95 ボイン様
ジョウオウ・サマが右手をかざすと、夕焼け空の土手だった場所はごくありふれた八畳ほどの広さの純和風の客間へと変化した。床の間には五月人形や、熊の木彫りの像などが飾られていた。
どうやら、これこそが本来のオウ・サマ家の中であるらしい。とすると、今までのはVR技術なのか? ホログラフなのか? それともそんなものを超越した何かか? まぁ、そんな事を思案したところで、どうせ答えなど出る訳もないので気にしないでおこう。
ジョウオウ・サマはオウ・サマとは違い、いかにも女王様という絢爛豪華な服装ではなく、それとは真逆にこれぞ懐かしの日本のお母さんというべき割烹着を着こなしていた。だが、その切れ長のまつげ、後れ毛も色っぽくまとめられた髪、凛とした強い眼差し、少し厚ぼったい唇、優雅でスキのない所作。それら全てがエレガントな大人のレディーのオーラを発し、見るものを平伏させる力を持っていた。
俺はこの時直感的に理解した。
――この家は、確実にカカア天下だ……
そして何よりも、オウ・サマが確実に頭が上がらないであろうパーツが、ジョウオウ・サマにはあった。それは……割烹着を突き破らんばかりに張り出したお胸! これは『おっぱい』などと軽々しく呼んではいけない、これはもはや『ボイン様』と呼び崇め奉るべき存在である。
その迫力にはさしものウルルのおっぱいですら、足元にも及ばないレベルと言わざるを得ない。いやいや、ウルルのおっぱいにはそれはそれで良い所が沢山あるわけなのだが、それでも『ボイン様』には勝つことが出来ない。そう、俺が敬愛してやまない『藤宮神狩さん』のお胸ですらも、これには一歩も二歩も劣ると言うしか無いのである。
よく、カカア天下で尻に敷かれているなどと言うが、この場合は、カカア天下でボインに敷かれていると言うのが正解に違いない。
事実オウ・サマは『ボイン様』の威光にすでにひれ伏してしまっている。かく言う俺も、つられるかのように平伏してしまっていた。そしてそれを見たウルルも真似をするに頭を下げていた。
こうして水戸黄門の印籠ならぬ、ジョウオウ・サマの『ボイン様』によって、この場は平定され全ては一件落着……って、いやいや一件どころか何一つとして終わってはいない。ついつい『ボイン様』に圧倒されてしまったが、何も片付いてなどいないのである。
そんなおり、ジョウオウ・サマはため息を一つついては、呆れるように口を開いた。
「ねぇあなた、これはどういうことなのかしら? 久々のお客様に浮かれていたにしても、私達の技術を使うのはどうかと思うのですけど?」
スキル? これはきっとオウ・サマが作り出した様々な空間の事を言っているのだろう。
「そ、そうだね! 君の言うとおりだよ! うん、君の言うことはいちいちもっともだ!」
オウ・サマはコメツキバッタのようにペコペコと何度となく頭を下げた。もはや王としての威厳など何処にもなかった。いやまぁ、おっぱい大好き人間と発覚した時点で、そんなもの地平の彼方へと飛んで消え去っているわけなのだが。
「それに……こんな若くて可愛い女の子を連れ込んで……」
ジョウオウ・サマはウルルに視線を向けては優しく微笑んだ。ウルルは可愛いと褒められたことが嬉しいのか、照れくさそうに頬を両手で抑えていた。
「あなた一体ここでこの子に何をやっていたのかしら? 説明してくださいますか?」
オウ・サマに向けられた視線は、ウルルに向けたものとは正反対の、優しななど微塵もない氷のように冷え切った言葉だった。
オウ・サマはその言葉に文字通りフリーズしてしまい、カチンコチンになって固まってしまっている。
「ま・さ・か・またあなたの悪い虫が目を覚まして……おっぱいがどうのこうのなんて事は……あ・り・ま・せ・ん・よ・ね?」
ジョウオウ・サマの言葉が、まるでエネルギーを持つ衝撃波のようにオウ・サマへと突き刺さる。その時パリンと氷が割れる音がした。それはオウ・サマが言葉の衝撃により内部から崩壊していく音に間違いなかった。全てはこの『ボイン様』もといジョウオウ・サマに見透かされているのである。
こうしてオウ・サマは完全にぼろぼろになって崩壊し……かけたところで、息を吹き返す。
そして……
「違うんだ! 私はそんな事はしていない! 私はこの大宇宙君に頼まれて! ねぇ大宇宙君?」
何を思ったか、唐突に俺にフォローを求めてきたのである。突然の言葉のキラーパスに俺は狼狽した。
まさか飛び火がこちらに来るとは予想していなかったのだ。うーむ、本当に現実は油断ができねぇ。
「いや、あの、あ、はい。えっと……その……。あ、お久しぶりです『ジョウオウ』さんお元気してましたか?」
とっさに言葉が思いつかなかった俺は、当たり障りのない挨拶をだけを返した。
「ええ、大宇宙さんに助けていただいたおかげで、こちらの星で元気に暮らしておりますわよ。些か、うちの旦那が元気すぎるのが問題ですけどね」
ジョウオウ・サマの言葉を受け、オウ・サマは『ボイン様』の谷間に埋まるくらいに萎縮して小さくなってしまっていた。
「ところで、大宇宙さんはご用事があってきたのでしょ?」
「あ、はい! そうだ! そうなんですよ! このウルルを、オウ・サマ・キングダムに住まわせてもらえないかと相談に来まして」
「は、はじめまして! うち、ウルルって言います」
やはりウルルは初対面の相手には緊張するようで、壊れた人形のようにギクシャクしながらぎ頭を下げた。元気よく出した言葉もこころなしか上ずっている。しかし、視線はジョウオウ・サマの『ボイン様』に釘付けのようだった。同性すら魅了するこの『ボイン様』の力恐るべしである。
「あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのよ? そうね。ここに住むには三つの試練が必要なの。 この人から聞いたでしょ?」
いつの間にかジョウオウ・サマの横で正座待機をしていたオウ・サマが首を縦に強く振った。
「どうやら、あなたは二つの試練を乗り越えたようね。なら、最後の試練に挑戦してもらわないと」
ジョウオウ・サマはいたずらっ子のように不敵な笑みを浮かべる。
「最後の試練は『時の運』果たしてウルルさんは、『時』と『運』を掴むことができるかしら?」
三つ目にして初めてのちゃんとした試練が、今まさにウルルに課せられようとしていた。




