俺が存在した形跡がない!2
ズキっと頭の痛みで目が覚めた。
手を後頭部に当ててから手のひらを見てみるが血は出ているようにはない。
頭を打った記憶はある。でも、それ以上が思い出せない。
冷たいタイルの床の上で寝転んでいることも不思議だが、いったい自分が今どこにいるのかもわからない。
たしかに、俺は学校の帰りに歩いていて頭に何かが落ちてきたところまでは記憶があるのだが、そのまま気絶してしまったらしい。
何となく思い出してきたので、もう一度頭を触ってみたがたんこぶもできていないし、今は痛みも引いている。
ここはいったいどこなのだろうか。見覚えのない場所だ。
目の前の道路に行き交う人たち。人通りが多いし、たまに車も走っている。俺の記憶にない場所にいるのって不思議だ。誰かが運んでくれたのだろうか。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、地図アプリを立ち上げた。
自分の現在地を確認すると、ビルの一角にいるのだが知らない地名が書かれている。
画面を操作して地図の縮尺を変えてみると日本の岡山県にいるようだ。何で、こんな場所に?
とりあえず、通行の邪魔にならないように壁際に移動すると、しゃがみこんで画面を何度も確認した。
たしかに、東京から遠く離れた岡山県になっている。
GPSが壊れているわけではないようだ。
とりあえず母さんに電話して事情を話そうと、履歴から母さんの電話番号を探すがない。
おかしい、昨日も電話したのに履歴が消えている。仕方がないので電話帳から探してみたがそこにも母の名前はなかった。というか、連絡帳に登録していた数十件の連絡先がきれいさっぱりとなくなっている。どういうことだ?
なんで? と思わず声が出てしまった。
「はぁ、どういうことだ? LINEもSNSも全部未登録になってるんだけど……。誰かに消された?」
そうだ、俺のカバン……。
周りを見回したが持っていたカバンがないことに気がついた。財布もカバンの中だったし、盗まれてしまったのだろうか?
どうしていいかわからず、頭を抱えてしまった。
「大丈夫ですか?」
声をかけられて、顔を上げて声の主を見ると、青みのかかった黒髪の男が心配そうに見下ろしていた。
「大丈夫です……ではないかも。ちょっと困ってまして」
「え? どこか痛いところがあるのですか?」
「いえ、体は大丈夫です。よく分からない状態で……それにケータイがつながらなくて……」
俺は、優しく声をかけてくれた男性に事情を話してみた。
すると、彼は自分のスマートフォンを取り出すと、自宅に電話してみたら?というので、借りることにした。
かなりのイケメンの人だが、困っている俺を助けてくれようとするなんて、なんていい人なんだ。
「すみません。ちょっと自宅に電話してみます」
俺は、自宅に電話してみたが、現在使われておりません、というアナウンスが流れる。どういうことだよ!
もう一度、番号が間違っていないことを確認して電話してみたが、やはりつながらない。
母親のケータイ番号も電話してみたが、同じく使われていないという。
友達の番号は? そう言われてもスマホを電話帳がわりにしていたから覚えていないよ。
「とりあえず、こんなところに座っていたら風邪をひくよ。そこの喫茶店でも入って温かいものを飲んで心を落ち着かせてみたら?」
イケメンの彼は、心配そうな目で俺を見ると向かい側の喫茶店を指差した。
「あの……俺、財布もなくて……」
「そうなんだ。でも気にしなくてもいいよ、飲み物くらいぜんぜんごちそうするよ」
神様ですか? あなたは、もしかしたら天使よりも格上の天使長様でしょうか?
俺は、若干心に余裕ができたのか、そんなことを考えながら喫茶店へ入った。
「昔ながらの喫茶店って感じでいい雰囲気だろ? 落ち着くからぼくはこの店が好きでよく来るんだ」
「そうなんですね。あっ、これありがとうございました」
俺はスマートフォンを彼に返す。結局、俺の存在自体が全て消えていた。自宅の場所も全く違う建物が立っていて、親も親戚も思いつく限り調べてみたが、誰一人出てこなかった。
——俺の存在を消されたのか?
つまり、この世界に朝比奈蒼という俺の存在がなかったことにされているのだ。
信じられないけど、意味がわからないので、思考停止してしまった。
「そういう事情なら、しばらくうちに来るといいよ。お金もないんだし、しばらくうちに来て君のことを知っている人がいないか調べてみるよ。こう見えても、ぼくの親は政府関係者だからさ、頼んだら調べてくれると思うんだ」
「いいんですか? ありがとうございます」
俺は、頭を下げてお礼を言うと、いいんだよと手を小さく振るイケメンに見惚れてしまった。
美少年って本当にいるんだな。
「ところで、自己紹介がまだだったね。ぼくは神代玲央だ。17歳で国立高校の一年生だよ」
そう言うとコーヒーの皿を持って優雅に一口飲んでいる。セレブかな? 俺もコーヒーを一口飲む。
「神代さん……よろしくおねがいします。俺は朝比奈蒼です。俺も17歳で高校1年です」
「同じ年なんだね。ところで君はとても男っぽいよね。そのコーヒーの飲み方が男役って感じがしてすごいなぁ」
「この飲み方? そりゃあ男ですから男っぽいのはそのとおりなんですけど……そんなにすごいのかな?」
神代さんに比べたら男っぽいかもしれないけど、そんなふうに言われたことないので驚いた。
「神代さんは、王子様みたいな美男子って感じですね。王子様系というか、俺もそんな顔に生まれたかったです」
「あはは、そんなに褒められても困るよ。そうだ、同い年なんだから敬語ではなく、普通に話してくれていいよ。しばらくうちに住むのだから気兼ねなく、遠慮されたくないからね。そのほうが君も気持ちが楽だろ?」
「うん、ありがとう。でも、神代さんが神々しくてさ、つい敬語になってしまうというか……」
「君が面白い人だね。玲央って読んでくれていいからね。学校のみんなも玲央って呼んでいるから」
「わかった。じゃぁ、俺のことは蒼と呼んでくれたらいいから」
俺は、コーヒーカップに残った最後の一滴まで飲み干すと、玲央の後を追って店を出た。
春先の少し肌寒い風にブルッと震える玲央は、振り返って俺を見ると、まだ寒いねと声をかけてはにかんだ。
その笑顔がなぜか可愛いと思ってしまったが、イケメンは男も魅了するもんなんだなと、妙に感動したのだった。
玲央はお金持ちなのか、タクシーに乗り込むと数分で自宅マンションに着いた。
「歩いても帰れる距離だったね。 タクシー代大丈夫?」
俺は一銭も持っていないので、申し訳ない気がしたが玲央は寒いから歩きたくなかったんだよなぁとあっけらかんと笑って言った。
「着いたよ。ここの最上階がぼくの家だから、覚えておいてね」
玲央の自宅はマンションの最上階。といっても、タワーマンションではないけどエントランスから高級っぽい。お金持ちなんだね、やはり王子様だ。
「親は仕事で東京に行ったきりでめったに帰ってこないから気楽にしてくれていいよ」
「そうなの? 一人暮らしは大変じゃない?」
「そうでもないよ。家政婦の美穂さんもいるから、特に何も困ることはないかな」
家政婦さんがいるのか! イケメンで金持ちで性格も良くて、神様はなんて不平等なんだよ。
俺なんて中流サラリーマン家庭に生まれて、なんの特徴もない容姿と自慢できるような特技もないってのに。
広々とした玄関から廊下を通じてリビングへ入ると、ドラマでしか見たことがないような広い部屋で正直ビビった。
突然に岡山県まで来てしまってパニックになっていたのが嘘のように、呆気にとられて見回した。
「そんなに見ないでくれ。そこのソファにでも座ってくつろいでくれていいよ」
革張りの大きなソファに座ると、エプロンをした女性がお茶を出してくれた。この人が家政婦さんだろう。
見た感じ30代には見えないから、20代後半くらいかな。エプロンをしていないと玲央のお姉さんと言われても信じると思う。
「お世話になります」
俺は頭を下げて挨拶をすると、丁寧にお辞儀をした家政婦さんは落合ですと名乗った。
「お部屋の準備をしている間にお風呂に入られますか?」
「あっ、お気づかいなく。玲央が戻ってきたらどうするか聞いてみます」
家主より先に勝手に風呂に入るわけにもいかないもんな。玲央は何しに行ったのかと廊下の先にある部屋から出てきた。
「ごめん、待たせちゃったね」
リビングに戻った怜央はトレーナーにジーパンというカジュアルな服に着替えていた。
イケメンは何を着ても似合うってことを思い知らされる。
「美穂さん、こちらは朝比奈蒼さんだよ。行くあてがなくてここにしばらく住むことになったからよろしくね」
「あら、行くあてが?……かしこまりました。ご主人様にはお話されてますか?」
「まだだよ。さっきメッセージは送っといたから」
ご主人様ってお父さんのことだよね、きっと。
怖いお父さんではないことを願う。
「それはそうと蒼、親はこの家には住んでないんでそんなに緊張しなくてもいいよ。帰る場所が見つかるまで自分の家だと思ってくれていいから」
爽やか系イケメンがニコリと笑うと、なぜかキュンとしてしまった。男でもイケメンの笑顔の破壊力に負けてしまうんだな。
「ありがとう、本当に助かるよ。そうだ、さっき落合さんが俺がお風呂に入ってる間に部屋の準備をするって言っていたけど、風呂を使わせてもらっていいのか?」
「もちろんさ。着替えは……そっか、持ってないよね」
俺は頷く。突然に住んでいた街から遠く離れたここへ飛ばされたのだ。そっか、下着も買わないといけないんだった。
「とりあえず、下着はぼくの使っていない新品があるから使ってくれていいよ。Bホルダーも予備があったはず」
下着まで貸してくれるなんて、いい人すぎだろ?と思い、そしてBホルダーってなんだろうかと聞こうとした。
その時、玲央がふと俺の胸元を見ると、ハッとして頬を赤らめている。どういうこと?
よく分からないが、俺のことではないのかも。まさか俺を見て顔を赤くするってことはないだろう。
「服もパジャマもあるから気にせずに使っていいよ。ぼくよりも体は大きいからSサイズでは小さいよね。Mサイズだったら入る?」
「たぶん……っていうかSサイズって女の子のサイズだろ?」
「えっ……まぁ、そうだね」
お湯が張れたというのでバスルームに行く。
家政婦の落合さんが、下着とパジャマを置いてくれた。俺は、カッターシャツを脱ぐと肌着だけとなり、ふと視線を感じた。
家政婦の落合さんが、じっとドアの隙間から見ていた。
その視線は俺の下半身に向いていた。




