ラヴレンチの過去
昨夜遅く東区よりさらに東、隣町ダシにてスクラップ工場のたちならぶ背景の野山に、二人のマフィア構成員のいる、今では“301室”と鉄扉に札のついた洞窟では、洞穴をさらにいったつきあたりの最奥の一室で二人のサイボーグ・マフィアが話し合いをしていた。
それは、ある男の過去についての話だった。ソスランの話でもあったしラヴレンチの話でもあった。それは基本的にパンドラで嫌われるユロンの、夜中暗がりの人気のない簡素な洞窟というある屋内でゆるやかに、穏やか密かに進められていたし、それにこそ意味はあった。彼等は上下関係だったその役割をこえて、今や運命共同体として過去を共有しはじめていた。
悲惨なことはその後にあるのだが――もしその日、彼らが深夜のうちにコンシリエーレセナの指示によってさらに下の構成員たちに袋叩きにされ、袋詰めされなければ、きっと感動的な日々の一幕になたっただろうが、そうはならなかったのだ。だからラヴレンチや、特にソスランにとっては悲しい記憶になったのかもしれない、それというのも昨日までと違い彼は、もはや彼は半分人間性を失って、クローファミリーの見せしめの追及と制裁を受けて、そのあとには首の皮一枚で自我を保ちつ付けているようなものだった。そのころにはもう感動している思考や余裕などはもはや残されていなかった。
東区の果てにある青々と茂る林のすぐ傍に大きな岩肌が覗く断崖絶壁を誇る岩山があり、それは東区の南に位置した工業地帯から見上げる事もできる。この岩肌の空間にもしっかりとその下を見渡す広場がある。洞窟をくりぬいた先の入口に、側面から人が二人程やっと通れる程度の横幅の通路が左右にのび、相当背の高い人間でもやっと通り抜ける程の高さに上がくりぬかれていた。その前に手前に切り立った崖があり、スペースと呼べるのは洞窟の入口となる鉄扉のある正面前方に平たくのびる5平方メートル程の整地された場所だけだった。先程まで奥の一室にいた彼等は夜風を欲してそとにでて、ついでに夜食の準備をしようと活動していた。その切り立った崖は、彼らの日常の、特に食事においては重要な拠点だった。いつもじめじめとした洞窟に閉じこもっているわけにもいかないのである。
彼らは今から肉や魚やパンをとりだして、その夕食の作業にとりかかっているらしく、その崖の中央部、5人ほどの人間が座るのがやっとといった狭い敷地の中に、中央に石でかこみ木炭をいれた小さな火を囲って、上に薪をいれ、金属の即席の骨組みの上に焼き網を載せた。その場所ではすでにそうした形の出来上がった何度も使いふるされたグリルが完成されていた。二人は今ついさっきから夕食の準備をしている途中だった。ラヴレンチもソスランもそこでCOAの整備と具合確認をするが、そこは毎度の食事の場所でもある。ふとラヴレンチが沈黙に戸惑う、かと思えば、今度はつぎはぎの言葉を吐き出してそれに伴う思考を忘れた。夜中、組織の喧噪に別れをつげて、今彼らは紛れもなくのんびりとしている、何の制約も受けず、組織からの圧力も受けず、しかし、ふと彼等の頭をよぎるのはこんなことだ。つまりそんな場合だっただろうか?後から考えても彼らののんきな行動には何かしらの意味を感じざるをえないだろう、余裕と呼ぶべきか、焦りというべきか??
振り返ってみれば、彼等のみにこの数週間でなにがおきたのだろう。まず11月のはじめ、そもそも二人はもともと後ろめたさもありつつ独断でクローに頼まれた“ゴースト”と呼ばれた少年を追っていたはずだった。途中で雲行きが怪しくなったのは少年をとり逃がしてしまった事を隠しているからだ。それをいいことに今は何かしら画策している―ことがあるらしい。なにせソスランにはラヴレンチと違うクローとのつながりがあるらしい。クローファミリーの間でもゴーストと呼ばれる少年の事は、少し以前まで彼ら二人の構成員ラヴレンチとソスランの失踪と同等に取りざたされ噂されていた。なにせ少年が“ゴースト”と呼ばれたのは、そもそもはクローファミリー青組織末端のソルジャーの青年“エデム”が死体で発見された事に端を発していたということや、その鍵を握る秘密情報があるとかないとか。物事はそこでケヴィン少年とのかかわりをもったのだのだが、そもそも、これはクローにとってもファミリーにとっても重大な、ケヴィンやカイやジンクスファミリーにはしられていない発端がある。彼らはそれに対してもっと焦りを持たなくてはいけない理由をしっているのだ。
「はあ……」
真相を語るには少々ややこしくなる。少し前からクローファミリー拠点、ダシのコリュバーンにてソスランたちと別の動きがあった。それは間違いなくクローとそのごく少数の信頼できる幹部による動きだった。ソスランはこのころには、ゴーストの正体が何かを理解していた。ソスランの溜息が増えた事も、ラヴレンチはしっている。そもそもその前述の“少年”になぜ執着するのか、それと本来おうべきだった少年がクローファミリー内部で妙な呼び名“ゴースト”までと呼ばれ始めたのには訳があった。エデムという青年がそもそもの彼の関係者だったわけだが、それと同時に彼は下っ端構成員だったわけだ。そのことに初めに気が付いたのは意外にも構成員の下っ端にさえ気の使うことが出来た男、ボスのクローだった。
彼の彼の住まいで発見されたころ、彼はすでに白骨化してベッドに横たわっていた。部屋は荒らされた様子もなく、むしろ生活感がある時を境にそのまま時間がとまったかのように存在していた。開けかけのタンス、散乱した書類、テーブルの要れの小物入れの煩雑な様子。しかし、彼の体はすでに死体で、死後、白骨化していた状態で発見された、それが問題だった。つまり、死後人間が白骨化するに足る時間がかかったという事だ、問題は少しまえに戻る、そもそも、彼の死体が発見されたのは、彼の仕事の滞りを彼の上司であるコンシリエレ、セナが確認し、様子がおかしいという事で別の部下を発見したのだった。
つじつまはあらなかった。様子がおかしかったのは確かだが、彼はその間もクローによると構成員として立派に労働していたのだ。これで“ゴースト”という名称がついて呼ばれるようになった、つまりはケヴィンと勘違いしたあの少年こそが、その“ゴースト”の正体だろうというのがクローファミリーの憶測であり、それをおいかけたのがこの二人だったのだ。
それまで、仕事が誰かの手によって行われていたことが確かであり、何かクローが違和感を抱いたその理由としても、彼が拠点にあまり顔を出さなかったという事と、彼が愛用の煙草を組織の自販機で買う事もその要因のひとつだった。だからこそそれほどまでに、彼の死の発見に時間がかかったわけで、その間、仕事を引きついて何者かの存在にコンシリエレ会議や重役会議で疑いの眼がむけられ、ことがやがて組織の中で情報として共有され、やがて組織全体の中で疑問にあがり、その途上でゴーストという呼び名がつき、やがてその後の調べによって彼に隠し子がいる事が判明する。
“ゴースト”もとい、エデムの隠しトムは地元のカラーギャンググループの小さなリーダーをしていたらしい。そして周囲から探りをたてると彼の仕事を引き継いでいた事がわかったのだ。周囲からさぐりをたてたというのも、彼はほとんど自宅によりつかず、またそれ以前からもエデムと喧嘩をしているのがたびたび近隣住民の眼に認められた。だから捜索にも時間がかかった。
つまり、そもそもトムという—―赤いキャップをかぶる少年—―の風貌や素性は明らかになっていて、ラヴレンチは、ソスランは、ほとんど一か月前のその日、その少年を追うようにボス、コンシリエーレから伝達された仕事を請け負ったのだが、彼らは取り逃がし、変わりにケヴィン少年と、ケヴィン少年をかくまった存在に興味を持ったのだ、それはつまりクローファミリーが今現在、間違った標的を狙ってその誤解を組織内で共有していない事を意味した。
それだけなら制裁のみで問題はなかったのだが、問題となったの理由は彼の引き継いでいた仕事の中に原因はある。あえて木を隠すなら森の中とでもいうように、重要な仕事が“クローの秘密”に関する仕事が含まれていたからだった。そんな事ならそもそも彼等のような下っ端に依頼する事もないのだが、彼等が別の構成員と違うクローの異質な信頼を勝ち得ていたのも確かだった。とくにこのラヴレンチのクローに与えられた信頼は、誰の目にも明らかだった、それは武術を習得したものの中で、彼が最高の能力をもつ格闘家だ。というクロー自信の言葉に含みがあった。確かに彼らはのんきのように見えたが、二人の結束は確かなものになっていた。
「俺たちは二人とも、いや、だれもが、そのほとんどが地下闘技場で選ばれ、あるいは勝ち抜いたものたちだ」
ソスランの言う通りだった、彼は、クローファミリーのほとんどが、すべての構成員が、ボスのクローによって、仮面の貴族やブルジジョワジーなどが集う東区の秘密の地下都市に建造された、地下闘技場にて選別された人物たちだ。クローの存在とそのスカウト自体がまるで都市伝説のようなものだった。はじめはそうだった、誰もそんな、ずばぬけて待遇のいい稼業などないとおもっていたし、そうとうあくどい、麻薬に関連する仕事でもなければ、そのスカウトもありえないだろうと、ただその“謎のスカウター”とすさまじい契約金の事は、地下空間で共有される噂話になっていたのだ。
彼らの中の誰もが、勝ち残り、または敗れた末に目を付けられ、高額な契約金をしはらわれ組織の構成員として組織された人間たちだった。だがそれゆえに一枚岩ではいられない、野心、下心、はたまた烏合の衆の当然の行く末とでもいうように様々な私利私欲を抱えた人々が組織という大義名分のもとに、まるでハリボテでできた国のようにまるで一枚岩であるかのように見せているだけで、クローというボスがいなければ、そのギリギリの統率さえ取れない状態だっただろう、クローというボスさえいなければ……。
「少年というのは、口実にすぎない、ケヴィン少年をかくまった人間、情報屋から仕入れた通りならあのエスピィミアの片割れが彼をかくまっている、それが問題であり、俺たちのチャンスなのだ」
そう語るソスランの眼は爛々と輝いている。いや、それはむしろ焦りのようなものだったかもしれない、ここ最近、彼らはまとまって、主にソスランとラヴレンチのチームで仕事をこなすことが多かったが、ヘマをする事や無駄な失敗が多く、ときにソスランは、旧知の中である組織の長クローにさえ直々に批判や、罰を与えられる事もおおかったのだ。ただ、クローはそんな連中を束ねるだけの奇妙な魅力もあった。奇抜で不気味な風体や雰囲気や礼儀の悪さとは別の、妙に人の関心と気を引く謎の能力が……。
ただ、食事後のうつらうつらとした、半分まどろみの中にいたような時の中で、細くなっていく焚火の中央の赤い炎をながめながら、ラヴレンチはふと、自分の過去について考え、その語りだしの文句にこんな言葉を選んだ。
【その昔、ただ、その昔々の話として、あなたに聞いたただきたい事がある】
長い長い話しの走り出しの独特のテンポのいい語りだしと口調だった。
『その昔、私は近隣の村に住む、質素な生活を営む原住民の一部だった』
『私は信仰をうしなった、ここへきてからのことです、例えば私の中でこの国であがめられ信仰され、そして生きる人々の心情とされるべくしてなる寓話“機械天使の物語”の導きのような私個人の中で、信条とすべき教訓をもつべつのひとつの昔話があったなら、それはあなたは、信じてくれますか?それを受け入れられるでしょうか?この国の狭き信仰は』
ソスランは、うつらうつらとする意識の中で、あごをときどきバネのようにはねながら、相手の言葉に相槌をうった。
構成員のラヴレンチとソスランは語らいの言葉をかわしていた。もう夕食をおえて、温かいコーヒーをいれて、なぜだろうかいくらか心を開いていたラヴレンチが、ソスランにうつらうつらとしながら語りはじめた、それは午前0時近く、東区のそのあたりには廃屋や廃工場が多く、人気どころかかれらの代わりに光をともすものの影すらなかった。
語り始めたものの、どこまでどんな風に語るか迷うようなそぶりと、戸惑いの光がその目にやどった。
「恐ろしい風習でした」
その昔。ドグという村があった。パンドラの南にあって、総面積は50平方キロメートルほど。人口は500人ほど、武術家の宗派の家系、分派が多く、そもそも村全体である武術とある神を信仰していた。子供などは、小さなころから木のぼりとかをしていて、その最中でも大人から不条理な襲撃やいたずらをうける事があり、鍛錬は厳しいものだった。
変わった事もあった、“シン”という信仰に関わる、精霊として扱われる人々がそうだ。大人の中には、木で作った仮面をつくっているものが何人かいて、彼等はありとあらゆる些細な罪を見逃された生活を送っていて、人々はその行為を信仰してもいた。中には夜這いなどを行う人々もいたが、ラヴレンチも大人のことだと小さなころは気にも留めていなかった。なによりそんな原始的な村であるのだから、そうした精霊信仰も原初の形をたもっていたのかもしれない。
それらは昼から、夕方まで、素性を隠す事がゆるされていた。青年になると徐々に理解しはじめたが、ラヴレンチも、ほかの都市や村にいう特権階級のようなものや、村に伝わる信仰を護る役目をおう人々、神官か神子のようなものだと考えていた。彼もまた、青年になると木偶人形にタオルをまいて武闘訓練をおこなっていた。
「私はそこで生まれ、そこで育ちました」
一族は何百年ともいえる時の間、緩やかな、穏やかな自然の中に流れる時間、悠久を感じるような自然の働き、小川、天候、植物や動物たちのあるがままの姿、人間たちはそこでは自然と対話し調和していきていた。ただ日々の鍛錬だけは物心つくまでは延々と続けられていたのだ。古今東西の武術の基礎に宿るような腕や脚をつかった突きや蹴りなどといった基礎から、一族の中に脈々と伝わり受け継がれていたような相手の動きの読み方、かわし方。シンというものと、そもそものこのドグ村の信仰、ドグ信仰というものが毒蛇に関わる信仰であり、異形の蛇の神を信仰していた。その気味悪さは、うすうす、小さなころのラヴレンチも感づいていたのだったが、20歳になるまでは、むしろ日々の充実したくらしや、肌や心に触れるものが全て、自分にまつわり、関わり続ける世界のすべてだと感じていた。もちろん、他都市や
村々との交易は存在していたが、それらはすべて、村の重役たちが仲介しこなしている様だった。だから時折サイボーグの体をみにつけた人間が交渉やモノを売りつけに来ることも、特段珍しい光景ではなく、異世界、異文化との交流の一端として目にしていたのにすぎなかった。
その翌日大事件が起こるが彼等はのんきなものだ。発端をボス、クローによって呼び起こされた事件とはいえ、翌日起る恐怖は、ソスランのみならずラヴレンチをも驚愕させた。そして何より彼等の間柄も変化しうる事件だった。しかし今は、彼等はただ過去の中に、今組織によって受ける束縛とは別の自由とも不自由ともにつかない野心と郷愁を連想せざるをえなかった。




