のふもとに開いていて、クローファミリーのスーツ姿の男たちは、右往左往して、対峙している人間との交渉の手段を考えているのだ。

 暗闇の奥底では、心臓を高鳴らせ呼吸をおちつけて、いつか洞穴の奥底につきあたりにあたらないかと足音さえも闇の静けさの中に隠し、ゆっくり、ゆっくりと二人の人間があゆみをつづけていた、やがて左にまた分岐した道をみつけるど、ガスマスクと額にライトをもつ情報屋の“ケネス”がその路を先導した。

 (ここでつかまれば、何ともならない)

 ケネスはいささか後悔の念にとらわれたがロム医師は何かくちもとをつりあげてこの状況を楽しんでいるようだった。下からときおり反射する光によって照らされるロム医師の顔は、不気味でもあり、その不気味さが味方であってよかったという安心を抱いた。

 「ロム医師、何がそんなに、彼を護ろうする考えに結び付くのです?」 

 わからなかった。カイを助けようとするベルノルトやロム医師、ジルや、細かい事をいえばケヴィンまで、きっとカイの事を何よりも信用しているし、守ろうとしている、それは単なる恩義のためだろうか?彼には少し疑問だった。

 「やつは確かに無茶苦茶だ、行き当たりばったりで人を助けたり、こんな風に危険な目をおかしたりな、しかし、しかしな」

 言葉をためて、ひと呼吸をおえる、老紳士はやはり心の中に疲れを隠し、疲労は肉体のそこかしこに蓄積されているらしかった、さっきからずっと急ぎ足だった。彼を座るように促すと、彼は座りながら、こんな話をしてきかせてくれた。

 「奴はな、人の事も自分の事のように考えてしまう、そのことが悪い結果になる事も知っているし、確かに経験もしている、けれどそれだけではない、彼には“こだわり”があるんだ、それが、きっと皆につたわるんだ」

 「何のこだわりですか?本当に、そんなに分かりやすいところが、彼の人望につながっていると?」

 「ああ、俺はそう思う」

 腰にてをあて、もう一度たちあがると、ロム医師は、さらに前へ前へケネスをともなって促しながらも、明確な答えをあたえてくれた。

 「あいつは、自分が周りの人間を巻き込んだと思う、いつもそうだ、けれどな、あいつはいつも自分の中の覚悟や、信念、それらが回りに新しい、秘めたる決意を促すという事をしっている、やつは、回りの人間をある面では不幸にしつつ、ある面では幸福にする、その取引がとてもフェアなんだって思わせてくれるのさ」


 ズドオ、とひときわ大きな音が下かと思うと、巨大な長い体、というよりそれは“尻尾”のようなものが、二人の眼前いっぱいにふいにひろがって、木々をなぎ倒した。

 (やばい!!)

 カイがその場でそのとき何を瞬間的にひらめき、危険を感じたかといえば、その巨大な敵の本性や何かではなく、たしかにそれは、一瞬でわかるようなまるで古代の生物の巨大な尻尾のような細く鋭く、トゲのはえたもので、その力自体も恐れるに足りるものだったのだろうけど、その向こうにマフィアグループが拳銃を構えて、それも連射可能なマシンガンの類のをすでに打つ構えできっちりと舞台が展開されていたからだった。

 「ベルノルト、お前はもっと左まわりに、俺は時間稼ぎをする」

 「何だ!!!」

 ドンッ!!!という音がしたかというと、問答無用でその爆風と砂誇りがあたりにちっていった。

 「くっ、くだらない時間稼ぎを、ん?」

 マフィアたちが砂埃に視界を奪われる、そして数メートル歩いていくと、カイやベルノルトが先ほどまでいた大岩のあたりについた、すぐに一人の構成員が、その向こうにある奇妙なものをみた、そこはどうやら、かつて鉄道かトロッコでもとおっていたのだろうか、少しくぼんだようになっていて、それらが辺り一面ぽつぽつとした溝をつくっていた。 

 「下手に時間稼ぎをされると……」

 別の構成員が声をだした、クローファミリーの集団は5人ほどいて、その中の一番前に位置するのが、赤い異形で、体はそこまで一般の人間とかわりがないのだが、足と尻尾が隆起して、かつて地球上にいたような絶滅した肉食生物を連想させるような姿になっていた。


 すぐそのあとに、今度は彼等のすぐ横、崖に向かって左側で音が下かと思うと、人がころころと奇妙な行動をとっていた。側転といえば簡単だが、まるでサーカスの奇術師のように奇妙な運動をして、すぐにその場を横断したかと思うと、またコロコロと一周しつつ先ほどの化け物じみた異形のすぐ右すれすれをスーツ姿のファミリー群衆の中を通りぬけていった。

 (なんだ!!?)

 群衆の中のリーダー格のポロという男は、拳銃を引く合図をださなかった、なぜならその奇妙な動きをしていたのは、カイではなく、見るからにベルノルトという、いつか見かけた事のある“ジンクスファミリー”のコンシリエレである、しかし奇妙な音をたててすぐ群衆の横を通りぬけていったのをみると

こう何かを伝えるべきと叫んだ。

 「まずい!!」


 崖付近でも変化がおきていた。

 「ぐあああ!!!」

 「!!?」

 ケヴィンの檻は解き放たれた、ジルも同様に、前面の半分が壊れた折の柱から抜け出す事ができた。

 (いったい、ラヴレンチは何をしたんだ?)

 鉄の檻は、巨大な岩石が地響きをたてて折れたように、前面から斜めに線がはいって、そればかりか、縦の格子はぱらぱらと一本ずつばらになっている。一体何がおきたのか、ジル以外は何も説明がつかなかっただろう、ただその場の騒乱の中で混乱を引き起こすには十分な騒ぎだった。

 


 その一方で、カイとベルノルトの前線はすぐあとに、新たなる局面を迎えていた。まるでマジックかサーカスのように、クローファミリーの部下たちが苦しめられている。左から“黒鳥”が現れたかと思うと爆発がおきて、また部下たちは慌てふためく。マスクの中では、カがなげいている、何かを大きな筒状のものを背中にせおって、抱えるために手で支えている。ただ砂埃のせいでよくみえなかった。そのせいか言葉が漏れ聞える。

 (く、苦しい)

 現れた確かに、敵に向き合っている“黒鳥”の姿が見える、しかしその井出立ちがどこかぎこちなく違和感があったが、カイも緊張をするのだろうか。次にスーツのベルノルトの影が、彼等クローファミリーの群像をかきわけたあとはるか前線につきすすんでいった。クローファミリーのお目当ては初めから“エスピィミア”だったらしく、その口もとから言葉が薄くひびいた。

 「あとは頼んだぞ 」

 と同時に、群衆の中で一人が叫んだ。一斉に銃口は背後の“カイ”に向けられる。

 「撃て!!」

 砂塵が舞うなかで、その奥の黒鳥の、噴煙や硝煙や薄闇ににじんでいく彼の輪郭めがけて、クローファミリーの全員がその彼にむけて、群衆の中、リーダーのポロの合図で一斉に弾幕を張った。彼はまるで剣山のような髪の毛を逆立てて、こめかみにしわをよせて、舌打ちをした。

 「ズガガガガガガッ」

 カイは砂塵の中で、弾幕を“何か”でふせいでいた。そのとき、砂塵が図るその先で何かを盾にしているようだ。それは背負っていたギターケースのようだ。それは確かに単純に防壁として機能していたようだったが、さらに後方でも、彼の黒いマントが前面にだされて、弾をはじいているようだ。しかしそのマントが別の奇妙な機能をももっていた。

 (迷彩!!!?いや、透けている!!)

 カイの腹部は透けて向こうがみえている。

 「はははは!!腹に穴があいたぜ」

 「馬鹿、近寄るな!!」

 「ドガッ!!!」 

 太った一人のクロー構成員が、右前に位置していたカイが近づいて言った瞬間に頭がわれそうな爆発音をきいて、次の瞬間、その場にへたりこんでいた。

 「いでええ……」

 ギターケースは大きく上にふりかぶられ、彼の頭部に命中したあと、また“黒鳥”のそばに現れた。

 「おい、お前等、俺が誰だと思ってる」

 「……!?」

 「こんなところで暇つぶししていていいのかな??」

 ポロは、余裕しゃくしゃくの相手の態度に奇妙な違和感を覚えて、そしてふと、頭の中をよぎる思いに寒気を感じた。

 (仮面をつけているから、中が誰かわからない、こいつは、本当に“黒鳥”か……)

 何よりもそんな原始的な攻撃手段しかとらないのが、“黒鳥”とは思えなかった。

 「伝説の黒鳥がこんな醜い戦い方はしないはずだ、何かがおかしい、おい!!二人ほど、追え!!背後だ、さっきのやつだ、さっきのやつを追え!!」

 彼が急いで後ろを振り向き、部隊の連中をせかした、しかしその背後で、異形のなんともいえない、呻き声をきいた。

 「うがっ、ウガッ」

 異形の顔はどこか猿人や原人のようで、その牙こそとがっていたが、それから奇妙な尻尾が生えているのでまるでキメラの獣のようにいびつな格好だった、その顔のゆがみに、思わずひるんで奇妙な胸の気持ち悪さを感じて、一瞬ポロはひるんだ。

 「何をしている!!後ろだ!!」

 そう叫んだポロも、また妙な目にあった、爆発音がふきつけ粉塵の中から小さな石ころがこちらにむけて投げつけられていた。まさか、異形を従えていることが、ここで裏目に出ようとは、ポロは考えてもいなかった。

 「ウギャアアアア!!!」

 そんな小さな、いたずらのような行動で、頭に血が上った異形は、すぐ目の前にせまっていた“仮面の黒鳥”へとつかみかからんばかりの勢いでかけていった。それにつづいてほかの部下連中も進んでいく、もう後には引けないほどに血が上っているようだった。

 「このやろう!!!」

 「く、くそ!!皆こっちに来やがった、早くおえてかえってこいよ!!カイ!!!」

 はしりぬけて、逃げ始める黒鳥、仮面の中から聞こえるその声はカイのそれではなく、まさしくベルノルトの声だった。


 なぜこれほどの事態が引き起こされたか、そしてなぜ、クローはくるってしまったか?ナナシの街は、つい数十年前までもっと裏の社会が顔を出し、混沌として、不正や悪に関して、ある程度寛容だった。

―—―人が追い詰められたとき、例えば死を覚悟したとき、走馬燈が駆け巡るなかで、その人生の成果として考える事は何だろう?幸福な過去の事だろうか?それとも不幸か??—―—―


 完全な二項対立の闇と光、正義と悪の序列では語れない闇の引力がそこにあった。堕落は堕落をよびよせる。クローは、憎しみを蓄え、やがてニコルという闇の住人にであった。それが彼に希望を抱かせた。そのほかのものは、全て絶望と苦痛を背負っていた。過去という言葉は、死を覚悟した後の人に重くのしかかった。

 彼女は、全身をサイボーグ化しており、サイボーグ技術により自分の命を普通の三倍ほどにまでたかめていた。むろん、彼女はすでに戦争を生き残っている存在だった。

 (科学を毛嫌いしても、やがて科学がおいついてくるのだよ)

 まるで新しい祖母や母親のようにあまたある甘言を多くのものにふりまいたように、彼女は悪のいくつもの偽名といくつもの表情を—―まるで一時期のジルのように—―使って、彼女は半グレ集団を組織していた。人はそれをナナシの街の・ゴッドマザーと呼んだ。それが目覚めたクローファミリーのボス、クローに残された、最後の薬だった。彼女のようになるしか、自信を取り戻せないと確信したのだった。

 「マザー・ニコル」

 彼はこうよんで、コールドスリープ後の一切の面倒をみてもらった、なぜなら表社会で、彼の様な厄介な社会問題を抱えている人間は無視されてしかるべきだからだ。一見、社会にあぶれた人間を吸収し、守るために組織されたようなその組織の本当の目的、それは……。

 「私の臓器のコピー品をつくるのよ」

 いつしか彼が信頼のおける部下の中でもっとも信頼のできる詐欺師となったとき、マザー・ニコルは安易に自分の秘密を話した。すべてのゴッド・マザー組織の幹部の隅から隅まで、マザー・ニコルの次の100年の人生のための糧とされていた。

 「いつか、この老婆を殺さなくてはいけない、そして私の絶望の安住の組織を、もう一度つくらなければ、マザーは、母、ならば私には、家族が必要なのだ」


 やがて町のカラーギャングを吸収して、隣町、東区にはさらにナナシの街を牛耳るジンクスファミリーより根深い闇が存在する事をさとった彼は、組織をつくった、それはとても小さい組織えあったときからこうよばれた。

 「我々の、組織の名はクローファミリー、私のための家族だ」

 自分に組織を維持し、創る才能があるとしってから、老婆に向けられる憎悪は自分の糧となり、支えとなった、やがて自分の組織の幹部が、自分の命令に先んじてその老婆に手を書けるまで……。

 「ボスの憎悪は、ボスがいわなくてもわかります」

 なもなき幹部の欲にまみれた献身だった、そのときボス、クローは秘密をもったのだ。彼の気に入らない人間は“粛清”をするという秘密を、その秘密はマザーの代わりとなった。

 ボスクローはマザーを憎んではいたが、けれどその憎しみこそが、愛するべき、そして憎むべき過去にむけられた復讐の炎の半分を奪って、彼の秩序の源になっていた。なもなき構成員は身勝手に彼の復讐の機会を奪ってしまったのだ。

 「組織は、一枚岩ではない、数が増えれば増えるほど、秩序とは程遠くなっていくのだろう、ならばこれに、家族という呼称は必要なのか?」

 彼の中のもう一つの人格が疑問を抱き始めてから、クローファミリーはクローファミリーに対して彼は本当に全力で組織を経営し、全力で組織をする事をやめたのだ。彼の才能の実力に反して。


 クローファミリーの中枢にいて、地下1Fで。玉座の奥より奥につきあたりから左にむかって物置のようながらんとした小部屋が放置されていて、その右に、浴槽のある部屋がった。憔悴しきったクローはもう孤独だった。自分が何をしているのかさえわからないのかもしれない。なぜだか動く事がおっくうで、理由といえば、彼に同情していたからかもしれない。ソスランというスケープゴートに。だからもう組織の事はどうでもよかった。なぜなら分からないふりをしたところで、深層心理の奥底で、戦いの行く末はみえていたのだ。夜の執務室、もはや睡眠と食事だけが彼を支えていた。時折自分を取り戻し、あとのほとんどの時間は自分をうしなっていた。

 ずりずりと肉体の一部をひきづっている、それが手のひらだと気づいたのは、テーブルにてをつき、行儀よく腰をかけてからだった。といっても、彼は自我をうしなっているから、テーブルの上にこしをかけたのだが。

 【ムシャ、ムシャ、ムシャ】

 食べているのはフランスパンだ、リンゴには手を伸ばさない、籠の中にほかにはバナナが見える。彼は醜態をさらして、食事をとる、もはや服などきていなかった、彼の執務室には生活のがらくたが散乱していた、もう誰も彼をかつてのクローとは思わなかった、クローは、気がおかしくなっていた。その気がおかしくなっているときには、彼は部屋にとじこもり、コンシリエーレ・セナさえもよびつけなかった。


 一方ラヴレンチ拠点とエスピィミアの騒ぎはより一層混迷をきわめた。騒音がなりやまず、騒音に近隣の人々もついには見物に集わずにはいられない。そこで不利になるのは、籠城を決め込む側であろうことは間違いない。ラヴレンチの心にも焦燥がかさなっていた。ロム医師とケネスは、まだ籠城を決め込み、時折敵の気を引いては、敵の出方をうかがっている。

 【ズズゥンズズンン】

 ロム医師のこもる洞窟の入口で鈍い音がして、その後に奇声がひびいた。

 【グシャアア!!!】

 すぐ前まで、脇道からもとの洞窟の一本道へもどって、すぐまたロム医師のいる左にそれた小道にかけつけてきた今は味方となった情報屋のケネスは、体をばたばたと慌てた虫のようにせわしなく動かしながらここへともどってきた。

 「ロ!!ロム医師!!あれは一体何だ!!」

 「何だ、何をみた!?」

 「ああ、ああ、落ち着いて話すよ」 

 5分も前の事だ、一人入口の様子をみてくるといってでかけていったケネスは、やはり洞窟の入口あたりでちかちかと何かがうごいたり、こちらを照らしているライトらしきものの光をみた。それでおちついて彼等にさらに近づこうとして、奥へ奥へとすすんだが、その途中で妙なものをみた。それは普通の人間の、2、3ばいはあろうかという巨人の姿で、その顔は人間というよりもむしろ原始的な人類の姿ににていた、そして骨はごつごつとしていて場所によっては皮膚をつきやぶらんとするばかりのとげとげとした骨ばった箇所もあった。それが特に際立ってめだっていたのは額で、その額めがけてその猿のようなものは自分のこぶしをがんがんとつきあてるのだった。

 「グゥウオオグゥオオ!!」

 ロム医師は、そんな慌てたかれの言い分と報告を聞く前に、落ち着き払って敵の正体を分析しようとつとめていた。その彼のひたいにも汗がしたたる、そして自分のバッグを漁った。

 「もしものときは、お前ひとりでもにげろ、私はあとでおいつく、私には秘密兵器があるのだ」

 【し、しかし!!しかし!!】

 慌てている勢いで挙動不審となったケネスを鼻でわらい、まるでこどもに教えるようにロム医師は昔話をしてきかせる事にした。

 「はあ、ケネス、ケネスよこっちをみろ」

 かおをひっぱたき、ビンタをして目線をこちらにあわせようとする、するとケネスの眼はおとなしくそれに従ったようだった。


 「“マーニア”機械化された芸術の塔」

 「マーニア……ロム医師、一体それがこの状況に何の関係があるのです」

 ロム医師は、彼のガスマスクと装飾に囲われた顔を腕にかかえて、つかんでいた。

 「パンドラと“旧文明”の関係はお前もよくしっているはずだ」

 マーニア、それは滅びた旧文明人が、旧文明のそれまでの歴史、科学技術、智慧、その全てをつめこみの後世に残すために立てた塔。その後国際組織“カロン”とともにパンドラが、かつての文明の知識と英知の取り扱っていいという範囲を定め、その塔の埋め立てと、掘り起こす階層の限度をきめた、それはパンドラの隣国、エミアの地下に隠されている。

 「32階層」

 それが、最下層だった。それが最下層であることを、情報屋がしらないわけはなかった、被り物をしているとはいえど、それを言われて、ふと思い当たることがあったように情報屋ケネスはその場でかたまった。

 「32階層、その階層で掘り当てられたもっとも過激で、もっとも兵器的なもの、それが“魔人(ディアボロス)”だった」

 「“魔人(ディアボロス)”とは…………?まさか!人間兵器といわれた研究ですか、そもそもヒヒイロカネと同じ階層で発見されたという、ヒヒイロカネの技術を流用した」

 ロム医師はいま手のひらの中で、ケネスのひたいを胸元に押さえつけてあるそれと別の手のひらで、まるで空をつかむような、空の球体をつかむようなしぐさを胸の前でしてみせた。

 「それは暗黙の了解だった、それには手を付けてはならないと、同じ階層で発見された魔人(ディアヴォロス)も、ヒヒイロカネのエネルギーとそのものを、兵器に変えてしまう恐れがあったのだ」


 その瞬間、勘のいい情報屋、ケネスは分った、それとともに、初めてカイから依頼を受けた時のその信頼を自分に向けられたときのことを、なんとはなしに思い出したのだ。初めて依頼をうけたときから、この偶然には一つ一貫性がうまれていたのかもしれない。

 (―—―兵器(ディアボロス))

 すべての兵器は“マーニア”の32より下の層に封印されているはずだった。マーニアは上の階から人道的な技術や、再生医療などといった、科学の粋を集めたものが貯蔵されていた、それよりも下の階層には兵器があったために、国際機関は強力してその下の回想の過去、科学“かがく”の封印を解く事を拒んだ。彼等だけではない、カロンの議員たちだけではなく、全世界的に旧文明が世界を滅ぼした事実にも頭を悩ませていたし、それをてぶらで復活させることで高まるであろう国際的な軍事力の競争をも嫌悪感を抱き、嫌っていた。だからこそ、兵器“ディアボロス”はあってはならなかったし、それがヒヒイロカネという、人道的な、サイバネ技術と関係の深いものだという事は、世間一般には隠しておかなくてはいけなかったのだ。

 「ということは、まさか、あの赤い異形—―」

 「そうだ、間違いない、クローファミリーは、そんなものにまで手を出したんだ、ジンクスファミリーや、組織の統制が必要な闇社会のマフィア、ファミリーたちでさえ恐れる“魔人(ディアボロス)”研究に手を出してしまったんだろう!!」


 木々の間で前方をみる、敵襲はもうみえない、振り切る事ができる、しかし彼の瞳は、もう崖の上をみていた。そこから一体どんな飛躍をみせるのだろう、そんな事をして、届くはずもない。もどかしさにか呻き声をあげた。

 (くうぅう)

 その背後では、すぐに追って太刀の足音がした。銃声こそしないが、あの能面をつけたような猿にもにた魔人(ディアボロス)兵器が自分のすぐ背後からせまる足音と呼吸が聞える。

 (グゥオオオオオォオ)

 ———それはいつか見た景色と似た光景だった。そうだ、魔人(ディアヴロス)研究と情報屋。一時期裏社会に流行し、しかし健全だった光の社会、多国の公権力が介入することで収まりをみせた研究。覚えていないはずがなかった。

 「まるではりついたみたいな能面みたいだな、表情のない鬼のような顔、ディアボロス、お前には恨みがあるが、ここはまだその時じゃない」

 ふとそのとき、ザザザッ、という草木をかき分ける後の音に、鈍い呼吸とうなり声がカイのすぐ傍でひびいた。彼は目じりでそれを観察し、すぐに足から腰、そして全身に決意の力をためこんで、奥歯をかみしめた。

 「ガッ」

 カイの姿は、風切り音とともにそこから瞬間的にきえてしまって、魔人(ディアボロス)もその周囲を大きな方と掌をもてあましてきょろきょろと見渡し、嗅ぎまわるしかなかった。

 あたりにカイの姿はなく、ただ人気のなさと、魔人。そしてカイが突如消えた獣道の少しひらけた地面の見える場所で巻き起こる小さな砂埃だけが時をとめてとりのこされていた。



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