84 ふぇええええ?
「と言うわけで、帰ってきたわけだが……どうしようこれ?」
魔王器レヴィアタンは、俺の事務所のビルの裏手の駐車場に片膝をついて着陸していた。運良くと言うか運悪くと言うか、駐車場はガラガラだったので、なんとかこの巨体を着陸させることが出来たのだ。
しかし、周りの乗用車にまざって駐車? 駐魔王器? しているさまは異様としか言いようがない。そりゃそうだろう、どこぞの秘密の研究所の格納庫でも何でもないごくごく普通の駐車場に、全長二十メートルを超える巨大ロボ風のものが鎮座さしているのだ。異様に決まっている。もしこれを平然と受け入れるやつが居たとするならば、きっとそいつはこの魔王器以上の化物に違いない。
さてさて、これからどうするべきか……。俺は頭を痛めていた。
今の所、偶然にも誰にも見られてはいないが、もし近所の人にでも見られたら一体どんな言い訳をすればいいのやらまるで見当がつかない。
『いやぁ、散歩してたら拾っちゃいましてねー!』
『謎のマッドサイエンティストに世界の命運を託されましてねー!』
『実はこれは俺の精神が具現化した存在でしてねー!』
どの答えをしたとしても、俺の頭がおかしくなったと思われることは確実だ。
はぁ、本当に疫病神を抱え込んじまった……。そうそう、一つだけ得をしたことがあるというならば、帰りの電車賃が浮いたことくらいだろうか。確かに行きたくなったときに海外も余裕で行けるかもしれない。だって宇宙にすら行ったのだから。
宇宙と言えば、あの惑星監視システムの迦具夜とやらはあれからどうなったのだろうか? 惑星監視とかいうんだから、きっとこの地球を監視しているんだろう。とするならば、今の俺も監視されているのだろうか? それともあの超圧縮されたエネルギー球によって消滅したと思われているのだろうか?
《主人様どうしましたー? 考え事なんて似合わないですよー》
「うるさい! 誰のせいで頭を痛めてると思ってんだ!」
そうだ。そうなのだ。全てはこいつと海で出会ってしまったからなのだ。あぁ、もしタイムマシンがあるならば、あの時間に戻ってやり直したい。――いかんいかん、そんなことを冗談でも思っていると、本当にタイムマシンが出てくる可能性がある。世の中ってやつは想像の斜め上を余裕で超えてくるもんだと、ここ最近の出来事で身にしみている。
「兎に角、大家さんには説明しないと……。これ駐車料金いくらになるんだろうか……。普通の車の数倍場所とってるから……あぁぁぁぁ、もう頭痛いわ!」
《バファ○ン飲みます? わたしの特製バ○ァリンは、わたしの愛情が百二十パーセントつまってますよー!》
おいおい、それ医療に効く成分皆無じゃねぇか。お前の愛情百二十パーセントとか、頭痛のパワーが百二十億万倍アップじゃねぇか。
俺は拳でオデコをトントントンと三度叩く。叩いた衝撃で悩み成分が飛んでいってくれるといいのだが、勿論そんなことはない。
「なにこれ! 何なのよこれ!」
けたたましい声がモニター越しに耳に響いた。その声の主が誰かモニターを見る今でもない。そう、俺の頭痛の種がもう一つ襲来したのだ。
モニターに映し出されているのは、一見ごくごく普通のポニーテールの女子高生。しかして、その実態は、神の拳を持つ女こと藤宮花火である。
「ねぇ! これに乗ってるぜぇぇぇったいに、アンタでしょ! こんな変なもんに乗るっていったら、この界隈でアンタくらいしか居ないんだからね!」
勿論、その『アンタ』が指し示しているのは、この俺『大宇宙守』であることは間違いない。
《何ですかあの女は! わたしの愛する主人様に向かって、失礼じゃないですかー! ぶっとばします? ねぇねぇぶっとばしましょうよ!!》
嫉妬心を燃え上がらせる魔王器レヴィアタンは、ぶっとばすを連呼した。わちゃくちゃと無数のマニピュレーターがコクピット内を所狭しと動きまくっているところから、その興奮度合いがわかった。
常識的に考えれば、あの月と同サイズの惑星監視システム迦具夜の攻撃をしのぎきった魔王器レヴィアタンが女子高生に負ける要素などなにもない……はずなのだが。どうしてだろうか、俺には花火がぶっとばされる姿が一つも想像できないでいる。
「兎に角、底から降りてこい! 話はそれからなんだから!! もし、出てこないっていうんなら……わかってるよね?」
花火が握り拳を作る。なんだろう、花火の背後に精神が具現化したかのような破壊神が見えるのは気のせいだと思いたい。
「わ、わかった! 出る、出るから1」
《ふぇ?》
俺はコクピットのハッチを開けていた。一体全体どうやってハッチを開けたのかさっぱりわからないが、兎に角ハッチを開けて外に出ていた。
《主人様、どうやって外に出たんですか? えぇぇぇぇ、なんでー!?》
魔王器レヴィアタンも困惑していた。俺も困惑していた。これぞ火事場のクソ力とでもいうのだろうか? 人間は真の命の危機に直面したとき、隠された力を開放すると言うが、今がその時だったのだろうか? おいおい、あの迦具夜のときですからそんなことはなかったのに……となると、花火の戦闘力って……。
「はい! 出てきたらすぐこっちに来る! そんでもって、正座! 正座するっ!」
俺はしつけの行き届いた犬のように言われた通りにしてた。もし俺にしっぽが生えていたならば、全力で振り回したに違いない。だって死にたくないのだから。だって一回本当に殺されているのだから。身体に植えつけられた恐怖はそうそう消えてはくれないのだから!!
《主人様! 何でそんな女の言うことを聞いてるんですかぁ! わたしというものがありながらぁぁぁ。きぃぃぃぃ、くやしぃぃっ!》
魔王器レヴィアタンは地団駄踏んだ。アスファルトがめくれ上がり周囲に弾け飛んだ。その破片のいくつかが俺と花火に向かって飛んでくる。が、まるでバリアのように張り巡らされた花火の闘気が全て弾き落としてくれた。
「……どうやら、アンタに説教する前に、あのデカブツと話をするほうが先みたいね」
話をする。これは普通ならば言葉をかわすという意味になるわけなのだが、花火の場合はいくらか違っているようで、なーぜーかー拳を握りしめている。
《ふふん! そんな小さな身体で何が出来るんですかー! わたしはこの豊満ボディに嫉妬してるんですかー?》
魔王器レヴィアタンはセクシーポーズらしきものをとってみせる。勿論、俺の目にはセクシーに映るはずもなく、マジックポイントを奪いに来た謎の踊りのようにしか見えなかった。
《わたしは、この身体の大きさよりも、もっともっともぉぉぉぉっと、主人様を愛しているんですからねぇぇぇぇ!!》
その言葉を耳にして、花火の身体がビクッと反応した。
「ねぇ? 一つ聞いてもいい?」
花火はくるりとこちらを振り返ると、怒りを隠しきれない笑顔を見せた。
「な、なんだ?」
俺は今にも漏らしそうなのを必死でこらえながら答えた。
「あの、『まもたー』っていうのは、アンタのことだったりするのかなぁ?」
「あ、はい。そうみたいですね……」
俺はなぜか笑っていた。引きつり笑いをしていた。
「ふーん、愛されてるんだぁ。へー、ふーん、そーなんだ。へぇぇぇぇぇぇ、別にどうでもいいけどそうなんだぁ」
俺は漏らしいてた。今すぐ自分の部屋に帰ってシャワーを浴びて新しいパンツに履き替えたかった。だが、足は竦み身体は金縛りにあい、呼吸すらままならない状態になっていた。まさに蛇に睨まれた蛙だ。
《わたしと主人様の愛は何ものにも阻まれないんですからねー!》
その刹那、一筋の光が放たれた。
俺にはわかる。きっと俺にしかわからない。
それが何なのか? そう、それは花火の拳が物理法則など完全に無視して光の速度を凌駕して放たれたのだ。
《ふぇ? ふぇえええええええ?》
魔王器レヴィアタンの右腕は根本から消え去っていた。




