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限りなく続く  作者: みこえ
本編
53/57

的場幸菜6

 あの日からあの(・・)二人の距離は縮まったように感じる。仕事以外の時間を共に過ごせば、距離が近くなるのは当然のことだ。身構えて対応していた的場が少し柔らかくなったと思う。板垣を信頼し始めたのか、油断なのかは分からない。どちらにしても的場の変化により、二人の距離は以前とは比べ物にならないくらい縮まっている。その二人から眼を放せなかった。ずっと視界の端に置いている。意識はそこにあり、仕事をしているふりをするしかなかった。まったく手は動いていない。


 二人がずっと事務所にいるものだから、今日はずっとこの調子だった。二人が一緒にお酒を飲みに行って二週間近く経った。どんどんと距離は近づいていることに気づいた。的場の笑顔がそれを感じさせる。俺はそれを見たくなくて逃げるように事務所を出た。


 保坂の言葉が脳裏をよぎる。保坂が言っていたことは総て俺に対してなのだろうか?忠告をしていたのだろうか。直接的ではなくても、あれは結構ぎりぎりのラインをいっていたのではないだろうか。なのに、鈍感で人の感情に疎い俺は全く気づくことができなかった。いや、人の感情ではなく、自分限定だ。呆れるな、本当に。


 今抱いている焦燥感や苛立ちはそれに当てはまるのだろうか。俺一人の頭で考えても答えは返ってこない。

「頭じゃなく心で考えろよ」

 後ろから聞き慣れている男の声が聞こえた。振り返るまでもない。

「神出鬼没だな」

 苦笑が漏れる。

「ブレイクタイムだろう?俺も付き合う」


 なんで何でも分かるのだろう。俺の様に鈍感ではない彼が羨ましく思う。彼には総てが分かっているのだろうか。その先まで分かっているのだろうか。全貌が、輪郭が見えているのだろうか。


 俺たちはそのまま談話室へ向かった。そこは煙草を吸っている男が数名、飲み物を手に静かに過ごしていた。雑音から逃げ出してきた疲れ切った人間。そんなイメージだ。


 俺たちはいつもの席に腰を落ち着かせる。俺は久しぶりにペットボトルの温かいお茶を選んだ。保坂は相変わらず炭酸飲料だ。

「あれ、付き合うのも時間の問題かもしれないな」

 俺を嗾けているのか、事実なのかは分からない。だが、俺の感情を煽っているように感じられる。


「早くしないと後悔だけが残る」

「突っ走ればいいだけの子供じゃないんだ」

 俺にはそれだけの勇気がなかった。これから一緒に仕事をしていくこともネックにある。彼女を苦しませたくはなかったし、あの空間を居心地の悪い場所にはしたくなかった。


 佐原の時は感じなかった感情。あの時は二人の関係がどう変化しようと関係なかった。ただ、何も考えず、流れに従うだけだった。そう考えれば自ずと答えは出てくる。なぜ、それを認めなかった?こんなに簡単なのに。やはり、的場は俺にとって大切な存在なのだ。傷つけてはならない存在だ。


「俺が突っ走って、もしうまくいったとして、その後俺はどうすればいい?彼女を傷つけて終わる」

「今までの加賀山陸とは違うよ。傷つけたくないと思っていれば傷つけなくて済む。大切にしたいと思えば大切にできる。おまえが妹にしてあげたように的場にもそれはできる。そう思わないか?」


 俺にだけ届くように小さい声で零れた言葉。確かに俺は桃香を傷つけないように大切に守ってきた。それは桃香と言う存在だからだ。それを的場にもできるとは限らない。


「悩むより先に行動するべき時もある。誰の事も考えず、自分のことだけを考えればいい時もある。自分を大切にしなければならない時もある。怖れずに突き進むべき時もある。そして――何よりも自分で守ってあげたい存在がある」


 保坂の俺を見る瞳は優しくて、そして強い。俺は今保坂に背中を押されている。保坂のその温もりを背中に感じられる。きっと、今俺は一歩進むべきなのだ。それがベストなのだ。


 俺は自然と頷いていた。




 それからの行動は早かった。

その日、的場が帰る後姿を見て、自然と追いかけていた。的場の隣には当たり前のように板垣がいたが、俺にはその姿さえ見えなかったように思える。


「おつかれ」

 俺が後ろから声をかけると、一瞬ビクッとした後、的場が振り返った。おまけだが、板垣も振り返っていた。


「ごめん、驚かせてしまったね」

「いえ、おつかれさまです」

 俺に向ける笑みはいつものものだ。俺はこの笑みに癒される。

「ちょっと話があるんだ、時間をくれないかな」

 睨むように俺を見ている板垣を横目に、的場に微笑みかける。


「はい、分かりました」

 明るい声の返事に俺の期待は高鳴った。

「ごめんね、板垣君。先に帰って」

 先輩らしい口調で優しい笑みを浮かべながら的場は言う。板垣は仕方なさそうに「はい」と返事し、俺に一瞥して去って行った。何かを感じているようだ。


「一緒に夕飯を食べながらでもいい?」

 俺の言葉に的場は戸惑っている感じだった。だが、戸惑いながらも「はい」と返事をしてくれたことに安堵した。多分、仕事の話だろうと思っていたのだろう。だから、食事に誘われるなど思ってもみなかったのだ。それが、自分が考えていたことと違い、食事に誘われてしまったものだからどう答えていいのか分からなかったのかもしれない。だが、俺にとっては幸運だ。それが、ポロっと出た返事だったとしても構わない。俺の味方についてくれるものが少しでもあれば、それだけで俺は勇気づけられる。可能性があるのだと。



 俺の気持ちは告げず、楽しい食事の時間を過ごした。何も言わない俺に最初は戸惑っていた的場だが、次第にその戸惑いも消え、俺との会話を楽しんでくれていた。眼の前で笑ってくれる存在は確かに俺にとって特別だ。それを再確認する。保坂には感謝してもしきれないかもしれない。変な形で逃さなくて済んだ。


 確かにこれは初恋かもしれない。今までにない感情が俺の胸の中にある。熱く燃えたぎるようなものと、仄かな温もりを与える炎と。眼の前の存在が笑ってくれるだけでこれだけ温かくなれるのだと実感した。実感し始めれば総てが愛しく感じる。箸を持つ手も、食べ物を口にする口も、俺を見つめる瞳も、動くたびに揺れる前髪も。総てが愛しくて総てに触れたいと思う。間にあるテーブルが邪魔で仕方なかった。



 食事を終え、駅まで行くと、俺は的場の手を掴んだ。的場は驚いた表情を俺に見せる。俺は的場に何も伝えず、道の端へ的場を連れていく。駅の外壁に的場を凭れかけさせた。まるで逃げられないように。


 そっと柔らかそうな頬を右手で撫でる。滑らかな曲線を感じながらゆっくりと。何かを感じ取ったのか、的場は俯いた。多分、いつもの俺の触れかたとは違うと思ったのだろう。


「ちょっと話があるんだ。時間をくれないか?」

 俺の言葉に的場は俯いたまま頷いた。

「俺を見て」

 思いがけず、甘い声が出た。俺は苦笑を漏らし、そっと的場の頭を撫でる。何で今まで気づかなかったのだろう。こんなに触れたくてこんなに愛しい存在に。


 的場はゆっくりと顔をあげた。見えるのは幼い表情を持ったかわいらしい女の子。

「俺、やっと気づいたよ。遅すぎるくらいだね。本当に馬鹿だった」

 そっと薄い唇に触れた。すでに口紅は落ちていて、あのべとべと感はない。


「無意識に触れてしまうくらい的場さんの事が好きみたいだ。何で今まで気づくことができなかったんだろうって思えるくらい、今は実感できる。もし、的場さんがよければ、俺の恋人になって」

 初めてだ。こんな風に想いを伝えるなんて。相手の反応が気になってドキドキして、震える手に気づかれないようにするのが必死だった。


 今まで俺に想いを伝えてくれてきてくれた女の子たちはどんな気持ちだったのだろう。俺はそんな女の子たちを冷たくあしらっていた。今なら分かる。申し訳ない事をしたのだと。きちんとその気持ちを受け止めて、誠意ある対応をしなければならなかった。こんな歳になって初めて気づくなんて馬鹿みたいだ。


 今まで多くの女の子たちを傷つけてきた。こんなひどい男はこんなかわいらしい女の子に愛される資格などないかもしれない。だけれど、想いだけは伝えたかった。どれだけ溢れているのかを、どれだけ愛しいのかを。


 的場の瞳が揺れていた。困らせているのかな、と思いながらも俺の手は止まらない。早く返事をくれなければエスカレートするだろう。的場が悪いわけではないが、止められそうもない。的場を確かめるように俺の右手は動く。唇に触れていた親指の腹は離れ、再び的場の頬を撫でる。すべすべで気持ちのいい頬だ。


「返事は今日聞けないのかな?」

 甘い声は尚も零れる。俺がこんな話し方をする男だとは思わなかった。そのくらい甘くて気持ち悪い。


「あ、あの」

「うん?」

「わたし、どうしたらいいのか分からないんです。こんなこと初めてで」

「俺も初めて。そうだな、俺のことは嫌い?」

 俺の言葉に的場は過剰ともいえる反応を示した。大きく首が横に振られる。かわいらしく感じでクスリと笑みが零れた。


「俺に触れられるのは嫌い?」

 また的場お首は横に振られる。

「俺と恋人になるのは嫌?」

 的場の首は同じように横に振られていた。俺は嬉しくて仕方なかった。

「俺の恋人になってくれる?」



 的場は静かに頷いてくれた。横に振られていた首はもうなく、肯定の頷き。俺は嬉しさのあまり、的場に抱きついていた。今度は遠慮なく触れられる。抱きしめることも迷う必要はないのだ。


「ねえ、俺にキスをされるのは怖い?」

 卑怯な質問だと思いながら問いかけた。的場は顔をあげ俺を見つめた。返事はなかったが、俺はゆっくりと的場の顔との距離を縮めていった。唇がもう少しで触れる瞬間、俺は囁くように言った。


「好きだよ」

 ゆっくりと距離を縮め、唇が触れ合った。それはとても甘美で心地良かった。




――終わり

おつかれさまでした。最後までお付き合いくださりありがとうございました。お付き合いついでに番外編も読んでいただけると嬉しいです。


陸君にとってのハッピーエンドを目指し、落とし所をここに決めたのですが、ちょっとまてよ、これってハッピーエンドなのか?と自問自答。陸君自ら告白するシーンはあったわけで。


なので、もう少しいい形でのハッピーエンドを描ければと思ったわけです。

番外編は桃香視点で始まります。


今回、私としては珍しい感じで、クセのある話し方を政志にさせました。その特徴として分かりやすいものがありますが、そのほかに「ら抜き言葉」を採用。違和感を持った方すごいかも。なんせ、そうしようと思って書き始めたのはいいのですが、なかなかそんな言葉を遣うシーンにならず、宝さがしみたいに少ないものに。確か2ヶ所。せっかく遊んでみたのにな。


まあ、それはともかくとして

もう少しだけお付き合いください。

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