85 魔王器失禁
自分が置かれている状況を魔王器レヴィアタンは理解できていないようだった。
そりゃそうだ。あの月と同じサイズの化物相手にやりあっても余裕をぶちかましていたのに、こんな一見普通の女子高生にいきなり右腕を粉微塵に吹き飛ばされたのだから、理解できるはずもない。何度もこの理不尽な威力も目にし、更には身体で味わってきた俺ですら、未だに頭がどうにかなりそうなレベルなのだから。
《あ、あれれれれれ……あれれれれれれれっれれえれれれれれれ》
魔王器レヴィアタンは綺麗サッパリ消え去った自分の腕を見ては、目を激しくパチクリとさせていた。いや、この場合は頭部のメインカメラというべきなのか? まぁそこらへんは割とどうでもいい。
《お、おっかしいですねー。四十八のちょー強力な防御結界が張られていたはずなのに……それが一瞬で消し飛ばされて、更にはちょー強い私の装甲が削り取られるなんて……そんなのありえないですよ! 主人様どうなってるんですかぁぁぁぁ!!》
どうなっているかなど、俺に説明できるはずもなく、むしろ俺が知りたいくらいだ。俺は電信柱の影に隠れ、凍え死にそうなハムスターのように震えるだけしか出来ないでいた。勿論しっかりと漏らしていた。
《い、今のはちょっと油断しただけなんですからねー! 本気出したら、こんな事ないんですからねー! ねー! ねー!》
精一杯に虚勢を張る魔王器レヴィアタンだったが、脚部は生まれたての子鹿のように震えていた。乙女? の直感がこの『藤宮花火』という女子高生を脅威として認識しているのだ。
「ふーん、そーなんだー。油断してただけなんだー。へーーーっ」
鬼神が、闘神が、女子高生が、藤宮花火が、ゆっくりと、ただゆっくりと魔王器レヴィアタンに向けて歩を進める。それに呼応するかのように、魔王器レヴィアタンはゆっくりと後ずさっていく。そして俺はそれを電信柱の影からコソコソ見ている。
――今なら、このまま逃げちゃっても大丈夫なんじゃなかろうか?
と、頭の中で思い描いた刹那。
「逃げちゃダメだからね!」
俺の頭の中を覗き見したかのように、花火の視線と言葉が突き刺さった。
《なんで、なんで、なんでなのぉぉぉ!? 私って、七大魔王器なんですよぉ? 凄いんですぉぉぉ? なのになんでなのぉぉぉ、わかんないよぉぉぉ!?》
魔王器レヴィアタンは悔しさのあまり駄々っ子のように足をバタバタさせた。一応補足させもらうが、駐車場の地面に被害はない。何故かと言うと、魔王器レヴィアタンは重力コントロールにより常に地面の数センチ上に浮遊しているからなのだ。まぁそうでもしないと着陸した時点で駐車場のアスファルトはボロボロになるので、俺が前もって注意しておいたのだ。まぁこんな状況でもちゃんと注意を守っているのが少し可愛く思えた。
《こうなったら、殺られる前に、殺るしかっ! マテリアライズ・ソードインフィニティ》
魔王器レヴィアタンに残された左腕に泡状になった光がまとわりつく。そしてそれが弾け消えたとき、そこには神々しいまでの光を放つ大剣が握られていた。が、その大剣は一度も振るうことなく無残にも消え去った。
《ふえええええええええええええええ!?》
花火がまたしても理不尽でしかない拳を、ノーモーションでその剣に向けて放ったのだ。そしてその拳は瞬時に剣を消滅させてしまった。
「もうおしまい?」
花火が大きく一歩を踏み出した。それと同時にジャージャーという水が放水されるような音が鳴り響いた。それは魔王器レヴィアタンの下半身から冷却液のようなものが大量に流れ落ちる音だった。まるでその姿は、恐怖のあまりに失禁しているように見えた。
《怖いよぉぉぉぉ! この人、怖すぎるよぉぉぉぉ! 主人様、わたしもう帰るゥゥゥゥ!!》
魔王器レヴィアタンの背後に、円状の謎の異空間の裂け目が出現した。下半身から謎の冷却液をだだ漏れさ、さらには目からもこれまた謎の液体を流しつつ、魔王器レヴィアタンはコソコソとその中へと逃げ込んでいった。
《ばーか! ばーか!》
あまりにも情けない捨て台詞を残して、魔王器レヴィアタンはその姿を消したのだった。
こうして、俺はやっとのこと魔王器レヴィアタンという謎の存在から開放され、ついに自由の身になれた……と思ったのもつかの間。
「さて、ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
花火による恐怖の尋問が待っていたのだった。
……
……………
………………………
「というわけなんだよ……」
場所は俺の事務所の応接室。
いつものソファーに花火が我が物顔で座り、いつものように怪しいスナック菓子を食べながら、俺の話を聞いていた。俺はと言うと、額から汗を流し、身振り手振りを交えて必死の説明を繰り返していた。まぁ、こんな荒唐無稽な話、誰が信じるかというところなのだが、それでも俺のここ最近のとんでも事件のいくつかを知っている花火は、訝しみながらも一応信じてはくれたようだ。
「よくわかんないけど、大変だったってことはわかった。まぁお疲れ様。これあげるね」
放り投げられたスナック菓子の袋を俺はキャッチする。袋には『バファリンの三兆倍の優しさ成分入り!!』との謎のキャッチフレーズが書かれていた。
「お菓子のおかげか、私今日はと~っても優しいから許しといてあげる。んじゃね」
そう言って花火は部屋から出て……行こうとして足を止めた。
「どっか遠出するときは、一言言ってから行きなさいよね!!」
花火は口を尖らせながらあっかんべーをすると、照れくさそうに小走りに出ていった。
もしや、俺は唐突に旅に出たことを心配してくれていたのだろうか? そう考えると、なかなかに可愛らしいではないか。とはいえ、優しい女の子が拳一つで巨大ロボである魔王器をぶっ壊すというのは如何なものだろうか。
「兎に角、ようやく一人になれたわけだ……」
俺は疲れ果てた身体を開放させるかのようにソファーに寝そべっては、手足を大きく大きく伸ばした。
旅も良いが、やはり自分の部屋が一番落ち着く。どうやら俺は根っからのインドア派のようだ。
しかし、今となって思い返してみれば、海で巨大ロボを助けて、その御礼として月に行く、そして月で巨大なかぐや姫と出会い手洗い歓迎を受けたあと、地球へと戻ってきて恐怖のあまりに失禁。……色々とおかしなところはあるが、ある意味浦島太郎の物語そのものではないだろうか?
「何でもいいや、今は疲れた。寝よう、寝よ……」
俺は疲れのあまりそのままソファーの上で寝てしまうのだった。
……
…………
……………………
「ん?」
何かが俺の肩を叩いているような気がして、俺はソファーの上で体を起こし目を覚ました
どれくらい眠っていたのだろうか? 詳しい時間はわからないが、外は真っ暗なので夜なのは間違いがない。
俺はもう一度寝ようとまたソファーに寝転がり目を閉じる。すると、またしても俺の肩をトントントントンとノックする感覚が襲う。今回は勘違いでも何でもない。何故ならば、そこには見覚えのある触手のようなマニピュレーターがあったからだ。
《主人様! 主人様!》
その声は、俺の応接室の虚空にあいた謎の異空間から聞こえていた。そしてマニピュレーターもそこから伸びていたのだった。
《私ですよー! 主人様の愛する、あーたんですよー!》
俺は何も聞こえない、何も見えていないフリをして、もう一度寝ようとした。こんな現実は現実じゃなくていい。
《何ですかー寝たりなんかしてー。まーさーかー、私をベッドに誘っているんですかー! 主人様の、えっちすけっちわんたっちー!》
数本のマニピュレーターが、キャッキャウフフと小躍りし始める。それはそれはとんでもなくウザかった。もはや寝ている場合ではなかった。
「何だ、何だ! 一体何なんだ! お前はもう帰ったんじゃなかったのかよ!」
俺は完全に目を覚まし起き上がると、マニピュレーターの一本一本に文句を言ってやった。
《あ、それなんですけどー。いま亜空間で壊れた腕の修理中なんですよー。結構時間がかかりそうなんで、それまで戻ってこれそうにないですー。寂しいですよね? 悲しいですよね?》
勿論、寂しくも悲しくもなかった。
《治ったらまた戻ってきますから安心してくださいねー。それと何かあったらいつでも呼んでください。私壊れてても、主人様のために飛んできますからー。愛の力でーっ!!》
「わかった。よーく、わかったから。兎に角、俺は疲れてるから眠らせくれ……」
《はーい! おやすみなさい主人様》
異空間の裂け目は音もなく静かに消えていった。
どうやら俺は、あの糞ウザ魔王器とまだまだ関わらなくてはいけないようだ。
俺は重力百倍の重い溜息をつくと、すべてを忘れるように深い眠りへと落ちるのだった。




