あるまじきクローファミリーの失態。
12日目、廃拠点ファラリスにて。7時に目を覚ましたケヴィンはいつもの通り、きまった時刻の7時30分に家からすぐ傍の庭にでた。いつもの暗黙の了解と同じ時間帯、ドアを開けるとすでに準備をおえて、廊下をとおり玄関を出る。玄関をでたあとドアをあけ入口から庭に目をむけると、庭のほうに、ジャージ姿で遠くをみているカイの背中をみた。勢いよくドアを開けたのでカイはその音に振り返り、また三つほど呼吸を終えてすこしニコリとほほ笑んだ、ケヴィンは大きな音をたててでてきたことや、頭のクセっけをなおしながら、それを恥じるでもとりつくろうでもなく、苦笑して返した。しかし、そんなものさえも彼にってはめずらしいしぐさである。少し前なら考えられなかっただろう。なぜならもともとはケヴィン少年自体、内気で人見知りの面がある。だからこうして、コミュニケーションの前にひと呼吸おくことはいつもの事だ。その間を心得ていたのがカイなのだ。勢いよく着替えや歯磨きや、顔を洗う事を終えて玄関のドアをあけたのは、カイにこの日、今朝一番に伝えたいことがあったからだ。今朝ロム医師からきいたカイの過去の秘密についてだ、彼の拳銃の事だった。
廃拠点ファラリスの庭は、フォレスト・ベーレよりうんと広い、その先の湖や、湖からは市街地が見渡せるからそれもそうなのだろう。庭というものの境界線をどこにひくか、もしおおざっぱにいうならば、ファラリスの庭は地球上のどこへでもつながっていて、そのすべてがファラリスの庭だった。なぜなら通行のための小さな石畳と、車を通すために草木を除去された獣道をむりにこじあけたようなトンネルのその先には二本の大木があって、その20メートル先にファラリスの玄関があって、もし庭を小さな意味で定義するなら、そのふたつの木から拠点、拠点をすぎた裏の山まで、草が刈られて視界に映るあたり一面が広めの空間が広い意味で庭だった。
ジャージ姿で、拳銃の特訓の身支度を整えたカイはすでに整然と、拳銃の構えを練習しようと拳銃を手にして姿勢をととのえていた。しかし直立で、ぴんと肘や腰や背筋をはり、足をレの字に構えた姿勢のままで教え子が来るのをまっていたが、いつまでも彼はやってこなかった、そこで目の前の標的である、古びて朽ちかけた机と、その上の空き缶から後ろへふりかえり、ちらり玄関のほうをみた。
「ケヴィン……?」
「はい……」
視線をやったケヴィンは、玄関口の目と鼻の先で、明かに頭をかいていて手持無沙汰な状態でうろうろしていて、それは誰が見ても挙動不審な動作だった。別に、祖父のヴラドがいないことやアラベラの歌が聞えない事が関係しているわけではない。
「ケヴィン、何を考え込んでいる、何かに詰まってないか?」
(いつものくせです)
カイの疑問に対して、ボソボソと聞こえるか聞こえないかわからない程の半端な音で返答を与える。
「どうしたんだ」
「僕の問題ではないです、正直にいうと……あなたの事できになることがあります」
「??」
思わず素っ頓狂な声がでそうになるのを押し殺して、すこし前傾姿勢をつよめてケヴィンのほうへいく、なるべくその疑問符が相手につたわるようにカイは両掌をあおむけにしてわざとらしくまるで今質問をひらめいたかのようにジェスチャーをくわえた。
「どういう事だ?何があった」
ケヴィンは事情について説明した、おそらくロム医師が、ケヴィンに教えたがその事を知らせるのはカイには黙っていて、こっそり教えてくれた事だった、だからケヴィン少年には罪悪感があったが、どうしても聞きたい事なので、質問した。
(あの鳥の事について)
「鳥が、僕の気分で、気迫で、武術的な手段で空から落ちたっていうのか?その事なら心配いらないよ、ばかばかしいことだけど、ほらみてな、今からでも、鳥は撃てるから」
「へっ!!??」
その瞬間、ケヴィンの目の前で、大人のカイが体を翻し背中を見せる。同時に瞬時敵にななめに背中に線が走り、拳銃を構えた。一瞬の事だった、そこに小さな風圧がうまれてケヴィンのくるりとくせのついた天然のパーマの前髪を押し上げた。そこからケヴィンの驚いた、少し自嘲気味な笑みの表情が見えてその瞳は、カイの、<曲がっていた>拳銃を持った右腕から、弾丸が飛びだすのをみた。
ピィーヨ、ピィーヨ、どこか遠くで音がした。あのときとは違って、弾丸は確かに見えた。そして鳥たちが羽ばたいていき、一つの命が、一つの鼓動が呼吸が、いや、単なる物音としても悲鳴が、ピィーヨピィーヨと段階的に小さくなり、結果的にそれは、命が尽きる音だとしった。
「君の覚悟のためだ、命をとれなかったわけではないんだよ」
そしてケヴィンはその日、見てはならない、いや見たくもないものをみた。左の胸ポケットにカイの、いつもは決してすわなかった煙草がみえた、そして彼の口元と、玉を吐き出した打ち終わった銃口から噴煙が吐き出されていたのをみた。今日まで少年がここで過ごしてきた時間はそのとき、一週間から二週間にさしかかろうとしていたので、もうそれなりに長さがあった。しかし、これまで彼に感じていた親密さと辺別に思考の中でケヴィンはその時、カイと自分との間に、触れる事の出来ない決定的な価値観の差を感じ、ケヴィン少年はそれを自分の頭の中に考え出さずにはいられなかった。
そのうち、ケヴィンは自分で練習をはじめた。カイのように動くものは狙わず、テーブルの上の空き缶を狙おうとする。ガンガン、と立て続けに連射した。いつもよりも命中率が低い、三回打って1回あたればいいほどだった。先ほどの事におどろくあまりに標的にうまく当たらなかった。そこで震えるてをみてカイは後ろからケヴィンの後ろに歩いて行って、カイは何もいわずに、少しおちゃらけるようにして、さっきしでかしたことのフォローを自分で自分にいれるように手を翻してケヴィンに伝えた。
「笑いとばせ、ケヴィン、おれなんて昨日エメに、前と違う事いっておこられるんだ、練習でうまくいかないこともたくさんあるだろう。これからも、だけどだからこそ、人間っていうのは、安定を求めているんだぜ」
ケヴィン少年にとって、それでも、しかし彼は対サイボーグ人マフィアだ。彼の、ジンクス・ファミリーにおける彼の立場は、まぎれもなく人為的もとい、機械的な無機物そのものを破壊するだけの存在だと思っている。きっとそうだと思っていた。彼は人を簡単に殺せないタイプの人間であろうし、それだからこそ、ケヴィンは彼に救われたであろう自分の命に誇りを抱いていたのだ。ある種の羨望の眼である。しかし体の一部を機械化してしまって、その冷徹さを身に仕込んでいるであろうことも確実だろうと思った。
(いったい、あの鳥のことを殺してしまって、そうまでして僕はカイにとって守るべきものに値する何かなのだろうか)
心を矛盾が駆け巡る。そのとき、背中をかかえられて、そして頭をなでられた。
「君はまじめすぎるからどうやってふざけるかを考えな、人間、集中しすぎると、あえて本当に大切なことを邪件にすることがあるのさ、さあ、もう家に入ろう、あえて君と私が似ている事なんて口にする意味もなかろう」
けれど少年はこれまでに起きたことにどこかで納得できずに、なでられたままの姿勢でななめに背中側に頭をむけて尋ねた。
「カイ、どうして」
「これでいいいんだとおもわなければやっていけないときには、君はどうやって君を肯定するだろう?、僕はそのためになんでもしなければいけない、僕は、邪なもので、悪意をもつものだ、この世に完璧な善や善意など存在しないが、僕は悪意の中に潜む善意だ、君とは決定的に違うものだよ」
家に入る、そして背中をおされて、コーヒーを飲むかと尋ねると、それでもケヴィンよりもケヴィンの落ち込みをみていたかのようにカイは答えた。その背中をまださすり、そしておちこんでいた ケヴィンは、その落ち込みを自分の背中にこれでもかとたくわえ、涙ぐんで動揺していた自分の表情とこわばった目線にきづきながらも、振り返るまでそれを変化させる事もできずにいた。
「どうして、僕のために……」
つーっと涙が頬をつたってしまった。
《日々、自分を変えて行かないといけない事と変るべきことはたしかに人間の目的には必要だと思う、
ただ、ケヴィン、君は変わる必要がないかもしれない、なぜなら例えば自分の存在を自嘲君に言う事は、
誰の役にも立ちはしないからだ、君は君のやさしさをもったままでいいよ》
そこで、何かすべての事が腑に落ちた気がした。先ほどのことも、これ以前のことも、すべてがまるでエスピィミアの黒鳥による演劇のような、そんな気さえもしてきたのだった。
午前9時半。玄関口でバタバタと音がして、リビングにいてテーブル越しにキッチンにむかいあい、大きな木製のテーブルにひじをつけて座っていた鼻筋に傷を持つ男のマユゲがピクリと動いた。今しがたまでくつろいでいて、先ほどの事まで忘れていた。
「あ、ああ?どうしたの、慌てて」
ついつい大きな声をだして玄関に問いかける、だれかが出掛けようとしている、その様子だけはみてとれた、一人はどうも大人よりかは小さな、ケヴィン少年のせたけでものが動いたので、ケヴィン少年にとりわけここで、この廃拠点で気を使っているカイとしては、関心をよせずにはいられない。それを知ってか知らずか、少年もまた丁寧に取り決めのように、自分の詳細な目的を玄関口から、他の各フロアへとどくようなはきはきとした調子で答えた。
「夕飯の買い出しにいってきます、カイさん」
その数分前まで、エメとケヴィンは二人でトランプで遊んでいたのに、彼の集中していた自分だけの空間では、その数分の変化がほんの数秒に感じられた。なぜならカイはその日新聞を読んだ後に手持無沙汰だったので、読書をしていた。
「出掛ける?」
カイは言葉少なげだが、思考はいつも、冷静な心の中で青く燃える炎のように働き続けている。そして何より廃拠点ファラリスにケヴィンをつれてきて、彼を救おうとした張本人である。出掛ける?そういわれて、護衛についていかなけえば男がすたる、そうおもってそのケヴィン達に同行した。東区、レク市のアヴァラ街へと買い出しの一行が出発した、その最中、くだらない事にこんな会話もしたが。
「背が伸びたか?」
「セクハラですよ」
カイは少年ケヴィンのはらをつついたり、自分のかぶっているデニムの青い帽子をきせてやったりしたのだった。
一方12日目の同じ頃、ラヴレンチは、6時に目を覚ましていた、ソスランはまた洞窟のそばの庭にいた。崩れた廃墟された民家にいて、何かの這う音を聞いた。彼らは東区のレク市の西へふたついった市、ドンという市にいた。カレンダーは11月2日水曜を示していた。
(ネズミ……か?)
「チューチュー」
ラヴレンチは、カチカチと肢体をならした、暗闇では定かではないが、見てわかる両腕のほかに、サイボーグ部位、すなわち、“【※COA】
※Cybernetic Organism Archetyp”と化した部位がいくつかあるものらしかった。たちあがり、洞窟のそばへとかけよる、タオルを首にかけて、あせをぬぐう様子をみるとどうやら一仕事をおえたか、あるいは筋肉トレーニングでもつんでそれを終えた直後らしかった、彼はその目線で見下し洞窟の先にネズミらしき小動物が左から出口へと走り去っていくその様をみて一言声をかけた。
「蛇殺しをしてやろうか?」
背後からくいつくさまはまるで本物の蛇のようだった。しなやかに伸びた体と、即座に関節を封じる様子は、彼の武術の特性を思わせた。瞬間的に彼の背後からからみつき、一瞬にしてななめ左に体を傾けたままの姿勢で、敵の死体の関節と複雑にからみあい、相手の動きをとめてしまった。その後、まるで忍者のクナイのようなものを、ふところの中からとりだした、そのクナイの刃先には、ぽとぽととしたり落ちる怪しい液体がついていた。どうやら毒物らしいものだった。
「動けないだろう、いや、余裕はもたせてある、だが、わめけばわめくほど、お前の自由はなくなるぞ」
まるでムチのようだった。捕えられたのはネズミではなく、人間だった、それは昨夜、ケヴィン達の前に現れたような緑色の防護服をまとっていた。しかしやがてその顔を武器をもつのと逆の左手でまさぐると、あさの日の逆光と、暗すぎる洞穴の闇とのコントラストでよくみえなかった彼の顔の大きさと人物像が思い浮かび即座に敵でない事を理解して、少し力をぬき、両足を地においた。
「なんだ、お前は、ケネス、ドブネズミのケネスじゃないか」
やがて自分過ちにきづくと、姿勢をするりとかえて、すぐにその顔を日光のもとで確認する。間違いない、ネズミのような形状にかたどられたガスマスクと、針金のようなもので装飾をつけられた偽の肌。そしてラヴレンチは、安堵したように溜息をつき、まるで外した関節を元に戻すような蛇であったものが人間に即座に変身するかのようないびつな筋肉の動作を逆からなめらかに動かしたようなさまをみせたあと、直立不動で相手をみた。訪問者とラヴレンチとは、初めてその日正面から、やっと人間らしく向いあっていた。きっとその場に“ファラリス”の住人がいたのであれば驚いたであろうが、信用は裏切られたのか?そもそも、ケネス、その名こそ前日ケヴィン達の廃拠点“ファラリス”にあらわれたドブネズミの情報屋まさしくその人だった。
ケヴィン誘拐事件がおきて12日目に、今度はクローファミリーにて小さな変化が起こりはじめていた。その拠点地下2Fの階層に、ラボラトリとは名ばかりの人がやっと10人は入れるか入れないかという部屋があって、その階層にとまった一つのエレベーターが、一人の若い女性研究者を吐き出した。白く丸眼鏡でもでるのような体系、つりあがりつつ大きな瞳を輝かせ正面の一点を、まるで蛇のような鋭い目つきで凝視する、巻き髪を頭頂部の頭二つ分つみあげたような奇妙な形で、しかしそのいびつさを感じさせない漫画じみた10頭身以上もあるだろう女性。モデル顔負けで、スーツ姿の上に白衣をきていた、左胸には研究員と役職の書かれた札があり、バーコードらしき図形も姿をのぞかせていた。女性が一歩、二歩そして三歩をあるき始めるよりもさきに、正面に向かい合っていた男性の、老人と思われる輪郭をもった、白衣の男性が背中から首と上半身、ついで下半身を左にひねって、杖をつきバランスをたもちつつ女性のほうをみた、ひどく猫背だった。
「レッサさん、近ごろ上層階の動きが変ですねえ」
女性にたいし、老いた男性は、うむ、とひとつうなづいた。そのほかに人はおらず、青というより白の液体のみたされたカプセルがぼんやりとした、何処からか照り付ける研究室用のブルーライトの中でてらされていた。
「仕方がないよ、ヨハン。ここの人物は皆、地下闘技場のたたき上げじゃ所詮烏合の衆よ、それでもわしがここにいるのが、あのおおらかなクローあってのことだ、なにより簡単に資金を調達できるやりやすい商売だよ」
ひとつコホンと咳払いをして、考えるように少し目を伏せて多少カコン、コツンと杖の先の居場所を安定させると、老博士は話を続ける。
「まあ、この無謀な増殖さえ少しでも抑える事ができれば、人体の形を、なるべく維持したまま巨大化、異形化が可能になるという所だが、あとはさらなる実験と思索回数が必要になるだろうな、安定させるための回路は施したが、この“異形化CLO”は、本来ただヒヒイロカネにひろがる無限の力を開放する秘めたる機能を開放した姿にすぎん。これが真の回路の姿かはわからん。だから無限とも思える自己増殖を繰り返す、安定性に欠ける。だからまあ、この抑制と維持のための回路は、我々の現代の技術で完成させられるか、まだ予断を許さないな」 ※CLO= Chain linked organization 鎖状連結組織。
そういって、研究者のそれも責任者らしき、白髪眼鏡の老人は笑みをこぼした。しわくちゃのからだに、横長にふくらんだ頬は、まるでアニメーションからでてきたかのような典型的な苦労人の医師あるいは博士といったいでたちだった。
そこは、クローファミリーの東区より東、ダシ町の拠点、地下2F。怪しい暗がりの一室にて秘密の実験が執り行われている最中だ。いくつもの2メートルほどある当名なカプセルの中に浮かんでいるのは、(COA)の腕や脚のような残骸のようなものであったり、また時には、人間の頭部らしきものもみられた。その中央にあって一つ異様な形をしたものがあった、それはネズミのような小動物の姿らしいのだが、それが大きくなったり、小さくなったり、ゴボゴボと収縮をくりかえしている、左の管からは耐えず緑色の液体がながれ右からは透明な液体が注がれ続け、それらはガラスのカプセルの下部からつながる黒いバネ状のチューブをつたって、地面をつたい、カプセルのつらなりをかきわけて、左を大きく迂回して、また実験台のようなものの上へつながっている。それはまた透明の水槽のような、浄化装置らしきもの中でまざりあっている。その先はさらなる地下へと続いているようだ。というのもその奥、ドアからみた一番背後には地下へと続く階段のようなものと、やっと一人入れるようにきりとられた、貯蔵庫のようなちょっとした地面の穴が口を開けていた。
老いた科学者は、実験の一定の成功をほめたたえ、こう部下につげた。
「ひとまず、中途半端な形ながら、一定時間の間は、この力を使う事ができる、失われた科学、失われた文明の軍事的科学技術、ヒヒイロカネは、もともとそういうものだった、私はこれを“パンドラの結晶”と名付けよう」
かれの右手には、結晶化した、緑色の固体が握られている。
パンドラの国中央、エラ県ナナシの街、大きな皮の高級座椅子にこれまた大きなテーブルをかこんで、男たちが談笑をしていた。しかし警備はとても多く、黒スーツの陰気かつ冷淡を感じさせる男たちと、大理石の巨大な会議用のテーブルを囲んで、軽微に囲まれた話者たちの会話するおごそかで重厚感のある風景があり、入口には厳重で厳かな黒スーツたちの、明かに一般人ではないその風貌が、危険を察知した一般的な市民をよせつけはしなかった。それはあるビルの一室を貸し切りで行われたマフィアたちの会合だった。庭園に似せられた屋内へと続く大きな一回の扉は、大きなガラスと回る扉をたたえ、古き奥ゆかしいレンガ造りの階段をしたに構えていた、その小さな雑居ビルの地下にて、彼らマフィア団体客の夕食の席がその主催者により用意させられていた。
ケヴィン誘拐からいくらかたった11月2日、ジンクスファミリーのボスもその場にいて、ボスアデルはマフィア会合に出席していた。その会合は干支会とよばれ、パンドラの各州地域を裏で支配する10のマフィア組織があつまっていた。その中で、このナナシの街を支配しているジンクスファミリーのアデルも出席していた。むしろ彼は上座にすわって、議論を手動する立場にあった。パンドラのマフィアに上下関係はなく、こうした会合は時折、緊張関係によって、和平交渉などを行う時のために用いられていた。
もちろんこうしたファミリーの会合というのは、打ち合わせ、意識の共有、和平交渉のために用いられるものであったが、そこに基本的に出席しないものたちもいた。ろくでなし、下っ端のファミリーなどだ。それらはもう少し規模の多い組織などの後ろ盾をもっていたりするのだが、それゆえに扱いが難しい。アデルでさえ、その組織の後ろ盾を理解できないものは多い、そのひとつが、例の、対サイボーグ人マフィアたる構成員カイが敵対している、クローファミリーであった。
「ところでクロー・ファミリーのことですが」
ぎょろりと組織の長たちの眼がそちらへそそがれる。アデルこそがその発言の元になっていた。彼はその会合にみちている重苦しい空気や気配などをあえて理解しようとせずその場にそぐわない議題をごっそりともちこんだ。
「私も、“伝説のエスピィミア”の一挙手一投足に気をかけているわけにはいかないが、どうやらその部下たちと、“うちの対サイボーグ人マフィア”である“エスピィミア”との小さな衝突が起きているらしいのです、何か情報を持っているファミリーの長がいれば、その情報提供に対して、少し話し合いを申し入れたい、もし何か情報があれば、今すぐにでも頂きたいのだが、せっかくの機会ですし、こうした事は早く終えておいた方がいい、他にはなし会う事もある事でしょう」
干支会の各ファミリーの長たちは、ふうという溜息や、煙草の噴煙を回答にして、その先しばしの沈黙が流れた。アデルもそれは見越していて、我慢強くほかの人間が動いているのをみて、観察し、その一挙手一投足をみていたが、しばらくすと妙な人間の固まりの動きを、下座の左方向にみた、そこは左右にふたつある出入り口の片方で、遅れてすみません、という声とともに一人の薄汚れたスーツ姿にマスク姿の男がはいってきた。そのマスクはペスト医師を思わせる衣裳だった。
「その話、詳しく話し合いを申し立てたい、本日は私件の、クローファミリーの代役です」
その話者のもとへ一斉に一同の目線が注がれた。
「どうやら、あなたのファミリーがクローファミリーに関する重要機密に関する情報のはいったチップを持っているとクローファミリーは見ているようです、私は調停の、情報屋グループ“ドブネズミ”の一人、リザルというものです」
クローファミリーの拠点は東区にある。“コリュバーン”となづけられたそのビルの地下フロアの一室にて、もっともこの地下1Fはクローの自由になっていたが、クローはそもそもここにいる事が多いのだが。その屋内のある一室の、奥に二点ユニットバスの一室にて、エプロンをつけたタオルケットをもって付き添いのメイドが控えめに浴室の入口にたって、曇りガラスの向う、クローの要件や要望をまち律儀にたったまま待機していた。
「あの小僧は嘘つきだ、やってやれることがない、文字通り、ゴーストとして扱おう。ただ、ジンクスファミリーにとられた私の機密情報のメモリチップについて、交渉は続けてくれ」
一枚扉と壁を隔てた中で半身浴で湯につかりながら、クローはどこかへ電話をかけていた。相手は、いってみれば彼にとっては、組織の手ごまにすぎない、といえど、古くからの知り合いらしきものとみなされている、あのソスランだった。ソスランは洞窟の中で電話に応答していた、彼クローから叱咤激励らしきものをうけているらしかったが、彼らしく落ち着いた様子で、時折つめをかみながら、こう答える。
「旧友として、君からの頼まれごとはしっかりとこなそう、ああ、わかっている、表ではこう呼べばいいだろう“ビックボス”」
太いどうたいとつきでた腹、頑丈な体躯と筋肉、どんと胸にこぶしをあてて、まるで野生動物のドラミングのように肩胸を強く打った。しかしそうしていると、洞穴の中、一番遠く洞穴の奥で何か掘削機のような音と、鈍い音が反響している、それをききわけたのは、電話で別の相手をしているソスランだった。ラヴレンチは、ソスラン口頭で注意をうけつつも、まだその動作をくりかえしていた。
ガンガン!!ガンガン!!
それでも音はやまなかった。用事を電話で口頭でつたえる。やがて電話がおわり、ようやく暇が出来たソスランが、ラヴレンチの様子をたしかめるために洞窟の奥底へ歩みだす、昨夜降った雨のせいで、洞窟内は、じめじめとしていて湿気が強く気持ちがわるい、どこからか水のしたたる音が聞こえてくる。
「ラヴレンチ!!お前一体何をしている」
何をやってやがる!!内心そうして苛々をためていたが、電話を終えてそちらにかけつけると、ラヴレンチは訳ない顔でその問いに答えた。
「特訓です、いつなんどき“敵”が現れるともしれない」
フッ、とひと呼吸おいて、ラヴレンチにさっきの電話の相手をしらせるため、スマートフォンの画面を見せつけると、ラヴレンチはすべてをさとったように、彼の話しにききいった、今まで洞穴の奥を、掘削機のようになったサイボーグの両腕で掘り続けていた彼と同一人物と思えないほどの落ち着きを取り戻し、両腕をだらんとおろして、もう一言つぶやいた。
【兄貴、私の杞憂でしたか、しかし兄貴、今は何時ですか?】
ソスランがふとった腹にかくされていた左腕を、左向きにせまくるしくかたむいていたからだをひねりつつ、彼にみせた。腕時計は7時を指し示していた。
昼間際の東区の繁華街、窃盗や物売りの群衆の中を駆け抜けていく一人のスーツの男。ふとため息をついて、その急いでいた脚とりを落ち着ける事にした。と、ふうふう、徐々に呼吸音もおさまる。彼はクローファミリーのコンシリエレ、セナ。彼は今、群衆の中で延々ととりとめのない思考を整理しようとさいている。眉間にしわをよせつると両方のひとさしゆびをでこにあててふと立ち止まる。その瞬間、彼は内的世界と内的コンピューターネットワークにアクセスした。そのときには彼はほかの、彼の人生を邪険にする卑しい者を排除して、美しいい思考だけが彼を包み込んだ。
「……スゥウウ」
今、あらゆるものは微妙に彼の思考の仮想世界とともにある。彼は後頭部に人工メモリを増設した。彼は脳の一部をサイボーグ化していた。そして、脳の深部では、サイボーグ化によって記憶領域もまた要領をふやしていた。彼は夢と現実の幅がわからない、だからこうして街を行くときにも、仮想現実を彼の頭の中だけで思い描くことも可能だった。彼は思い描いた、かつてすごした地下闘技場の事を、その地下闘技場は、表社会での荒波にもまれ、つかれ、全てをなげだした彼が、その街のそこかしこに幻影として姿をあらわしていた。だから彼は目をこすってその幻影を消さなくてはならなかった。
「またか、またなのか」
先ほどまで足をとめていたセナも、動き出さざるを得ない事態となった。それは5分前の電話にて、別のコンシリエレからしらされた近ごろ、そして今朝のボスの狂乱ぶりのせいである。まったく毎度毎度頭を悩ませるのは、組織の上層部の面倒を自分が見なくてはいけないという事だ。彼はただ、その日ぐらしの生活から逃げ出すために自分の才能を発掘した。そして自己投資もおこたらなかった。それまでは、その日ぐらしで、ケチな闇商売ばかりをしていた。そんな日の目の当たらない暮らしというのも悪くない、なぜなら、生きるための智慧、悪は何者かに創造されてそれが正しいと思われる形に収まり、恐怖や善もまたしかり、それが世の必然。しかし彼はそういったものの“執行者”になる勇気はもてなかった。そんな行為にはいつだって犠牲はつきものだ。
何の犠牲もいらない、そうでない形式の“正しさ”は存在できない。まず群衆が想像したものから、神話もうまれ、寓話もうまれ、物語も生れた。だから群衆こそがもっとも力をもつ。群衆の力は恐ろしい、力強い、人間がたくさんいるという事はそれだけで行き場のないエネルギーを生むのだ。それは分っているなのに、なぜ、クローは、クローファミリーのボスは、あれほど傲慢で、後先を考えないのか。
「ボスは、あの二人……ソスランとラヴレンチなぜあの二人をほおっておくんだ」
彼の携帯端末の待ち受けは、ある彫像が投影されていた。本来ありはしない神の像、それは本来寓話だったモノ、<機械天使の物語>の機械天使の像だ。ふとそれをとりだした直後、スマートフォンのバイブレーション機能がぷるぷると作動し、信号の赤で止まる群衆の中、ビル街の中央で、かれもまた人並の中でいったん足をとめた。
「なんだって???」
電話をきると溜息がもれた。
「あの人が何を考えているかわからなくなってきた。計画だって?そんなもの本当にあるのかわからなくなってきた、早く本部にもどらなければ」
「メイドの一人が ボス・クローによって殺された」
ただその報告だけが、別のコンシリエーレより彼に知らされた。
ふと、人通りの多い国道の交差点にて、子供の頃の記憶を想いだす。彼はみすぼらしい捨てられた布をおった服を着て、母が亡くなるまで、二つ上の兄と兄弟で色々な手品やら、ダンスやらを披露してその日の小遣いを稼いだ。兄は、いつしか病気にかかって9つになる頃になくなってしまったが、その彼の少ない記憶の中でも思い出せる事はある。彼の兄は、いつも弟と何かとくらべて、比べる事に意固地になって無茶をしたものだった。できもしない大技を披露して腰をいためたり、日雇いのきつい仕事にはいって、左腕をいためて可動範囲が狭くなったり、だがその無謀さは、反面教師として、セナの心の中に深く染みついていた。それだ、それに近かった、今のクローは、わからない。だがジンクスファミリーとの交渉を見守ろう。それしかない思わず口にもでたが……
「しかし、うちのボスの最近の挙動はおかしい、一体何を考えているのか」
東区の中心街の一角、彼はその中でふとたちどまり、両掌を自分の頭一つ前、眼前にあおむけにならべて、そのてのひらに描かれたものをみた。黒く、それは手首からさかのぼりまるで腱や骨のふしや筋肉、血管の流れといった実働的な肉体ににたように自分の胸部へと続いている文様だった。その文様は彼にとっては血にも等しい。その紋章は、かつて地下闘技場にて歴戦の勝利を重ねた証であり、この国の祭る“神”の証だった。
「機械天使の文様……」
それは渦巻き模様に中央が白くまるくかけおちていて、そこに黒い点が水滴のような形のまま落とし込まれた文様だった。手のひらに大きくそれがひとつ、体のふし節や腱のありかにまたそれぞれその文様がおかれていた。
「もうあの二人に賭けるのはやめだ」
そうだ。反面教師の兄のボッサム、彼に一番いらだちを覚えたのは、街のギャングと賭け事をして、負けて借金を背負った事だ。それによって、家族は居場所を2、3度写さなくてはいけなくなった、おかげで裏社会の何たるかを子供の内に知る事はできたが。
スーツ姿の裏社会の住人の背中が決意にゆれた、そのキリリとした目元と、長髪を後ろをたばねたすがたで、両手首には願いのための幾重にも織り込まれた色とりどりのブレスレットが風にゆさぶられていた。前髪は7、3にわけで、サングラスは瞳の二つ分上に格好をつけてかざられている、シャツはわざと裾をだして、だらしなくもみえるが、彼の風格と放つオーラと、肩幅のするどい誇張によって、それらもうまくごまかされていた。
彼は、思い描かなくてはいけなかった。彼の想像、思考という仮想的な理想の、象徴として存在する兄の眼、あの希望に満ちた無謀の瞳を超える方法を、どこかで恐れ、どこかで望んでいる、だがその方法はまだ知らないのだった。ただ思い出せるのは、ラヴレンチやソスランと同じく、裏社会の、貴族たちへの
見世物である“闘技場”において、ありとあらゆる嘘と欺瞞によって勝ち残った自分の過去と、今彼の属する裏社会のマフィア組織への失望と疑念と憂いだけだ。




