39. 宮田の最期
漆紀と夜巳は放心状態の世理架を連れて元来た道を歩いていた。
漆紀が世理架を背負い、夜巳が先導する。
夜巳の案内で宮田とネルの二人に遭遇した広間まで戻って来ると、階段下に彩那が居た。
「彩那?」
「竜王様! 世理架さん、連れ出せたんですね! 見て下さい、この人を竜脈の力で押さえてます! 世理架さんの修行の成果ですよ」
彩那の右手の先には苦しそうに全身を震わせて悶絶する宮田が居た。
「彩那……夜巳さん、世理架さんをちょっと頼む」
漆紀は世理架を降ろして夜巳に託すと、村雨を呼び出して右手に持つ。心なしか、村雨を持つ力がいつもより強い。
階段を一歩一歩降りて、宮田へと近付く。
「竜脈に晒すのをやり過ぎると死んじゃいますから、時々わざと竜脈を当てない時間を与えて……また竜脈を当てるっていうのを繰り返しました。結構苦しんでますよ」
彩那が右手から放出する竜脈の力を止めると、宮田は変わらず全員を震わせ、大きく咳き込む。しかし咳き込んだかと思うと「おえぇぇ」と嘔吐の症状を繰り返す。
既に胃の中の消化物は吐き尽くしたのか、嘔吐はしても何も出るものがない。涎が無様にも床に滴るだけだ。
「こひゅー……ぜぇ……はっ、はぁっ」
宮田の顔色は顔面蒼白の様相で虫の息である。死ぬギリギリの量の竜脈のエネルギーで攻められ続けた宮田は酷く無様で冷静さなどなかった。
「宮田……覚えてるだろうな。俺の父さんにしたこと」
漆紀は村雨を宮田に突き付けて問うが、苦しむ宮田はそれどころではなく何も答えられない。
「父さんを恐竜の尾で何度も何度も叩き潰して殺したよな。俺はよく覚えてるぞ。その時に流れて来た父さんの血の熱も、味も」
沸々と湧き上がる黒い感情は漆紀の脳内を焼き尽くさんほどに迸る。
漆紀は村雨の棟を宮田の頭に向けて振るった。
ボグっという鈍い音と共に宮田の頭に村雨が当たり、頭部の皮膚が切れたのか宮田は髪の毛の間から血を流す。
「お前が父さんにしたことをそのまま返してやる。お前が潰れるまで、俺はお前を叩き続けてやる」
漆紀のその言葉に彩那は動揺しなかった。これは漆紀個人の問題であり、そこには彩那の挟まる余地などなかったからだ。夜巳も復讐の怒りに身を任せる漆紀を止める事はしなかった。何も知らない自分が知った口を聞いて彼を止めるのはおこがましいと思ったからだ。
漆紀は宮田の息絶え絶えの反応を見ながら、ゆっくりと村雨を構え、再び宮田の頭に向かって振るう。
ガツっと宮田の脳天に村雨が当たり、宮田は更に頭から血を流す。
「案外頭殴っても簡単に死なないもんだな。こりゃ楽しめそうだ……おい、なんか言えよ。もっとあんだろ、おい。なあ!」
漆紀が宮田に問うてみると、宮田はようやくマトモに言葉を発する。
「今、あなたは……ゲホ、ゴホっ……怒りの感情だけに支配されている。他の感情が消えている……素晴らしいことだ。竜王様が…………我らの理想に、近付いている……」
「ふん!」
今度は宮田の口に向かって村雨を振るった。宮田は口の中を大きく切ったのか強い鉄の味を味わう。
「なんだよ、前歯折ってやるつもりでやったのに歯ぁ折れてねえじゃねえか。俺はお前らの思う竜王なんかにならない」
漆紀は左手の人差し指を宮田の顔面に突き付けながら語気を強めて言い放つ。
「俺が、竜理教を、滅ぼす」
左手を再び村雨に添えると、漆紀は村雨を大きく振りかぶる。
「宮田、父さんを殺したお前を俺は絶対許さない! お前はここで死ぬ!」
漆紀がそう言い放った直後、広間の脇にある扉が開き、そこから漆紀と彩那には見覚えのある金髪の少女が現れる。
「ダメ!」
金髪の少女・ネルはダイノニクェスを呼び出し、漆紀へと繰り出す。
漆紀は宮田から狙いを逸らし、咄嗟に村雨の刃をダイノニクェスへと振るう。
「ふんっ!」
ダイノニクェスを脳天から斬り裂くと、漆紀はネルへと駆けて斬りかかるが。
「やめるでござる!」
漆紀の村雨を、小太郎が封魔の小太刀で受け止めた。
「なに……なにやってんだ小太郎おぉ! そいつ敵だぞっ!」
「ネル嬢は斬っちゃダメでござる!」
「なんの理由があってソイツをかばってる、退け! そいつも斬る。父さんを殺した時に俺を押さえつけてたヤツなんだぞ!」
「嫌でござる! 拙者ネル嬢に一目惚れしたでござるよ!」
「こんな時にふざけてんじゃねえぞ!」
刀と小太刀とでは漆紀の方に軍配が上がる。小太郎を押し退けると、怒りのままに小太郎を蹴飛ばしてネルへと駆ける。
ネルは再びダイノニクェスを呼び出し身構えるが、漆紀が振るう村雨がダイノニクェスに当たる事はなかった。
小太郎がすぐさま起き上がって来て、漆紀の村雨を封魔の小太刀で受け止めたのだ。
「おいおい、本当に冗談じゃねえぞ小太郎。いい加減にしろよ、おい」
「ネル嬢に一目惚れしちまったんでござるよ……だから、ネル嬢を斬るのは許せないでござる!」
「ふざけやがって……」
漆紀は村雨を引くと、宮田の方に歩み寄りその頭に村雨の棟を振るう。
「やめて!」
ネルがダイノニクェスを繰り出そうとするが、小太郎がネルを抱き留めて止める。
「ダメでござる! 宮田に関してだけは、漆紀殿に!」
「ふざけないでよ! 私は宮田先生に救われて今ここに居るの!」
ネルが小太郎から身を解こうと暴れるが、小太郎は必死にネルを抱き留める。
「そもそも竜理教の信者なら、信仰対象であり絶対である竜王の漆紀殿が一信者に恨みで誅を下そうと異論は挟めないはずではござらんか! なぜそれには納得しないのでござるか!」
「言ったでしょ! 私は宮田先生に救われたんだって! 嫌だ、離せ!」
ネルの存在を考慮するとあまり時間が無いと感じた漆紀は村雨を力強く握って何度も何度も宮田の頭へと村雨の棟を叩きつける。
「やめて! 竜王様、お願いだからやめて下さい!!」
「黙れ!」
漆紀は即座に身を翻してネルの方を向くと、怒りに身を任せているにも関わらず正確に村雨を投げ飛ばす。
村雨は柄から水を放出し、それがジェット噴射の要領となって推進する。
そのスピードはすさまじく、ネルには回避する余地など無かった。狙いは正確で小太郎を貫くことなくネルだけの左肩に村雨が突き刺さり、彼女の教服が血で滲む。
「痛っ! くっ、竜王様……」
「漆紀殿、拙者にも当たるところでしたぞ! どういうつもりで」
「お前こそどういうつもりだそんなヤツをかばいやがって!」
彩那も夜巳も静かに静観していた。彼女らからしても、小太郎の行動は敵味方を弁えない私情に走った行動で冷静とは言えないからだ。
ネルの肩に刺さった村雨は消え、漆紀の手元に村雨が再び出現する。
「時間がないなら……いっそ斬ってやるよ。元々本来は潰すんじゃなくて首を斬るつもりだったからな」
漆紀は村雨を構え、静かに宮田を見定める。
「どうせクソみてえな事しか喋らないだろうが、何か言う事はあるか?」
漆紀が宮田に最後の問いを投げると、宮田は仄かに笑って呟く。
「あなたは今後も怒りを身に宿らせる……他の感情がいずれ鈍くなり、あなたは竜王様として完成する……そのための礎となれることが嬉しい……ゴホっ、ガホッ」
漆紀はより強い怒りを覚え、村雨を握る力が増す。
「案の定クソみてえな事しか言わねえなお前は……もう、いい」
村雨を大きく振り上げ、苦しむ宮田を見下ろす。
「竜理教……竜王様万歳……!」
「死ね」
漆紀は迷うことなく宮田の首へと怒りに塗りつぶされた殺刃を振るった。
村雨は瞬時に宮田の皮膚、肉、骨と斬り進み鮮血を纏わせながら走り抜ける。
そうして村雨を宮田へと振り抜き、首を抜けきった瞬間、宮田の首は呆気なく床に転げ落ちた。
「……やっと、終わった」
まだ冷めぬ怒りと血の熱を感じながら、漆紀はため息を吐く。漆紀の心にかかっていた靄が少しだけ晴れた気がした。復讐は存外悪いことではないなと漆紀は実感する。
「ダメえええぇぇぇぇ!」
ネルが肩の傷など構いはしないほどに宮田の首と、首を失った体を見て絶叫する。
当の宮田は首だけになってもまだ意識が残っているようで、声など出ないのに口をパクパクと小さく動かしている。
「……気持ち悪いんだよ。さっさと逝け」
その様子に気付いた漆紀は宮田の脳天に村雨を突き刺す。すると遂に宮田は意識を失い、目の光が失われ口も動かなくなった。
完全で、決定的な死であった。
「はぁ……はぁ……帰ろう、彩那、夜巳さん」
「漆紀殿!」
ネルを抱き留めたままの小太郎が漆紀に声を上げるが、漆紀は冷めた目で小太郎を見据える。
「お前はそうやってろよ。一目惚れなんだろ? 慰めてワンチャン狙ってろよ……俺達は帰る。ふざけてんじゃねえよ小太郎……」
「そんな……」
漆紀と彩那は夜巳の案内で元来た道を行き広間から去っていく。小太郎とネルだけがその場に残され、それとあるのは宮田の首と肢体だけだった。
「うぅっ、宮田先生っ……みやだぜんぜい……」
小太郎がネルを放すと、ネルは涙と共に宮田の首に歩み寄りその首を抱える。
「ネル嬢……」
小太郎にはかける言葉が無かった。自分はネルと宮田の関係性を何一つ知らない。彼女の過去も、今も、よくわかっていない。わかるのは今自分が彼女に対して込み上がる好意というだけである。
「……」
小太郎は無言でネルを抱き締めた。拒絶されるかと思ったが、ネルはむせび泣くままだった。拒絶する心の余裕がないのか、それとも今は誰でも良いから己を抱き留めて欲しいのか、いずれにせよネルは小太郎の抱擁を拒絶しなかった。




