96 確率を超えろ
俺はオウ・サマのおかげで『おっぱいおっぱい』のコメディチックだった場の雰囲気が、ジョウオウ・サマの言葉により一転してシリアスなものへと変化していく。俺は金玉袋がキュッと締め付けられるような緊張感を味わっていた。
その試練を受ける当の本人であるウルルはと言うと……
「どんな試練なんやろなー。たのしみやね?」
まるでサンタからのクリスマスプレゼントを待つ子供のように、そわそわと胸を揺らしながら嬉しそうにしていたのだった。
その時、何処からともなくドラムロールが鳴り響き出した。さらに天井から七色のスポットライトが四方八方を照らし出し始める。
何が起こっているのかまるでわからない俺は、ただ光の先を視線で負いつつ狼狽えるばかりだった。ウルルはと言えば『綺麗やなー』といつも通りの平常運転だった。
七色のスポットライトは次第にある一点に収束されいき、その光の先に突如としてスモークが焚かれ俺の視界は真っ白になっていく。
しばらくしてドラムロールが鳴り止み、スモークが晴れたその場所には……
「どうもー! 時乃運子でございまーす!」
一人のエプロン姿の女性が立っていたのだった。
「え?」
俺はその名前を耳にした時、シリアスな空気がまたしてもコメディ路線へと舞い戻ったことを理解した。
そのエプロン姿の女性は、見たところ俺と同い年くらいの年齢に見えた。身長は百六十センチほどだろうか、フレームが太めの地味な黒縁眼鏡を付けており、赤みの強い頬にはそばかすが見えていた。失礼ではあるが、正直美人というよりも、ごく普通の何処にでもいそうな女性と言った風貌だった。
だがしかし、問題なのは外見などではない。その名前が大問題なのだ! まさか、シリアスな空気を作っておいてかからの、駄洒落とは……誰が予想できただろう。
「最後の試練は、この時乃運子さんと『あっちむいてホイ』をしてもらいます」
ジョウオウ・サマの言葉は至って真剣なものであり、ギャグを言っている素振りはまるで見えなかった。だが、言っている内容はギャグ以外の何物でもなかった。
「ちょっと! ちょっと待って! どうして、試練が『あっちむいてホイ』なんですか?」
「時と運の試練といいましたでしょ? まさに運とタイミングのゲームである『あっちむいてホイ』はぴったりだと思いません?」
ジョウオウ・サマは口元を隠して上品風に笑った。
「そして、『名は体を表す』ということわざを知っていますよね? なら、もうおわかりでしょ?」
『名は体を表す』それは俺がこの世で最も嫌いな言葉の一つだった。俺はこの『大宇宙守』という名前のせいで、今まで酷い目にあってきたのだから。それはさておくとして、ジョウオウ・サマの言葉を真に受けるならば、この時乃運子という女性は、名前の通り時の運を支配できるということにでもなるのだろうか? いやいやまさか、そんな非科学的なこと……
「じゃんけんしましょ?」
俺の思考を妨げるように、時乃運子はにゅっと強引に視界に入ってくると、グーの形の手を突き出してみせた。
「さいしょはぐー!」
俺の返事など待つことなく、時乃運子はじゃんけんを始めだす。そして、俺は引力に惹かれるようにその勝負に答えてしまっていた。
「じゃんけんぼん!」
時乃運子が出したのは、グー。俺が出したのは……チョキ。
俺の敗北である。
とはいえ、じゃんけんは確率のゲーム。負けるときは負けるものである。
「もっと、じゃんけんしましょ?」
間髪入れずに、時乃運子はジャンケン勝負を仕掛けてくる。そんなものに付き合う必要などまるで無いのだが、これまた何か不思議な力に俺の身体は突き動かされ、じゃんけんに付き合ってしまう。
それが繰り返されること約百回。その百回全てに俺は敗北を喫してしまった。こうなると、もはや確率の問題ではない。これは彼女の能力としか思えない。
「うふ、ご理解いただけましたか?」
時乃運子はチョキの手の指をカニのハサミようにリズミカルに動かして、俺を挑発してみせる。
俺はカニの手の動きに対抗するために、スタート○ックのバルカンサインで返してやった。が、悲しいかな時乃運子はスター○レックのミスタース○ックを知らないようで、まるで意に介していなかった。
「一応説明させていただきます。この我が家でお手伝いさんをしていただいている時乃運子さんは、何だかよくわからないけれど、じゃんけんに強いのです」
「何だかよくわからないって……」
「因果を操れるとか、運をコントロールできるとか、相手の心を読める……そんなものではなく何だかよくわかないけれど、じゃんけんに勝ってしまう。事実そうなのだから、それ以外に説明がつかないのよ。本当にビックリよね」
ジョウオウ・サマの紹介を受けて、時乃運子は鼻高々に手をグーにしてガッツポーズを取っていた。
「待て、待てよ! それじゃ、ウルルは絶対に勝つことが出来ないじゃないか! 運がどうのこうの以前に勝負にすらなりゃしない!」
「はい。それを勝ってこそ、強運と呼べるのじゃありませんか?」
ジョウオウ・サマの言っていること一見もっとらしく聞こえる。が、それはわずかでも勝率があった場合であり、ゼロパーセントであればどうあがいても無駄ということになる。
やはりジョウオウ・サマは、自分以外のおっぱいの持ち主を認めたくないのだろうか?
勝ち目のない戦いに向かうウルルの表情やいかに? と、俺は恐る恐るウルルの方を見る。
「どうしたん? そんな心配そうな顔してー」
ウルルは今までの俺とジョウオウ・サマのやり取りを全く聞いていなかったかのように、これまた平常運転であった。
こうなったら、俺の掛ける言葉はもうこれしか無い。
「兎に角、頑張れ!」
俺はウルルの瞳を強く見つめながら、優しくニット帽の上から頭を撫でてやった。俺の手に頭部の二つのドリルがゆっくりではあるが回転し始めているのが感じ取れた。
「そんな……見つめられて……頭まで撫でられたら……めちゃくちゃ頑張るしか無いやんかー!! 私頑張る! めーーーっちゃ頑張るな!! よう見ててな!!」
ウルルの頭のニット帽から僅かながらプラズマ光が漏れ始めている。そして俺の耳には高回転のキーンという音が聞こえだしている。
「それでは、勝負開始です!」
時乃運子とウルルが真正面に対峙しては、じゃんけんの構えに入る。
まるで、武蔵と小次郎の巌流島での戦いのような、息すら出来ぬ緊張感のある時間が訪れた。
そして、戦いは切って落とされる。
時乃運子が『さいしょはぐー』と言い、続いて『じゃんけんぽん!』と言い終えたその時である。
ウルルの右腕はドリルへと変化し、周囲の空間を湾曲させるほどの高速回転を始めた。回転によって生み出されたエネルギーは、まるで波のように前方へと放たれる。ウルルの髪の色のような燃え盛る赤い螺旋をエネルギーの向かう先は……言うまでもなく真正面にいる時乃運子である。
「え?」
と、言葉を発するまでもなく、時乃運子は螺旋のエネルギーに巻き込まれてまるで風車のようにグルグルグルと前進をその場で高速回転させられる羽目になった。
勿論、じゃんけんなどしている場合ではない。
一体何回転しただろうか。数えるられないほどの回転をした時乃運子は、そのまま目を回してあおむ目に倒れて気を失った。
手は勿論、力を込めることの出来ないパーの状態である。
さて、ここで問題である。
果たして『パー』と『ドリル』では、じゃんけんではどちらに軍配が上がるのか? いや、そもそもじゃんけんに『ドリル』ってのはあるのか!?
こうなると、全てのジャッジはジョウオウ・サマに委ねられる。
「ドリルはきっとパーなんて貫きますわよね」
そう言ってジョウオウ・サマは笑いを堪えるのに必至だった。
「そんなら……えっと、確かこうやよね? あっちむいてホイ!」
ウルルは未だ意識を失ったままである時乃運子の倒れている首の方向にドリルになっていない方の手で指を指した。
勿論そのままウルルは大勝利を迎えるのである。




