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限りなく続く  作者: みこえ
本編
52/57

的場幸菜5

 寒くなれば俺たちが行く店なんて一つしかない。いつものおでん屋を目指しているものだとばかり思っていた。だが、途中、おでん屋へ行く道とは違う道へ入る。保坂にしては珍しい。それでも、俺は何も言わず保坂について行った。なぜだか分からないけれど、その行動総てに意味があるように感じたから。


 連れて来られたのは夏場によく来る居酒屋だ。様々なメニューがあるチェーン店だ。店に入った途端、店員の元気な挨拶が響き渡る。客の会話の雑音がBGMになっている。


 俺たちは店員に案内され、店内を歩きだした。入口付近で俺は見知った二人を見つけた。一瞬足が止まった。保坂の目的はこれだと言うことに気づく。やはり侮れないのだ。それと同時に食えない男だ。


 俺は前を歩く保坂に聞こえるように溜め息を吐き、歩きだした。


 嬉しそうに話す板垣とそれを微笑ましそうに聞いている的場の姿が脳裏に焼き付いている。向こうは俺たちに全く気づいていないようだった。的場の頬はほんのりと朱く、目元が少しとろんとしていたように感じた。とりわけ板垣に下心を感じることはなかった。いつもの元気な青年と言った感じだ。その二人の姿になぜか安堵し、俺は案内された席に座った。


 当然のように保坂は生ビールと刺身の盛り合わせを注文する。この店は夏になると生ビールを通常価格より安くするイベントがある。その時は結構にぎわう。俺たちもその時を狙ってここにくる。だが、冬にここに来たことはなかった。


 ビールが届き、「おつかれ」とグラスを合わせ、半分ほど飲む。そして、ひと息ついたところで本題だ。

「なぜ、あの二人がここにいる事を知っている?」

「ネタをばらしたら簡単だよ。俺がこの店にしろと言ったんだ」

 保坂は得意気に口にする。俺の頭は馬鹿だろうか?どうしてそうなるのかが分からない。


「あの男は単純で扱いやすい。よかったよ。素直にこの店に来てくれてさ」

 保坂はビールと一緒に運ばれてきたお通しを口にする。

「板垣が俺に相談しに来たんだよ。どんな店に行けばいいかってさ。だからここを紹介した。最初から下心まるだしのムードある大人の店なんかに行ったら警戒されるし、慣れないガキなら失敗して格好悪いところを曝すから、と言ってさ。素直なガキは本当に扱いやすいよ」


 今、自分がどんな表情で話しているのか保坂は分かっているのだろうか。とても悪い笑みを浮かべている。


「だから、心配はいらないよ。今は警戒されないように下心を懸命に隠しているからさ。まずは同僚として親しくなるのが先決だと伝えてある。まあ、ある意味当たっているんだけれどね」

 今俺が座っている席からは二人の姿は見えない。だが、その方向へ視線を向けていた。


「まだ気づかないんだな。確かに的場は華はないよ。うちの会社の中じゃ地味だ。纏っている空気もね。だけどさ、物珍しいだろう?男慣れしていない女。自分の魅力を最大限に生かそうとしない女。幼くて真面目な女。そういった女の子を好きな男も少なくはないよ。真面目にお付き合いをしようと思えば尚のことだ。俺の言っている意味分かるよな?」


 先程届いた刺身からマグロを箸で掴み、保坂は口にする。言っていることは分かるが、言いたい事が分からない。


「きょとんとするなよ。手遅れになるよ。トンビに油揚げさらわれて、失ってから気づいた時の虚しさや馬鹿馬鹿しさは今の状態の比ではないよ。愚かだったと自分を罵ってももう遅いんだ。後悔しても、し足りないくらいにさ。的場は俺の好みじゃないけど、あの真面目さは武器だ。おまえだって気づいただろう?営業回りしながらさ」


 俺は頷いた。的場の父親くらいの担当者は、真面目に取り組む的場を自分の娘を見守るような優しい眼差しで見つめていた。とにかく的場には優しかった。俺はそれを微笑ましく思っていた。


 若い担当はその姿を見てなるべく役に立ちたいと願う。手を貸したいと思う。俺に対する態度と全く違う態度がそこに存在していた。柔らかな表情と温かな声。的場が頑張れば頑張る程男たちの見守る眼差しは柔らかく温かい。


 保坂の溜め息が聞こえた。呆れているようだ。俺が鈍感だからだろうか。だが、仕方ない。俺は保坂が何を言いたいのか理解できないのだから。

 保坂は身を乗り出し、俺にぐっと顔を近づけた。

「的場さん、入社時よりきれいになったと思わないか?彼女をきれいにした男は――」

 保坂は俺の顔の前でにやりと笑った。

「おまえだよ、陸君」



 ビールから焼酎のお湯割りへと移り、もう少なくなったつまみを大切に食べながら、俺たちは仕事の事を話していた。


 三月に入ったら保坂は板垣と引き継ぎを行う予定らしい。ずっと一緒に仕事をしてきた仲間が違う場所に行く。それも、全く違う立場へと。多分保坂の事だから心配はいらないだろう。変貌して俺を見下す事もないだろう。だが、色々支えてきてくれた仲間が身近にいなくなるのはやはり不安だ。感情の一部が壊れている俺を補ってくれていた仲間だ。その壊れている場所を教えてくれて修復してくれる仲間だ。俺はこれからうまくやっていけるだろうか。


「何暗い顔しているんだよ」

 心地良い酔いに身を任せて、保坂は頬杖をついて俺を見ていた。少し呂律が回っていないようだ。気心の知れた二人だから、お酒を飲めばこのくらいにはなる。だけれど、なぜか俺は酔えなかった。いつもなら保坂に負けないくらい心地良い時間を過ごしているはずなのに。


「俺を愛しちまったか?」

 酔いのせいだろうか。保坂は品のない笑みを俺に向ける。いつもならどんな表情でも格好良く見える保坂だが、今は全くだ。俺はゆっくりと首を横に振った。


「初恋は実らないって言うもんな。しかも二十代後半の初恋なんて気づくことも難しいかもな。気づかなかったら実るものも実らない」

 保坂が何を言っているのか分からなかった。誰に向けて何の意図で言っているのかも分からない。呪文のような謎かけのような。


「若い時の初恋は実り辛いだろうけれど、三十歳手前の初恋は真剣そのものだろう?これを逃したら次の恋はいつになるんだろうな。想像するだけで恐ろしく感じるよ。なあ、どう思うよ」

 独り言のようなテンションで保坂は口にするが、俺からその視線は外さない。じっと見つめるその瞳は何かを訴えかけている。分かってはいるが、その先が分からない。


「俺は初恋は手に入れるよ。あれが初恋だったんだって気づいたからね」

 意味深な言葉だけは理解できた。


ということで、もう展開も丸見えの感じ。政志がピエロちゃんになっちゃうのはちょっと残念のような……。


次回は最終回。でもでも、これだと納得いくハッピーエンドとは言えない!と気づいてしまいました。

ということで、なんか癖のような気もしますが、番外編を一遍書きました。3つか4つに分かれます。


次回最終回。最後までお付き合いください。

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