同じベッドは無理だから
「申し訳ありません。まだお部屋の寝具が揃っておりません。すぐに手配をしたのですが……」
家政婦の落合さんが玲央に頭を下げて言うと、玲央は顎に手を当てて考え込んでいる。
「もしかして俺の布団のこと? それだったらソファで寝るから大丈夫ですよ」
「ソファだなんて、そんなのだめだよ。今日はぼくと一緒に眠ればいいじゃないか」
俺は一瞬固まった。
「……え? 一緒に……寝る?」
「うん。男役同士なんだし、別に変なことじゃないよ。ぼく、寝相は悪くないはずだから安心して」
玲央は当然のように言うと、自分の部屋の中を指差した。
玲央ってもしかして、あっち系か? 男同士で寝るなんて小学生でも無理だろう。
「ちょ、ちょっと待って! 玲央、それ普通じゃないだろ!?」
男同士で一緒に寝るなんて……俺、絶対無理だぞ。
「え? どうして? 男役同士で寝るの普通だよ? うちのクラスでも、親友同士で泊まりに来たときは一緒に寝てる子、結構いるよ」
玲央は首を傾げて、本気で不思議そうな顔をした。
その表情があまりに純粋で断れそうになくて焦る。
「いや、普通じゃないって! 俺は……その、寝相がすごく悪いんだ! 蹴ったり腕を振り回したりするから、絶対迷惑かけるよ!」
「寝相が悪い? ふふふ、かわいいな。大丈夫、男役同士なんだから遠慮しなくていいのに」
「いやいやいや、寝ながら屁もこくし、寝言がうるさいし、絶対にやめとこう。な?」
同意を求めるように玲央に言うと、俺の手を握って玲央は笑いながら、俺の腕を軽く引こうとするので慌てて後ずさった。
「待て待て待て! 本当にいいから! 俺、ソファで寝るから! 布団一枚あれば十分!」
「こんなところで寝るの? 風邪引くよ。ほら、遠慮しないで」
玲央がもう一歩近づいてくる。俺は両手で玲央の肩を押し返した。
「遠慮じゃなくて! 俺の心の問題だ! 男同士で同じベッドに寝るなんて、俺の常識では絶対無理なんだよ! お願いだから勘弁してくれ……!」
玲央は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。
「……わかったよ。蒼がそんなに嫌がるなら、無理には誘わないよ。でも、夜中に寒くなったら遠慮なくぼくの部屋に来ていいからね? ぼくはいつでも歓迎だよ」
「う、うん……ありがとう。でも絶対に行かないから!」
なんとか納得してくれたようでホッと息をついた。
◇ ◇
蒼に嫌われちゃったのかな。
ぼくが一緒に寝ようと言っても、全力で嫌がられてちょっと落ち込んでしまったよ。
男役同士で寝ることって別に普通だけど、なぜ嫌がるんだろう。
もしかして、まだ出会ったばかりだから遠慮しているのかな?
しかも、ちょっと慌ててるのも奇妙な気がした。でもたぶん恥ずかしがり屋なんだろうな。
ぼくは、蒼に明日の予定を伝えた。親には蒼のことを話して、彼の家族なども調べてもらったが実家の住所や電話番号は存在していないらしく、また家族の情報も政府のデータベースにはなかったらしい。
つまり、何か事情があって身元不明になっているのだと思うという親の話を聞いて、しばらく家に置いて一緒に住んでも良いと許可をもらっていた。
明日は学校に転入する手続きや身分証の発行などしようと思っていると、蒼に伝えて自室に戻った。
ちょっと遠慮がちにありがとうって言われたけど、そのはにかんだ笑顔を見て、キュンとしてしまったのは内緒だ。
あんなに男役の似合う人がいるって、正直妹の愛李が寮から戻ってきたら絶対に気に入ってベタベタするだろうなと思った。
◇ ◇
俺は照明を落とした薄暗いリビングで、ソファで横になっていた。
しばらく居候させてもらうことになって、迷惑に思っていないだろうか。
王子様系イケメンの玲央の風呂上がりのなんとも色っぽい姿に、俺は思わずドキッとした。
髪をタオルで拭きながらバスローブ姿で脱衣場から出てきた姿は思わず女の子かと勘違いしたくらい。
もともと、かなり線が細い体つきで、背は高くても肩幅が小さいし、顔も小さいし、腰は細いし……お尻はっておい、俺は何を考えているんだ。
ホモなのか、俺は男に欲情してしまうのか? いや違う。断じて違う。
一緒に寝ようと言われて、そっちの世界に足を踏み入れてしまったのか?
しかし、可愛いと思ってしまったのも本当だ。いや、だめだ! 玲央は男だ。
いかん、いかん。親切にしてくれる玲央のことを、俺はなんで意識してるのだろうか。
当たり前のように玲央は一緒に寝ればいいと言ったけど、玲央って距離感がバグっているとしか思えない。
今日だけでも距離を詰めてきたり、腕を掴んだり、男同士なのに……。
本当に玲央って男が好きだったりする?
親切にしてくれている玲央をそんなふうに思ったら失礼だな。
俺は頭を振って、違うことを考えることにした。
なぜか俺の存在した形跡がなくなっている。親も親戚、友達さえも存在していない。
このまま家に帰ることができないのだろうか?
突然こんな地方に飛ばされてしまったのも不思議だった。
オカルトチックなことが起きたのか、それとも俺の記憶がもしかしたら間違っているのだろうか。
不安が怒涛のように押し寄せて胸が苦しくなる。
ふと、玲央の笑顔を思い出す。玲央の優しい笑顔に癒されて……いや、なんでだよ。
なぜここで玲央の顔が出てくるんだよ! やっぱ顔が良すぎるのが悪い!
明日は身分証の発行や学校に転入する手続きをしてくれるらしい。
こんなに親切にしてくれる玲央に感謝してもし尽くせない。
よし、考えても仕方ないんだから寝るぞ。
◇ ◇
その頃、玲央は自室の椅子に座ってスマホを見ると親へのメッセージが届いていた。
蒼を保護したことを伝えて身元不明だという返信があった。
とても変わった子だと伝えると親も興味を持って、そのまま一緒に住んでいたらよいと許可をくれていた。
身元不明とはいえ、日本人は疑いようがないし、男役として板がついているので、きっとどこかの家庭の後継なんだろう。もしかしたら、一般家庭の子ではないのかもしれない。
サッカー部だったと言っていたけど、もしかしたら有名な選手だったのではないかと名前で検索してみたりもしたが、ネット上でヒットするものはなかった。
ふと、彼の笑顔を思い出す。はにかんだような、ちょっと恥ずかしそうに俯いて笑う仕草。そして、心の奥まで安心させてくれる低い声。
血管が浮いた手の甲、広い肩……。思い出して、ふふと笑ってしまう。
「蒼って不思議に放っておけないんだよね」
そう独りごちるとベッドに潜り込んだ。
本当にソファで良かったのかな? 明日は蒼の布団も届くだろうけど、いつか一緒に寝られたら楽しいだろうな。
翌朝、俺はカチャカチャと食器の音で目が覚めた。
どうやら、落合さんが朝食の準備をしているらしい。スマホを引き寄せて画面を見ると、朝の六時。
「早起きなんだね」
そう後ろから声をかけられて驚く。




