88 ウルルの願い
「何故今唐突にジャンプしたんだ? いや、ジャンプをするなと言っているわけじゃないんだ。それはそれでとてもいい目の保養に……いやいや、なんでもない」
ウルルが意味もなくジャンプをすることは別段俺にとって何ら迷惑なことではない。むしろ大変結構なものであるのだが、その魅惑のプルンプルンは俺をまたしても暗黒面へと堕としかねない危険極まりなものでもある。
「うんとね、楽しいときは意味もなく跳ねちゃうんだ。ほれほらドリルも一緒にまわっちゃうんだよー」
確かにウルルの頭の上の二本のドリルは軽快なリズムで回りだしていた。もしやこれはウルルの感情と連動しているものなのだろうか?
「ねぇねぇ、かわいいでしょー?」
そう言うと、ウルルは三回連続でその場で跳ねてみせた。プルンプルンプルンとたわわなお胸がまるで別の生き物のように縦横無尽に揺れ動いては、またしても俺の視線を釘付けにさせる。
「いい、これはいいものだ……」
まるで最高の美術品を見つけたかのような台詞が、自然と俺の口からこぼれ落ちていた。
「でしょ? 自慢のドリルなんだよ~」
ドリルを褒められたと勘違いしたウルルは上機嫌になり、今度はジャンプではなくクルリとバレリーナのように一回転した。赤色の髪がふわりと風に舞い、それに追従するようにお胸がブルンブルンと横に揺れた。横揺れ……これもまたいいものである。
「そのドリルが凄いことは良くわかったから、それよりどうしてここに来たんだ? 何か俺に用事でもあるんじゃないのか?」
「あ、そうだったー! この前、お願い一つ聞いてくれるって約束したよね? ね?」
ウルルは顔の前で手を合わせ、その手をリズミカルに左右に振っては、覗き込むように俺の表情を伺った
「……お願い?」
俺はあの地下での出来事を思い返してみる。あぁそう言えば道案内をしてくれたら、願い事を聞くとか言ったような記憶がある。
「あぁ、覚えてる! 勿論覚えてるよ! 忘れるわけないじゃないか」
先程まで完全に忘れていたわけだがそれはそれとしておこう。
「そんでね、そのお願いなんだけど……」
ウルルは勿体ぶるかのようにそこで一旦間をおいた。
俺はこの数秒の間の間に、まさかお願いがエッチなものだったらどうしようとアレヤコレヤと超高速で妄想していたわけだが、それは完全に暗黒面的なアレなので割愛させてもらう。
「うち、この地上世界で暮らしたいんだ! だから、住むところを紹介して欲しいの!」
元気の良さの中に、決意めいたいものが含まれた言葉だった。
が!
「ん??」
俺の頭上にはエクスクラメーションマークが大量に浮かび上がる。
――今なんかおかしいこと言われなかったか? いや、住むところを紹介してもらいたいは普通だろ? だけど、地上世界で暮らしたいってどういう事だ? それじゃまるで今まで地上以外のところで暮らしてたみたいな……。はっ! そう言えば、前に来た依頼人で頭にドリルが付いてた人が、たしか自分のことを地下帝国の住人だとかなんとか……とすると、ウルルも地下帝国関連!?
「すまないが、一つ聞きたいことがあるんだが?」
「いいよー! 何でも聞いてー!」
何でも!? 俺はこの魅惑の言葉についついスリーサイズを聞いてしまいそ言うになったが、今はそんな場合ではない。いや、そんな場合ではなくても何カップか聞いてみたい!! 待てよ、ノーブラなわけだからブラのカップサイズはわからないわけか? いやいや、ずっとノーブラなわけではないだろう? おいおい、いつもはブラジャーしてるのに、俺に会うときだけノーブラだとするならば……これは、これはァァァァァァァァァァっ!! 待て待て、冷静になろう冷静にならないと俺はおっぱいとブラジャーに関することだけで頭が一杯になってしまう。そう、ここは普通にストーリーを展開させるのだ。
「こほん、こほんこほんこほん」
俺は暗黒面を追い払うかのように咳払いを何度も連発した。
「ウルルって今まで何処に住んでいたんだ?」
俺は出来る限り平静を装って訪ねてみた。
「うんとね、地下帝国モグラ四丁目だよ」
「なるほど」
もはや『なるほど』以外に答えようがなかった。ウルルは地下帝国関連の人間? であることは疑いようのない事実である。
「そっかー。モグラ四丁目かぁ〜なるほどなぁ」
モグラ四丁目が何処であるか知るはずもない。勿論二丁目も三丁目もしるわけがない。てか、地下帝国自体が一体何なのかさっぱりわからない。
「うちね、地上での暮らしに憧れてたんだぁ〜。色々お買い物に行って、お洒落とかもしてみたいし〜。知ってる? 地下帝国って服屋さん全然無いんだよー? これもそんなに可愛くないでしょ?」
ウルルはサイズの合っていないパーカーの袖口を引っ張った。確かにお洒落とはいい難いが、似合っていないわけではない。それよりそのパーカーの下がどうなっているのかのほうが気になって仕方がない。
「いやしかし、地下帝国を出てきてご両親が心配したりとかは……」
「両親? とーちゃんはいつも無口だからなぁ。でも、きっと大丈夫だよ! とーちゃん優しいもん」
「そうか、お母さんはどう言ってるんだ?」
「お母さん? 何それ?」
ウルルはあっけらかんとした表情で答えた。
「はっ!?」
やってしまった。地雷を踏んでしまった。どうやらウルルはお父さん一人に育てられたようだ。もしかすると物心がつかないうちにお母さんは亡くなっているのやもしれない。
「そうか……色々大変なんだな……」
俺は優しくウルルの頭を撫でた。偶然にも撫でた手がドリルの先端に触れて少し痛かった。
「ふにゃん! あ、頭のドリルは敏感なんだよぉ! 急に触っちゃ駄目なんだからぁ!!」
ウルルは顔を真っ赤にして目を少し潤ませた。よく見ると手足まで真っ赤になっている。本当に頭部のドリルは敏感な部分らしい。もしかすろと、パーカーのフードはドリルを隠すだけではなく、ドリルを保護する意味も隠されているのかもしれない。
「兎に角、俺はウルルの住むアパートなりマンションなりを探せばいいってことか?」
「そうなのでーす! よろしくね」
ピースサインをしてニッコリと笑う。それはまるで少女というよりも童女と呼んでいいほどの屈託のない純粋な笑顔だった。




